第150話 空先輩の話
俺と空先輩は部屋から出て、縁側へと移動する。
ここならば大地先輩に俺達の会話は聞こえないだろう。
和風建築には大体ある縁側という場所。綺麗に整えられた庭の自然が心を和ませてくれる。多分、大地先輩が、一つ一つ丁寧に育てたのだろう。
普通縁側とは心を和ませてくれたりする効果があるのだろうけど……うん。今は到底そんな気分にはなれないね……
俺はすぐに座ったが、空先輩は立ったまま。
少しだけ距離があるけど、まぁいいか。早速会話を始めよう。
「あの、大地先輩……大丈夫なんですか?」
「あぁ、恐らくだがな。」
空先輩には珍しく曖昧な答え。
歯切れの悪さを感じながらも、俺は質問を続ける。
「で、なんですけど……あの“梵 愛葉”という人物は一体何者なんですか?大地先輩に何をしたんですか?」
大地先輩があそこまで怖がるという事は相当ヤバい人間なのだろう。
俺もあの女の狂気の目を思い出すと鳥肌が立つ。
「まぁ、待て。順に説明をする。」
大地先輩のあの脅えようを見て、説明を急かす俺だったけど空先輩は静かに俺を静止させる。
「まず、大地はな……っ。」
そう言って言葉が詰まる空先輩。いつも大胆にハッキリと言うスタイルの空先輩がだ!その珍しい光景に若干驚きつつ、俺は空先輩が言ってくれるまで待つ。
待ったのは、ほんの数秒。だけど、張り詰めた空気の中では何十秒にも感じられた。
1度だけ深呼吸をした空先輩は覚悟を決めたのか、真っ直ぐに俺を見据える。
「そのな──」
話し始めた空先輩はいつもの雰囲気とは大きく違い、空先輩には欠けていると思っていた“優しさ”をどことなくにじみ出す“姉”という雰囲気を身にまとっていた。
いつもとは、全く違うその雰囲気に動揺を隠せない俺だったけど、これが李さんが言っていた先輩の素……なのか?
昔からの知り合いがそう言っていたので、そうなのかもしれない。
「──大地はな、高校一年生の始めまでは気さくで話しやすくて、誰にでも優しい。男女差別もしないし、礼儀正しい、まさに好青年だった。
そう……今の優馬みたいな奴だったんだ。」
………………え、あの大地先輩が?
俺の知る大地先輩は根暗で地味、そして女の人が苦手。だけど俺の憧れるカッコイイ先輩で、男の中で最も頼れるし、信用出来る人だ。
そんな大地先輩が俺のような感じ?そんな姿なんて想像もつかない……と思いそうになったが、でも男会の時に助けてくれたあの大地先輩と空先輩の言う大地先輩の像を重ね合わせると空先輩の話が真実味を帯びてくる。
「そんな、大地が変わってしまったのは高校に入学して間もなくの時だ。
───大地が女に襲われてしまったのは……」
お、襲われる!?
「それって………」
「優馬、お前は運がいいよ。本当にしみじみ思う。
初めて見る男があんなにも優しかったら誰だって気を許し勘違いする。“自分の事が好きなんじゃないか”と。」
っ……!
それは、俺も心の中で少しだけ不思議に思っていた。
同学年の女の子……つまり、1年前を知らない女の子達は空先輩が言う勘違いが多くあった。
告白とかもいっぱいされたし、彼女みたいに振る舞う子もいた。←雫達は除く。
でも、部活の先輩だとか委員会の先輩……俺が話したことがある先輩達は表面上は他の子達と変わらなかったけどそこまで俺と関係を詰めてくる……という大胆さと覚悟は感じられなかった。
まぁ、そのおかげで安心して多くの先輩と仲良くなれたんだけどね。
「優馬、お前がもし大地よりも早く入学していたら、大地がこの高校に入学していなかったら……どうなっていたと思う?」
「う………」
俺が大地先輩のように襲われていたかもしれない……という事か?
考えただけで、冷や汗が出てくる。
「女はな、いつもは清楚ぶるが、時に愛に飢えた獣になり、欲望のままに動く生物だ。」
空先輩が言っていることには共感できるものがある。
この世界の女の人が時折見せるそれは、男の俺にとっては“恐怖”でしかないためだ。
「大地先輩が1年生の時に襲われたという事は分かりました。それの事にあの、梵 愛葉という人物が関わっているという事も何となく分かりました。だけど、俺はもう1人知りたいです。“東雲”という人はどこにいるんですか?」
俺は梵 愛葉が口から零していた情報を聞き逃さなかった。
「教えてくれませんか?」
俺はもっと、知りたい。そして少しでも大地先輩を守りたい。寄り添いたいのだ。
今こそ、何度も助けて貰った恩を返すんだ!
俺は強く意気込む。
だけど、空先輩は俺の気持ちを遮る一言を発した。
「────断る。」
正しく一刀両断である。
「なっ、ど、どうして……ですか!?俺はもっと知りたいんです!お願いです。教えて下さい!」
俺は必死になって頼む。でも……
「ダメだ。なぜなら、大地がそれを望まないからだ。それに、優馬……お前がその事を深く知ってしまったら辛くなるぞ。」
「俺は大丈夫ですよ!」
空先輩の忠告なんかで今の俺は止まらなかった。
「その大丈夫にはなんの根拠も無いだろう。私は優馬の事を思って言っているんだ。いいから、この件の事は知らなくていいんだ。むしろ、忘れろ。」
「いや、そんな無茶苦茶な。」
俺は全く納得できない。
そんだけ情報を言っておいて……何を今更。
俺は最後までしっかり話を聞きたかった。
「──もし、お前がその事を深く知ってしまったら、お前の愛する婚約者の見方が変わるかもしれないんだぞ!ましてや、お前も女が苦手になるかもしれないんだぞ!それでもいいのか?その覚悟はあるのか!」
空先輩は強い圧で俺に言う。
でも、いつものドSの生徒会長の圧では無い。1人の“姉”としての圧だ。
「お、俺は例えどんな事があろうとも雫、葵、夜依を見捨てない。愛す事は辞めない。そう決めています。それに、今まで出会った女の人も……だから、大丈夫です。」
「はぁ……」
全く従わない俺にため息を吐き、呆れる先輩。
「優馬。これ以上大地のトラウマを掘り返さないで欲しい。それにこれ以上この件で彼女の事を苦しめるな。そっとしてやってくれないか?これは私からの頼みだ。どうか聞いて欲しい。」
「────ッ!?」
空先輩は今にも頭を下げそうな雰囲気を漂わせながら言う。
それで気付いた。俺は自分よがりな考えをしていたことに……そうだよ。何やってんだ、俺!
「すいません、空先輩。少しだけ、熱くなってしまいました。俺は空先輩の言う事に従います。もう、大地先輩が悲しむ姿は見たくないですから。」
俺は空先輩よりも早く頭を下げて謝る。空先輩の気遣い、大地先輩の気持ち。俺は何一つそれを考えていなかった。ただ、自分の興味と恩返しを優先させてしまっていた。
「いいんだ、この事を深く知りたい気持ちも分かる。それでも優馬、お前だけはやめておけよ。それに、彼女の事は大地がいつか解決するはずだからな。」
「……?了解です。」
俺は素早く答える。
「さて、明後日からはもっと忙しくなるからな、覚悟しておけよ。私も最後の生徒会長としての仕事だ。全力でやるからな!月光祭、抜かりなく頼むぞ月光祭実行委員長、神楽坂 優馬!」
「はい!」
空先輩に叱咤激励をされ、奮い立つ俺。
大きい返事を返した。でも、それが空先輩からの最後の生徒会長命令な気がして……ほんの少しだけ寂しい気持ちになったのは、気の所為だろうか?
そっか……もう、そんな時期なのか、空先輩の生徒会長としての最後の仕事は月光祭なのか……
なら俺も頑張って盛り上げて、最高の思い出にしないとな。
その後、少し雑談を交わしていると夜依と椎名先輩が買い物から帰って来た。
大地先輩を励まそうとか、それなりに食材の量が多く、よく運んできたなぁと褒めたくなるほどだった。
それから夜依、椎名先輩を中心にして料理を作り、空腹のお腹を大量のご飯でパンパンに満たし、数時間程楽しく話をした後、明るい雰囲気の中で解散したのだった。
大地先輩を何とか元気づけようとその他全員が尽くしたのだ。その成果か、初めは辛そうだった大地先輩も最後の方には笑顔を零してくれるほどには回復していた。
☆☆☆
月曜日の昼休み。
俺は珍しく2年生の教室に訪れていた。
もちろん大地先輩や東雲さんの事では無い。月光祭の仕事で、アンケート用紙を数人に配るためだ。
元々、月光祭実行委員会はずっと前から始動していて、俺が特別休学中で休んでいる間に学校で行う大掛かりな仕事や調整、説明はほとんど終わっており、残っているのは簡単な雑用ばかりなのだ。
こういうのは月光祭実行委員長がやるものでは無いと思うんだけど、今まで休んでいた分俺は働かなければというちょっとした使命感があるので、委員の人よりも過分に仕事を受け持っているのだ。
そんな経緯があって、2年生教室に訪れた訳だけど、普段あまり行かない場所だと落ち着かない。
いつもより多くの目線も集めてしまうからだ……
アウェーの感じがすごいな。
ぱぱっと終わすかぁ……
俺は、知り合いの2年生の先輩にちょくちょくアンケート用紙を配りながら、2年生教室を一通り回る。
2年生の先輩は快くアンケート用紙を受け取ってくれて仕事が捗る。知り合いが多いから話し掛けやすかったからだ。
なので、俺の予想した時間よりも相当早く仕事のノルマは達成された。
「……………………いないね。」
俺は達成感でか、つい愚痴をこぼしてしまう。
自分でも分かっている。これは空先輩が言っていたことを破っているということを。
でも、あんな話をされて意識しない事の方が難しい。
なのでつい、ふとした瞬間に目で“東雲”という人物を探してしまうのだ。
その“東雲”という人がどういう人なのかは知らない。
大地先輩をあんな風にした張本人……だと思うと心の中で怒りが湧く。
でも、本人の前では別に怒りはしない。だって、既にその件は終わっているのだから。
この怒りは心の中で押し留めると決めている。
「ふぅ………」
1度深呼吸し、落ち着く。
ダメだぞ。常に冷静を保て!俺には俺の仕事があるだろう!月光祭実行委員長としての重大な仕事が!それをないがしろには出来ないだろう?
そう自問自答し、考える。
…………だよな。うん。分かってるよ。
「はぁ……」
生徒会室に戻ろう。この場にいたらずっと探してしまいそうだ。早く場所を変えて、頭の中をリセットしよう。
それに俺の今日やる仕事は終わった。けど、まだ夜依や椎名先輩、委員会の人達が働いているかもしれない。それを手伝おう。
そう心の中で決め、生徒会室へ踵を返す。
あまり、視線を動かさないように前方だけに視線を固定する。こう意識を持てばどうとでもなる。
そんな時だった。
───バシャァァァッッッ!!
水が勢いよく地面に叩きつけられるような音が聞こえた。
「んん?」
俺は音の聞こえた方向を見ると、そこはごく普通な女子トイレだった。そこから音が聞こえた。
「うーん?掃除でもやってるのかな……」
でも、今はそんな時間ではない。もう、放課後で掃除の時間はとっくに終わっている。美化委員も多分だけど放課後にトイレ掃除とかはしないと思う。
それに、何か甲高い笑い声?のようなものが聞こえてくる……
何かをやっている。それは分かる。
でも、なんだろう……すごく、嫌な気がした。
俺の感はよく当たる。
自分を感を信じよう。心配しすぎが1番いいのだ。
一瞬で、そう判断を下した俺は女子トイレまで急いで向かうのであった。
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