第142話 鶴乃の恩返し
頑張れ鶴乃!
俺は後の事は鶴乃に任せることにした。
鶴乃は実の親を見て、すぐに目線を逸らしてしまう。体も震えている。
だが、これはしょうが無い事だ。
鶴乃に埋め込まれた強いトラウマは、今この場では何かしてやらない限り払拭出来ないようだ。そう判断した俺は、しゃがんで鶴乃の手をそっと握る。
言葉には出さないけど、これで少しは気持ちが楽になってくれる事を願う。
俺が手を握った効果があったのかは知らないけど、鶴乃は俺の手をギュッと力強く握り返し、真剣な面持ちで再び親を見る。
もう、震えは収まっていた。
「つ、鶴乃は、お母さんなんて……なんて……だいっきらいっ!!!」
一言、鶴乃は全力で言い切った。
「えっ、え!?……どうしたの……鶴乃?」
鶴乃の言葉に想像以上のダメージを負っている様子の親。頭に?を浮かべている。
「お母さんはいつも……いつも……いたいこと……しか、してこない。鶴乃も……それがあたりまえだと思ってたの。」
一息つきもう一度鶴乃は口を開く。
「だけど……それはちがったの!鶴乃はお母さんなんかと……なんていっしょに……いたくないの!」
ボロボロと、鶴乃が今まで溜まっていた事を全部全部吐き出す。
「お母さんは……ぜんぜんやさしくないし……ほめてくれないし……たのしくないの!」
「ごはんもおいしくないし……たべたら、おなかいたくなるの!」
「いつも、おうちにかえってきたとき……鶴乃のことをなぐるの、そんなのいやなの!」
そして、鶴乃は母親の事を自分の言葉だけで拒否することが出来た!
「つ、鶴乃ッッ!!!」
女は今まで鶴乃にだけは皮を被っていたが、鶴乃の言葉を聞いた途端その皮を破り捨て、怒り狂いながら鶴乃に突撃しようとしてくる。拳は強く握られていてこれからこの女が鶴乃に何をしようとしているのかが分かる。
「分からせてあげないとね!あなたは一生私のモノなんだと!」
そこそこのスピードを出しながら女は言う。
だけどな、鶴乃には指一本たりとも触らせやしない。それは絶対にだ!
俺は鶴乃の前に立ち、女の突進経路を塞ぐ。
「どきなさいッ!」
「は?嫌だね。あ、それと忠告だ。今お前がしようとしていることを本当にここでやるのか?ここは俺が所有する場所なんだぜ?お前がそんな場所で暴れたりでもしたら、俺はお前をとことん追い込むけど?」
まぁ、もう葵が暴力を振るわれているから許すつもりは無い。追い込む事はほぼほぼ確定している。
そして今からの女の行動次第で俺が下す重い罰が、更に2乗ぐらい重くなるか、ならないかの違いだ。
「ぐっ……」
女は悔しそうに下唇を噛む。
この女に対して少しだけ分かったことがある。それはこの女は娘よりも金が大好きで、金の話にとことん弱い。そして、金の為ならば我が娘すら利用する、最悪な母親だということだ。
俺はそれを利用し、脅迫地味た言葉を並べる。俺の言葉に女は萎縮し足を止める。
「く……っ。つ、鶴乃……?あなたは私のところに勿論来てくれるわよね?私が親なんだから絶対にこっちよね?」
何だこの女。急に方向転換して来やがった。多分俺には勝ち目が皆無だと早々に諦め、俺が口出し出来ない鶴乃自身の意思でこの家を出させるというなんとも破綻した戦法だ。
「いや!」
既に鶴乃は親の事を拒否している。その覚悟した鶴乃の表情は何があっても考えは変えないという強い意思を感じる。
そんな鶴野に今更説得なんて不可能だぞ。
「なんでよ!鶴乃と私はずっと、一緒に暮らしてきたじゃない。その私よりもそんな……たったの1ヶ月弱しか暮らしていない男を選ぶの!?」
「うん!鶴乃はパパとしず姉とあお姉とやよ姉といっしょに……くらすの!」
「なんでよ!クソっ餌付けでもされたのかしら。」
そうボソッと呟きながら俺を睨む。
は?よく考えろよ。日々虐待をする親より、毎日が楽しい俺達の生活。どちらかを選べと言われたら、そりゃ誰でも後者を選ぶだろ。
「だから……鶴乃はお母さん……じゃない。“あなた”なんてしらないの!」
鶴乃の小さな体で大きな大人に対し、しり込みもせずに鶴乃は言い放った。
「よく言ったぞ鶴乃!」
俺は無性に鶴乃を褒めたくなった。目の前に鶴乃の親がいるが関係ない。逆に幸せを見せつけてやれっ!
「えへへ、ほめてほめてパパ。」
「おぉ、いいぞぉーよしよし。」
俺は鶴乃の頭を沢山撫でる。
「ちょっと優馬は最近、本当にお父さんになってきてるわよ。」
横で見ていた夜依がジト目で言う。その隣の葵は笑ってしまっている。
「──な、なら丁度いいわ鶴乃!あなたはその男と結婚しなさい。その男は中々の特殊な人間で優しいって噂も聞きつけたの。だからその男と結婚してお金を私に送りなさい。」
その女は醜いくらいに鶴乃にねだった。
頭の中が金の事しか無い。鶴乃の存在なんてこれっぽっちも考えていない。ただ、どうやったら鶴乃というモノを使って寄り多くの金が生まれるのか程度だろう。
本当に最悪な親だ。
この親にだけは絶対に俺はならないし、俺の子や孫が親になったとしても絶対にさせない。そう心にメモを残す。
「鶴乃はパパと……けっこんするけど、あなたは……あかのたにんなの。だからかんけいないのっ!!」
「クソッ!何なの?そこまで成長できたのが誰のおかげだと思ってるの?もう、知らないわよ!そうだ、訴えてやる。勝手に私の娘を奪った誘拐罪で!!!」
鶴乃を説得するのは無理だと判断した女は、怒りの矛先を再び俺に向けてくる。
「いいぜ、どこまでも何度でも戦ってやるよ。だけどな、負けるのは絶対にお前だぜ?俺は男の特権を使って絶対に勝ってやるからな。その時は賠償金を沢山ぶんどってやるからな。覚悟しとけよ!」
女は金の話に弱い。そのため、こう脅せばビビると思った。
よし……俺の予想通りの結果になった。
女の顔がみるみる悪くなって行き、満足する俺。
「ゆぅーくん。なんか……うん。すごいですね…」
「男の特権っていうのはこういう時に使うもんだろ。」
他の男はよく男の特権を使っているらしいけど、俺はほとんど使ったことが無い。なら、別にこういう時に切り札として使っても構わないはずだ。
「く、クソ、な、なら………」
「別にどんな手を使ってでもいいぜ、正々堂々受けて立ってやるよ。だけどな、もし鶴乃や俺の家族達に危害が及ぶと判断した場合、俺が徹底的に潰してやる。今まで生きて来たことを俺が後悔させてやるから、よーく覚えておけよ。」
俺はかなり圧をかけて脅迫した。
その中には若干の殺気も含まれる。
「ゆぅ……恐ろしいわね。」
夜依に言われる。
「ははっ!こんぐらい強く言わないと安心と安全は得られないからね。」
「くそっ、もう勝手にしなさい。こんなんだったら鶴乃なんて産まなきゃよかった……」
諦めた女は家を立ち去ろうとする間際にそんなバカなことを口走りやがった。
それを聞いた瞬間。俺は怒りが爆発し、バカな女を掴み上げた。
「おいっ!そんな事、鶴乃の前だけでは言うなよ!
たとえ最低で娘をモノとしか扱わないクズな女でも、お前は鶴乃の実の親なんだろ?産まなくて良かったなんて口が裂けても言えないはずだろう!鶴乃がそれを聞いてどう思うかお前には考えられないのか!
子に親は決められないんだぞ、子は奇跡の結晶、宝って言うだろ。そんな事言うお前は正真正銘、鶴乃の親じゃないんだな。もう、消えろよ!ここに二度と……鶴乃に二度とその汚い面見せんなよ!!!」
「ぐあっ……しょ、傷害罪、脅迫罪だ、絶対に訴えてやる、クソっ、」
俺はそのクズな女を家から放り出した。
キーキー喚く女を無視して俺は家に鍵を閉めた。
後は藤森さん達が何とかしてくれるだろう。
俺は鶴乃を見る。
鶴乃は床に座り込み、下を向いている。
俺は頑張った鶴乃の元に行き、しゃがんで目線を同じ高さにする。
「………………今日から鶴乃は“神楽坂 鶴乃”ってことになるけどいい?」
「いいの。パパとしず姉とあお姉とやよ姉とおなじなまえ!鶴乃すっごいうれしいの。」
鶴乃は俺に抱きついてくる。
「うん……ありがとう鶴乃。」
なんとも健気で本当にいい子なんだなと俺は思う。
涙が込み上げてくる。
「そうだ!鶴乃ね、パパとけっこんするの!」
「はは、うん。いいよ、だけどもう少しだけ大人になってからね。」
「やくそく!」
そう言って鶴乃は小指を立てた。
「あぁ、約束だ。」
俺も小指を立てる。
「「♪指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます!指切った♪」」
俺は鶴乃と声を合わせて歌い約束した。
「それでね……鶴乃、パパが鶴乃のためにおこってくれたこと……すごくうれしかったの!……その……だから、おれいするの!」
そう言って、俺のほっぺにキスをしてくれた鶴乃。
可愛らしいキスで心がポカポカと暖かくなる。
これが鶴乃の恩返しと言うやつか……なんとも嬉しいものだ。
近くにいた葵と夜依は若干不機嫌気味になっていたのは鶴乃には内緒にしておこう。
鶴乃は笑顔で感動の涙を流す。俺もつられて涙腺が緩む。
この笑顔……あの時と比べたら、大きな大きな変化だ。この笑顔絶対に守って行かなきゃな。それが親としての本当の務めなのだから。
☆☆☆
今から鶴乃は……神楽坂 鶴乃として、第2の人生を歩む事になる。そしてこの家に正式に住む事になった。
だけど、まだまだやることは多い。国に提出する正式な書類は書いていないし、学校とかにも連絡しなきゃならない。お母さん達にもまだ説明していない。だけど、俺の信用出来る人達なら鶴乃の事もすぐに分かって受け入れてくれるはずだ。
それと、さっき俺の学校から連絡が来たんだけど、俺は来週からやっと特別休学が解除されるらしい。
これでやっと、皆と一緒に学校に通うことが出来る。
嬉しい。本当に嬉しい。
……でも、そうなると鶴乃が家に1人っきりになってしまう。まぁ、外には藤森さん達がいるはずだから安全ではあるのだけど。
はっきり言って暇だろう。
その事をよく知っている俺はその辛さが痛いほどわかる。
うーん。鶴乃が小学校に通う手続きが終わるまでの間限定で鶴乃の事を見てくれる人信用出来る人が必要かもしれないな。
まぁ、取り敢えず鶴乃のことを縛る存在は消えた。
これで鶴乃は伸び伸びと子供らしく成長して行ってくれるだろう。
それが新たな鶴乃の親となった俺には、楽しみでならない。
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