第161話 頑張れ頑張れっ!負けるな、大地先輩ッ!


──体育館の幕が上がる。眩い光が溢れる。


大地のクラス、2年4組の劇の題材は“青春”

全てをクラスの人が作ったオリジナルな劇だ。


ストーリは、パッとしないダメダメな主人公(女)が学園の貴公子と呼ばれるイケメン(男)と出会い、恋に落ちるという学園青春もの。


主役や貴公子、中心人物などは前々から決まっているクラスの人達が変わらずに演じ、大地が演じるのは急遽新しく追加してもらった“主人公に助言をする人”という役だ。


正直、パッとしない。ただ物語を正確に進行させるためだけの役。セリフも二言ぐらいしかない。でも、突然「やりたい」と頼み、今まで練習していた流れを大幅に変えてもらってまでクラスの人達からチャンスを貰ったんだ。

自分の出来る事を全力でやるまでだ。


「『どうして?どうして私は、いつもいつも1人なの!?なんで誰も……私を助けてくれないの?』」

「『はぁ、助け?そんなの……お前が気付いてないだけで、皆助け舟を出していたさ。その全てを無にしたのは、全部お前なのさ。だから皆は呆れて、失望して離れていったんだぜ?』」

「『そ、そんな。嘘、でしょ……』」


体育館のステージでは、カッコイイ衣装に身を包んだクラスの人達が精一杯演技をしている。

ずっと、練習をしていただけあって、演劇などに疎い大地にでも上手だと分かる。迫力が伝わる。物語だけに集中したくなる。


「はい、出来ましたよ。」


クラスの小道具担当の人から、急遽作って貰った造花の花束を受け取る。青紫色の花はステージから漏れ出る眩い光を浴びて光り、キレイだ。


「ありがとう。」


一言。感謝の気持ちを伝える。


「はい、どういたしまして!」


クラスの子は無邪気な笑顔で笑ってくれる。


「僕……頑張って来るよ。」


──そろそろ、行かなきゃ。

周りにいたクラスの人達に聞こえて、ステージには影響が無いような声で言う。


「「「「頑張れ!!!」」」」


裏方の人達は、声を押し殺しながら全力応援してくれた!

それを見て、少しだけ……感動しそうになった。

大地は強い覚悟を決め、1歩。進む。


☆☆☆


うーん、大地先輩はまだかなぁ。


劇が始まって、約10分程が経過した。

大地先輩のクラスの劇はすごく面白い。

無意識のうちに見入ってしまう。演技も悪くないし、セリフもいい。衣装や小道具、セットも思ったよりも本格的だ。


大地先輩は大した役じゃないって言っていたけど、期待はしてしまう。今から心待ちにしてしまってもいる。


隣の葵、姫命は集中して劇を見ている。恐らく、その主人公達と自分を重ねて共感を得ているからだろう。


俺の膝には鶴乃が座っていて、一緒に見ている訳だけど……まだ、少しだけ内容の理解が難しいのか所々内容の説明を求められていた。


劇は盛り上がってくる。

劇の主人公は想像以上に鈍感で、周りが助けの手を差し出してくれたのに、気付かず無下にしてしまった。それにキレた貴公子がストレートに言葉を言いすぎて関係がぐちゃぐちゃに………と、中々面白くなってきた。


──そして、ようやく大地先輩が姿を現した。

すぐに、体育館には大きなどよめきが走る。俺だって先輩の姿を見て驚く。


なぜなら、ステージに現れた大地先輩はいつもとは髪型を変えていて、違う雰囲気を纏い、カッコイイ服を着ていたからだ。


「あれって……大地先輩。」


あれは俺の知る大地先輩なんかじゃない……と思ってしまう程だった。


いつもは目元まで下ろしていた髪型は、オールバック。更にそれをワックスで固めている。衣装は黒色のスーツ。左手には何故か花束を持っていた。


その、ビシッと決まった姿に観客の全員は目を奪われる。いつもの大地先輩を知っているからこそ、ギャップがすごいのだ。


「すごいなぁ……」


つい、本音が漏れる。それぐらいの衝撃だったのだ。


椎名先輩達の方を見る。すると、空先輩は嬉しそうな……そしてなんだか泣きそうな表情で、椎名先輩は大号泣。李さんはその2人の事を慰めていた。


やっぱり嬉しいのは……俺だけじゃないんだな。これまで、大地先輩の事を考え、行動してきた皆が嬉しいのだ。

そんな、皆が大地先輩に注目している時……


「──ッ!?」


ふと、視界のギリギリで……大地先輩にとっての最悪な存在の姿が視界に入った。


一瞬にして全身の毛が遡り、危険だと本能が俺に知らせてくれる。

…………それは梵 愛葉。今の大地先輩に1番会ってはいけない人物だ。


無理やりか?体育館に入って来た梵 愛葉は席には座らずに、立って大地先輩に近付いて行く。殆どの生徒はきちんと席に座っていて立ち見客などは余りいない為、目立つ。だから分かった。


俺は咄嗟に立ち上がろうとしたが……俺の膝には鶴乃が座っていたっけ。


ゴソゴソと少しの騒音を出しながら動こうとする俺に鶴乃は、


「──パパ?うるさいの。しずかにするの!」


娘に注意され、すぐに立ち上がるのはやめた。


「う、うん。ごめんごめん。」


そう謝るが、心の中ではかなり焦っている。

俺から梵 愛葉までは距離が遠く、人が多く混雑している事もあり、大地先輩の目に入る前までに食い止めることはほぼほぼ不可能だ。


でも行動はする。鶴乃を葵と姫命に任せ、中腰でその場から俺は離れるのであった。


頑張れ頑張れっ!負けるな、大地先輩ッ!

そう強く願いながら、ステージの上に立って必死に演技をする大地先輩を俺は強く応援するのであった。


☆☆☆


──さぁ、行くぞ。


大地は颯爽とステージに登場する。

足が少し震える。心臓が高速運動し、気が遠くなる。唇が一瞬にして乾燥する。声が震える。


「はぁっ……」


大地が出た途端、待ってましたとばかりの大きな声援が上がる。期待の視線が大地に強く集中する。

この感じ……高校一年生の初期の頃を嫌でも思い出させてくる。


「…………っ。」


少し前までは自分の事しか考えられなかった。この世界のほとんどが自分の敵だと思っていたし、信頼出来る人なんて永遠に出来ないとも思っていた。だけど……僕は変わったんだ。もう、克服したんだ!


そう思うと、足の震えが止まる。心臓も自分のペースに合わせてくれる。口が上手く回る様になる。


だから……自分なりの演技が出来る。


大地は演技通り、壁にもたれ掛かり、目線を主役に移す。その鋭くも、強い視線に誰もが心を奪われる。


「『貴方は勘違いしている。自分以外の全員が敵?

そんな事は絶対に無いさ。1回、目線を変えてみようか?そうすれば、見える世界は変わる。俺は……そうだったぜ?』」


このセリフは……クラスの人と大地が協力して考えたセリフ。大地の事を少し織り交ぜ、支えてくれた人達へ向けての言葉だ。


「『っ、で、でも私は……ずっと、一人ぼっち。彼にも見捨てられ、呆れられ、失望され、もう何も残ってないのよ。そんな私が彼と釣り合うわけが無いのよ。』」


必死の演技で言葉を返される。

続け様に、僕のこの劇での最後のセリフだ。


行くぞ……


演技通り、少し歩き、観客の目線を自分に集めてからセリフを言おうとした時、


「あ……」


──偶然では無い。明らかに大地でも分かる場所にアイツは立っていた。そう、大地にとっての“恐怖”そのもの、梵 愛葉だった。


“恐怖”が目の前にいて自分の事を見ている。それだけで、心に綻びが出来る。今までの自信、やる気……その他諸々、培って来た物が大地からどんどんと無くなり、心が黒く侵食されて行く。


……棒立ちの大地は何も言わない。傍から見たら、演技だと思われるかもしれない。だが、大地のクラスメイト達は混乱する。


静寂が、体育館を支配する。


「──大地くん、おひさー、元気にやってたァ?」


ギラつく目でこちらを見つめ、ケラケラと笑いながら話しかけて来る。劇とか、そういうのはそっちのけだ。更に、大地にしか聞こえないような小さな声だった為、周りの観客には聞こえていない。


「っぅ……」


本能が「逃げろ」って叫んでる。足が無意識に動き出そうとする。でも、何故か立ち止まっていた。

普通の大地なら泣きながら逃げるはずなのに……

心が……心の奥底にある大地の強い覚悟が、本能を抑制し、逃げるのを阻止していたのだ。


──拳を強く握りしめる。歯を強く食いしばる。震える足を全力で引き締める。


僕はもう……負けない。絶対に絶対に負けないんだ。そして……もう二度と後悔はしないんだ。


「ふっ……」


吹っ切れた表情を梵 愛葉に見せ付ける。絶対にお前には屈しないと目力で分からせる。


大地は片手にずっと持っていた花束を片膝を付いて、劇の主人公に渡す。


「『こ、これは?』」

「『──俺にはお世話になった人が大勢いる。頼りになる後輩。俺が学校に居やすいように生徒会長にまでのし上がってくれた姉。常に気を配ばり続けてくれたクラスの人達。辛い時にずっと一緒に涙を流してくれた愛する人……』僕の為に、青春を全て捨てた人だっている。」


これは……大地にとっての新たな門出。その宣言をアドリブで劇にねじ込んだ。クラスの人には後できちんと謝るつもりだけど、それでも言いたかったのだ。そして、最後の言葉は素の自分で言ってしまった。


「『こ、この花束はどういう意味なの?』」


すぐに僕に合わせてくれた主役の人に感謝をしながら、大地が今思ったものを頭の中で一つ一つ紡いで言葉へと変換する。


「『この花束は全ての人達への感謝の気持ちを物にしたものだ。俺は感謝の気持ちを絶やさない。お前は昔の俺にそっくりだ。俺は皆のおかげでもう迷わない。だから、お前も迷うなよ。お前より前に沢山迷った先輩からのこれは助言だ。』」


最後のこの言葉は、劇のストーリの流れをなるべく壊さないようにと考えて言った。もちろん、言っている事には嘘偽りなんて無い。そう遠くない未来にきちんと感謝の気持ちを物にしたものを送るつもりでもある。


「え。えっ……」


梵 愛葉はアテが外れ……なんともヘンテコな表情をしている。それを見て……大地はステージから見下してやる。


──九重 大地。月光祭6日目は、大地にとって精神的に大きく成長した日となる。

そして、月光祭7日目は……“波乱”の日となる。だが、転機の日にもなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る