第144話 天照 姫命


俺達と新たに来たお手伝いさん(仮)がいる家の中には変な空気が漂っていた。


それもそのはず、第一印象がとにかくおかしなものだったためだ。


うーん、どう説明すればいいのだろうか?

俺は頭を悩ませる。


「……神って?どういうこと?」


雫が首を傾げる。

葵も夜依も、鶴乃までもが今この場の状況を把握出来ずに困り果てている。


俺は……まぁ、神様だとすぐに分かったから何となく状況は把握した。だけど……俺も正直戸惑いは隠せてない。だって……本物の神様なんだぞ!


「──ゴホンっ。はいっ!自己紹介しますね!

そちらにいる夜依さんから母が連絡を頂き、1ヶ月間の間この家のお手伝いをさせて頂く事なりました、名前は天照あまてらす 姫命みことと言います。よろしくお願いします。」


そう、彼女はノリノリで自己紹介し頭を下げたが……

最初に言い放った言葉が頭から離れず、誰も何も言えないでいる。


今更丁寧な言葉を使おうとも第一印象がとても衝撃的すぎたため、誰も何も言えない。やっぱり人間。第一印象がとても大切なものなんだと実感出来る瞬間であった。


「あのさ、あ、天照さん。ちょっとだけ時間、いいかな。」


まず、2人きりで神様の事情を聞いてみようと思い、そう話を切り出した俺。

このまま俺が何も言わないと、皆が混乱したままだし、一旦皆を落ち着かせるためでもある。


俺は神様の有無を聞かず、手を掴み2人で部屋を出た。


☆☆☆


「もう!強引なのもいいけど、もう少し優しくしてよ。一応神様なんだよ、私は。」


神様はぷんすか怒っている仕草をする。


だけど、そんな事は考えていられるほど俺の頭はクリアでは無い。


「あ、あぁ。すいません。」


俺もどうやら冷静さを欠いていたようだ。1回深呼吸をして落ち着いて神様に謝った。


「って……そんな事よりも、なんで、あなたが……ここにいるんですか!!??」


外からは絶対に声が漏れないように、細心の注意を払いつつ、声の声量を調整するけど……さっきからずっと俺はこのツッコミをしたかった。


「え、言ったじゃん。傍に行くって。」


神様はケラケラと笑いながら言う。


うん……この感じ。やっぱり神様だ。

それに見た目もあの時見た姿のままだし……


話し方、雰囲気、見た目。それでこの人が確実にあの恩人の神様であると確定は出来ている。それなのにどうしても俺は信じられない。


だって……この人は正真正銘の神様なのだから。

なに?ファンタジーって言うのか?


「ははは……」


俺はもう、笑うしか無かった。

神様と同じく笑った。笑って俺の価値観を変える作業に勤しんだ。


傍に行くって……あの時か……

俺は最近あった神様との会話を思い出す。

確かにそんな事を最後らへんに言っていたな。


「……っ。」


それと、さっきから何がしたいんだろうか?

今の俺と神様の距離感がものすごく近いし、やたらとボディタッチが多い気がする。

まぁ、悪い気はしないし、特に邪魔とかそういう訳でもないので何も言わないでおくけど。


「で……神様は、俺の元に“お手伝いさん”として来たわけなんですよね?」

「うん。そうだよ。ちょっとだけ力を使って、こうなるように運命を仕向けたんだよ。」


へーそうなんだぁ……

そんなの有り得ない力だとは思う。だけど、実際に俺は神様の起こした奇跡を知っている。


今ここに俺という人間が存在しているという事自体が奇跡で、その神様の力が本当であるという証明になる。そう考えると……今の神様の言葉が本当の事だという事が分かる。


「それと、敬語はやめてよ。私はあくまでもお手伝いさんで和也くんは雇い主なんだよ。それにまだ(仮)なんだし。

だから、和也くんは私の事は下に扱ってくれていいんだからね。」

「いや……無理でしょ。」


そんな、俺の大恩人を無下に扱う事なんて出来ないよ。そもそも、俺は人をそんな下に扱う程、肝が据わった人間でもない。


「いやいや、そんな、気にしないで大丈夫だよ。」


神様は俺が思った事をズバリ予測し、返事を返した。


「あ……そっか。」


神様は心の声が分かるんだ。

ついつい、忘れてたよ。って……ことは、心の声が神様にはダダ漏れで話してたって訳か……恥ずかしっ。


恥ずかしさで顔を赤くさせた俺。

あーあ、ダサいな。


「違うよ。私はもう心の声は聞こえないよ。だって、神様だけど一応ここでは人間だからね。神の力は必要最低限でしか使えないんだ。」


俺の顔を見てか、神様は笑いを堪えながら言った。


「じゃあなんで俺の考えている事が分かるんですか?」

「え?だって、和也くんって顔に出やすくて分かりやすいんだもの。ふふっ、面白いね。」


神様はいい笑顔を見せ、笑う。

さっきから、笑ってばっかりの神様だった。

笑神様かなんかなのかな?


「…………………っっ。」


まだ、神様に慣れなく戸惑う俺に神様の慈愛の笑は心に染み渡り、心を落ち着かせる。


──訳が無いだろっ!


こんな……綺麗な人の笑顔を見て俺がときめかない訳が無い。いや、俺だけじゃない。全ての男はときめくはずだ。そのぐらいの美しさ、可憐さ、神々しさが神様にはある。


「それで……私の事、認めてくれる?」

「俺は別に構わないです………いや、構わないよ。」


まだ、タメ口に慣れないな。

だって……相手は神様なんだからしょうがない。

まぁ、少しづつ改善して行ければいいのだ。


「だけど、認めるのはだけだからね。他の皆に認めてもらわない限り正式にこの家でお手伝いさんの立場にはなれない……よ。」


この家に住んでいるのは俺だけじゃない。俺の意志を突き通しても皆は認めてくれるかもしれない。だけど、そんな事をしたら神様と皆の交友関係が0になる。


ただの雇い主とお手伝いさんの関係になってしまう。


まぁ、それでもいいのだろうけど……できる限り俺は仲良くして貰いたいのだ。


「ちょっと、試練みたいになるけど、いいかな?」

「そっか……うん。頑張ってみるよ、和也くん!」


気合を入れた神様。頑張れ!


「あー、それと聞きたかったんだけど、ここでも和也くんなの?」


前も言ったけど、やっぱり“和也くん”だと雫達も疑問に思うだろうし、呼び方を普通に”優馬“に変えた方がいいんじゃないのかな?


「あったり前じゃないっ!だって、優馬くんだと、他にも呼ぶ人が沢山いるでしょ。だけど、和也くんだったらそう呼ぶのは私ただ1人だけ。なんだか特別感を味わえるじゃない。」


うーん。そうなのか?


「まぁ……そう言うんだったらいいんだけど……皆を困惑させないようにね。」

「分かってるって!時と場合を考えて名前とか口調とかは使い分けるよ。」


そう上手くいくだろうか?

正直、心配ではある。

まぁ、俺がサポートに回ればいいのだろうけど……

でも、それだとそもそもお手伝いさんを雇う意味が無くなっちゃう気がするけど……まぁ、相手が相手だし、いっか。


俺はそう妥協する事にした。


☆☆☆


1回、神様には外で待っていてもらい、事情を説明しに俺はリビングまで戻って来た。


「さっきはどうしたの、ゆぅ?もしかして、知り合いだったの?」


あ、そうか!俺と神様はどちらも知り合いではあるけど、立場的に神様は夜依の知り合いの娘だ。


普通は顔見知りなんておかしいはずなのだ。


さて……どう理由を言おうか……


必死に考える俺。


「うーんっとね、あの天照さんとね、似ている人を見たことがあるなぁって……思ってさ。1回声を掛けてみたんだよ。だけど、俺の勘違いだったみたいだよ。」


なんか嘘っぽいけど……なんとか誤魔化せたかな?


それで、俺は神様がどんな人なのかは何となくだけど良いように話し、なんとか下がった神様の好感度を上げようと努力はした。


後は神様の頑張り次第だし、皆の判断に任せる。

というか、最終決定権は鶴乃にある。

なんて言ったって鶴乃が恐らく1番長く神様と一緒に時間を過ごす事になるのだから。


合う合わないはしっかりと確認して欲しい。


☆☆☆


「……何なの彼女は?」


優馬がいなくなったリビングで、雫、葵、夜依、そして鶴乃が話をしていた。


話の内容はさっき来たお手伝いさんのことについてだ。


「そうですね、ちょっとおかしな人……でしたね。」


葵は言いにくそうに言う。雫と葵はバッサリと言い切ったが、こういう時に躊躇うのは葵の優しさだ。


「うっ、ごめんなさい。私としては信頼出来る人の娘さんだから、もっとちゃんとした人が来ると思ってたんだけど、完全なる予定外だったわ。これは私のミスだわ。」


自分の紹介で天照 姫命のことを呼んだ夜依は面目が丸潰れで恥ずかしくなっているようだった。


「……じゃあ、どうするの?鶴乃はどうだった、あの人のこと?」

「鶴乃は、おもしろいひと、すきなの!」


雫が鶴乃にお手伝いさんの事を聞いたが、鶴乃に関してだけは第一印象はまぁまぁだったらしい。


「でもね……信用度は限りなく低いわ。」


夜依が冷酷に判断を下す。

さすが、夜依だ。弁えている。


やはり、安全と信用で天照 姫命を天秤にかけると、安心と信用が勝ってしまうのだ。


「……私も夜に賛成ね。」

「わ、私もです!!」


最終決定権は確かに鶴乃にあるが、さすがに3人はあのお手伝いさんに鶴乃とこの家を任せるのは無理があると考える。


それに、ここには優馬がいるのだ。心から愛する優馬に危害が及んだとなれば取り返しのつかない。

そのため、今回のお手伝いさんの件は白紙に戻すことで話がまとまった。


──そんな中。


「失礼しまーす。」


ことの元凶である天照 姫命が勝手に部屋に入って来た。


ノックも何も無しにだ。


なんだその態度は?世間体的にダメじゃないのか!?

……と、鶴乃以外の3人は思う。


あくまで、天照 姫命は雇われの身。

雇い主である優馬。その婚約者である3人にその態度は有り得ないのである。


「何か用ですか?」


葵が気を利かせて聞くが、彼女は聞く素振りを見せない。

ニコッと、ただただ美しくつい見とれてしまうほどの慈愛のこもった笑顔を見せた後……


「──ごめんね。これは私のわがままなんだけど、少しの間だけ付き合って欲しいんだ。」


そう言い、彼女は手を開いて前に掲げる。


そこから青白い?何かよく分からない眩い光が放出された。


「……え!?」

「な、なんですか!?」

「どういう原理!?」

「おもしろそーなの!」


だが、不可思議な力が働いていることだけは全員には分かった。


その光に当たり、気付いた時にはその場にいた全員は意識が途切れていた……


☆☆☆


「ふぅ……」


俺は、どうにかして神様の事を認めてもらてるようにと頑張って考えていた。


でも、まずは皆と話をして率直な意見を聞いた方がいいかも知れないな。

そう考えた俺は再び皆のいるリビングまで戻って来た。


──でも、俺の悩みはいつの間にか解消されていた。


「はぁっ!?」


俺がリビングに行くと、神様が皆といて楽しくお喋りをしていた。


あれ……?なんで?神様が既にこの家に馴染み切っている。まるで、何年も苦楽を共にした友達かのようだった。


こんな……なんで!?


「ど、どうしたの、皆……?」


俺は皆の様子……神様に対する接し方が異常なほど変化している事に気付き、困惑する。


取り敢えず近くにいた葵に声を掛ける。


「どうしたんですか、ゆぅーくん?」

「どうしたって……こっちのセリフだよ、葵。どうして、神さm……じゃなくて天照さんとこんな仲良くなっているの?」


聞き方が失礼な気もしたけど、今の俺にはそんな事を考えている余裕は無い。


「えっと、神ちゃんのことですか?」

「か、神ちゃん?」


なにそれ……俺がいない間に本当に何があったんだ!?


俺は咄嗟に元凶でありそうな神様を睨むが………

あ、無視しやがった。


神様は分かりやすく俺を無視し、口笛を吹いている。


その行動は、皆に何かをしたって自分で言っているようなものだぞ?そんなテンプレみたいな事をするのは……神様としてどうなんだろうか。


その後、俺は神様と再び2人きりになり、皆にした事を暴露させた。

神様は、神様の力で皆の記憶に干渉し、自分の存在を埋め込み、まるで元から顔見知りだったかのようにする力を皆に使ったらしい。


俺はこれっぽちも理解出来なかったけど、神様が言うには絶対に安全だから大丈夫だということだ。


まぁ、試練を与えたのは俺だけどまさかこういう事をするとは思わなかった。


でも、その力は反則だし、間違っていると同時に思った。


取り敢えず、皆に何かしたという事は変わらないので、説教はさせて貰った。

そして、これからここでその神様の力を使用したら追い出すという約束事を作らせてもらった。


これは大切な事だ。


☆☆☆


「ふぅ……」


天照 姫命はそっとため息を着く。


今は1人。取り敢えず和也くんの家に居させてもらえる事は決まった。


まず第1目標は達成だ。

でも、やりたい事は山が連なるほどある。

そのため、すぐに第2目標を達成する為に準備を開始する。


姫命はそっと左手に着けた指輪を見る。


その指輪はどこか不可思議で、謎のオーラを発している。その指輪の中には、極小の砂時計が埋め込まれていて、砂が永遠と落ち続けている。


だが、その砂は通常の砂時計のように無くならず、落ちた砂もどこかに消えているのか……分からない。

ただ砂だけが落ち続けている事だけは分かる。


でもその砂は無限ではなく、まだまだ大量にある。

と言う方が正確だろう。


それを見て、姫命は呟く……


「これで……いいんだ。」


嬉しさと悲しさ、寂しさを含むその言葉は姫命のいる姫命しかいない部屋に響き、すぐに消える。


これまで積上げてきたものの全てを捨てて、ここまで来たんだ、一日一日を大切にして行こう。正しく、人間のように……

そう思う姫命であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る