第165話 恐怖を植え付けられる日
大地の写真や動画、情報を梵 愛葉に渡してから約1週間が経過した。
「あー、なるほどね。そうやって解くんだ。」
「そーそー、考え方を少し変えると案外簡単に出来るでしょ。」
今はテスト期間中で、勉強が不得意な大地に莉々菜は勉強を教えているのだ。
一見仲が良さそうに見える。だけど……莉々菜の中ではどうしても彼を裏切っているという罪悪感があった。そしてその罪悪感に押し潰されそうになる。だが、今の莉々菜には梵 愛葉を頼るしか方法が無いのだ。
「──あの、九重 大地さんですよね!」
「え……」
すると突然、見ず知らずの人が大地に声を掛けてきたのである。同じ高校では無い。他校の生徒だ。
「えっと……」
大地は反応に困っている。突然見ず知らずの人に名前を呼ばれて話しかけられたら普通はそうなる。
でも、大地より数倍その事に驚いたのは莉々菜だった。何故なら……この他校の生徒は大地の事を待ち伏せしていたようだったからだ。まるで、初めから大地がここを歩くと知っているかのようだった。
「う、うん。そうだけど……?」
「好きな物は骨董品で、嫌いな物は虫全般。好きな食べ物はハンバーグで、嫌いな食べ物はタケノコ
…………なんですよね?」
「え……」
大地は絶句。自分の情報を赤の他人がここまで知っているのだから当たり前である。器が広く優しい大地でも流石にドン引きである。
「……っ。」
隣にいた莉々菜は冷や汗が止まらなかった。
──明らかに彼の事を知り過ぎている。そしてその情報は……莉々菜が梵 愛葉に流したものだった。
不安が確信にへと変わる。やはり……あの人はッ!
騙されたのだ。欺かれたのだ。罠に嵌められたのだ。
莉々菜は歯を食いしばる。拳を強く握り、どうしようもない怒りを堪える。
莉々菜に友達から裏切られたという悲しみは余り無かった。梵 愛葉があの契約を持ち掛けてきた時から既に莉々菜の仲では友達では無かったからだ。
もう、テストとかどうとか莉々菜には考えられなくなっていた。それぐらいの怒りだった。
☆☆☆
──その日の放課後。
莉々菜は梵 愛葉を空き教室にへと呼び出した。
本来ならば朝に梵 愛葉を呼び出したかったのだが、大地やクラスの人達が常に莉々菜の周りにいて勉強を教えて欲しいと乞いてくる為、動く事が出来ず、遂には放課後になってしまったのだ。
「こんなに遅くに、どーしたん?もう、帰りたいんだけどォ?」
周りに誰もいないため、今は莉々菜にしか見せない素の梵 愛葉だ。そんな梵 愛葉を強く睨み、肩を激しく揺らしながら莉々菜は声を張り上げる。
「梵 愛葉ッ!あなたは、私の渡した大地の情報をネットに拡散したでしょ!」
「ったく、もう、うるさいよォ。もしそんなの聞かれて学校中に噂が広がったら、私もアンタも終わりだよ。」
「そんなの知らない。私はもう、やめるから!」
「ははァ、もう遅いよ。だって、ネットに拡散しちゃったんだから。」
「認めた。やっぱり……あなたが情報を拡散したのね。」
梵 愛葉は案外すぐに認めた。
「そうだよ。いいお小遣い稼ぎになったよォ。」
「そんな……お金持ちのあなたには、はした金でしょ。それにリスクの方が大きいはずなのに……どうしてそんな。」
梵 愛葉は、満面の笑みで言い切る。
「──そんなの決まってるじゃん。面白いし、バレるかもというヒヤヒヤドキドキするあの快感。それが堪らなく気持ちいいからだって。」
そこで莉々菜は知る。彼女は正真正銘に狂っているのだと。ゾッと寒気が莉々菜を襲う。
「で、でも、そんな事をしたら国が許さないよ。
公開したアドレスを特定されて、逮捕されるかもよ。」
「大丈夫だよォ。バレないような工夫はきちんとしてるからさァ。」
「く……でも、もう私はやめるからね。」
これ以上関わると待っているのは破滅だけだ。そう判断した莉々菜は早々に契約解除を求めた。
「はァ、今更ァ?もうきっちり共犯なんだよ。それに、ちゃんとアンタの母親を会社に戻そうとする努力はこれでもしてるんだよォ。アンタも分かってるでしょ?」
確かに、昨日母宛に会社から書類が届いていた。
久しぶりに母の心からの笑顔が見れた。
「でも、やめる。もう決めたから。」
それでも……やめると言う主張は変えるつもりは無い。
「あーァ、つまらない。やーァっと面白くなってきたのに?もう終わりィ?」
歪んだ笑。それを見て恐怖が増大し、たじろぐ。
すごい負のオーラが莉々菜を襲う。だけど……負けない。
「まぁ、いいやァ。もう、アンタからロクな情報を得られなさそうだし……じゃあ、次で最後にしてあげる。」
「次で、最後……?」
「ラストラスト!あと1回だけで許すよぉ?」
棒読み感が半端ない。それに怒りが湧く。
「…………っ、答えはNoよ。何故なら、あなたは既に信用に値しないから!」
だからという訳では無いが、拒否をした。これ以上、大地を売る訳にはいかないのだ。そうしたら……罪悪感でこれ以上彼と話す事が出来なくなる。
「ヘェーそんな事言っていいんだァ。じゃあアンタのせいで母親は仕事を失っちゃうねェ。ってことはアンタはもう高校に居られなくなっちゃうねェ。」
「っ。」
「あーあー、勿体ない。折角、頭いいのにねェ。」
──莉々菜の中で様々な思いが交錯する。
母のこと、自分の将来のこと…………大地のこと。
そして………………決めた。
「本当に……最後だからね。」
自分でも選択を間違えていると分かっている。だけど、母の事をどうしても見捨てられなかった。あんなに落ち込んでいる母がようやく笑顔になったのだ。もう落ち込ませる訳には……行かなかった。
「ふふふッ、流石私の友達ね!」
意気揚々に調子に乗る梵 愛葉。
「気軽に友達とかって言わないでよ!私とあなたはもう友達なんかじゃないんだから。それと、これからは大地に関わらないでね!」
「うっわ、酷い言い方だねェ。まぁ、いいけど。
でも、アンタもだよ。私も大概だけど、アンタも大地くんの近くにいちゃダメでしょ。」
「…………うん。そんなの分かってる。」
もう、自分は大地の隣には一緒にいられない。いる権利など初めから無いのだ。そんなのはとっくに理解している。1回でも莉々菜は彼を裏切ってしまっているのだから。
☆☆☆
──そして、次の約束の1日前。
………………大地が恐怖を心に植え付けられる日。
「ふぁーぁ、どーしようかな。今日はもう帰ろうかなぁ。」
最近、大地は莉々菜と一緒に帰っていない。何故かは知らないけど避けられているのだ。
多分、大地が勉強が出来なさすぎて呆れてしまっているのだろう。
だから大地は少しでも莉々菜が教えてくれる勉強について行くために日々猛勉強をしていた。部活に入れなかった大地は授業が終わったらすぐに帰ってもいい。だが、家に帰ると自分に甘えて勉強を疎かにしてしまう。それに……姉と椎名さんがよく家に来てて集中出来ない。なので学校で1人で勉強をしていた。
……それに、最近は知らない人からよく話しかけられることが多い。男だから仕方が無いんだけど……とは思ってはいるけど……どう考えてもおかしい気がする。
──なんで、そこまで細かい情報を赤の他人が知っているのだろうか?そう深く考えても答えは見つからない。まだまだ自分は無知なのだろう。そう思う事にした。
「──あの、」
「うおっ……!?」
考え事をしていたからか、そもそも彼女の影が薄いからか?突然、彼女は目の前に立っていた。
最近は本当に気を張っているので余計に驚く。
「えっと……梵さんだっけ。」
たじろぎながらも、顔を見て同じクラスの梵さんだと咄嗟に判断した。
「はい。覚えててくれてありがとうございます。」
「そりゃまぁ、同じクラスだし……莉々菜とも最近は仲が良いしね。」
最近は大地というより、梵さんと一緒にいる事の方が莉々菜は多い気がする。なので余計に気になっていた。
「よく見ててくれますねェ。そんなに莉々菜の事が好きなんだねェ。」
んー?なんだろう。自分の想像していた梵さんのイメージと今の梵さんとでは大きなズレがある。
大地の想像する梵さんは表情が暗くて常に一人ぼっちというイメージ。だが、この梵さんは……狂ったように目を滾らせている。少し怖いと感じてしまうほどに。
「それで、どうしたの?忘れ物か何か?」
「いえいえ、」
「じゃあ……なに?」
「ふふふ、それはもちろん、大地くんですよォ!」
そう梵さんが叫んで大地の懐まで近づいて来た。
「──ちょっ、えっ!」
──バチバチバチッ!!!
青い稲妻が大地の下腹部に押し付けられ、激痛が走った。
「ぐっぅあ!」
これまで痛みをほとんど感じずに生きてきた大地。なので激痛にとことん弱い。
叫びながら倒れ、のたうち回る。だが、痛みはそれだけでは全く引かないし、体も麻痺して徐々に力が抜けていく。
だが……まだ意識はしっかりとある。
逃げなきゃ、逃げなきゃっ!
足が痺れていても、手が動くのならば体を動かせッ!何がなんでも……逃げるんだ!
「あァ、意識残ってるねェ。ちゃんと調節出来てて、良かったよォ。」
大地の目の前でしゃがみ、歪んだ笑みで大地を見る。それがなんとも脅威で……全身で危険を察知し続ける。
「な、何を……これから、僕に何をするんだ……
っ!」
「何って……分かるでしょ?」
そう顔を何故か火照らせながら梵さん……いや、梵 愛葉は制服を脱ぎ始める。
「…………なっ!なんで脱ぐ?」
「え?それは今からやる事に必要だからだよォ。」
初めて見る女性の裸体。興奮……等はしない。そういう感情はまだ無知な大地には無いからだ。
「はぁはぁ、」
熱い吐息を吐きながら服を脱ぎ切った梵 愛葉は片手によく意味のわからない機械を持っている。でも、動きが何とも気持ちが悪い物だ。
更に何処から持ってきたのだろうか、ずらりと並べられた意味の分からない道具達。どれもかれもが恐ろしく見えた。
「これからさ……初めてやるんだけど、調教ってやつをやろっかなって思うんだァ。」
「………………な、なに、それ?」
そんな単語は聞いたことが無い。でも……恐ろしい事だとは分かる。
「私無しでは、生きられない体にするって事だよ!だけど……命令なんだから仕方が無いよね?」
言っていることが棒読みである事から……命令が嘘だと分かる。
「や、やめて……やめてください。嫌だっ!
やめ─────」
必死にもがくが……無理だった。
そこから行われた無慈悲な行為は大地にとって、大きなトラウマとなり永遠に苦しめ続けるものになるだろう。
「えいョ♡」
「────っ、あああああああぁぁぁ!!!!!」
「それェ♡」
「────うぐ、あぁぁあぁぁあぁぁ!!!!!」
……………
…………
………
……
…
誰もいない放課後の空き教室に大地の悲痛の叫びが響いたのであった。
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