第140話 やっと渡せた婚約者の証


デートも終盤。時間も大分経過し、外は夕暮れ。

季節的にも夜、日が無い時間帯は中々に寒い。


街が帰宅ラッシュで人でごった返している頃、俺と葵は小さな公園に来ていた。


よし……これでOKだ。


俺は葵の膝の怪我を水で濡らしたハンカチで覆い、応急処置を施した。


「ごめんな。こんな事しか出来なくて。」

「大丈夫ですよゆぅーくん。ありがとうございます!!」


葵はさっき全く知らない頭のおかしな女に押され怪我をしたのだ。俺は今でも思い出すと強い怒りが湧いてくる。


だけど、葵との今の雰囲気を悪くしたく無いのでぐっとその感情は我慢する。心の栓にそっと蓋をした。


「本当に大丈夫?もう、帰って休む?」


婚約者の証はしょうが無いけどまた今度にしてもいい。まずは葵が最優先だ。


「いえいえ、もう大丈夫ですよ。ほんの少しだけ血が出たぐらいですから。ゆぅーくんは気にしすぎですよ。」


葵はそう言うけど、俺の目の前で自分の大好きで堪らない人が傷付いたんだ!心配するに決まっているじゃないか。


「わかったよ。じゃあ葵。指輪……買いに行こっか。」

「はい、待ってましたよ!!」


葵は少しだけ、足を痛そうにしていたので少しだけペースを落としてその目的地へと向かった。

ここから宝石店まではそこまで遠くは無いので、家の門限までには充分時間が余って帰れるだろうな。


☆☆☆


宝石店に到着した俺と葵。2人仲良く店に入店する。葵は応急措置で痛みが引いたのか今は普通に歩けるようにまで回復していた。


「いらっしゃーい。」


おなじみの店員が店の奥から眠そうに欠伸をしながら出てくる。


「どうも。」


俺は店員に声を掛ける。


店員は木の椅子に座り、ボケっとしている。


…………あ、そうか。前は女装をしないで普通の姿で店に行ったけど、今はちゃんとしっかり女装をしている。


反応が前と違うなと、思ったのはそのためか。


という事は、俺の女装に店員は全く気が付いていないようだ。

まぁ、一応正体は明かしておくか。


「どうも、お久しぶりですね。」


いつも通りの声で話す。


「え……!?その声。」


声ですぐに店員は気付く。木の椅子から勢いよく立ち上がった。


「もしかして、あの時の……男のお客様っ!?」

「ええ、そうですよ。」

「ご、ご無沙汰してます。」


今まで気だるそうだった表情を勢いよく引き締め、仕事モードに入ったのか背筋正しく、声も正した。


あれ……うん。なんだろう。前来た時とあからさまに対応が違うんだけど?


「その……」

「はい!なんでしょうか?」


反応早いな。


「なんで、前とそんなに対応が違うんですか?なにか理由でもあるんですか?」

「もちろんですよ。最近あったテレビ放送。あれに映ってたのって、お客様ですよね?」

「……………………はい。そうですけど?」


やっぱり……な。何となく分かった。


「あの放送で、お客様はこの国のトップに立つ人だと分かりました。なので、前よりも礼儀正しく丁寧に接客をさせていただきます。………………そうすれば、この店の利益に繋がるかもしれませんし。」

「あぁ、そうなんですか。」


ははは……最後に願望が漏れ出ちゃったね。


「それで、今回も指輪をご購入に?」

「はい。なにかオススメとかってありますか?」


婚約者の証を買うのもこれで3回目だ。流石に俺の目的が分かってくれていてありがたい。説明でいちいち時間を取られたくないしな。


「勿論ございますよ!あ、そうだ。少々お待ち下さいね。お客様の為に取っておいた物があるんですよ。」


そう店員は言い残し、再び店の奥に消えて行く。

数十秒後、慌てて出てくる店員。


少しでも俺の事を待たせまいとした行動で、なるべく早く家に帰りたい俺達にとっては大変ありがたい。


店員は慌てふためいながらも慎重にそれの指輪を俺と葵の前まで持って来る。


その指輪は銀色の星型の宝石、その宝石からは銀の輝きが煌めく。リングの部分は紺色で、宝石の部分を決っして邪魔をしない色合いだ。


「ほぅ……中々の指輪ですね。」


俺的には好印象だ。カッコイイし。


「葵はどう?気に入った?」

「はい、すごく綺麗で見とれちゃうぐらいですよ!!」


葵も俺と同じくこの指輪は好印象のようだ。

自分が実際に付けていることを想像したのか、うっとりとその指輪を眺めている。


「婚約者の証を決めるのは葵だよ、だから自分が好きな物を選ぶといいよ。」

「私はゆぅーくんが選んでくれた物がいいです!!それしか付けたくないですから。」


葵は即答で簡潔に言った。なんとも嬉しい事で、笑みがこぼれてしまう。


「じゃあ、これでお願いします。」


俺はそのオススメの指輪を葵に送ろうと決めた。


「はい!分かりました親客様。お値段は、こちらですね。」

「────ッッ!?」


値段を聞いて葵は驚愕して俺にコソッと聞いてくる。


「ゆぅーくん!?だ、だ、大丈夫なんですか?高くないですか?」

「大丈夫だよ葵。」


雫も夜依もこんぐらいの値段だった。

雫の時は今後の期待という事で無料。夜依の時はお母さんに頼った。確かにただの高校生には手を出すことすら出来ない値段だ。だけど……今回は違う。俺だってちゃんと稼いだのだ!!!


「カードで!」


俺は元気よく言い、事前に用意していた自分専用のクレジットカードを出す。


数十分後、指輪を受け取り宝石店を出た俺と葵。


あ……やばいな。もう外は真っ暗に近い。時計を見ると少し急いで帰らないといけないかな。

だったら早くその……儀式的なものをした方がいいな。


俺と葵は宝石店から少し歩き、夕焼けが綺麗な展望台に移動した。暗くても顔がハッキリと見えるように、街灯の近くでだ。


「じゃあ、渡すよ。」

「っ…………はい。」


葵は小さく頷く。顔を見るにかなり緊張をしているみたいだ。


俺は膝を着き、今さっき購入したばかりの指輪が入った指輪ケースを取り出し、パカッと開け中身を見せる。


「葵っ!」


俺は大声で葵の名を叫ぶ。


「は、はい!!」


大声で葵も答えてくれる。


「俺は葵の事が大好きだッ!」

「わ、私も大好きです!!大大大好きです!!」


傍から見れば、女同士で大声で愛を語り合っているようにしか見えない。だけど、この場所は比較的人通りが少ないし、まずそんな事を俺と葵は気にしていなかった。


「だから──これから一緒に、長い生涯を共にしてください。よろしくお願いします。」


そう大声で言い切り、指輪を差し出す。

葵は、すぐに答えてくれると思ったけど──


「──ふふっ。」


何故か、葵は上機嫌で笑う。


「な、なんだよ葵。せっかく俺が頑張って雰囲気を作ったのに。」


葵はロマンチストな性格なので、こういう雰囲気はちゃんとした方がいいかなと思ったんだけどな。


「いえ、ごめんなさい。ですけど、しずのんも夜さんもこんな感情になったんだなって……思っただけですよ。」

「ん?」

「…………すごく、すごく、嬉しいんです。ありがとうございます、ゆぅーくん。本当に ……大好きです!!これからもよろしくお願いしますね!!」


葵は指輪を受け取り、最高の笑顔で答えてくれる。


「あ、付けようか?」

「お願いします!!」


雫や夜依みたいに俺は葵の指輪を左手の薬指に通す。サイズは……流石だな。ピッタリだった。


「こ、これで私も……ようやく地位が上がりましたよ。」


葵は指輪を眺めながら、ホッとため息をついた。


「じゃあ、そろそろ帰るよ。門限もあるし。」


今日の事は2人に説明したけど、ちゃんと家のルールは守らなければならない。最近は、全然俺が約束を守らないためルールがかなり厳しくなったり、説教が長かったりして正直辛いのだ。


俺は踵を返し、歩を進めようとする。


「あ、そうでした!!」


そんな時、葵がなにか思い出したようだ。


「ん?どうした、葵─────ッッ!?」


俺は振り返ろうとした途端、いつの間に俺の真後ろに来ていたのか、葵に唇を奪われていた。

──振り向き際のキス。難易度高めの高等テクニックと言えるだろう。


数秒を唇を奪われ、葵は口を離す。


「………っ……ぷはっ。ど、どうしたんだよ。突然。ビックリするだろ。」


結構ビックリした。だって、振り向きざまだもの。

反応出来ないし、予想も出来なかった。


葵の唇の味がまだ口の中に広がっている。それに感触も色濃く残っている。幸福感に全身を包まれる俺。


「だって、しずのんと夜さんは婚約者の証を貰った際にゆぅーくんとキスをしたって言ってましたし、私も……いいかなって。それに……最近…キス……してませんでしたし。」


可愛いヤツめ。俺は素直に思う。


「ははっ、可愛いな。」

「なっ!!べ、別にいいじゃないですか!!わ、私だって──」


俺は葵が言い終わってないのに唇を奪う。

さっきのお返しだ。


「んっ、っッ!?」


葵は突然唇を奪われ、さっきよりも更に顔を真っ赤にしてしまっている。手もバタバタしている……が、決して嫌そうにはしない。


ほんの数秒。唇を俺のものにした。


「っっ。も、もうっ、ゆぅーくんったら!!ビックリするじゃないですか。」


葵は、怒っているような仕草をしたけど、実際全く怒っていなくむしろ、喜んでいるのが何となく分かった。


「ははっ!やっぱり葵は表情が豊かで面白いな。」

「も、もうっ、ゆぅーくんったら!!」


この時間がもっと長く続けばいいのに。

俺はそれを、強く強く望む。


月の月光が葵の付けている銀色の指輪に反射し夜の暗闇を照らし輝いていた。


葵はようやく、他の2人よりもかなり遅れてだけど……正式な俺の婚約者となったのだった。


葵とのイチャイチャを数十分続けてしまったせいで、門限に遅れ後で俺と葵は雫と夜依に、こっ酷く説教をくらったのだった。

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