第163話 明るくて好青年の彼、そこに惹かれるものがあった……


──今から1年半ほど前の春。今日は待ちに待った月ノ光高校の入学式だ。


新しい制服をぎこち無いながらも無難に着こなし、自信と期待を胸に東雲 莉々菜は高校に入学する。


桜が風で舞い上がって非常に綺麗だ。まるで自分の入学を祝福してくれているかのような気さえする。

そんな清々しい気分だった。


「うん。いい天気。」

「そうだね、今日は晴れてよかったよ!」


一緒に高校まで来ていた母はいつもより数倍テンションが高く、莉々菜が月ノ光高校という名門校に難なく入れたという事を誇りに思ってくれているのだ。


この頃の母は、まだちゃんとした仕事に就いていたので元気だ。仕事のストレスで老けてもいないし、目のクマも無い。


「あ、入学式の看板あるよ!写真撮ろうよ!」

「えぇ、恥ずかしいよ。周りに人もいるんだし……」


看板を見つけ、莉々菜よりもはしゃぐ母。声もそれなりに大きいため、周りの視線を集めて恥かしい……

でも、そんな母よりもはしゃぐ人物が唐突に現れる。


「──わぁーっ、すげぇ。桜だよ。姉さん!初めて見たよ!それに、大っきい校舎だね!人がどのくらい入るんだろう?」

「もう、はしゃいじゃダメだよ大地。転んだりしたら怪我するかもだよ。」


大声で周りを全く気にせずに、はしゃぐ声。それを焦りながら止めている声。


明らかに常識知らず。視線を集めている事に気づかないのだろうか?それに…………低い声?莉々菜は珍しいと思いつつ母よりもはしゃぐ人物がどんな人間なのか確かめるために振り返る。


そして……


「──えっ!?」


莉々菜は大きめの声を出して驚く。いや、周りにいる同級生達もその親も莉々菜と同じように口を大きく開けて驚いている。


どうして莉々菜達がこんな不細工な顔になるまで驚いたのかというと……莉々菜の見た所に居たのは、まさかの男の人だったからだ。


☆☆☆


莉々菜は固唾を飲んで、目の前にいる男の人を観察する。すぐには行動には移さずに、冷静さを自我で保つ。


異様に視線を集めている男の人。もちろん、莉々菜も初めて見る存在だった。


実際に……存在したんだ、男って。一応、男に関しての情報は少なからずは存在する。だが、殆どがデマ情報だし国が制限をかけているのでまともな情報が無い。なので初めて生で男を見て、動揺を隠せなかったのだ。


男の人は周りの目なんて全く気にせずに桜の花を見てはしゃいでいる。隣にいるのは……姉だろうか?

……見た目が似ている為そう判断した。


男の人の第一印象は明るそうで優しそう。雰囲気からそう感じられた。


でも、莉々菜の持つ情報では……男とは悪逆非道で、我儘で、傲慢で……生まれた時から強者、勝ち組だと確信している連中だと莉々菜の中では決め付けている為、第一印象だけでは決め付けられない。


だが……すぐに莉々菜はその考えを捨てる事となる。何故なら大地は莉々菜の知識を覆す程の明るくて優しい好青年だったからだ。


☆☆☆


入学式から数日が経過し、通常授業が始まった頃。


いつもより少し遅めに登校した莉々菜は教室に入るとすぐに……


「おっはよー、莉々菜。今日は遅かったね!」


……などと、挨拶される。


「あ、おはよう。」


少し反応が遅れたが莉々菜は挨拶を返す。


莉々菜が自分の席に座るとすぐに……数人の生徒が莉々菜の元にワラワラとやってくる。皆、片手には教科書やノートを持っている。


「莉々菜ちゃん。また勉強教えてくれないかな?昨日習った所に案外苦戦しててさ。」

「もちろんいいよ。」


もう朝の恒例行事のようなものだったので、慣れた態度で莉々菜は頭を縦に降り勉強を教える。


中学では余り友達が多い方では無かった莉々菜。なので高校の入学したては友達作りに大苦戦すると思っていた。だが、その不安は案外早く解決された。


これも全て同じクラスの九重 大地という男のおかげである。


──それは入学してすぐに行われた課題テストの返却の際。中学ではそれなりに勉強を得意としていたためまぁまぁな高得点を取った莉々菜。


その点数がたまたま出席番号順で前の席だった大地に見えたのだろう。大地はそれなりに大きな声で莉々菜の点数を暴露し勉強を教えて欲しいと懇願して来たのだ。


最初は自分の点数を勝手に暴露されて腹が立った。確かに、自信の持てる点数だったがそれでも気に触ったのだ。でも、そのすぐ後にクラスの人達が莉々菜にどっと押し寄せた。そして、大地と同じように勉強を教えて欲しいと懇願してきたのだ。


初めは慌てふためいた莉々菜だったが事情を聞くと、莉々菜のクラスはたまたまスポーツ推薦でこの高校に来た人達が多く固まっていたため勉強が不得意の人が多かったのだ。だから、勉強が得意な莉々菜は彼女らにとって救世主のようなものだった。


最初は全く乗り気では無かった莉々菜だったが、皆からの期待や……大地からの期待にいつしか応えなければと思うようになった。


それで今の秀才で皆の頼れる存在というポジョンを獲得したのであった。


──その時の莉々菜は、まだ自分がこれから最底辺の存在になるとは1ミリも思ってはいなかった。


☆☆☆


入学式から約1ヶ月が経過した。


莉々菜はすっかりクラスに適応し、友達も増えた。そして彼との関係も少しだけ進展した。

今では呼び捨てで互いに呼び合うほどに仲良くなっていた。


余り笑顔を見せず、自分にストイックな莉々菜でも友達や彼と一緒に過ごすことで、日に日に笑顔が増えていった。


「──大地。早く行こ。次は移動教室だよ。」


男関係で色々と大変な彼。部活に入る事が出来なかったり、委員会に入れなかったり、林間学校でトラブルがあったりと……最近は本当に大変そうだった。


でも彼は弱音などは一切吐かずに、純粋に学校生活を楽しんでいた。その純粋さに尊敬の念すら持てた。


今、彼は机にうつ伏せになって爆睡している。彼は根が真面目過ぎるので授業などでは決して居眠りなどはしない。そのため、反動で授業と授業の間のほんの僅かな休み時間によく仮眠を取っているのだ。


莉々菜はそんなお疲れの彼に軽く声を掛け、起こす。


「…………はーい、よ。」


少しだけ反応が遅いがちゃんと言葉は返してくれる。


まだ寝ぼけている彼。でも、いつもの事なので莉々菜が彼の代わりに授業の用意をする。


「ったく……はい、これ。準備しておいたから。」

「いつもいつも……ごめんね。」

「そんなに毎回寝るんだったら、別に保健室とかで仮眠を取ってもいいと思うけど?」


今の彼を見ていると、いつか倒れそうで怖い。貴重な存在の男なのだからもっと自愛して自分の体を敬って欲しい。


「いやいや、そんなの嫌だよ。だって、それだったら楽しい授業を皆で受けられないじゃないか!」

「っっ!?」


……あぁ、そうか。彼は高校生になってようやく外の世界を知る事が出来て、今この瞬間が楽しくて堪らないのか……

だからどこまでも彼は天然で真面目、素直。そして“無知”なのか。


でも、そんな彼だからこそ──惹かれるものがあったのだろう。莉々菜の心の中で“恋”という文字が浮かび上がった。


彼を見ていると、動悸が激しくなる。体が熱くなる。この気持ちはどう考えても恋としか考えようがなかったのだ。


そう自覚してからは……学校生活が想像以上に充実するようになった。心が穏やかになって勉強が捗る。全ての事が上手くいくという気さえした。


☆☆☆


少しだけ離れた席で、じっと莉々菜と大地の事を見つめる女がいた。女の名は、梵 愛葉。最悪にも、武器を隠し持った悪魔がクラスに紛れ込んでいたのだ。


梵 愛葉はまだ本性を隠している。なのでクラスでは少しだけ元気の無い人という印象で定着している。


「ふーん。随分とあそこ仲がいいじゃん。

……まだ大丈夫だけど、早ければ早いほど面白そうだし、もう我慢しないでいいよねェ?」


梵 愛葉はコソコソと財布を確認しながら、独り言を呟くと……不意に梵 愛葉の顔が歪む。目線は大地で固定されている。


そんな歪んだ笑みを見れば誰だっておぞましいと思う。狂気だと思う。だが、これまで影を薄く薄くと……努力を重ねて来た梵 愛葉。そのため、その歪んだ笑みに気付くものは誰一人としていないのであった。


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