第167話 “波乱”の7日目
大地先輩から話を聞き、本当の過去を知った俺は……改めて考えを変えなければならないなと実感させられた。
それに前々から重々知っていた事だったけど、やっぱり大地先輩ってすごい人間なんだなと改めて思わされた。
本当に強いんだなと思う。精神的にも肉体的にも。
俺なんかには到底敵わないや。
──そして、今日は月光祭7日目。長く続いた月光祭の最終日だ。そして、大地先輩が椎名先輩に告白する……大地先輩にとっては節目となる日だ!
だが……俺は“波乱”な日になると思う。
何が起こるかは分からないけど。感覚的に、直感的に。俺の予感はよく当たる。なので油断などしないように気を強く引きしめる。
俺と大地先輩は朝早くに学校の屋上へと集まり、今日の準備をしていた。
大地先輩は告白の時にちゃんと言葉が詰まらずにハキハキ言えるように発声練習、俺も月光祭実行委員長としての数々の挨拶などをきちんと噛まずに言えるようにの練習だ。もし、問題が起こった時などのアドリブ練習も欠かさないで練習した。
人前にまぁまぁ慣れた俺でも、今日はいつもの数倍多くの人の前で話さなければならないという大役がある。そのプレッシャーで俺は気分が悪かった。それにさっき、空先輩にも悪ふざけでプレッシャーを掛けられたので尚更だ。
……まぁ、告白と+αの大地先輩は顔が真っ青だけど。
「頑張りましょうね、互いに!」
俺は大地先輩の恋愛マスターとして慕われる存在なのだ。気分ぐらいでも盛り上げてあげないとな。
そう思い、俺は敢えて大袈裟な動作を付け加えながら大地先輩に鼓舞の言葉をかける。
「あ、あぁ。そうだな。互いにやり遂げよう。悔いの残らない様にな。」
効果は微細なものかもしれないけど、いい。少しでも力になってくれれば、前へ進む原動力となってくれれば。
俺は拳を前に差し出す。さっき決めた男同士の約束の合図を早速試して見たのだ。
「…………!」
意図をすぐに察した大地先輩は少しニヤケながらも俺と同様に拳を前に差し出した。
──2人は互いに拳を合わせる。
「助言は多分、これで終わりになると思います。
後は大地先輩の頑張り次第ですよ!自信を持って!大地先輩なら絶対に成功するはずですから!」
「う、うん、分かってるさ!優馬から学んだ事をフル稼働させて椎名さんのハートを僕は奪ってみせる!」
──そして俺は教室へ女装準備に、大地先輩はそのまま屋上へ残って気持ちを整えるそうだ。まだ告白までかなり時間はあるんだけど……まぁ、1人で大丈夫だろう。今の大地先輩ならば。
俺は自信を持って屋上を後にし、クラスへ戻った。
クラスに戻ってからは、俺は軽装バージョンの女装をいつもの2人に施してもらい活動した。膝ほどの長さのスカートで微妙に気分が悪いけど、嫌なのは初めだけで後からは余り気にならなくなった。
……気にならない程忙しかったのだ。
月光祭はこの上なく順調に進んだ。7日目の最終日という事もあって大勢のお客さんが名残惜しそうに月ノ光高校へと訪れ、月ノ光高校が活気に満ち溢れた。
その中でもやはり俺達がやっている、性別逆転メイド喫茶は人気で大勢のお客さんが雪崩込む。かなり忙しいけど、その為に数日間の間休憩を取らせてもらっていたので弱音は吐けない。クラスの全員が総動員で結託して仕事に打ち込んだ。
☆☆☆
クラスで行う出店は午前中まででほぼ全てが終了。
午後からは月光祭実行委員会企画のイベントや部活のイベント、2年生の劇など選り取りみどりだ。
俺も皆と遊びに行きたいけど……流石に、夜依に止められた。辛いけど、責任を果たさないといけないからしょうがない。
俺と夜依、月光祭実行委員会の皆々は外に出てイベントの準備に勤しんだ。
メンバーを大きく二手に分けて、1つは校舎のライトアップをする為のイルミネーションの準備。もう1つは現在進行形で開催されるイベントの運営だ。
俺は開会の挨拶や閉会の挨拶などの仕事があるのでその2つを行き来して行動したのでかなり大変だった。
☆☆☆
外は大分暗くなってきた。
疲労は溜まってきてはいるけど、あと数時間頑張れば力尽きていいのだ。気力を頼りに俺は頑張る。
「よーしっ、準備完了だ!」
時間がギリギリになってしまったが何とか月光祭の全ての準備を完了させる事が出来た。
後は、野となれ山となれだ。
──月光祭の全ての準備が終わり、まだイベントが続行中という事なので少しだけ俺は暇になってしまった。これから最後のイベントがあるのでなるべく体力を温存しておかなければならないんだけど……
俺にはやらなければならない事がまだある。
それは椎名先輩を大地先輩が告白する屋上に呼び出さなければならないという事だ。これは極めて重大な仕事でミスは許されない。
……っと。その前にもう1つ。
俺は莉々菜先輩のクラスを尋ねた。昨日、大地先輩の話を聞いてから行方を探して見ようと思ったのだ。だが、やはり莉々菜先輩はここ数日学校にすら来ていないようだ。担任の先生も知らないと一点張りだった。さっきばったり会った信頼出来る先生の奈緒先生に莉々菜先輩の事を調べてもらう事にしたが……心配である。
俺は一旦莉々菜先輩の事は中断して、椎名先輩を探す事にした。
だが今日は人が大勢いるので、その大勢の中から1人を探し出すのはほぼほぼ不可能だった。数分探して早々に諦めた俺は電話で椎名先輩に要件を伝える事にした。
連絡先は部活が一緒、という事で予め交換しておいた。多分こういう事があるだろうと前々から予想して連絡先を交換しておいたのだ。自分の判断ナイスと自分で自分を褒めた。
「──どうも、椎名先輩。優馬です。突然連絡して、すいません。」
…………
「はい。えっと、大地先輩からある言伝を預かったんですけど、場所は屋上で時間は……」
…………
「そうです。俺も詳しくは知らないんですけど、何か椎名先輩に用があるみたいで……」
…………
「じゃあ、お願いしますね。」
…………
余り椎名先輩が察せない用に短く言葉を区切って要件だけを伝えた。
よし、これで俺の任務は終了だ。
頑張って下さいよ、大地先輩。
約束の時間通りにちゃんと俺もサプライズを用意してるんで。俺は大地先輩がいるであろう屋上の方向を向きながら思うのであった。
☆☆☆
お客さんは若干減りはしたが、月ノ光高校の生徒達の熱気は少しも冷める事は無かった。もちろん残ってくれているお客さんも生徒達につられて更に熱気が高まる。
「──これから、月光祭表彰式を始めます!」
このイベントの為だけに造られた特設ステージで、月光祭実行委員会のメンバーの司会が叫ぶ。
遂に始まった月光祭7日目最後のビッグイベント。
それが表彰式である。
この表彰式ではこれまで7日目間の月光祭をまとめ、閉める。という大事なイベントである。
簡単な開会の言葉が終わり、早速表彰へと入る。
初めは1年生+2年生のクラス別で開いた出店の売上上位クラスの発表である。
「第5位──第4位──第3位──第2位───」
順々、売上順位クラスが発表されていき、そして……
「さぁ、続いては第1位のクラスの発表です!
月光祭初日から圧倒的な売上で他を追随し続け、月光祭クラス別売上の栄冠を手にしたのはやはりこのクラスだっ!!!
─────1年3組ィィィィィィィッッッ!!!!」
すごいテンションで司会の子は叫んだ。
元から1位は確定みたいな雰囲気だったので俺や夜依は冷静に喜べたけど、クラスの皆は大盛り上がりだった。中には感動で泣き出してしまう子もいたし……
あれ、そういえば……月光祭売上優勝クラスって何かすごい優勝賞品を貰えるんだったっけ。
月光祭実行委員会の皆でその優勝賞品を決めたらしいけど、俺は何かとは教えて貰っていなかった。
「──さぁ、優勝クラスの1年3組には優勝賞品の
“優馬君を1日自由にできる権利”が与えられます!」
…………うん?今、俺って言った?
俺はすぐには優勝賞品がどんなものかが理解出来なかったが、数秒頭を整理し……
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
大声で驚いたのであった。
☆☆☆
表彰式の裏側で俺は夜依を問い詰める。
こんな優勝賞品になった経緯を説明して欲しかったからだ。
「な、なんで俺が優勝賞品になってるのかなぁ?」
壁ドンしながら夜依を追い込む。
夜依は恥ずかしさで顔を赤面させるが、俺には関係無い。
「し、知らなかったの?つい知ってるものかと……」
「知らなかったよ!」
怒りというか……呆れというか、自分で言っちゃなんだけど、皆俺の事大好きすぎっしょ。なので素直には怒れなかった俺。
「まぁ、いいじゃない。初めから私達1年3組が優勝するって決まってたのだから。」
「いや……まぁ、うん。そうなんだけどさぁ。それでも、もしかしたらってのがあるかもしれないじゃん。俺の女装が大失敗したりだとか、性別逆転メイド喫茶が人気にならなかったりとかして……」
「大丈夫よ。だって、その時はその時で対処は出来たもの。」
うわぁー、謎の凄みを出す夜依に圧倒される俺。
「そ、そうなんだぁ。」
あ、そう言えば忘れていたけど、夜依って天才でした。俺なんかより博識だし、応用力も相当だ。
「ったく。わかったよ。まぁ、1日ぐらい皆に付き合うさ。でも、嫌だったら全力で断るからね。」
「流石私の婚約者様ね。」
「はいはい。ありがとさん。」
全く、これからは優勝賞品とか決める時はちゃんと俺も参加して、大変な事にならないように促さないとな。
そう心の中で密かに決めた俺であった。
☆☆☆
クラスの出店の表彰式が終わり、今度は2年生の劇の表彰だ。もちろん優勝は大地先輩のクラスだった。大地先輩のあのインパクトがえげつなかったので納得の結果だった。
さてと……次は俺の出番だな。頑張ろう。
1度深呼吸をし、心を整えてから表の特設ステージへと上がる。
俺が出て来た事でかなりの声援が送られるが、あまり気にしないようにする。そのせいで緊張して縮こまってしまうのを防ぐ為だ。
改めて見ると、うわぁー。やっぱり思ったより人がいるなぁ。多くの目線が俺に集中している。
昔の俺なら緊張でガチガチになって全然話せなかっただろうな。だけど、俺だって少しばかりは成長したんだっ!
「──皆さん、月光祭を楽しみましたかっ!」
「「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉー!!!」」」」
俺の掛け声に皆が合わせてくれる。
俺は気分が良くなり続けて話し続ける。
本来の原稿ならば俺が長々と話してるだけのものだった。だけど、今俺はアドリブで話をしている。
そっちの方がいいと判断したのだ。
普段はあまりこういう事はしないけど、大地先輩に影響されたのかな?チャレンジしてみようと思ったのだ。
「あ、そうだ。さっきから暗いですね。なので灯りを付けようと思います。
…3!…2!…1!──ライトー、アップッ!!!」
俺の掛け声と共に月光祭実行委員に合図をし、俺達が準備していたイルミネーションをライトアップさせる。
これは月光祭実行委員会で企画された校舎のライトアップだ。煌びやかで暖かい光が校舎を優しく包み込み、人々を照らす。それは生徒や先生、大人や子供など一切関係なく全てを対象に心を暖かく癒す。
「月ノ光高校の生徒はお疲れ様!いらっしゃった皆さんはありがとうございました!
──さぁ、表彰式はここで半分が終わりです。後はこの場にいる全員で、ダンスパーティーをしましょう!!!」
俺が最高のテンションで叫ぶと……
「「「「「──うぉぉぉぉぉー!!!!」」」」」
イベントに参加していたほぼ全員の人達が待っていましたとばかりに楽しさを全開に表にさらけ出して叫ぶのであった。
このダンスパーティは全てが自由。どんなダンスを踊ろうとも構わない。ただ今の高揚な気持ちを表にさらけ出し、この月光祭という行事を楽しい思い出だったとずっと心の中で思ってくれればそれでいい。
月が夜を照らすように、月ノ光高校は輝いた。
☆☆☆
「緊張……っしたぁ。」
俺は勢いよくパイプ椅子に座り、水をがぶ飲みする。
俺は一旦休憩。
外から皆が面白おかしくダンスをして、はしゃいでいる声が控え室まで聞こえる。微笑ましい気持ちとやりがいを感じた。
そんな1人で和んでいると、
「──優馬君っ!!!」
奈緒先生がかなり慌てた表情で走って俺の元に来た。
「ど、どうしたんですか奈緒先生。そんなに慌てて……?」
「緊急事態です!」
「緊急事態っ!?」
そう聞いて椅子から飛び上がった俺は奈緒先生から事情を聞く。
周りにはこの話に関係の無い生徒もいるので耳打ちで話を聞いた。
「──莉々菜さんの親に連絡して分かったのですが……」
それは莉々菜先輩の今の現状だった。
莉々菜先輩の親は仕事場で疲労で倒れ、現在は入院中らしく、その看病を先輩が行っていたらしいのだが、些細なこと?で失望されたらしくそこから会っていないんだそうだ。
「それって、大丈夫なんですか!?」
俺は冷や汗を垂らしながら質問をする。その些細なこと?が莉々菜先輩を心の底から失望、絶望させてしまったのであれば、それは……死へと繋がってしまうかもれないと思ったのだ。それぐらい先輩の心は疲弊していると思う。
「話はまだ途中です。それでです。話が変わるんですが、さっき2年生で仲のいい生徒から、ある情報を貰ったんですが…………
あの“梵 愛葉”が誰かを追いかけるかのように校舎に入って行ったそうなんです。」
「──校舎へ、ですか?」
「はい。」
俺は全身が震え上がる。
やばい、大地先輩が危ない!
俺は急いで控え室を飛び出し、屋上へと向かうとする。だが、
「──ど、どうしたのよ、ゆぅ!?」
俺の手を掴み、何とかして止めた夜依。
「ごめん夜依、大地先輩が危ないかもしれないんだ。俺行かなきゃ。」
「でも、月光祭実行委員長の仕事はどうするの?まだやる事は沢山あるでしょ!月光祭をめちゃめちゃにするつもり?それに、もう危ない事はしないって私達と約束したでしょ。これ以上、私を心配させないでよ!!!」
それは夜依の心からの叫びだった。
「うっ……でも、」
確信は無い。だけど、ようやく克服した大地先輩がまた壊されると思ったのだ。
夜依の気持ちは分かる。だけど、放っておけないのだ。
俺の心の中に巨大な天秤が現れる。どちらを選んでも俺含め誰かが不幸になってしまう究極の選択。
数秒の間、思考に集中力する。
そして、俺が苦悩の末に決断しようとした時……
「──あ、あれ?お兄ちゃん。どうしたのそんな所で?」
偶然にも妹の茉優が現れてくれた。
今日の茉優は中学の部活の友達と来ていたらしく煌輝はいなかった。茉優の友達は女装する俺を見て茉優が2人いると驚愕の表情を浮かべていたが今はそんな事情を話している余裕は無かった。
「ま、茉優っ、頼みがあるんだっ!!!」
俺は藁にもすがる思いで茉優に頼み事をするのであった。
☆☆☆
──ダンスパーティーが始まった頃。
辺りは暗闇。だが、イルミネーションの光が眩しく今の莉々奈には辛い。
久しぶりに外を出た莉々菜。その表情は酷くくすんでいて活力など微塵も無かった。両腕は包帯でグルグル巻きで、恐らく何度も何度も無意識的に死のうと苦悩したのだろう。
莉々菜の持ち物は一つだけ。
もし終われなかった時に、自らの手で終わらせられる道具だ。
校門の前まで決死の覚悟で来た莉々菜は1度立ち止まり、校舎を見る。
「…………」
そして目的地を決めると、最短のルートでそこに向かった。
遠くからは大きな歓声が聞こえる。月光祭のしおりで見た、ダンスパーティーが今始まったのであろう。時間通りだ。
莉々菜はもう精神が壊れてしまっている。
だからか何も感じない。今から命を終わらせるというのに何も感情が湧かないのだ。
莉々菜は無言で負のオーラを纏い、校舎に入って行った。そんな負のオーラを纏って完全に闇に溶け込んだ莉々菜の事を誰も見つける事は出来なかった。
ある1人を覗いて………
☆☆☆
──優馬が控え室から飛び出す数十分前。1人でスマホを弄りながら梵 愛葉はいた。
周りでは見ず知らずの人間同士がどこが面白いのか分からないダンスをしてはしゃいでいるのが非常に不愉快だが、今は気にしない。
だって他に目的があるのだから……
昨日はあの大地くんがトラウマを克服していた事に驚いた。
一生懸命施した“調教”は心の奥深くまで根強く染み付いているはず……だった。なのにたった1年と少しで克服されてしまうなんて完全に誤算だった。
恐らくもう1人の男の神楽坂 優馬という男の仕業であろう。そう……予想するのは容易であった。
ならば……次のターゲットは神楽坂 優馬くんだ!
あの好青年の心と体をグチャグチャにする。そう考えただけで興奮が止まらなかった。
だが……
梵 愛葉は、さり気ない動作で辺りを見渡す。そして視線が自分に集中していることを肌で感じとる。
やはり見られている。こいつらは九重 空の息がかかった生徒会の奴らだろう。
昨日でかなり警戒されてしまったようだ。
今回は前より数倍は厳しそうな条件だ。
だけど、やっぱりこのギリギリ感、堪らないっ!
梵 愛葉は狂っている。そんな困難は困難とは言わない。ギリギリの状況を頭が興奮にへと変換し続けるので、やる気が尋常じゃないほど漲る。
そんな梵 愛葉が行動に移ろうとしていた時……偶然、よく知る人物がすぐ近くをたまたま通り掛かった。初めはその変わり様に誰だが分からなかったが、顔をよく見て誰だが分かると……
「アハはァ!」
尋常じゃないほどの狂った笑みが無意識に出てしまう。すぐに抑え込んだが、止まらない。感情が表に溢れ出る。
「あはァ。久しぶりだね……私の元玩具ッ♡」
その滲み出た歪んだ感情は、周りにいた一般生徒や見張っていた生徒会の人達を恐怖のどん底に陥れる程だった。
そんな梵 愛葉は視線など全く気にせずに、その彼女の後を意気揚々と追うのであった。
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