第159話 絶対に負けられない戦いが今ここにある!


盛大に盛り上がってきた月光祭5日目!


俺は事情を隣で聞いていた雫と夜依に、ちゃんと許可をとり、女装姿から解放されいつもの姿に戻った。


「それで……勝手にあんな約束していいの?」


俺がさっきまで着ていた服を丁寧に畳んでしまいながら、夜依が聞いてくる。


「確かに身勝手だね。だけど、あのチャラ男に俺が負けると思う?」


俺は自信満々に言い切る。普段は自信が無さげの俺だけど、あのチャラ男に関してだけは違った。絶対に勝てるという確かな自信があった。


「確かに……あの金髪よりはゆぅの方が断然カッコイイし、場馴れしてる。コンテストは必ず勝てると思うけど……アピールとか即興で出来るの?」

「え……アピールなんてあるの?」


そんなの聞いてないぞ……

俺はてっきり、自己紹介とかをして終わりだと思っていた。


「勿論、あるわよ。ちゃんとプリントに書いてあるわよ。それに、月光祭実行委員会の時にもちゃんと説明していたわよ。“コンテスト出場者はアピール出来る特技を1つやって貰う”って。」


夜依にそう指摘され、慌てながら自分のプリントを見ると……確かにそう注意書きがあった。


「アピール……か。何があるだろう。」


特に俺がアピール出来るものは……無い……かな?


そう考えると、さっきまでやけに自信満々だったのに……急に自信が無くなり不安になってきた。少しだけ、チャラ男と勝手に約束した事に後悔し始める。


──でも、雫の言葉でその不安が一瞬で吹き飛んだ。


「……あるじゃない。」

「え?」


当たり前かの如く、一瞬も考えず迷わずに言う雫。


「……ゆーまには大好きな“サッカー”がある。サッカー部で偶に皆が驚く程のスゴいプレーを見せてくれる時があるじゃない。それをすれば派手だしアピールするのには最適だと思うけど?」

「あ!あぁ、そうだね。俺にはそれがあった。サッカーだと、映えも良さそうだし、いいアピールになるかも。」


確かに……自分の大好きな物をアピールすれば、俺もアピールしやすい。それに、あの技は簡単に出来る。そう思うと……


失った自分が再び湧き上がる。そして、コンテストに向けてのやる気も同時に湧き上がった。


俺は2人の前に立ち、頭を下げる。


「2人には凄く……悪いんだけど、もう1回……今度はカッコよく俺にメイクしてくれないかな?」

「えぇ……今日は2回もしてるのよ?それに、メイクをしなくてもゆぅはカッコイイし、勝てると思うけど。」


夜依がダルそうに言う。隣にいた雫も別に何も言わなかったが、表情からして嫌そうだった。


「妥協は絶対にしたくない。それで、もし負けたりでもしたら俺は茉優に土下座をしなければならないんだ。ここは茉優の為と俺の兄としての威厳を守るためと思って……メイクを頼むッ!」


本気の目で、2人に頼む。


「……はぁ、じゃあ……する。だけど、ゆーまは私達2人に何をしてくれるの?」

「あー、そうね。タダ働きは御免こうむるわね。

だから……」

「だから……?」


2人はアイコンタクトを互いにすると、声を合わせてこう言った……


「「(……)やるからには、最高にカッコイイ姿を見せて!」」


……と。


☆☆☆


コンテスト開始まで残り5分──


金城 煌輝は控え室で、自信満々に堂々と佇んでいた。特にメイクなど衣装は変えてなく、素のままで出場するつもりだ。勝てることがほぼほぼ確定しているから本当に気楽だ。


控え室は大きな部屋で男装をした女共が嫌でも視界に映る。既に敗北が確定している女共、“哀れ”と心の中で笑いつつ、視線を動かすと……その女共とよく目線が合う。


物珍しそうに煌輝の事を見てくる。


「ちっ……」


それにイラつき、大きな舌打ちを控え室に響かせる、煌輝。


ったく、なんなんだ……ここの女共は……?

煌輝の知る普段の女共と、この高校の女共は……いつもの感じとは大きく違っていた。


普段の女共は、煌輝の事を見ると話しかけて来たり、大きな人集りになって煌輝の邪魔をする。だが、この高校の女共は俺の事を物珍しそうに見るだけで、話しかけて来たり、人集りになったりはしなかった。それに見られるけど素通りされたりもした。


──なんなんだ?

まるで、“男”に慣れているかのようだった。


この高校は中々特殊な高校と聞いていたが……まさか、ここまでとはな。


この高校に少しだけ興味を抱きつつ、再び辺りを見渡す。そろそろコンテストが始まるのだろう、辺りが騒がしくなって来た。控え室の緊張感もやけに高まって来る。


お……!そんなのを気にもせずに、視線を動かしていると、気付いた。


あれは……茉優だ!

でも、なんでコンテストの控え室に?


もしかして……オレに会いに来たのか?応援しに来てくれたのか?……そうだ!そうに違いない!


煌輝は久しぶりに心の中で“嬉しさ”という感情が生まれる。煌輝はすぐに茉優の元へ飛んで行き、機嫌良く話し掛ける。


「おう、茉優!デートの件なんだが、来週の土曜日なんてどうだ?」


既に勝ち誇った気分で、来週のデートの件について話を進めようとする。


「え、何が?」


だが、茉優は煌輝の事を見て渋い顔をしながら適当に答えて来た。

んんッ……!?やはり……おかしい。いや、これがいつもの茉優なのだが……さっきの茉優が明らかにおかしかったのだ。


さっきのおかしい茉優とここにいるいつもの茉優

……その両方の姿を頭の中で比べながら話を続ける。


「だから、さっき約束したデートの件だぜ。忘れたとは言わせないぜ?」

「えっと……本当に何を言ってるのか分からないんですけど?それに、なんで貴方がこんな所にいるんですか?」


茉優はそれでも、シラを切るつもりだ。

話を変えようともしてくる。


「は?全く話が噛み合わねーな。オレは茉優、お前の為にこんなコンテストに出る事になったんだろうが?」


まぁいい。茉優と話すのは何故か心が踊るし、全然苦にならないからな。とことん付き合ってやるぜ!


「え?私は……“お兄ちゃん”が出るから……本番前の様子を見に来ただけなんだけど……」


茉優が何やら不穏な空気を醸し出し、不可解な言葉を言う。煌輝はすぐにそれを理解する事が出来なかった。


「──お、おい。」


煌輝は取り敢えず、傍から離れ誰かを探しに行こうとする茉優を止める為に手を掴む。


その時だった──


「「「「きゃぁぁぁぁ!!!」」」」


いきなりの大きな歓声が控え室に響いた。叫んだのは、コンテストに出場予定の男装した女共だ。


「は!?な、なんだよ!?」


突然の事に驚き、そして驚かされた事に苛立つ煌輝。だが、その歓声と共に現れた1人の人物を見て、煌輝は口をあんぐりと空け唖然とした。


「な……あ、あれ、男……だよな…………間違いなく。」

「ん、そうだよ!私の自慢のお兄ちゃんだよ!」


茉優は煌輝の疑問に、珍しくハキハキと嬉しそうに答える。これまでで1番の笑顔を見れたのかもしれない。


「お、お兄ちゃん…………ッ!

はァ?お兄ちゃんッッ!!??」


煌輝は驚きの波状攻撃に、尻もちを着くくらい驚くのであった。


☆☆☆


「さぁ、行くぞ……」


気合いの篭った声で俺は強く意気込む。

ここは1年3組、俺達以外は誰もいないその教室で雫と夜依からカッコイイメイクをして貰った。


要望通り、男らしく、そして王子様の様な凛々しさとカリスマ性を併せ持つようなそんなイメージのメイクだ。そしてこのメイクに似合った最高の男になる為に俺は気持ちを切り替え、纏う雰囲気をガラリと変えた。更に一つ一つの動作に無駄な動きを追加し、カッコ良さげに仕上げる。


雫と夜依からの第一評価は“最高”という事だったので、恐らく大丈夫だろう。これは絶対に負けられない戦いなのだ!男として、俺が用いれる全てのものをぶつける覚悟だ。


そう強く心に決め、外に歩み出すと……いつもとは全く違う雰囲気の俺に、周りにいた皆は一瞬で心を奪われメロメロ状態となった。


そして、あのチャラ男がいる、コンテストの控え室に到着したのであった。


☆☆☆


「──さぁ、ついに……ついに始まりました!イケメンコンテストぉぉ!!」


コンテストの司会の月光祭実行委員会に所属する女の子が元気一杯に宣言する。


月光祭のビックイベントの1つという事もあり、大勢集まった観客は大いに盛り上がる。


「本来ならば、男装をした月ノ光高校の生徒が様々な物を使いアピールする。というのが醍醐味のコンテストでしたが……

なんと、今回は男の人が2人参加するという凄い情報が入ってます。なので是非皆さん、最後までご覧になって下さい。」


そう説明した後、早速始まったイケメンコンテスト!


コンテストの出場者は様々なジャンルの男装をしていて観客を楽しませる。更に、アピールも多種多様。ビックリ仰天しハラハラするものや、チャレンジ系などのドキドキするものをやる子もいた。


観客は物珍しさと男装という最高のジャンルに萌えまくり……イケメンコンテストの会場は最高潮だった。


それから順々にコンテストの参加者は続く。だが、大体の参加者は優馬と煌輝に勝てる訳が無いと若干の諦めムードなので少しだけ覇気がない。なので、アピールの失敗も多い。それに、大勢集まった観客の目当てはそもそもが優馬達なので他の参加者達は目の保養として見ている者も多かった。


そして遂に、参加者は残り2名となった。

エントリー順のため、初めは煌輝からだ。


「さて、お待たせしました。まずは……謎の金髪男子の登場です!」


司会の興奮気味の説明の後、颯爽と金髪を靡かせて現れた煌輝。


観客は珍しい男を見て興奮する!そして、どんなアピールをするのか期待を寄せる。


だが……


「…………ッ。」


やや緊張気味なのか……煌輝の動きが悪い。

マイクの前に立っても、すぐには話し始めなかった。


「──オレの名前は……金城 煌輝だ。」


自己紹介も微妙で、そこから言葉が続かない。

完全にアガってしまっているのだ。顔を真っ赤にし、俯く。


……それもそのはず。煌輝はまだ中学3年生。国のルールを無視して中学に入った異端児だが、人前で話したりする事は生まれてこの方した事がなかった。それにコミュニケーション能力も差程高い訳でも無い。


煌輝がアガってしまうのも無理はなかった。


「ちっ……」


今の煌輝には全ての観客が敵に見えた。


「──で、ではアピールを……お願いします。」


司会が咄嗟にサポートをするが、煌輝の耳には入っていない。さっきまであれ程、うるさく盛り上がっていた会場も急に静寂となり、煌輝を無言で追い詰める。


ちなみに優馬は控え室で自分の事に全力で集中しているため、この緊急事態に気付いていなかった。


もうダメだ……煌輝は全てが嫌になり、逃げようとした時──


周りの目など全く気にもせず、1人の女子が大声で煌輝に向かって叫んだ。


「──煌輝ッ!前を向けぇぇぇ!いつもの貴方は、そんな情けなくないしカッコ悪く無いでしょ!!!

いつまでそんな醜態を晒してるのよ!見てるこっちが恥ずかしくなってくるのよッ!もっと、しっかりしなさい!頑張りなさいっ!」


そう、煌輝の為に叫んだのは……まさかの茉優だった。一件、野次に聞こえるかもしれない。だが、煌輝にはそれでいいのだ!茉優からの“応援”としてしっかりと心で受け取っているのだから……


茉優からの応援のおかげで……煌輝の緊張が解れる。羞恥なんてどうでも良くなる。勇気が溢れる。

そして……茉優の事をもっともっと…………


「──ハッ!分かってるよ!」


煌輝は笑った。素の……心からの笑だ。

その純粋な笑顔を見て、観客は一瞬で魅入ってしまう。


それからいつもの調子を取り戻した煌輝は少し荒削りだが即興の男あるあるトークを話し、観客を盛り上げたのであった。


☆☆☆


チャラ男がやり切った表情で俺とすれ違う。


集中していたからチャラ男の自己紹介とかアピールとかは見ていないけど、それなりのものをしたのだろう。


「絶対に負けられない戦いが今ここにあるんだ。」


自分にそう言い聞かせ、観客の前まで歩を進めた。


いつもの俺とは違う雰囲気に観客はザワつく。

人前は苦手だけど……色んな大役を散々やって来たんだ、流石に慣れた。


落ち着いた表情と、カッコ良さを追求した笑みで自己紹介を始める。


「どうも、神楽坂 優馬です。

皆さんはよく俺の事を知っていると思うので詳しい事は省きます。……それで、アピールを今からするんですけど、よく見てて下さいね。」


口調も変え、声色も変えた。


滑らかな動きで制服の上着を脱ぎ、ワイシャツ姿となる。少しばかり歓声が上がるが俺は集中しているので気にしない。


そして、裏方の雫からサッカーボールを受け取る。


「じゃあ、行きますね。」


そう公言し、サッカーボールを手からふわりと離す。ボールを右足で優しく受け止めると。連続での高速リフティングを披露。それから宙にボールを長く浮かせると、体を大きく捻りボレーシュート!


低弾道、そしてバックスピンが上手に掛けられたボールは観客の頭上を抜け、もう1人の裏方である夜依が仕掛けた風船にドンピシャで当たる……

風船は弾けて大きな音が上がる。


「はぁはぁ……これで、俺のアピールを終了します。」


疲れたが、やり切った。


「「「「……………………っ!?」」」」


神業。そう表現するのが相応しいほどの優馬のアピールに観客はスタンディングオベーション。

やりきった俺は……うん。満足だ。


☆☆☆


イケメンコンテストは、最高のアピールで観客を釘付けにした優馬が優勝という結果だった。だが、圧勝という程でも無かった


「ふぅ……」


イケメンコンテストが終わり、控え室に戻って来た俺はいつもの雰囲気の俺に戻し休憩していた。

あのモードは中々しんどいのだ。精神的にも肉体的にも。


「……優勝おめでと、ゆーま。」

「お疲れ様。」


雫と夜依の2人が勝利を祝ってくれる。


「ありがとう、2人の協力のおかげだよ。」


そう言って2人を抱きしめる。疲れた心には愛する婚約者が1番の薬となる。


「……ちょ、ゆーま。皆見てるっ!」

「恥ずかしい……離してよ。」


周りにいる参加者の女の子達から羨ましそうに2人は見られていた。だけど、そんなの気にしない。

しっかりと、心にチャージする。


「カッコよかった?」

「……ええ。」

「もちろん。」


俺がボソリと2人に聞くと、即答で答えてくれた。


「──あ、お兄ちゃん?」


茉優と……チャラ男!?が2人で俺の元へやって来た。2人を抱きしめていたため、気付くのが遅れた。


茉優は何とも、微妙な表情。


俺は慌てて抱き締めている2人を解放すると、前を向く。


「オイ……お前ッ!」


茉優の隣のチャラ男が俺を指さしながらタメ口で俺の事を呼ぶ。別に……いいけど、若干言い方にイラッとくる。


チャラ男は若干涙目で、悔しそうな表情をしている。


「えっとな……」


一応、先輩なので注意はしておこうと思ったけど、その前に……


「──ちょっと!お兄ちゃんになんて口の利き方してるの!?敬語よ!」

「う……悪かった……ぜ。」


茉優に強く睨まれながら注意されるチャラ男はしょうがなく謝ってきた。


ん……なんだなんだ。随分と距離感が近いような。


「でも、言っておくぜ!お前……いや、神楽坂 優馬……お、覚えてろよ!いつか、あんたを超えてみせるからな!」

「ちょっ!私のお兄ちゃんに何言ってんの!」


俺にそう宣言してダッシュで茉優から逃げるチャラ男。それを怒りながら追う茉優。


「ふっ!完全勝利!」


まぁ、結果的には勝てたのだ。前々から練習していたものも皆の前で披露出来たし、満足だ。

仁王立ちで堂々と高笑いする俺だが……それを見て雫が──


「……ねぇ、ゆーま。」

「ん、なにかな?」

「茉優を渡さない為に今回のコンテストに出場して、優勝したのよね?」

「うん。そうだけど……」

「茉優……あの金城 煌輝っていう男の所に行っちゃったけど?」

「確かに……」


そう思うと、俺は余計な事をしてしまったのか?仲を深めるきっかけを作ってしまったのか?


茉優とあのチャラ男の関係はよく分からない。

だけど……大変マズイ。俺の……可愛い妹をそう簡単に他所の男なんかに渡せるかッ!


「そ、そ、そんな事……させるかぁッ!!!!」


俺は焦りながら、全速力で2人を追い掛ける。それを、呆れながら見守る雫と夜依であった。



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