第145話 姫命の恋


正式に家のお手伝いさんになってしまった神様。

さて……これからどうするのかな……

なんて思いながら数日の間、俺は神様の事を密かに観察していた。


まぁ、神様は元々知り合いだし、他の知らない女の子よりかはよっぽど信頼は出来る。なので、家族に危険は無いと断言は出来ると思う。……だけど、神様が何をするか分からないという不確定要素もあるのだ。


そのため観察する事は今後神様に家事を任せる雇い主の俺には必須だった。


それで、数日間神様を観察してみたけど…………

うん……料理も美味しいし、鶴乃の面倒見もとてもいい。掃除洗濯も文句を言えないほど素晴らしい。それになんと言っても、姫命はとてつもなく気が利ける。


例えば俺が筋トレをしている時、ちょうどタオルが欲しいなと思った時にタオルを持って来てくれたり、夜勉強をしていて小腹がすいた時、ちょうど良い夜食を持って来てくれたりなど本当に気が利くのだ。


家事がほぼ何もできない俺からしたら神様に何も言う事は無い。むしろ、これからも頼むとお願いしたいくらいだ。


神様の評価は雫達も高く、一人一人別々に聞いても誰もが神様の事を絶賛していて、この家に徐々に馴染みつつあった。


神様が家事をしているってだけで中々シュールで罰当たりな感じがとてつもなくするんだけど。これが現実なのである。


そんな生活を送っている俺は、一つだけどうしても気になっていることがある。


──どうして神様は俺の元に来たのだろうか?


家事をするためだけって……そんな訳じゃないだろう?じゃあ何で?転生させた俺の事の観察か?


そのぐらいしか俺には分からない。だけど、あの人?は神様なんだ、俺が想像もつかない理由で来たのだろう。


神様は俺に興味を持ったって言っていたけど、もっと深く内容を教えて欲しいのだ。


早速、俺は神様に聞きに行った。いつまでも自分の中で考えていても永遠に答えは出ないからだ。


「神様、聞いてみたいことがあるんですけど、今いいですか?」


雫達が学校に行っていて、鶴乃が遊び疲れて昼寝をしている。その両方を確認し、俺と神様だけの密室をさりげなく作る。そして用意が整ったところで俺は神様に聞いてみた。


「うん?勿論いいけど。その前にね、」


神様は家事をする手を一旦止めると、俺に近付き、ずいっと顔を近づけて来た。


その行動にドキッとする。

顔赤くなってないよな俺!?

……と、無意識に自分の頬を触ってしまう。


「な、何かな!?」


やや、キョドりながらもポーカーフェイスを頑張って作り、答える。


「気になったんだけどさ、私の呼び方“神様”ってちょっと違うと思うんだよね。」

「え?でも神様は神様だし、皆の前ではちゃんと呼び方は変えるよ。」


皆の前ではちゃんと“天照さん”って呼ぶし。それでいいだろう。


「それじゃあ、ダメだよ。だって、神様っていっぱい存在して、一括りにそう呼ばれても私には少し分かりづらいんだよ。」


神様目線だとまぁ、そうだけど。俺からしたら、たった1人の神様なんだけどな……


ダメと言うのならなんて呼んだらいいのかな……?


「じゃあさ!私の事は“姫命”って下の名前で呼んでよ!」

「み、姫命っ……ね。」


てっきり、雫達と同じように“神ちゃん”なんて呼ばなきゃならないかと思っていた俺。心の中で少しだけほっと安堵する。


姫命……か。神様の事を下の名前で呼ぶなんて正真正銘の罰当たりな気がする。けど……本人がそう呼べというのならばしょうが無いだろう。決して罰当たりでは無いはずだ!


「分かったよ。じゃあもう、いちいち呼び方も変えなくていいね。これからは、神様の事は“姫命”って統一して呼ぶからね。」

「うん!気軽にいつでも呼んでね。呼ばれたら飛んで行くからさ!」


素直に俺が頷いたからか嬉しそうにはしゃぐ神様

……じゃなくて、姫命。


「へへっ!気付いてるかな?“姫命”って呼び方はね、まだ和也くんしか呼んでないんだよ。特別な感じがしない?」

「うーん。そうかな……?別にそこまで特別って感じはしないけど。」


まず、神様自身が出会っている人が俺を含めて5人しかいない訳なので、俺には特別な感じなどは全くしなかった。


「えー、そうなの。特別な呼び方同士でいいなぁって思ったのに。」


残念そうに肩を下ろす姫命。


「まぁ、でも和也くんは思ってなくても、私はそう思ってるからね。」


切り替えたのか?姫命は笑顔で言ってくる。

どこか見透かされている気がするのは気がかりだったけど。


「…………………ふぅ。」


俺だって……そんな言われれば流石に感じるよ。

でもさ、“特別”ってまるで姫命と俺が付き合っているみたいじゃないか!?

姫命は正真正銘の神様なんだ。こんな、俺みたいな人間で凡人な男の事なんて恋愛対象にすら入らないだろう。

俺がそういう風に思っていたら姫命に失礼だ。

なに、人間風情が舞い上がってるんだ!自責しろ、バカ野郎。


そうやって、たまに姫命の事をあたかも恋人や婚約者として見てしまったり、扱ってしまいそうになる事がある。なぜかは分からないけどね。

そんなふうに思ってしまうほどのカリスマ性があるのかもしれない。


でも、こうやって自分で自分を自責し、感情を抑えていれば、まだなんとかなっている。


姫命は大恩人なんだ、俺の感情は優先するべきじゃないのだ。


「はぁ…………………………別に、いいのにな。」


神様は深いため息の後、ボソッと何かを呟く。だけど俺にはその声は聞こえなかった。


聞き返そうかなと一瞬思ったけど……何となく止めておいた。


「それで……随分と、話が脱線しちゃったみたいだけど和也くんが私に聞きたいことって何なのかな?」

「あ……あぁ、そうだったね。すっかり頭から抜け落ちていたよ。」


自責する事に頭をフル回転させた為だろう。そもそもである神様にどうしてここに来たのかと聞く事を忘れていた。


「じゃあ、早速。姫命に聞きたいことはね。どうして姫命は俺の元に来たのか、だよ。」

「えー、言わなきゃ……ダメかな。」


すぐに答えてくれると思っていたけど姫命は渋った。


「うん。言って欲しいな。あ。別に本当に言えない理由だったら言わなくていいんだよ。これはただ俺が聞きたいだけなんだから。」


強要はしない。


「……………分かった……言うよ……和也くん。」


姫命は1回深呼吸をし、ふっと笑みを浮かべると俺の耳元に顔を近づけてこう囁いた。


「私はね、君に“恋”に落ちちゃったんだ。」


…………はっ!?

“恋”?って…………まさか。

いや待て俺。ただの聞き間違いかもしれない。

そうだ、そうに決まっている!!!


「こ、来る来ないの“来い”かな?」

「恋愛の恋だよ。」

「ん?魚の“鯉”?」

「違うって、和也くん!人のことを好きで好きで堪らなくなる“恋”だよ。もう理解してるんでしょ?とぼけなくてもいいんだよ。」


俺のテンパリっぷりにお腹を抱えて笑う姫命。


「…………本当に?もちろん、冗談なんだよね?」


姫命みたいな何を考えているか読み取れない神様だったら、冗談でも充分に有り得そうだ。

それで俺のおかしな反応を見て楽しむんだ。

きっと、そうだ!そうに違いない!


「ふふっ、冗談だったらねここには居ないんだよ!」


あー、目がマジだ……それに、表情も。

姫命は真剣に、そして真面目に俺の事を見ていた。


こんな姫命を見れば誰だって姫命が俺に冗談を言っているはずが無いと分かる。


でも……俺にはどうしても姫命の事が信じられなかった。


「でも……」


反応に困る俺。正直情けないと思う。

だけど、こればっかりは慣れないししょうがないのだ。


「うん。分かってるよ。

和也くんはまだ私の事を詳しく知らないだろうし、会ってまだ数日しか経ってないもんね。

だからね、意識してみてよ。私だけのことを……ね。私は和也くんの返事を待ってるからさ。」


姫命は顔を赤く染めながらも、笑顔で言ってくる。


「………………うん。分かったよ。」


姫命の言う通りだ。俺はまだ頭を整理しきれていないし、姫命の事を全然知らない。なので姫命の言ったことに素直に頷いた。


「よし!じゃあ、和也くんの言質も取ったって事で、これから暇さえあれば遠慮なくイチャイチャのムードに持って行くから覚悟しててね。」


ビシッと俺を指さしながら宣言した姫命。


「あ、あはは……お手柔らかに、お願いするよ。」


例え俺が遠慮したとしても姫命は気にせずにイチャイチャに持って行こうとするだろう。その事が予測出来ていたためか俺は、初めから拒否はしなかった。


もう、疲れていたのだろうな。


はぁ……今から、姫命からアプローチされる展開を想像するとキリキリと胃が痛くなってくる。


だって、もし俺が姫命とイチャイチャしているのを雫達に見られたら婚約者としての嫉妬が凄そうだし、逆に雫達とイチャイチャしていると姫命の嫉妬が凄そうだし……


はぁ……考えるの……もう、やめよっと。

俺は考えるのをやめた。これ以上考えたら胃が爆発しそうだった。


「──じゃあ、早速。イチャイチャターイムっ!」


そう大きめな声で言い、姫命は俺に抱き着いてくる。姫命のゴッド・オブ・ゴットな凄い体が俺の体と濃厚に熱く密着する。


「え……えっ!?どっ、えっ!」


突然の姫命の奇襲にキョドる俺。ここまでキョドるのは久しぶりだ!という程キョドりまくる。


「えへへ、和也くんは巨乳派でしょ?上から見てたから和也くんの好みは、ほとんど知ってるよ!」


そう言いながら自分の大きくハリのある胸で俺の右腕を挟み込み、逃がさないように固定する姫命。


「な、な、何してるのんだよ、姫命っ!」


心臓が爆音で鳴り響き、冷や汗と興奮が止まらない俺。何とかして逃げ出したいほどの羞恥心にも見舞われる。


姫命の呼吸の音が聞こえる……

それぐらい顔が近いのだろう。


「ねぇ、和也くん。…………キスしていいかな?」


顔を赤面させながら、聞いてくる姫命。

さすがに本人も恥ずかしいからか声が若干震えている。


「いや、それは……ちょっと。」


頭の片隅で雫、葵、夜依の顔が思い浮かぶ。

彼女達の事を思うと……これは浮気という事になるんじゃないのか?


それは正直まずいぞ!


「あぁ、それだったら気にしないで大丈夫だと思うよ。この世界だったら特にね。それに、別に減るもんじゃないからいいよね!」

「ちょっ!?」


俺の考えが読まれた後、元々体が固定されていたため抵抗することすら出来ずに無理やり唇を奪われた俺であった。


その後。


俺に散々と怒られる羽目になる姫命だったがその表情に後悔と反省の色は無く、更にその事で怒られるのだった。


説教が終わった後は流石に姫命も涙目だったとか……

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