第155話 性別逆転メイド喫茶!!


「──これから、月光祭を始めます。1週間と長い期間ありますが、様々なイベントを催して皆さんが楽しめるように係りの者が頑張ります。ですので楽しく、思い出の残るものにしましょう!!!」


俺はステージでそう宣言する。

その宣言に、月ノ光高校の生徒達は最高潮のテンションで答えてくれる。

まだ、1日目だって言うのに……その熱気を1週間保ち続けて欲しい。


今日は土曜日。月光祭の1日目だ。

そして俺は月光祭実行委員長として、月光祭の開始の宣言をした。


初っ端の大役を終え、ステージから降りると夜依が待っていた。


「お疲れ様。」

「うん。あー、緊張した。そうだ、聞くけど俺問題なかったよね?」

「そうね。若干声が震えていたけど、特にこれといった問題は無かったわ。」

「そっか。なら良かった。」


月光祭が開始されたことにより、多くの生徒が体育から出ていき、各クラスの出し物の用意をし始める。


今回の1年生の出し物は、飲食店。

2年生は、お化け屋敷や脱出ゲームなどや劇。

3年生は、自由。


1年生は忙しい。

2年生はまぁまぁ、忙しい。

3年生は完全に思い出作りだ。


あくまでメインは3年生。最後の思い出作りに尽力して欲しいという月光祭実行委員会全員で考えた事らしい。まぁ、俺はその時いなかったから詳しくは知らないけど。


一般の人達はもう校舎内に入って来ている。

3年生はいいが、1年生と2年生は大変だ。

食材の用意、場所の用意、着替えなどの細かい用意。様々な物をクラスの人達と協力してやらなければならない。


更に、今回の売上上位のクラスには景品が送られるそうだ。何を送るかは……うん。俺は知らないけど。皆がガチでやるって事は……それなりにいい景品なのだろう。


学校には一般の人の出店も至る所にあるが、それに負けないように頑張らなきゃな。


「夜依、クラスの出し物って結局あれになったの?」

「ええ、そうよ。少しだけ口出しさせてもらったけど、結局あれになったわ。」

「はぁ……あれをするのか。嫌だなぁ。」


俺はため息を着く。だって、俺のクラスの出し物は……

“メイド喫茶”というものだからだ。でも、ただのメイド喫茶では無く、“性別逆転メイド喫茶”なのだ!


この案を出したのは、由香子や春香その他etc……

俺はもちろんすぐに反対した。だって、性別逆転と言うのだから、皆の前で俺は女装しなければならないのだろう!?恥ずかしすぎて、お嫁に行けなくなっちゃうよ。


そもそも、どうしてこんなふざけた案が出たかと言うと俺の女装姿は可愛いと雫と夜依から、皆が聞き出したのがきっかけだ。

クラスの子達はどうしても俺の女装姿が見たかったらしく、すごいお願いされた。


多数決でも39対1で俺に勝ち目がなかったというのもあるけど、女の子からの押しに弱い俺は……話に流され、仕方がなく了承してしまったのである。


「さ、もうクラスの人は準備に行ったわよ。月光祭の仕事も今日は終わったんだから、早くクラスに行こ。」

「あいあい……わかったよ。」


俺と夜依は2人で教室に向かった。

途中で、日ノ本高校の生徒や俺の知らない高校の生徒。一般人などとすれ違う。自分の学校に知らない人がいるっていうのは、なんだか新鮮で人見知りが発動してしまいそうだ。


皆は俺の事を発見すると、すごい視線で見てくる。

恐らく、テレビに映っていた俺と実物を見比べているのだろう。

あ、今にも俺に話しかけそうな人がいる。

別に話してもいいんだけど、それだと「私も私も……」と連鎖反応を起こしてキリが無くなる可能性が十分に有り得る。いちいち対応していたら、話だけで月光祭1日目が終わってしまう。


まぁ、隣に夜依がいるし、なんだか月ノ光高校の子達が俺の周りを固めるようにして歩いてくれるから、話しかけようとしていた女の子は気圧され、話しかけては来なかった。そのため、難なく教室に戻れた。


俺のクラス、2年3組のクラスの前には大きな看板で『性別逆転メイド喫茶!!』と可愛い文字で書かれた看板が用意されていて、既に多くのお客さんの行列が出来ていた。


教室に入ると、ふわっと甘い香りが鼻を刺激した。

すごい、本格的だな。

クラスを半分に仕切り、1つはお客さんが入って接客をしたり、ご飯を食べる所。もう1つは休憩場所兼料理スペース兼着替えスペースという感じになっていた。


内装はかなり凝っていて、メイド喫茶に来ました!という雰囲気に強制的にしてくれるほどだ。


「……おかえり、ゆーま。仕事お疲れ様。」

「おぉ、ただいま………って、雫っ!?」


雫の姿に俺は驚く。だって、今の雫は黒い男物のスーツを身にまとい、ワックスで髪を整え、男っぽいクールなメイクをしていた。うん、すごくカッコよかった。いつもはあんなに可愛いのに……ギャップがすごい。


というか、皆はもう衣装に着替えていて教室に男装をした子達で溢れかえっていた。


うーん。皆男装のレベルがすごく高いし……本格的だ。それに、口調や雰囲気までもが男っぽくて素直に賞賛出来るレベルだ。


「やるわね、しずのん。」


夜依は満足気に言う。


「……まーね。いつも、隣で見てる人の事を真似すれば案外簡単よ。」

「成程。確かにそうね。なら、私も本気を出すわ。」


夜依はそう言って着替えスペースの方に消えていき、数分後、雫とほぼ同じ格好で出て来た。


「っお!?」


夜依も夜依でカッコイイッ。というか元からクールな見た目の夜依だからこそ、どこかのホストってレベルになっている。うひょー、こんな俺でも見蕩れてしまうほどのレベルだったらお客さんが尊死してしまうよ……


「「「───きゃぁぁぁぁぁぁ!?!?」」」


やはり、俺の予想は大当たり。

お客さんが席に案内されると、クラスのカッコイイ男装達に悲鳴を上げる。特に夜依に。


そんな感じでうちのクラスの『性別逆転メイド喫茶』は大繁盛。

更に雫と夜依がカッコよすぎるという噂は一瞬で学校内に広まり、クラス前はお客さんの大行列を作った。

ここまで、お客さんが来るとはもちろん想定していなかった俺達は追加で食材の買い出しに行ったりなど、忙しく働きまくった。


もちろん俺も接客とか、客引きとかをいっぱいした。でも、皆の男装のおかげで俺が上手く隠れられ話しかけられるのは少なかった。そのため、相当楽が出来た。


1日目の終わり頃には……全員が満身創痍で特に雫と夜依は多くの女子を相手にしすぎてバテバテだった。


「皆……お疲れ様~~今日はもう終わりだから、片付けして明日に備えよう~~」

「「「「おぉー!」」」」


クラス代表の由香子がそう言うが、皆疲れすぎていて声を返す人は少ない。

今日1日だけでどれぐらい稼げただろうか。

多分、凄まじい額だと思う。このままのペースで行けば売上上位……いや、1位はほぼほぼ確定だけど……このままのペースを1週間続けるという事は流石に至難である。


「お疲れ様……雫、それに夜依。今日は大変だったね。」


そう言って飲み物を2人に渡す。


「……正直言って舐めてた。女ってやっぱり怖い。」

「ええ、同感。ゆぅ、あなたいつもこんな目にあってるのね。」


2人は俺の気持ちに共感、同情してくれているようだった。


「そうだろ!大変なんだよ。まぁ、後6日間、頑張ってね。」


俺は仲間が出来たと思って嬉しくなる。

2人はまだ6日あると、改めて実感され嫌な顔をする。


「──ところで、結局優馬は女装しなかったのね?」

「あ…………ま、ま、まぁね。」


夜依の指摘に、俺が戸惑っていると。

いつの間にか、クラスの視線が俺に集まっていた。どうやら皆、俺の女装に期待していたらしい。


「あ、ほら。俺が着替えようと思ったらお客さんが入って来ちゃってさ、着替える機会を無くしちゃったんだよね。それに、まだ期間はいっぱいある訳じゃん?だから、いいかなーって。」


まぁ、1番は恥ずかしいからである。

でも、絶対にやらなきゃならないというのは分かっているから、1回ぐらいはやるよ。そう言う店のコンセプトだから女装していない俺がいるのもおかしいからね。

だけど、タイミングとかは決めさせて欲しい。心の準備がしたいからだ。


「……逃げたね。」

「逃げたわね。」

「逃げた逃げた~~」

「逃げちゃダメだよ、優馬くん♪」


そう、皆から鋭い視線で言われた。


「え、じゃあ……明日。

明日だけ、女装やるから…………ダメ…………ですか?」


キランっと、皆の目が光る。そして口を揃えて、


「「「「「ダメ!」」」」」


そう強く言われた。


結局、1時間にも及ぶ話し合いの結果、月光祭の2日目と、5日目、更に最終日に女装をしなければならなくなってしまったのである。


はぁ、お母さんや茉優、かすみさん。更に鶴乃や姫命は俺が女装してない日に呼ぼう。そう決めたのであった。


☆☆☆


東雲 莉々菜は今日も学校を休んだ。でも、そんなのはどうでも良かった。学校に行ったって何も楽しくなんてないのだから。


このぽっかりと空いた心を埋めてくれるものなんて、あの場所にはもう何も残ってないのだから。


莉々菜は近所の大きな病院に訪れた。

自分の怪我の治療ではない。もっと、大切なことだ。


莉々菜は進み、ある病室の前まで来る。


「お母さん。入るよ。」


そう言って病室に入る。それと同時に、嘘の衣を被る。


「あら、莉々菜。」


母は……笑顔で迎えてくれる。


母は仕事のしすぎ……過労で数日前に倒れこの病院に運ばれたのだ。命に別状は無いが、疲労が蓄積していてこれ以上無理に働いたら命に関わるかもしれないと医者から言われた。


母は、いつもニコニコして全然本音を言ってくれないが、本当は辛いと思う。

母の娘だからこそ……それが何となく分かってしまう。それが辛い。


「莉々菜、髪似合ってるよ!」

「え、そうかな。美容院さんが少しだけ失敗しちゃったらしくてさ。ちょっと歪なんだよね。」


なんて……嘘が混じった親子の話を楽しんでいると、唐突に……


「そういえば、莉々菜。高校はどうしたの?最近、ずっとお母さんの所に来てるけど、休んでるの?」


莉々菜は制服姿では無いし、カバンも学校用のものでは無い事からそう判断したのだろう。


「……………高校はね。もう、行ってないよ。というか、辞める事にするよ。」


莉々菜は気まずそうに……だけど、しっかり母の目を見て言った。


私が母に無理をさせすぎてしまったんだ。

だから、私が高校なんてものを辞めてしまえば母は楽になる。それに私も働くんだ。これからは母のために働くんだ。


そうだよ。初めから高校なんて辞めていれば良かった。それだったら、あんなに苦しい思いはしないですんだ。こんな結果になるんだったら……もっと早く辞めていればよかった………はぁ……あんな最悪な奴らとこれからは関わらなくて済むから心が気楽でいいなぁ…………


なんて思ってると……母から一言。


「後悔は無いの?」


──後悔?


「あはは、そんなの全く無いよ。まぁ、友達と会えなくなるのが少し辛いぐらい。でも友達は一生友達だよって言ってくれてるから。私は大丈夫だよ。」


また……嘘をついた。嘘嘘嘘嘘。まただ。

心がぎゅっと締め付けられる。


「……………嘘ね。」

「え……?」


莉々菜は言葉に詰まる。


「莉々菜。あなた今……嘘ついたでしょ。」


嘘……嘘…………ッ!


「あなたは友達がいっぱいいるんだったら、辞めなくていいよ。お母さんは、まだまだ、莉々菜の為にいっぱい働くから安心して。」


あ、そっか……そっちか……まだ気付かないんだ。


「私は莉々菜のお母さんなんだからね。莉々菜の嘘くらい簡単に見抜けるよ!」

「…………………」


なんかもう母には呆れてしまった。

そして、嘘で作った衣が無意識に剥がれてしまった。


「お母さん……お母さんは私の事、好き?」


いつもの声じゃない。素の普通の声だ。精神を病み、何度も自殺しようとした壊れかけの人間の声だ。


「ええ……もちろんよ。」


ただ事では無いと流石な鈍感の母も気付いた。

だけど、もう遅いよ。遅すぎるんだよ……


「だよね……でも、1回もちゃんと私の事見てくれなかったね。」

「え……?」


莉々菜は涙を流す。


「これが本当の私だよ。」


そう言って、持っていたカバンを母に投げ付ける。

手首に巻いていた包帯も全部解く。


カバンの中には……色々と入っている。さらに、あの包帯を見てくれれば…………母は自分の子供が学校ではどんな立場なのかがよく分かるだろう。


「今まで育ててくれて、ありがとう。でも、もう私はね限界だよ。」

「ちょ、莉々菜!?」


気付いた時には病室から飛び出していた。

もう、全てが……この世の全てが嫌になってしまったのだ。


母は優しくて素直だ。だから、子供の言っている事をそっくりそのまま信じ込んでしまう。

それが母のいい所であって、悪い所でもある。


イジメられた怪我を「転んだ」と言って誤魔化しても母は信じ、壊された道具を「落として壊した」と言って誤魔化しても信じる。ボロボロな教科書を見ても「洗濯しちゃった」と言って簡単に誤魔化せた。手首のリストカットの後も、「近所の猫にやられた」と言えばこれ以上母は何も聞いてこなかった。


だから、母はずっと信じていただろう。自分の子供は学校の人気者だと。


そして、今日分かるだろう。自分の子供は学校で1番の嫌われ者だろうと。これまでの親子の会話のほとんどは嘘で積み上げられてきたものだと。


いつかはきっと、気付いてくれると信じていた。だけど、結局口で言わなきゃ、分かんないか……だよね。そんなの普通か。それが人間だもんね。

単純に私が、母に求めすぎていただけか……


もう、母の元には戻らないし、戻れない。戻る資格なんてない。

こんな不幸を撒き散らす私さえいなければ……母は幸せだろう。


バイバイ母さん。大好き……だったよ。

こんな、親不孝な娘でごめんね。


そして、莉々菜は心を闇に染める。

私が終わる前に……これまで、私の事を散々無下に扱ってきた奴らに何か報いを受けさせないと……死んでも死にきれない。

莉々菜の中にある黒いものがそう叫んだのだ。


そうだ……全員が不幸になる方法。それは全員が見ている前で……私が死ねば……散々無視してきた奴らも私の事を無視出来なくなる。イジメていたヤツらは私と同じ立場になる。私の事を助けもしなかった先生達は職を失う事だろう。

こんな、最悪な高校は潰れてしまうだろう!


「ふふっ……」


莉々菜が不意に笑う。


そうだ……私が死ぬのに相応しい行事が今やってるじゃん。莉々菜の中で“死”の覚悟が固まった。


もう、彼女を止めることは、ほぼ不可能だった。

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