第157話 お説教タイム


月光祭2日目が終了した。


「はぁ……」


本当に疲れた。

あれから鶴乃の関係をクラスの人達から問いただされ、その説明に1時間ぐらいかかってしまった。


元からヘトヘトだって言うのに……更に疲れてしまった。


俺は女装姿からようやく解放され、はしゃぎたいが

……その前に、姫命にお説教をしなければならない。


☆☆☆


「──姫命……ちょっとこっち来て。」


家に帰り、すぐに俺は姫命を呼ぶ。


「え……っと。後でいいかな?まだ、家事が終わってなくて。」

「あぁ、構わないよ。俺……待ってるからな!絶対来いよ!」

「えっと……は、はい。和也くん……」


別に時間はいっぱいある。姫命の用事が終わるまで待つさ。


それから数時間後、俺は風呂から上がり自分の部屋で姫命を待っていた。時間的には深夜で皆は疲れて寝た頃だろう。


姫命はまだ後片付けをしていたようだったので、終わり次第すぐに俺の部屋に来るように伝えてある。


「──入るよ、和也くん……」


眠気と戦っていると……ようやく姫命が来たみたいだ。


「おう。入って。」


慌てて俺は停止しかけていた頭を復旧させる。

だが、中々そう上手くいかない。やはり、疲れているのだ。

──でも俺は部屋に入って来た姫命を見て、目が完全に覚める。


「……え!?……っと。み、み、姫命……?」


初見の感想は……エロいだった。


なぜ俺がそんな最低な思考に陥ったのかと言うと、姫命は胸元が大胆に開いたネグリジュを着ていたのだ。更に……香水か?甘いしっとりとした香りが俺の頭を濁らせて妖艶な雰囲気に無理やりしてきたからだ。


「来たよ和也くん……それで、話って何かな?」


姫命はなんの羞恥も無いのか……全く気にする様子は無い。むしろ、胸元に視線を集めやすい様なさり気ないポーズを取っている。


「話とかはまず置いておいて、その格好はなんだよ!」

「え?これは私のパジャマだよ。いつもこれを着て寝てるんだ!」

「嘘つけ、ほぼ毎日鶴乃と寝てるのにその格好は無いだろ!嘘は要らない。ちゃんと話すんだ!」

「…………っ。わかったよ。和也くんに部屋に呼ばれたから……女の子としてそれなりの覚悟で来たんだよ。」


人差し指同士を交差させながらモジモジと言う、姫命。


「え、ちょっと、待って。」


姫命は勘違いしているのか?


「俺が今からする事って理解してるよね?」


教室で強く睨んで、後でお説教という雰囲気にしたのだけど?確かに俺は口で言ってなかった。まずは、その確認を行う。


「う、うん。知ってるよ。

……怒ってるんでしょ。約束破って来ちゃったから。」

「そうだよ、分かってるならいいや。じゃあ適当な所に座って。お説教するから。」


格好はまぁ……気にしないようにしよう。なるべく、視線を下に向ける。


「うん……分かった。」


姫命は俺の隣のベットに座る。


「…………姫命、何か勘違いしてない?」

「え!?何が……かな?」


お説教の意味を理解していないのか?普通、お説教なら俺の目の前に座るはずだろう。なんで、隣!?

これじゃあ……そういう事をする雰囲気に無理にでもなっちゃうじゃないか!?視線をずらしたくても本能で目が動いちゃうじゃないか!?


心臓が大爆音で鼓動する。呼吸が荒くなる。

それを無理やり抑え込みながら、話を続ける。


「…………もしかして、姫命。お前、俺に怒られたくないからって、色仕掛けで俺を魅了してあやふやにしようとしてる?」

「えっ!?」


姫命は俺のふとした瞬間に閃いた予想を聞き、あからさまに動揺した表情をする。


「そ、そんなわけないじゃーん。」←(棒読み)


はい、俺の予想は大正解っと。

白い目で俺は姫命を見る。


「ひ、ひぃ……許してよ、和也くん!わ、私は神様なんだよ。和也くんの命の恩人でもあるんだよ。敬わなきゃね!」

「はぁ、そういうのは今回はナシなんだろ。1人の女として見ろって言ったのは姫命じゃないか?」

「うぐっ……」


自分の言っていた言葉で勝手に自爆したようだ。


「──も、もう強行手段だよ!」


俺に論破されまくり、後がなくなった姫命は俺に襲いかかる。初めからかなりの至近距離だった事もあり、姫命の奇襲に俺は全く抵抗出来ないままベットに押し倒された。


「……………………姫命、何してるのかな?」

「大丈夫……痛くしないから!多分気持ちいいと思うよ!」


俺の問に姫命は聞く耳を持たない。少しづつ、顔を近付けてくる。更に右手で俺の両腕を抑え、余った左手で俺の下半身へ徐々に迫ってくる。


「ちょっ!待って、落ち着けって姫命っ!」

「なになに?興奮してきちゃった?」


俺の静止に聞く耳を持たず、姫命は「はぁはぁ。」と熱い吐息を漏らす。

熱い……姫命がぎゅっと、くっ付いているからだろう。興奮は……本能的にしてしまってる。でも、これは致し方が無い事だ。こんなに美人な女の子と密着しているのだから。


姫命の心臓の音が聞こえる。姫命にも俺の心音が聞こえているだろう。


「1回、落ち着こうか……?ね、神様なんだろ?ちゃんと敬うからさ!」


甘い匂いの香水のせいで上手く頭が回らないけど……

必死にこの状況を切り抜ける術を考える。


「和也くん言ったよね?だから、1人の女として……和也くんとイチャイチャするよ!」

「ま、待ってくれぇぇ!!!!!」

「ぐへへ、大丈夫だよ。」

「だ、大丈夫じゃないから!!!!!!!」


そして俺の頭がショートした、覚悟、責任、後悔、不甲斐なさ………多くの感情が一気に押し寄せていたからだ。

─────────頭の中全てが姫命に染まった。

その数秒後、


「────あっ、あぁぁァァァッッー!!!!」


深夜……俺の叫び声が家中に響き渡ったのであった。


☆☆☆


──朝。


いつも婚約者達に起こしてもらっている俺が何故か今日はこんなにも朝早く起きた。それで、時間があり余裕があるからか珍しく顔を洗面所で洗う。


……うーん、昨日の深夜の記憶は正直、曖昧だ。


姫命がエロいネグリジュを着ていてベットに押し倒された事までは覚えている。

だけど、そこからの記憶がプッツンと切れてしまっている。


……何か、されないよな?


朝、起きた時は1人できちんと寝ていて、姫命の姿は無かった。更に、行為の後は無かった。なので、多分大丈夫だろう。


そこに葵が起きてきた。


「あれ?早いですね、ゆぅーくん……って、ええ?どうしたんですか、ゆぅーくん!?」

「ん、俺がどうかした?」

「すごい、やつれてますよ。」

「…………やつれてる?」


葵に指摘され、俺はすぐに洗面所の鏡で自分の顔を見る。

……確かに、やつれてる。でも、どうしてだ?

疲れか?ストレスか?なんだろうか……!?


「大丈夫……ですか?……何かあったん……ですか?」


何故かは知らないけど、葵は顔をほんのりと赤くさせながら聞いてくる。


「ん?大丈夫……だよ。多分。」


も、もしかして…………


「──おはよう、和也くん!それに葵ちゃんも。」


すると、姫命がいつものメイド姿で挨拶してきた。


「おはようございます、神ちゃん!!」

「あぁ、うん。おはよ……う?」


あれ?姫命の顔を見ると、妙にお肌がツヤツヤしていた。それに、こんなに朝っぱらなのにも関わらず、テンションが最高潮のようだった。


「………………姫命。」

「なにかな和也くん。」

「昨日……俺に何かした?」

「え……覚えてないの?あんなにも激しかったのに。」


な、なんだよその言い方。も、も、もしかして……


俺はあんな事やそんな事を想像して顔が真っ赤になる。そして、まともに姫命の顔が見れなくなった。


「ば、ばかっ!ど、どうしてだよ!こ、こういう事はもう少し大人になってから……」


それに、俺の初めては……


「あはは嘘だよ。嘘、嘘。まだまだこの家では新参者の私が先に和也くんをいただく訳には行かないよ。」


腹を抱えて俺を笑う姫命。

数秒、思考が停止し自分が遊ばれている事に気付いた俺は更に顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


「────っ!ばかっ!」


俺は怒った。


「バカバカバカバカ!」


姫命の冗談のせいで、俺の思考が大幅にバクり、幼稚な暴言しか言えなかった。


「ごめんごめんって、最近和也くんが忙しそうだったから、たまには私もじゃれたかったんだよ。」


ようやく思考の整理がつき、無性に怒りが湧いた俺は怒りを露わにする。


「な、何がじゃれたかっただ!お説教だ!生憎、学校までの時間はたっぷりとある。俺が学校に行くまで怒り続けてやるからな!」

「ま、待ってよ和也くん!私が家事をしないと朝ご飯とかお弁当とか作れなくなっちゃうよ!」

「ふん!そんなので逃げられると思うなよ……葵。」


そんなの想定済みだ。


「はいです!!」


ずっと、蚊帳の外だった葵が久しぶりに俺に構ってもらえて嬉しそうに返事をした。


「葵と雫と夜依の3人で、朝の家事を頼む。これは今やらなければならないんだ。」

「了解です!!」

「えっ、ちょっ、葵……ちゃん。」


清々しい返事をする葵。それを見て姫命は助けを乞うかのように葵を呼び止める。


でも……


「神ちゃん……ダメですよ、ゆぅーくんを独り占めしては、ゆぅーくんは皆のゆぅーくんなんですからね!!」


妙にドスの効いた葵の言葉に、姫命は黙って頷く事しか出来ていなかった。葵の顔は笑顔でいても目は笑っていない。正直言って怖い。

姫命は冷や汗がダラダラと垂れ、怯えているのが見て分かる。


葵はその笑顔のまま、洗面所から出て行った。

2人、洗面所に残された俺と姫命は無意識に向き合う。


「葵ちゃんって……いつもすごい優しいけど怒るとすごく怖いタイプ?」

「多分、そうだね。この家で1番怒らせちゃダメな人だったね。」

「そっか……知らなかった。」

「…………俺もだよ。」


いつも優しく明るい葵。器がえげつないほど広く俺は今まで葵が本気で怒った所を見た事が無い。だけど……今、この瞬間で理解し決めた。葵は今後一生怒らせないようにしようと。


「さて、ようやくお説教タイムかな。」


ここまで来るのに、すごく時間が掛かった気がする。


「はぁ……もういいよ。大人しく受けるよ。」


姫命は葵に言われて味方がいないと分かったのだろう。大人しく俺の前で正座をする。


「…………まぁ、いいや。私はすごくいい思いを出来たから。後悔はない。」

「ん、何か言ったか姫命。」


小さな声で、愚痴を言ったのか?上手く聞き取れなかった。


「いやいや、何でもないよ!」

「え……今からお説教だって言うのに何でそんなに笑顔なの?え、ドMなの?」


今からお説教なのにも関わらず、謎に笑顔でいた姫命を不思議に思い、冗談を混ぜてみた。


「ち、違うからね!」


ものすごい焦る姫命の顔が見れたから、俺は満足だ。


そこから、1時間弱……たっぷり俺に叱られた姫命は半泣きで俺達の事を見送ったのだった。


☆☆☆


「ふぅ……風が気持ちいいな。」


大地はいつもの愛用の屋上で、現実逃避をしていた。今は月光祭3日目が終わった所で、大地は逃げるようにしてここに来ていたのだ。


「ダメですよ、大地先輩。」


──でも、出来る後輩が大地の事を現実へと引き戻す。


「まだまだ全然克服できてないじゃないですか。

これじゃあ、椎名先輩に告白するまで克服出来ませんよ。」


大地は優馬に“女嫌い”を克服する特訓に付き合ってもらっている。


「ぐっ……分かってるけど、正直辛いや。」


優馬が手伝ってくれるのはすごく助かる。何故なら、優馬は恋愛マスターで女の事をよく知っているからだ。婚約者も既に3人いて、同居もしている。その経験豊富な知識で僕をサポートして欲しいと、頼んだのだ。だけど……優馬が出す課題はとにかく大変だ。


例えば、一昨日の課題は『クラスの女子10人に声を掛けて褒める』という無茶ぶりだとか……

昨日の課題なんて『月光祭2日目は最後までクラスがやっている店を手伝う』ときた。


本当に……女嫌いの僕からしたら地獄だ。

でも……それでも……克服して椎名先輩を安心させたい。それに姉さんも……もちろん……あの人も。


前に行った日ノ元高校でアイツに出会って覚悟したのだ。逃げない。いや、逃げれない。もう逃げてはダメなのだ。僕のせいであの人は毎日が地獄のような辛い日々を送っているんだ。僕は背負わなければならない。責任を取らなければならない。


「ふぅ……やるしかないんだ。ただ……僕はがむしゃらに。もう、負けられないし、逃げれないんだから。」


後……告白まで4日。気合いで頑張るしかない。

……謝るんだ。全部全部、思いを伝えて……

それからじゃないと、僕は1歩踏み出せない。前を向いて歩けない。もう後悔なんてしたくない。


今の大地は確固たる強い決意があった。


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