第154話 結局、あいつは……


「優馬。久しぶりだな。」


授業間。移動教室で雫、由香子、春香、夜依と話して歩いていると大地先輩とばったり会った。


「だ、大地先輩っ!?」


俺は驚く。事情を知る夜依も一緒に驚いていた。

休日のあの件で、相当なダメージを負った大地先輩は昨日学校を休んでいた。今日も大地先輩は学校を休んでいるだろうと思っていた。


「久々な気がするな……」


少しだけ声が震えている。

目線で、ちらっと伝えてくる。


「えっと……あ。」


そうか。そうだったな。

すぐに聞きたい事が沢山あって、すぐに口から出そうになったが、何とか抑える。

だって、周りには皆がいるんだから。


それに、大地先輩は女嫌いだった。


「ごめん、皆。先に行ってて。すぐに追いつくから。」


大地先輩の事を気遣い。皆には先に行って貰う。


「わかったわ、ゆぅ。皆、行くわよ。」

「……?」

「はいはい~~」

「了解っ♪」


ナイスだ夜依。俺の気遣いにすぐに気付き、皆を早く行かせるようにしてくれた。


雫は少しだけ不審がっていたが、すぐに夜依が気を逸らすファインプレーをしているのが見えた。


4人は揃って歩いて行った。


「…………お前モテモテだな。」


嫌味ったらしく、ジト目で言われる。


「そ、そうですか?」


俺は苦笑いで返す。女嫌いの大地先輩に言われると何だか複雑だ。


「あの……それで、大丈夫なんですか?」


周りに人がいないのを十分に確認し、話し掛ける。

デリケートな話なのですごく気を使う。言葉を選んで話す。


「まぁ……ぼちぼちだね。まだ怖いって言われたら即答で怖いって言うレベルだよ。

でもね、流石に学校に行かなきゃ姉さんに何か言われそうだったから来たんだ。」


大地先輩は笑みを零すが、いつもの大地先輩とを比べると絶好調では無いと分かる。むしろ、不調の方だ。


「でね。休んでいる時に1人で考えてみたんだ。」


大地先輩は俺の目を見る。


「そして、思ったんだ。僕はそろそろ“女嫌い”を克服したいって。そして、月光祭の最終日。椎名さんに告白したいって!」


大地先輩は目を輝かせ……熱意を述べる。


どこまでも前向きな大地先輩。その姿を見ると、応援したくなる。


「そこでだ。恋愛マスターの優馬に頼みたい事がある。」

「え!?えっと、恋愛マスターってほど、俺は恋愛に詳しくは無いですけど……まぁ、まずは頼みを聞きましょう。」


熱意を述べて、少しテンションが上がっているのか?恋愛マスターなどと珍しい言葉を使ってくる、大地先輩。


「あぁ、僕が持つ最大の弱点の……それは女嫌い。

それを克服するために手伝ってくれないか!期限は……僕が椎名さんに告白する前までだ。」

「それは、もちろん構わないですよ。

けど、大地先輩が好きなのって椎名先輩1人です

よね?」

「う……うん。そうだよ。昔からずっとずっと好きだったよ。」


何度も頭を縦に降り、大地先輩は椎名先輩への好意を認めた。


「じゃあ、別に無理をして克服しなくてもいいんじゃないですか?期限も、すごく短いですし……さっきも、雫達の事怖がってましたし……」


椎名先輩が好きならそれでもいいと思う。だって、椎名先輩だったら怖がらないんだし……

それに、月光祭は今週の土曜日からだぞ?

最終日までは1週間と少しあるけど、苦手を克服するには短すぎる時間だ。


さらに俺は……月光祭が始まる前までは月光祭実行委員長として色々な事の最終チェックをしなくてはならなくて忙しいし、月光祭が始まってもクラスの出し物もやらなくちゃならない。もちろん、月光祭実行委員長の仕事もある。それにな、雫達との大事なプライベートの約束もある。


あれ……っ??よく、考えてみると……俺あんまり大地先輩に協力出来なくないか!?

……と、不安に見舞われた俺は無理をしないでと言ったのであった。


「いや、ダメだ!僕は克服したい。」


え……あんなに短い時間で沢山悩んで言ったのに、すぐに俺の意見は否定された。


「な、なんでですか?」


そんな無理をしてまで、克服を頑張るのには相当な覚悟と理由があるのであろう。


唾を飲み込み、聞く体勢に入る。

大地先輩な緊張しているのか……声が震えている気がする。


「────だ、だってな。女に守られる男ってカッコ悪くないか……」

「えっ!?」


そ、そんな事が女嫌いを克服する理由?


「た、確かにそうですけど……」


この世界では、男は女に守られるのが普通じゃないのか?

そんなので理由になってないぞ!?


俺の頭の中が?で支配されつつある中、大地先輩は気にせず言う。


「僕はね、先輩として終わってるけど……実は優馬、お前に憧れているんだ。お前の生き方、考え方、カリスマ性、その全てに……」

「ええっっ!?俺ですか?」


憧れている……俺に?いやいや、違うだろ。

こんな優柔不断で、後先考えなくて、泳げなくて、色々な人に頼ってばっかりな……そんな俺に憧れている?ありえないだろ!?


「あぁ、その通りだ。だから、僕も……椎名先輩を守れる最高にカッコいい男になりたいんだ!」


そっか……

そういう事か。その熱意に俺は感動した。

頭の中の?が蒸発して行った。


「だから、頼む。協力してくれ。」

「はい!任せて下さい。俺の持てる全ての力を使って協力します。そして、大地先輩をリア充にしましょう!」


即答で返す。俺も応援したい。2人がくっついて欲しい。


「おぉ!」


せっかく、憧れてもらったんだ。憧れられた人間として頑張らなくてはな。


俺と大地先輩は短い時間だったけど、久しぶりの男トークを楽しんだので後、別れたのであった。


──今この時からだろうか……大地先輩の顔立ちが少しだけ大人びて見えるようになったのは……


☆☆☆


放課後、俺と葵と夜依は3人で俺が昨日指定した、屋上近くの空き教室で待っていた。


違うクラスの葵と合流するのに少し時間が掛かり、既に東雲 莉々菜は待っているだろうと思って急いで来てみたけど、東雲 莉々菜はまだ来ていなかった。


スマホで時間を確認する。

そろそろ、約束の時間だ。


俺はちゃんと最後まで彼女の話を聞こうと思う。

例え、大地先輩をあんな風にした張本人だったとしてもだ。


でも……もし来なかったら、それなりの報復をさせてもらう。別に俺だけだったら構わなかった。

だけど、今は葵と夜依もいるのだ。2人の時間を無駄にするんだ。絶対に報復してやると心に決めていた。


まぁ俺の性格上、大したことは出来ないけど……


「来ませんね……」


葵が空き教室から出て、周りを確認しても人が来る気配が無いようだ。


「まぁ、もう少し待ってみよう。」

「…………………………そうね。」


夜依は椅子に座った。でも、表情がいつにも増して険しく。そして、俺を見る時穏やかな表情になる。

うーん、なんなんだ?いつもの夜依って言えばそうなのかもしれないけど、今はあからさますぎるぞ?


──30分ほど更に、待った。

まだ東雲 莉々菜は来ない。


2人と世間話や月光祭の事を話していたから、全く苦では無かったけど……どう考えても遅い。


「それにしても……遅いね?」

「そうですね……おかしいですよね?」


葵は俺と同じで莉々菜の事を信じている派だ。イジメられているという共通点で分かるものがあったのだろう。


だから、怒りよりは心配が勝っている。


でも、夜依は反対で莉々菜の事を信じていない派だ。なぜなら、俺が言っている事は全て想像でしかないからだ。夜依の性格上、きちんとした情報が無いと判断できないのであろう。


「やっぱり……騙されたんじゃないの、ゆぅ。」


少しだけ怒っているように聞こえる。


「そ、そうなのかな……」


夜依の意見も尊重したい。……いや、それが普通の意見なのだ。今は2対1だけど、ここに雫がいれば2対2になるのは確実。そこにお母さんや茉優、かすみさんが入れば、2対5で負ける。

俺は夜依の意見を尊重しなければならないのだ。


「もう少し待ちますか、ゆぅーくん?」

「いや、流石にもう待てないよ。だって、来てもおかしく無い時間はとっくに過ぎてるんだから。」

「ええ。そうね。

じゃあまずはどうするの、ゆぅ。私は貴方について行くわ。」

「もっちろん、私もですよー!!」


俺は少し考え、どうするか決めた。


「まずは、東雲 莉々菜を探そう。いなかったら、クラスの人とか……彼女を見た人から行方を聞き出そう。」

「はい!!」

「ええ。」


俺達は東雲 莉々菜を探しに、空き教室から出た。

その時の俺は、まだ東雲 莉々菜の事を信じていた。

だから、葵と同じように心の中で心配していた。


☆☆☆


俺達は2年生教室に来た。

1回、2年生教室を全て見て回ったけど、東雲 莉々菜の姿は無い。一応、あの女子トイレも葵と夜依に確かめてもらったけどいなかった。


もしかしたらイジメられてて来れないという予想もしていたけど……違ったようだ。


なので、行方を知る人を探す。

放課後という事もあり、生徒はまばら。


月光祭の準備があるからいつもよりは多い方だけど、今は放課後でも遅い方の時間帯。帰っている先輩が多い。


早くしないと、2年生が教室からいなくなってしまう。なので俺達は一旦別行動で、東雲 莉々菜の今日の行方を知らないか聞いて回った。


「今日、東雲さんを見ていませんか?」


俺は、今日彼女と話す約束をしていたと簡単に説明し、話を聞く。


でも……殆どの人が………東雲 莉々菜の名前を聞いて………………


「──東雲………って、あの人!?だ、だ、ダメだよ優馬君、あいつと関わっちゃ!あいつが何をしたか知らないの!?」


ある人は本気で俺の身を心配をし……


「──東雲……あぁ、あの子ね。いつもイジメられてるよね、でも自業自得だよねー」


ある人は彼女の事を自業自得だと言う。


「──東雲ね。あいつなんで学校来てるんだろうね?学校では嫌われ者なのに……

生徒にはもちろんだし、学校の先生にも嫌われてるんだよ。皆からイジメられてるし、皆から無視されてるし、私だったらもう学校を辞めてると思う。」


ある人は……彼女の事を少しだけ話してくれたりした。


…………先生からも嫌われてるって……どんだけだよ。皆からイジメられてるって、皆から無視されるって辛すぎるだろ。俺だったら絶対に耐えられない。


──一体彼女は大地先輩に何をしたんだ!?


余計に俺は知りたくなってしまった。


「──え?東雲なら、途中で早退したよ。理由は不明。突然飛び出して行ったよ。」


そんな時に声を掛けた、4人目の先輩は今日の東雲 莉々菜の行方を知っていると言う。


その先輩の話を聞くに、東雲 莉々菜は逃げたってことか?途中で早退とは……かなりの計画性が伺えてしまう。


……いや、もしかして行かなければならない理由があったのか?でも、俺との話をすっぽかすほどの事なのか?


俺が“危険人物”だと、判断した場合。1年生全員を敵に回す事になるかもしれないんだぞ?

そんな危険を犯してまで、行かなければならなかったのか?


先輩にお礼を言い、1回葵と夜依と合流し、空き教室まで戻って情報共有をした。


葵、夜依は俺とほぼ同じ情報を教えてくれた。

俺も得た情報を2人に教えた。


「もう、何なんだよ。東雲 莉々菜という人間は!?

結局、悪なのか。危険人物なのか?」


つい、愚痴を吐いてしまう。


昨日見た彼女の表情は決してそんなのでは無かったと思ったのに……

今では、全部演技だったのかもしれないと思ってしまう。自分は騙されたと思ってしまう。


俺は項垂れ、地面に座り込む。

視線を下にし、ため息を着く。


もう、どうすればいいか……分からなくなったのだ。

最初は信じようと心から思った。彼女は騙されたのかもしれないと。本当の被害者は彼女では無いんじゃないかと……?だけど今は……もう……………


すると、夜依が隣に座ってきた。


「ゆぅ、こっち見て。」

「どうした……夜依。」

「ちゃんと、私の目を見て!」

「あぁ、うん。」


2回言われ、ようやく応じた俺は、視線を夜依と合わせる。

夜依の漆黒で美しい瞳が俺の視線と重なる。


「ゆぅ……貴方は優しすぎる。どんな事でもポジティブに考えるのが貴方のいい所でもあって、悪い所よ。

だから東雲 莉々菜は、ゆぅにとっての天敵になりうる存在なの。もっと、危機感を持って……非情になって。現実を見て。私はゆぅが心配でならない。

ゆぅが大怪我をして戻ってくるかもしれない。そう想像しただけで怖いの。私はもうゆぅが傷付く姿を見たくないわ!」


夜依は俺の為を思って言ってくれているのであろう。本音はすごく嬉しい。

それに、こんなに真剣に想ってくれるだけで心が温まり、元気が無限に湧く。


「………!?」


あれ……!?

左手の………もう動かせなくなったはずの、薬指と小指が少しだけ疼いた気がした。これは夜依を救う為に負った、勝利の勲章。

それが疼くって事は……?


俺は天秤にかける。

まだ、何も知らない危険人物かもしれない東雲 莉々菜を選ぶか、生涯を共にするであろう夜依の願いを選ぶか……

そんなの一択しかありえないじゃないか。


──夜依は分からせてくれた。まだ自分の中で東雲 莉々菜という人物が“悪“では無いのではないか、と考えていた事に。俺は考えるのをストップさせる。


そして、頭を切り替える。


「分かったよ。もう油断もしないし、容赦もしない。絶対に無理をしない。夜依達を悲しませない。」


そう宣言する。


それを聞き、夜依はホッとした表情をした。いつもの可愛い夜依だ。


ふぅ……東雲 莉々菜に関してだけは、俺はもう容赦しないと心の中で決めた。どんな理由を言っても、まずは疑い、深く深く調べ上げてから信じる事にした。


一先ず、俺は莉々菜の事を“悪”だと…“危険人物”だと認めた。


今日は東雲 莉々菜の事は諦め後日確かめる事なったし……俺達は家に帰る。

そして、そんな帰り道。

不意に思った事を俺は口に出した。


「いつもありがとう……夜依。それに、葵。雫にも後で言うけど……………絶対に幸せにしてみせるからな。」

「「ッッ!?」」


何か、愛の告白みたくなってしまったけど。まぁ、いいだろう。もう、言っちゃったし。


「バ、バカね。そういうのは、気まぐれに言うもんじゃないわよ。」

「そ、そ、そ、そ、そうですよ!!び、びっくりしましたよ。」


2人ともそう焦りながら言うが……いつにも増して嬉しそうなのは隠せていない。

腕を掴む力もなんだか強くなったし。密着度も上がった。


あ!俺は大地先輩との会話を思い出し……恥ずかしくなってくる。顔が赤くなっていく。


……恋愛マスターか……

本当に思った事を言ってるだけなのにな。


大地先輩に改めて言われたら、絶対に否定出来ないなと思った俺だった。

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