第152話 全く、悲哀なもんだ。


俺は待っていた。

その“東雲 莉々菜”という人物が大地先輩の事件に関わる再重要人物であると確信したからだ。


でもな……前は大地先輩を恐怖のドン底に陥れた張本人が、今ではイジメられっ子っていう最悪な転落人生。全く、悲哀なもんだ。


俺は真実を知らない。東雲 莉々菜が本当は悪くないのかもしれない。その可能性は限りなく低いけれど。

でも、いつもより相手の事を警戒はするし油断もしない。当たりが強くなってしまうかもしれない。


東雲 莉々菜の忘れ物は一応、トイレから回収して乾かしておく。もう、使い物にならないかもしれないけど最低限な事はする。

携帯は完全に故障し、起動しない。こればっかりは買ってもらうしかないな。


──30分待った。先輩達は帰って人通りが皆無になった。それで俺も諦めて帰ろうかと思ったが、必ず東雲 莉々菜は戻って来ると信じてもう少しだけ待つ事にした。


雫と葵、夜依とは今日一緒に帰る約束をしていたが急用が出来たと言って断った。3人には後で謝ろうと思うが、それだけこれは重要なのだ。


──それから更に30分。俺が東雲 莉々菜を待ってから約1時間が経過した。

流石にそろそろ限界だぞ。下校時間も過ぎているし、周りが暗い。電気をつけようとも思ったがそれだと見回りの先生に気付かれて色々と面倒な事になる。そう思った俺は電気を付けずに待っていた。


暗いところが苦手な俺にはしんどいけど、多少は葵の時に克服した。だから、少しは耐えられる。それに、完全に真っ暗という訳でもない。月明かりが今日はあるのでそれで少しは救われていた。


「───えっ……」


ようやく、東雲 莉々菜は女子トイレ前まで現れた。

ったく、どんだけ待たせるんだよ。

少しだけ怒りがあったが、彼女の表情を見て………


髪が邪魔だし、暗いからそこまでハッキリとは分からなかったけど……確かに俺は見た。

頬と目の縁に泣いた痕跡がくっきりと残っている事を。それに、疲弊しきったその表情を。


なんて、顔してるんだよ。

そんな顔されたら、俺の怒りなんてどこかの彼方に消えちゃうじゃないかよ……


「ど、どうして?」


彼女は掠れた声で聞いてくる。


「待ってましたよ、“東雲 莉々菜”さん。」


俺はこの人が東雲 莉々菜だと分かっている。

でも、どうしても本人では無いと思い聞いてしまう。俺の想像した東雲 莉々菜とは全くの別人であったためだ。


「はい。」


東雲 莉々菜はゆっくりと覚悟を決めたかのように答える。


「一体、どうしたんですか?こんな私を待ってなんて?私の事知らないんですか?」


俺には分かる。彼女が強がって話していることを。

声は震えていて、視線は下を向き、俺に怯えている。


「俺は少ししか知らないです。だから、あの日大地先輩に何が起こったのかを知りたくてあなたを待っていました。」

「へぇ……それを張本人の私に聞いていいの?」

「えっと、はい。」

「本当の本当に?」

「…………?えっと、本当にです。」


そう答えると、東雲 莉々菜は考える仕草をとる。

そして、考えること数秒。彼女は口を開く。


「あなたが私の言葉を信じるなら、真実を話します。だけど、それは明日の放課後にして貰えませんか?」

「今じゃ、ダメなんですか?」


もしかして、逃げるための口実なのか?

彼女には悪いけど、今すぐ俺は聞きたい。


「でも……下校時間はとっくに過ぎてますし、それに……」

「それに……?なんですか。」


下校時間なんて今は理由にはならない。


「母が……家で待ってるんです。母だけには絶対に迷惑を掛けたくないんです。」


東雲 莉々菜は少し言いずらそうにしたが、理由を述べた。


「母か………」

「信じてください。必ず、明日あなたに話しますので!」


今にも土下座をする勢いで言う彼女。


そんなお願いされては……俺が折れるしかない。

俺は人(特に女の子)を信じすぎる。それで騙されることも多い。だけど、彼女の目を見たらなんだが信じてみようと思えてしまう。


本当ならば「ダメ!」と言うべきなのだろう。だけど、自分が1度思ってしまったことならば………いいや。


「はぁ……しょうがないですね。勝手にあなたを待ってて、なんの用意もなく聞いたのは俺ですもんね。いいですよ、分かりました。

明日の放課後、場所は………えっと、屋上近くの空き教室でどうですか?」


騙したり、逃げたりしたらそれなりの報復をする。そう決め俺は折れることにした。


「…………わ、分かりました。」


本当ならば屋上に行きたい。そこならば、安全に人から聞かれることも無く話せる。だけど、屋上の鍵を持っているのは大地先輩だし、屋上に彼女を連れて行ったら大地先輩の避難所、心を休ませられる場所が侵害されてしまう。そんな気がした。


なので、空き教室にした。ここも、人通りが皆無だからだ。


「あの……それでは私、行っていいですか?」

「はい。それで、これ。」


俺はそう言って彼女の忘れ物を渡す。

彼女を待っていた1時間で教科書などは乾かせるだけ乾かしたけど、まだ湿っぽい。


「これって……」

「もう使い物にならないかもしれないけど、頑張って被害を最低限にする努力はしました。」

「ありがとう……ございます。こんな私に……っ。」


今にも泣きそうな、震え声を出しながら彼女は俺から荷物を大事に受け取り、一礼して帰って行った。


「ふぅ………………」


俺はため息を吐きつつ、緊張を解く。


「あの人……本当に大地先輩を恐怖のどん底に陥れた張本人なのか?1年と少しであんなに性格は変わるものなのか?」


俺はどちらかと言うと、東雲 莉々菜よりも梵 愛葉の方が悪く見えた。


まぁ、明日。東雲 莉々菜が逃げずに空き教室に来て、真実を話してくれさせすれば全てが分かる。


楽しみでは無い。むしろ、不安だ。空先輩が言っていた、深く知ってしまったらきっと後悔するという言葉が頭の中で強く引っかかっているからだ。


「俺も帰るとするか。」


俺は帰ることにした。


☆☆☆


「遅いですよぉー!!」

「ゆぅ、こんな時間まで学校で何をしてたの?」


俺が急いで校舎から出ると、聞き慣れた声の2人から呼び止められた。


「──え、なんで?」


婚約者である葵と夜依が校門の前で待っていてくれたのである。

どうして?少し前に連絡して先に帰っててって言ったのに。


「ゆぅが私達との約束を破るなんて相当な事だと思ったの。でも、ゆぅの邪魔は出来るだけしないようにと思ったからここで待ってたのよ。行き違いになっても嫌だからね。」

「そうですよ。結構待ってたので、足がクタクタですよ!!ここから家に帰るのしんどすぎますぅ!!」


2人の気遣いに嬉しくなる俺。


「夜依……葵……っ。なんだが嬉しいな。あれ、でも雫は?」


雫を探しても、辺りにいなかった。


「しずのんは、鶴乃ちゃんが心配だからって先に帰りましたよ。今は神ちゃんと一緒に夜ご飯を作って待っていてくれてると思います。本当なら全員で待ちたかったんですけどね。」

「そっか……」


流石に全員で待てなかったのか。うん。それもそうだよな。


「鶴乃達には迷惑をかけてるなぁ。」


俺はつい口から出てしまう。


最近、月光祭の事で俺達は忙しく、家に帰っても余り鶴乃と遊べていない。

さらに俺は姫命とも微妙で、ネットで対話している女王様のシャロとはほとんど話せていない状態だ。


一応事情を話して我慢してもらっている訳だけど、たまには構ってあげないとね。

相手も寂しいだろうし、俺も寂しい。

あ、そうだ!鶴乃に姫命、それにシャロも月光祭に誘ってみよう。


シャロは国際的に分からないけど、鶴乃と姫命は絶対に来てくれると思う。


よし!頑張ろう!

そう思うとやる気が出てきた。


「それで……?何があったの?」


鶴乃達の事を考えていると、夜依から質問をされた。


「えっと……」


俺は迷う。東雲 莉々菜の事を2人に説明していいのかと思う。特に夜依には。夜依は大地先輩の件を知っている。そして俺がその件に関わってはいけないと空先輩から言われてるということも。


「なに?もしかして私達に言えないことなの?」


夜依がジト目で聞いてくる。


「いや、そうじゃないんだけど。

うーん。しょうがない。他言無用で頼むよ。結構重要な話だから。特に夜依はね。」

「………………ええ。」

「もちろんですよ!!」


夜依は何かを察したようだが、葵はなんの事だか分からずテンション高めに答える。


「今日、俺はね────」


俺は今日、東雲 莉々菜に偶然会ったという事を説明した。それで、明日会うという約束をしている事も話した。


「んー??」

「……………………」


葵は全く話についていけてなかったが、夜依は黙り込み何かを考えている。


「ゆぅ、明日の約束って東雲さんと2人っきりで話すの?」

「う、うん。そうだけど。」

「そこに私も参加させて。」

「え、なんで?」

「それはゆぅ、あなたが心配だからよ。その人は危険人物なんでしょ。2人きりになったら何をされるか分からないもの。」

「でも……自分の身は自分で守れるよ。」


女の子に守ってもらうほど俺は弱くはないはずだ。

体も鍛えてるし、この世界の男にも余裕で勝てる程俺は強い。


「でも、あなたは男にはめっぽう強いけど女にはてんで弱いでしょ。」


夜依から核心を着く一言に俺は崩れ落ちる。


「ぐっ……ど、どうしてそれを?」

「見てれば分かる。ねぇ、アオ。」

「夜さんの言う通りですよ!!ゆぅーくんはそれぐらい優しい人ってことなんです!!」

「あはは……」


俺の事を見ててくれる。知っていてくれる。その事は凄く嬉しい。でもなぁ……

男としてのプライドがなぁ……


「別にゆぅがダメって言っても勝手に着いていくから良いんだけどね。」

「そうです、そうです!!」


ふぅ……俺の婚約者達は可愛い。でも俺の事になると、俺の言う事を聞いてくれなくなる。それぐらい俺は大事に思われているんだよなぁ。


「ふぅ、断っても無駄だっていう2人の強い決意は分かったよ。じゃあ、2人共俺に付いてきてくれる?」

「ええ、勿論。」

「はいっ!!」


2人はそう返事をした。


「さぁ、ゆぅーくん。早く帰りましょう!!もう、私はお腹ペコペコなんですから。」

「はは、そうだね。俺もだよ。」


グイグイ引っ張って進む葵に俺は笑って着いていく。


俺が真ん中で右に葵、左に夜依が密着し少し歩きにくいけど楽しく話しながら家に帰る俺達だった。


それで、家に帰ったら遅すぎると雫と姫命に怒られる俺であった。

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