第139話 葵、デートしよう!
「葵、デートしないか?」
あのお風呂から数日後の休日の朝方。俺は葵にそう言った。
「え……えぇ!?な、なんで、また?」
まだ、眠いのか若干動きが鈍かった葵は目を見開いた。
「えっとね、だって、葵だけ……まだ渡してなかったじゃん。」
「何がですか?」
「婚約者の証……」
俺はボソッと呟いた。
「ぐっ……」
そう言うと葵は泣き崩れた。
「ど、どうした葵っ!?」
突然の事に驚く俺。
「だって、だってえぇ!!やっと、やっとだったんですもん。しずのんとか夜さんとかはもう婚約者という地位に着いているのに、私だけまだ彼女という地位でしたから……ずっと、ずっと、気にしてたんですよ!!」
葵は口には出していなかったけど、相当気にしていた事だったらしい。
「それはね……うん。本当に悪いと思ってる。ごめん。葵にもすぐに渡そうと思ったんだけど色々と用事が重なったりしてね。でも、ようやくちゃんとした時間が作れたんだ。」
俺はしゃがんで目線を葵に合わせて、慰める。
「でも……嬉しいです!!」
「あぁ、じゃあ準備の時間があんまり無くて申し訳ないけど、今から出掛けるよ!」
「はい!!すぐ準備して来ますね!!」
葵はすぐに立ち上がり、自分の部屋に準備をしに行った。
☆☆☆
30分後……
「準備完了です!!遅れてごめんなさい。」
葵が、ばたばたとリビングに入って来た。
葵の姿は、寒くないように明るめの緑のパーカー、それにジーパンと言う感じで爽やかな感じで可愛い。
「ん?あぁ、俺も準備は今さっき終わったばかりだから、気にしないでいいよ葵。」
「って……ええ?……デートだけど……やっぱり、ゆぅーくんは、女装で行くんですか?」
「あ……うん。ごめん。流石にまだ、女装をして行かないと危険なんだ。」
今日の女装は赤メッシュの入ったツインテールの女装だ。最近完成したばかりのウイッグでついつい試して見たくなったので今日はこれにした。
服はそのウイッグに合わせて、ロックをしている人感が出ている感じだ。
「だ、大丈夫です!!女装をしてる、してないなんて関係無いですからね!!」
「ありがとう葵。」
本当だったら普通の格好で行きたいんだけどな。悪いな葵。気を使わせて。
「じゃあ、行こうか。」
「はい!!」
葵は満面の笑みで答えてくれる。
外に出て、俺が手を出すと、すぐに葵は手を繋いでくる。勿論、彼女繋ぎというやつだ。それで道を歩く。
街に繰り出しても、誰も俺には気付かないし彼女繋ぎを女同士(見掛けだけ)でやっていたとしてもなんにも言われない。変な目で見られもしない。
普通はおかしいと思って好奇な目で見てくると思う。
だけど、そんな事は一切無かった。
それには確かな理由がある。この世界の女性は勿論男に興味 関心がある。当たり前だ。だか、そのほとんどは相手にすらされない。男の目にすら止まらない。男の相手をできる女性なんてほんのひと握りの存在だ。
すると、どうなるか……答えは簡単。女同士で恋愛をするのだ。女同士で仲を深め、甘酸っぱい恋愛をする。
そのため、女同士で結婚することもこの世界ではザラだそうだ。子供は出来ないが、精子バンクもある。それに傲慢な男と一緒に辛い生活を送るよりも女同士の方が気楽で楽しいらしい……って、ネットに書いてあった。
それを初めて知った時は驚いた俺だけど、この狂った世界ならばしょうが無いと適応することにした。
まぁ、あまり俺には関係無いしな。
なので、俺と葵は何も言われずに歩みを進める事が出来る。
「毎回思うけど、俺の女装って案外バレないものなんだな。」
ボソッと葵にだけ聞こえる声で言う。
嬉しいことなんだけど、毎回ちょっとだけ複雑な気持ちになるんだよな。
「そうですね!!だって、ゆぅーくんは可愛いですもん。女の子の私でも憧れるくらいに。」
「いやいや、そんな訳ないだろ。」
葵が素で言っていることが分かり、少しだけ焦る俺。
「そんな事もあるんですよ。だって、実際私よりも可愛いと思いますよ。」
「そうなの……?なんか、複雑な気持ちだな。まぁ、俺は葵の事しか今は見ていないから関係無いよ。」
「もう!!ゆぅーくんったら。嬉しい事沢山言ってくれますね。」
そんな話を2人で笑い合いながらした。本当に楽しい。
葵と初めて出会った時は根暗な子なんだと思った。地味だし、自分の気持ちを素直に言えない子だった。
だけど、最近では笑顔で、明るく、自分の気持ちを素直に言える本当に可愛い子に葵は変化した。いや……変化してくれた。
俺は無意識に葵の頭を撫でてしまう。
「ど、どうしたんですか!?」
「いや、ついね。葵が可愛くって。」
葵はぽっと頬を赤くさせ、嬉しがる。
本当に無邪気で純粋だな。
そんなことを葵といるとしみじみと思う。
さぁ、デートは始まったばかりだ!街で遊ぶのはかなり久しぶりだから十分に楽しもう!
俺と葵は仲良く、街に駆り出した。
☆☆☆
2人で服屋に行き葵の服の試着を楽しんだり、ゲームセンターで得点を競ったり、本屋さんでオススメの本を紹介し合ったり、葵としか楽しめない様な事を沢山楽しんだ。昼ご飯は俺が感動したオムライスを作ってくれる飲食店で、食べもう一度感激したりした。
もう本当に楽しいし、幸福を感じる。
「ふぅ……いっぱい遊んだね。」
時間的にも体力的にもそろそろ、頃合の時間かな。
「じゃあ、最後に行こっか……」
「あ、婚約者の証ですね!!待ってましたよ!!」
俺と葵は遊びで取った景品や、購入した本などの入った大きめの紙袋を両手いっぱいに持ちながら、あの宝石店に向かった。
でも、帰宅ラッシュと重なったのか中々人通りが多い。そのため、歩いて進むのに少し時間がかかる。
まぁいい。かなり小声になるけど、葵と喋れる時間が増えるし体力的にも回復出来そうだ。
「──ちょっと、邪魔よ!」
「きゃっ!?」
突然、しゃしゃり出て来た40代ぐらいの女に葵は強く後ろから押され倒された。
「ちょ──」
俺は大声で叫ぼうとしたが、すかさず口を手で閉じた。こんな人がいっぱいいる中で俺の正体がバレでもしたらこの場は悪化すると思ったからだ。
「大丈夫か……葵。」
コソッと葵に聞く。
葵は持っていた荷物をぶちまけ、膝を擦りむいてしまっている。
「うぅ……はい。私は大丈夫です……」
って、葵は顔を歪ませながら言う。結構痛いらしい。
俺は葵の事を押し倒した女を強く睨む。
その女はガリガリに痩せこけていて、相当やつれている。
そして、葵を押し倒した事に何も感じていないようで、何事も無かった様にその場を立ち去ろうとしている。
はぁ?俺の大事な人を傷付けておいて謝りもしないだと?黙っておけるか!!!
「おい!そこの女、待てよ!」
声を裏声に切り替え、俺はその女に言う。怒りがあったため、かなり男らしい喋り方だ。
「は?なによ。私が通る道を開けないから悪いのよ。」
女は振り返る。な、なんだコイツ相当目が血走っていてやばい。何かを探しているような狂気じみた目だ。
な、なんだコイツ。それに、相当な自己中女のようだ。その一言で俺はそう判断した。
「それにあなた達みたいな幸せを見てるとウザイのよ。怒りが湧くのよ!」
「なんだそれ……」
俺はついつい呟いてしまう。
「なによ!あなたに私の何が分かるの?たった一つの幸せを奪われた私の……」
何かあったかは知らないけどそれって、完全に八つ当たりって言うやつじゃないの?
「もう、行きましょう、ゆぅーくん。あんな人に関わっているだけ時間の無駄ですから。」
「え、で、でも。」
「私の事はいいですから。こんな目立つのはどう考えもマズイです。」
葵は周囲の目をかなり気にしていた。
「ぐっ……わかったよ。すぐに立ち去ろう。」
俺は散らばった荷物を素早くまとめて紙袋に詰め、葵の肩を持つ。
く……少し血が出てるな。応急処置が必要だ。
「待ちなさいよ!まだ話が終わってないのよ!大人の素晴らしさを私直々に語って聞かせて上げるから待ちなさい!」
「うるさいな。黙れよ。」
俺はかなり普通の声に近い裏声に、ドスを聞かせ言った。
「な、何よ!大人に向かってそんな態度!」
キーキー喚く女を完全に無視しながら、俺は人気のいない道を進んだ。あの女は追いかけては来なかった。
あー、なんだろうあの女を見ているとすごくムカつく。そっか……この女の性格があの……富田十蔵に似ているからあんなにムカつくんだ。
あの女後で覚えておけよ。
俺は強い怒りを心に留め、人気のいない道を取り敢えず探し葵の傷の応急処置をした。
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