第141話 襲来


葵に婚約者の証を渡し、ようやく婚約者になれた葵。


それから数日が経過したある日。

俺はある事を告げられる。


「ゆぅ……ごめんね。」


夜依が学校から帰ってくると妙によそよそしくしていた。


「ん……どうしたの夜依?」


夜依の態度からただ事ではない事なのかと身構えてしまう俺。


「ゆぅが……ずっと楽しみにしていた、あの文化祭が、もう終わってしまったの。」

「あ……え?うん。」


なんだろうな……確かに悔しいけど、俺の予想を上回ら無かったため、微妙な反応しか出来なかった。


「そっか……文化祭か……やりたかったな。」


文化祭とは、青春を彩る最高の行事である。

それを皆で回りたかったものだ。


それに、クラスでやる出し物も楽しみだった。

今年は飲食店をやるって言ってたし。


でも、今回はね……しょうが無いと思ってる。俺一人のせいで高校人生で3回しかない楽しい行事を潰したくないからな。


「来年は絶対に楽しもうな。」

「ええ……そうね。」


俺と夜依はそう約束した。


☆☆☆


その日の夕方。藤森さんから連絡が来た。

何か俺に用がある人が家に現れたそうで、家に来させるか、追い返すかで藤森さん達には判断をし兼ねるんだそうだ。


うーん。誰だろう。

俺の知り合いや家族が家に来た時はこういう連絡は来ない。なので、予期せぬ来客者が家に来るのは初めてだった。


いつもは藤森さん達が俺目的の人間は家には近付けさせず、追い返したりしているそうだけど、今回は何か緊急な事らしい。


俺も初めての事なので、よく分からないけど、取り敢えず家に上げる事にした。何か特別な話があるのかもしれない。一応、聞いておかないといけない。


でも、見知らぬ人を家に上げることが、危険な事には変わりはない。家の情報が知られて拡散でもされたら更に面倒だ。

なので、あまり生活感の出ていないシンプルなリビングで話をすることにし、それ以外の部屋には行かせない事にする。


対応をするのは俺と夜依。

雫は買い物に出掛けていて留守。鶴野はその場にいたら色々と誤解を起こしそうなので、葵と一緒に2階にいてもらっている。


準備は完了。俺は藤森さんに連絡をして、家のリビングまで案内してもらった。


「失礼するわ!」


ズカズカと、リビングに入ってくる女。

そして、俺の正面のソファに勢いよく腰掛け、足を組む。


なんだこの女。マナーというものが成っていない。

あ……それに……この女って……


「お前……っ」


俺は女に聞こえないくらいの小さな声で呟いた。


あの女だ……

葵に婚約者の証を渡した日に、葵に怪我を負わせた、俺が相当恨んでいるあの女だ!


その女の顔を見た瞬間に怒りが爆発しそうになるが、何とか耐える。まず、この女は俺が女装していた事を知らないだろうし、怪我を負わされた葵もこの場にはいない。


それに、今日ここに来たのは葵に怪我を負わせた事の話では無いだろう。少ししかこの女のことを見ていないけど、多分そうだろう。


「それで……早速本題に入らせてもらいますけど、今日はどのような要件でこちらに?」


夜依が俺が中々話を開始しないため、気を利かせて話を開始してくれる。ナイスだ夜依。


「ええっ?分かるでしょう?」


大袈裟に女は言う。


は?……何が?

俺は何が何なのか分からず首を傾げる。隣の夜依も同じようだ。


「その……申し訳ないですけど、私達には分からないです……」

「はーあぁぁっ?あなた、何言ってるの?私には全て分かっているのよ。あなたが私の子を拉致、監禁している事に。」


オーバリアクションで反応する女。イラッとくる。


「私の…………子?」


俺は初めて女に聞こえるような声を呟やいてしまう。


「って……もしかして。」


その言葉には思い当たる節がある。


「「鶴野……」」


俺と夜依の答えが重なる。


「大正解。今の発言で確証に変わったけど、鶴野がここに居ることは初めからバレているのよ!」


ニヤリと女は笑う。どこが面白いのかは知らないけど。


どこから鶴野の情報がバレた?鶴野は最近のほとんどは家の中にいて出掛けたのも病院に行った時ぐらいだ。

もしかして……病院の関係者がバラしたのか?それとも国がバラしたのか?

俺は鶴野の事を国に報告して、これからの事を少しだけ相談していた。もちろんシークレットにでだ。


クソ……特定が出来ない。

だけど、何者かに情報提供を受けて、この女は俺達の家に辿り着いた。


後で、全部終わったらこの女には聞いてみるとするか。


「知らないですね。」

「うん……そうだね。」


だけどまずは、この女を対処しないとな。

鶴野が虐待を受けている事を知っている俺と夜依は咄嗟に話をはぐらかす。

鶴野とこの女を会わせては絶対にいけないからだ。

このまま何事も無かった様に帰らせる。そうアイコンタクトで夜依と話をし、連動する。


一旦鶴野は出掛けていると嘘を付き、待っている間に情報量が多く頭を働かせる話を2人でし、どんどん鶴野から話を遠ざける。


ついでにここの情報をどうやって手に入れたのかも聞くが、うーん。上手くいかないな。


女はそこまで頭が良くないのか?話がどんどん逸れて行っていることに気付いていない。よし……このまま行けば、何事も無かったかのように一旦女を帰らせる事が出来る。そうすれば鶴野を違う場所に移す時間を作れるはずだ。もう一押し、もう一押しだ!


「──パパなのー!」

「──ダメですよぉっ!!」


だけど、俺と夜依の努力は惜しくも無駄になってしまったようだ。


鶴野が笑顔で笑いながら俺に逢いに来てしまったのだ。その後ろには葵が焦りながら鶴野を捕まえようとしている。


「つ、鶴野!来ちゃダメって言っただろう。それに……今は……」

「だって……鶴野、パパといっしょに……………」


鶴野の言葉は途中で途切れた。あの女と目が合ったからだろう。


「あは!久しぶり鶴野。元気にしてた?ママだよ。」


女は鶴野を視界に入れると急に笑いながら笑顔になり、鶴野に抱き着く。


一件、今まで離れ離れだった親子が久しぶりに再会したなんとも仲睦まじい光景なのだが……

俺は鶴野の表情を見てゾッとする。今まで、元気に満ち溢れていた鶴野が青い顔になって歯をガタガタと鳴らせながら震えているのだ。


鶴野は声には出さないが、必死に目線で助けを俺達に求めてくる。


「さぁー鶴野、早くお家に帰ろうね!お家に帰ったら、沢山お母さんの手料理を振舞って上げるからね。」


女はご機嫌で、鶴野の事を抱き締めたまま離さずにその場を立ち去ろうとする。


「て…りょうり…………っ。」


鶴野は手料理と聞き更に、顔が青白くなり今にも泣き出してしまいそうだ。


「ちょっと、待って下さい。」


俺は慌てて女の事を呼び止める。


「何よ?私と鶴野は親子なのよ!その間柄に勝手に、しかも土足で入ってこようとしないで!

それに、今まで拉致監禁していた事で後で訴えて金をむしり取ってあげるから覚悟していなさいね。」

「ちょ、」


やばい、女は俺の事を無視してどんどん歩を進める。このままじゃ、鶴野が……連れて行かれてしまう。


鶴野を連れた女が玄関まで行き、家の扉に手を掛ける寸前で、俺よりも先に行動していた葵が女の手を掴みギリギリで止めた。


「何するのよ!」


足止めされてキレる女。

罵声を浴びせられる葵だが、我慢して耐え抜き罵声に集中して鶴野への気が一瞬逸れた瞬間を狙い鶴野を奪い返した。


「あお姉……」

「な!何なのあなたッ?鶴野を返しなさいッ!それは、私のモノなのよ!」


葵は咄嗟に鶴野を抱き抱えたまま蹲る。そしてその後から女の蹴りや殴りが葵を襲いかかる。女は何とかして鶴野を取り返そうとしたのだ。


「うぐっ……」


無防備な背中を蹴られ、苦痛の表情を浮かべる葵。

だけど、決して鶴野を離さない。


「あお姉……ダメだよっ!……ケガしちゃう!」

「大丈夫……っ。大丈夫だよ。」


心配させない為か、葵は無理して笑顔を作り鶴野に微笑みかける。


「いい加減にしなさいよッ!!!!」


女は大声で喚き、最後の一撃を葵に喰らわせようとする。だけど、ただ俺も夜依も傍観者という訳じゃない。


2人で女の体を押さえ付ける。


「なっ!暴行罪よ!それに、窃盗よッ!!!!何なのよ!鶴野は私の子で、私のモノなのよ!」


俺と夜依に床に押さえ付けられ身動きの全く取れない女はキーキーと喚く。ったく……うるさいな。


それに、今阻止した攻撃……もし止めていなかったら葵にも大ダメージだが、葵の下にいる鶴野にもダメージがあったはずだろう。そんな事も考えられない、この親に俺は失望する。


それと同時に、怒りが頂点に達しそうになり、声を荒らげそうになる。

だけど……ここは葵に任せる。


そう……葵が合図をして来たのだ。


「いい加減にしてくださいッ!!」


葵は大声で叫んだ。いつもなら絶対に出さないような声だ。まさに、鬼気迫る勢いと言うやつだ。


「何なんですかあなたは!鶴野ちゃんは貴方のモノなんかじゃない。鶴野ちゃんは鶴野ちゃんなんですっ。一人の女の子なんですっ!!」

「はぁ?子は親を敬い、愛し、尊敬するものでしょ?」


なんとも間違った教育だと思う。


「──それは違う。」


ここからは葵に代わり俺が言う。

何故かと言うと、葵はダメージが思ったよりも入っていて辛そうだったためだ。


葵を休ませ、俺は早速これまでこの女に対して思った事を全部ぶつけると心に決め、口を開く。


「お前は……鶴野の気持ちを少しでも考えた事があるのか?どんなに痛くても、悲しくても、寂しくても、相談する相手はどこにもいない。そんな鶴野をとことん追い込み、モノとしか見ないし、扱わない。だからお前はそんな事しか言えないんだ。

お前には分かるか?鶴野は最近、身長が少し伸びたんだぞ……それに、髪も切って貰ったり可愛い服を着てとても可愛くなった。毎日ご飯を沢山食べて、やっと栄養失調が治って健康になったんだぞ!でも、お前に与えられたケガの1部は未だに鶴野を苦しめているんだぞ?」

「それは、親から子に対しての教育よ!私は鶴野かちゃんと言う通りに出来なかったからそれ相応の教育を施しただけよ。それに、子供のあなたが何か言う必要は無いわ。」


俺はそう聞き、感情が苛立ちで高まる。

拳を強く握りしめ女を睨む。


「これが教育だと?ふざけんな!これはただの虐待なんだよ!お前のストレスの捌け口を鶴野に向けただけのな!」


男の俺にキレられて若干、動揺の表情を見せる女だったが今の俺はそんな事を気になんてしない。


「う、うるさいわね。いいから私を離しなさい。暴行罪で訴えるわよ!それに、あなたの情報を世間にばら撒くわよ。」


多分、今考えた浅はかな考えを女はそのまま言ったのだろう。


「ちっ、」


低脳でイラつく。特にこういう女は大嫌いだ!

久々に考える事が悪くなる俺。でも仕方が無いのだ。


「あは!分かるでしょう。ようやく手に入れた、のどかな生活がたったこれだけの事で崩れるのよ。だけど、その子を渡せば情報をバラしたりはしないであげる。まぁ、お金はむしり取るけどね。」


そう言ってゲラゲラと笑う女。いつまで経っても、どんな状況でも自分が圧倒的な優位だと信じ込んでいるんだろうな。


だけど……俺はな。そんな事で諦めたりなんてしない。それに、その程度の弱みで俺が動けないとでも思うのか?


「あっそ、勝手にやればいいさ。鶴野の幸せと俺達ののどかな生活。天秤にかければすぐに分かる。絶対に鶴野の幸せだ、ってね。」


俺は笑いながら言葉を返してやった。


「ぐっ……」


たじろぐ女。それを他所に葵と夜依は俺の言葉に深く頷いてくれている。


「パパ……」


俺の言葉に鶴野は涙が溢れ出す。


俺達は別にのどかな生活が出来無くなったとしても、構わない。皆と一緒にいるだけで幸せだから全く持って問題ないのだ。


「く……あ、じゃあそうだ!あなたが鶴野のことを誘拐監禁してた事をテレビ局に暴露するわ!ふふ、そうでもしたら世間は大きく揺れるでしょうね!代表に就任したばかりの期待の男なのに問題を起こしちゃってね。」


咄嗟に考えたにしては、まぁまぁな脅迫だな。

だけど、何度でも言おう。


「勝手にやればいいさ。それにそんなデマ、誰も信じないと思うけど?」


そんな、誰かも分からない女の情報を鵜呑みにするほどテレビ局の人達はバカじゃないだろう。


「くぅ……デマ!?なんなの!なんで男がそんな小さな子供に固執するの!勝手に放って置いてくれればいのよ!」


我慢の限界だったのか、逆ギレして荒れ狂う女。

そろそろ、どっちが大人か子供か分からなくなってきたんじゃないか?


「嫌だね!なんでお前みたいなやつに俺が命令されなきゃならないんだ。」

「な、大人に対してその態度はいくら男でも有り得ないわよ。」


そう言う女を1回押さえ付けるのを止め、解放する。

もちろん鶴野の元には絶対に近づけさせないように細心の注意を払ってだ。


そして、俺は鶴野を見据える。


「鶴野。お前もこいつに何が言いたい事があるんじゃないのか?」


何故、俺が女を解放したのかと言うと、今まで黙って葵に抱き抱えられていた鶴野に話を振るためだ。


「え……でも……」


鶴野はいつもの元気は無い。母親を見て参ってしまっているのだろう。それに、体のケガも疼くのだろう。


鶴野にとってこの女……母親は、恐怖の元凶であって鶴野を縛り上げる最悪な存在だ。


簡単に自我を出して反発する事は難しい事かもしれない。誰だって恐怖の存在からは逃げたいと思う。目を瞑りたいと思う。

だけど……いつか必ず乗り越えなければならない時が来る。そして今が鶴野にとってそうだ!


鶴野はまだまだ子供だ。その歳では酷で難しいかもしれない。解放よりも恐怖の方が勝ってしまう可能性も高い。だけど、今の鶴野には俺達がいる。絶対に見放したりしない鶴野を支え続ける存在が……


「頑張れ鶴野。これまでの嫌な事、全部全部ぶちまけちまえ。あ、大丈夫だぞ。もちろん、パパ・・がついてるからな。鶴野を応援してるからな!」


俺は鶴野の背中を言葉で押す。

この女には俺がいくら言っても微かなダメージしか入らないだろう。だけど、鶴野が頑張れば女に大ダメージを与えられ、鶴野は自らの力で親の恐怖から抜け出すことが出来るだろう。


「う……うん。」


まだ頼りない返事をする鶴野。

でも、多分大丈夫だ。1度話始める事さえ出来れば、後は止まらないだろうから。


俺は子が恐怖という絶壁をぶち破り、一人の人間として成長する姿を見届けるため、俺はただ真っ直ぐ前を向く。

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