第160話 いつもとは全く違う大地先輩


イケメンコンテストが無事終わり、月光祭5日目は終わった。


その日の夜は茉優が家に半ギレで押し掛け、俺は3時間に及ぶ事情聴取をされた。そして俺は全てを話した。


金城 煌輝との出会いや関係性、今日のイケメンコンテストの事まで全てだ。


精一杯、全力で謝ったため、何とか落ち着いてくれた茉優だけど、しばらく茉優には逆らえなくなってしまった。(気持ち的に)


☆☆☆


月光祭6日目。残り少ない月光祭を活気付けようと、月光祭実行委員会や各部活動などが開催するイベントが多くなってくる頃。


今日は家族の皆で月光祭を回る日だ。前からずっとずっと楽しみにしていた。


午前中のきりの良い時間までは、ちゃんとクラスで働いて、午後からは月光祭実行委員長の仕事もあったので自由時間にして貰った。雫、夜依は俺と同時にクラスから抜けられると、お客さんが減るとの事で由香子や春香から全力で阻止されていた。


まぁ、月光祭実行委員長としての仕事は見回りとかそんな些細なことなので皆と月光祭を回りながらでも出来る。


本来ならば最終日に皆と楽しく回りたかったのだが、最終日は月光祭実行委員長として色々と動き回らないといけないし、閉会の挨拶とか感想とかそういう事の練習もしないといけないし、大地先輩の“告白”の支援にも行きたい。それに、最終日は女装をしなければならない事になってるし……


様々な仕事が重なってしまったため、しょうがなく6日目を選んだのであった。


「──パパっ!」


校門前でさっき合流した葵と一緒に待っていると、鶴乃が笑顔で俺と葵の両方に抱き着いてくる。


今日の鶴乃は外な寒いからか、暖かそうなジャンバーを着ていた。付き添いの姫命も普段のメイド姿では無く、普通の長袖長ズボンの暖かい服装に身を包んでいた。


「あれ、このジャンバーって、いつの間に?」


見たことの無いジャンバーを見て俺は疑問に思う。


「それ、私のお下がりなんですよ!!」

「あ、そうなんだ……」


そういえば、俺……鶴乃の冬服とか買ってなかったっけ……親としてのミスだな。

俺は今年中にやることリストに“鶴乃の冬服購入”と追加しておく。


「可愛いよ、鶴乃!」


鶴乃を抱き上げ、肩車をしてあげる。


「わぁーっ。たかい、たかいっ!たのしいの!」


満面の笑みで楽しむ鶴乃。それを見ると、ほのぼのする。疲労した体から疲れが抜けて無くなる。


周りからの羨ましの視線が鶴乃へと集中するが、家族団欒の俺達の空気には全く届く事はなかった。


それから俺、葵、鶴乃、姫命の4人で楽しく店を回ったのであった。


☆☆☆


一旦、皆と別れて屋上へと行く。

屋上へ入ると、天気のいい日差しが俺を照らし温めてくれて気持ちが良い。明るい日光を前身で浴びながら待ち人に声を掛ける。


「遅れてすいません、大地先輩。鶴乃が少し……はしゃいじゃって。」

「いいよ、全然。やっぱり、娘を持つ“パパ”は大変だなぁ?」

「うっ、パパって言わないで下さいよ。俺を悶え殺すつもりですか?」


学校に一瞬で広まった噂は大地先輩も知っているようだ。まだ、パパに慣れていない俺は、会う人皆が口を揃えて言ってくるので、恥ずかしさで死にそうになっていたのだった。


「冗談だってば!」


顔を赤くする俺に笑いながら謝ってくる大地先輩。


「──それで、どうしたんですか……?

もしかして明日の事でもう緊張してるんですか?」

「まぁ、それもあるな。」


大地先輩は屋上に座り込み、空を眺める。

遠い目で真っ白な雲を見て、緊張を紛らわせているようだ。


「大丈夫ですよ、自分に自信を持って下さい。大地先輩の女嫌いはほとんど克服できていると思いますよ?」

「そ、そうか?」


影から大地先輩の事を見守っていたけど、十分に克服出来たと思う。まぁ……アイツらは別だと思うけど。


ふと……東雲 莉々菜や梵 愛葉という凶悪な女達の事を想像してしまう。


「そうだ!頼みたい事があったんだ。」


パッと目線を切りかえ、近付いてきた大地先輩。


「頼みたい事……とは?」


俺はそう聞き返すと、大地先輩は制服のポケットから10枚ほどの紙切れをドバっと取り出す。


「これは?」

「今日ある、クラスの劇の特等席チケットだよ。」

「げ、劇!?」


そう言えば2年生は劇をするんだっけ。

色々と忙しくてすっかり忘れていた。


というか……これを渡すって言うことは………!?


「大地先輩!もしかして劇に出るんですか!?」

「あー、言ってなかったっけ?」

「はい!……って、どんな役なんですか?何時ですか?絶対に見に行きますよ!」

「あー、分かった分かった。余り大量に質問をするなよ。」

「す、すいません。興奮しちゃいました……」


いつもとは全く違う行動をし、積極的に行動した大地先輩に若干感動してしまったのだ。俺が興奮するのも無理はないだろう。


「いや、まぁ、別に大した役じゃないんだけどね……

でも自分から“やる”って勇気をだして言ってみたんだ。」


恥ずかしそうに言うけど、俺はすごい事だと思う。

だって、この人……この前までは特定の女の人以外とは話したりも出来ないぐらい“苦手”だったんだぞ!?凄すぎる進歩だ。素直に賞賛だ。


「それで頼みたい事なんだが……この特等席チケットを椎名さんに渡してくれないか?怪しまれたくないから姉さんや李さんも一緒で構わない。余ったチケットは優馬が使ってくれて構わないからさ。頼む!」


大地先輩の恋路に協力すると前々から決めていたのだ。全力で応援させてもらう。


「もちろんっ……協力しますよ!」


特等席チケットを大地先輩から受け取ると、俺は屋上から出ようとするが……


「そうだ。

──1つだけ、後輩からのアドバイスです。」


後悔からの助言を言っておこうと思った。


「アドバイス……?」

「はい……“チャンスは、絶対に逃さないで下さいね”」


告白へと繋げるために……これは大きなきっかけとなる。これはビッグチャンスだ。絶対に逃さないで欲しい。


「ああ……分かってるさ。僕なりに精一杯頑張るよ。あ、でも決して期待はしないで欲しいな。緊張しちゃうから。」

「ははは、了解ですよ。」


笑って見送ってくれた大地先輩。

今日の大地先輩は集中しているからか、いつもよりなんだがたくましく……そして男らしく見えた。


☆☆☆


「──あっ、やっと見つけた!!!」


俺は約束通り、椎名先輩達一行を発見した。

この人達……相当遊んでいるようで、両手に持ち切れないほど荷物を持っていた。


「どうした優馬。お前から話しかけて来るなんて珍しいな。」

「そーだね。」

「ふふ、空は怖いからな。しょうがない。」

「ちょっと、李!それは酷いからね。」


3人共、すごく楽しそうで俺もそういう男の親友が欲しいなぁ……なんてこの人たちを見ているとそう思ったりした。


「…………おっと、また蚊帳の外だったな。で、何の用なんだ?緊急事態か?」


珍しく話を俺に降ってくれた空先輩。

どこか……察している雰囲気を醸し出してる。


あぁ……そっか。俺の握りしめている特等席チケットを発見したからだろうな。


「いえいえ、緊急事態では無いですよ。

ただ、2年生の劇の特等席チケットを貰ったんですけど……思ったより量が多くて、余らせちゃうのも勿体ないんで是非先輩達にどうかなと。」

「劇って……もしかして大地のクラスか?」

「………………あ、はい。弟の劇を見れて、いい思い出になるかなぁと。」

「え、大地くんの?いいじゃーん。」


椎名先輩は俺の話を聞いて興味津々だ。そして、すごく嬉しそうだ。空先輩も李さんも椎名先輩ほどでは無いけど興味はありそうだ。


「じゃあ、俺は待っている人達がいるので……」


椎名先輩に3枚、特等席チケットを手渡すと……すぐに立ち去ろうとする。一応言葉には気を付けているが、椎名先輩に何かを察しさせるのは悪手だからな。


「──おい、優馬。」


だけど……立ち去る前に空先輩に呼び止められる。


「………………どうしたんですか。って!?」


さっきまでとは違い……妙に真剣味を帯びた顔をしている空先輩。


「──少しだけ2人で話をするぞ。」

「っ。はい。」


それで……俺も何となく話の内容が分かり、気を引き締めた。


場所を移動し、人気の無いベンチに2人で腰掛けると早速話を開始する。


「──まず、ありがとう。大地があんなにも明るくなったのは優馬……お前のおかげだ。」

「っ!?」


空先輩からの感謝の言葉──っ。

初めて耳にした俺は飛び跳ねるほど驚く。

この人に感謝をするという感情が残っていたのかっ!?


「っと……は、はい。あ、でも頑張ったのは大地先輩です。今回の劇も自分から出るって言ったそうですし。」

「そうなのか……そっか。」


空先輩の生徒会長としての顔が少しだけ緩んだ……気がした。


「でも……東雲 莉々菜とかにバッタリ会う事だけは避けないと、いけませんね。しっかりと俺が守らないと。」


まだ、大地先輩は不安定だ。それでまた恐怖に呑まれてしまったら……今度はもう正気を保てないかもしれない危険性がある。それだけは何としても避けなければならない。


空先輩は俺の言葉を聞き……一気に怖い顔になって行く。空気がピリつく。空先輩オーラがドス黒いものへと変化していく。


な、なんで!?ビビりまくる俺。


「──────お前……その名前を知っているという事は、彼女について調べたな?」

「あ、」


そういえば、空先輩と大地先輩の過去の事は調べないと約束をしてたんだっけ。自分のミスで嘘をバラしてしまった。


「まぁ、それはいい。だが、調べるならばちゃんとしっかり調べるんだな。東雲 莉々菜の事を悪く言われると、腹が立ってしょうが無い。」

「え……それって、どういう事ですか?」


その言い方だと……東雲 莉々菜は悪者では無いと言っていることになるんだぞ?嘘つきで、約束も破れないあの東雲 莉々菜なんだぞ!?


「優馬、1度調べたのならば……最後の最後まで調べあげろ。中途半端は絶対に許さないからな。」


両肩を捕まれ、強く言われた。


「え……っと。わ、わかりました。」


よく意味が分からないまま了承し、俺と空先輩との話しは終了した。だが、どうやら俺は大きな勘違いしているという事だけは空先輩によって分かった。


☆☆☆


大地は優馬に特等席チケットを渡した後、クラスの人が待つ体育館の控え室まで足を運んだ。


「あ、やっと来てくれましたね、大地さん。」


クラスの人達は大地に気付くと、ホット安心したようだ。


最近は割と女嫌い克服のための特訓としてクラスの人達と話す事が多かったので、別に問題は無い。恐怖も湧いてこない。


「お、遅れて……ご、ご、ごめんなさい。」


だが、まだ話すのは少し難しい。それでも進歩した方だ。褒めて欲しいくらいだ。


「大丈夫ですよ!劇に参加してくれるだけで私達は嬉しいんですから!」


1人の感謝に、クラスの人達は全員が揃って頭を縦にふる。


あぁ、どんなに無反応で無愛想でカッコ悪い自分でも……ここまで皆は思ってくれる。気を使ってくれる。その事が嬉しくて、感謝したくて………………そして自分の中での踏ん切りが付いた。


「ね、ねぇ、」


大地はクラスのメイク担当の人に密かに声を掛ける。


「だ、大地さん?ど、どうしたの?」


初めて声を掛けられたその子は、戸惑う。


「そ、その……ワックス、貸してくれないかな?」


震える手を無理やり抑えつつ、その子が持っていたワックスを指さす。


「ワ、ワックス?何に使うの?」

「そ、それはね、ちょっと────」


大地はその子に耳打ちする。


大地の伝えた内容に目を大きく開けるくらい仰天するメイク担当の子だけど、すぐに了承してくれた。


「ふぅ……」


大地は息を吐き出し、覚悟を決めるのであった。


☆☆☆


「すごく、楽しみだね!」


俺、葵、鶴乃、姫命の4人で大地先輩の劇を見る為に体育館に来ていた。男の大地先輩のクラスの劇という事もあり、多くの人が集まった体育館。

こんなに人がいたら入場チケットを入手する事も難しかったであろうが、大地先輩から貰った特等席チケットのおかげで楽に体育館に入れ、席に着けた。


結局、雫と夜依の2人は間に合わなかったようだ。

後で感想を聞かせてあげよう、っと。


少し近くの席には空先輩、椎名先輩、李さんの3人が仲良く座り、劇の開始を待っている。


さぁ、俺の役割はきっちり遂行した。後は、大地先輩が頑張るだけだ。


──体育館の照明がゆっくりと消え始め、暗闇となる。そして、ステージの幕が少しずつ上がり光が漏れ出してゆく。


頑張って下さいよ……大地先輩ッ。特訓の成果、カッコイイ姿を椎名先輩に見せつけてやって下さい。

心の中でそう願い、親の様な心配な気持ちで俺は見守るのであった。


☆☆☆


──劇が始まる5分前。


「フフ、久しぶりのこの校舎……やっぱり、私の場所はここだけだよねぇ。」


1人の日ノ元高校の制服を着た女が月ノ光高校へと足を踏み入れる。だが──その足取りは随分と慣れ親しんでいる様で、1歩1歩に迷いが無い。


「あ!そうだァ、彼の所に行かなくちゃね。ついでに、あの馬鹿な女の事も見てからかっておこうっと。」


その女はスマホに映る隠し撮りした彼の写真を見る。その彼の心底怯え、絶望する表情を見ると、笑みが止まらなくなる。体が火照る。ぐちゃぐちゃにしてあげたくなる。──私無しでは生きられない体にしてあげたくなる。


その歪んだ思考をし、歪んだ笑みを無意識にしてしまう女はすれ違う月ノ光高校の生徒を恐怖に陥れる。女は高テンションで軽く鼻歌を口ずさみながら、体育館へと一直線に向かったのであった。



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