第136話 雫の後悔


シャロとメールのやり取りが終わり、そろそろ時間だと思った俺は部屋を出て葵の部屋に行った。


普通に、何も考えず、ノックもせずに俺は葵の部屋のドアを開いた。


「──鶴ぅ、おっ……」

「あ……」

「えっ!?」


葵と鶴乃と目が合う。


「ご、ごごっご、ごめんっ……!」


俺は相当焦りながら、目を手で覆い隠しながら後ろを向いた。

なんで俺がこんな変な声を出して反応したかと言うと、俺が葵の部屋に入った時のタイミングがなんとも最悪だったためだ。


俺が入った時、そのとき丁度鶴乃が葵に着替えさせてもらっている最中で鶴乃の上半身がほぼほぼ丸裸だったのだ。


急いで俺は部屋を出る。

そして、葵のドアの隣にもたれ掛かり自分の頭を自分自身で殴る。それも、結構強めに。


何をやってるんだ俺ッ!ただの変態行為じゃないかッ!


目に付いた瞬間に、即反射で目を背けたけど。コンマ数秒は確実に見てしまった。本当に何をやってるんだ俺はッ!?バカじゃないのか?女の子の部屋にノックもせずに入るなんて立派なマナー違反だぞ。


もう、気まずくて入りずらいんだけど……

そう深いため息しながら、鶴乃の準備が終わるまでその場でじっと待つ俺だった。




しばらくして……コンコン。


「鶴乃、葵。準備は出来た?」


次はきちんとノックをして2人に確認を取る。

さっきやらかしてしまった分、謎の緊張が俺にはあった。


「うん!鶴乃……じゅんび……おっけいなの!」


鶴乃は元気のいい返事が返ってきたのを確認して恐る恐る部屋に入る。声の感じ的に鶴乃は怒っていなさそうだ。


部屋にゆっくり、そして礼儀正しく、まるで面接試験のような緊張感で入ると、綺麗なキャラ物の服に着替え終わっていた鶴乃と葵がいた。


「あのー、ごめんね。」


俺は急いで謝る。ほぼ土下座に近い。


「ゆぅーくん!!きちんとノックをして下さい。そういう所はきちんとして下さいね。常識ですからね。」

「じょうしき、じょうしき……だよ?パパ。」

「うん。今後気を付けます。」


葵にきちんと注意された。鶴乃は常識という言葉の意味が分かっていないようだけど葵の真似をして使っているようだ。


なんだろう……葵がお母さんに見えるのは気のせいかな?子は親の真似を良くするって言うし今この瞬間だけはそう思えた。


「あれ?そう言えば、その鶴乃が着ている服って?」


今まで鶴乃は葵の服を貸してもらってそれを着ていた。でも、それはかなりぶかぶかで(特に胸部分)、まだまだ子供の鶴乃にはサイズが全然合っていなかった。

だけど、今鶴乃が着ている服は鶴乃の背丈に合う子供サイズのちょうど良い服だった。


「これはですね、私のお古の服でさっき青葉に何着か持って来てもらったんです。」


おー、そうだったのか。

てっきり、真夜中に買ってきたのかと思った。


「どうーパパ?」


鶴乃が俺の前で綺麗に一回転して服を見せてくれる。うん、最高っ!服も十分素晴らしいんだけど、そんなことよりもやっぱり鶴乃だ。本当にいい笑顔で笑うよな!


もう、無意識に手を叩いて賞賛してしまうほどだ。


「すごく似合ってるよ鶴乃。本当に本当に可愛いよ。」


俺は自分の子供のように鶴乃を褒めちぎる。

もう、本当に可愛いのだ。娘?いや……書類上は義妹になるのかな?このまま何も起こらずに時が経ち、鶴乃が強く望むのならばそういう事も真剣に考えてみてもいいかもしれない。

俺は激しく望む。


もし、俺に子供が誕生したとしたら、鶴乃みたいに溺愛するのだろうな。そう思いながら俺は鶴乃の頭をなでなでする。


「えへへ。」


サラサラな茶髪を優しく撫でると、葵が使っている甘いシャンプーの匂いが鼻を刺激する。


鶴乃はいい笑顔をする。

初めて会った時とは大違いだ。


鶴乃にとって、今この瞬間に幸せを感じているんだろうな。


「って、なでなでも程々にして、そろそろ行こっか。」


今日は鶴乃を病院に連れて行くのだ。危うく、鶴乃のなでなでで今日が終わるところだった。危ない危ない。


今の所、鶴乃のケガの具合は見ている限り良さそうで良かった、が。それでも、虐待の傷がいつ痛んだり、開くか分からないのが今の現状なので、病院に連れて行くと昨日から決めていた。


「それで、その……ゆぅーくん、あの、すいません。」


そんな中、葵がなんだか申し訳なさそうに言って来た。


「ん?どうしたの葵。」


何か問題があったのだろうか?と、そんなことを思いながら聞く。


「急遽、青葉に忘れ物を届けに行かなくてはならなくなってしまいまして……その、すいません。今日私は行けなくなってしまいました。」


葵の妹の青葉が?


「それまた急だね。」


葵はまだしも青葉の性格的に、大丈夫かなって自分では思っていたけど……


「はい、本当に困りものですね。あの子、まだ忘れ物癖が治ってないんだから!!もう、行きたくないんですけど、行かなきゃ色々とまずいらしいので行きます。」


葵はまるでお母さんのような事を言いながらバタバタと準備をする。あぁ、葵って頼れるいいお姉ちゃんをやってるんだなと思った。


「あれ?ちゃんと、青葉の荷物入れたかな?……あれ?無い無い!!」


せっかく詰めた大きめのカバンの中身を再び全部出して青葉に届ける荷物を確認する葵。


「葵?持って行くのは青葉の荷物だけでいいんじゃない?ここから中学校は微妙に遠いぞ?あまり荷物は多くない方がいいと思うけど?」

「だ、大丈夫ですよ!!私は自転車で行きますし、そのついでに今週の買い物もしておこうと思いますから。」

「あー、そうなんだ。でも、いっぱい荷物持ってるんだから十分に気を付けてね。」

「はい、もちろんですよ!!」


後から聞いた話によるとどうやら、青葉が中学校の部活のついでに、この家に鶴乃の着るための服を持って来たらしい。そこで、鶴乃の荷物と一緒に自分の荷物も忘れて行ってしまったようだ。

うん……おっちょこちょいだね。やっぱり葵と青葉は姉妹なんだな。


「あ、そうだ!聞くのが遅いけど、今日はどうするの?葵が行けないとしたら病院に行けないってことになるの?」


俺一人では流石に行けないぞ。


「大丈夫です!!さっき、しずのんを起こしてきたので。しずのんに行ってもらいます。」


青葉の荷物が入ったカバンの最終確認を終えた葵は言った。


「あー、雫か……」


俺はそう言って、鶴乃を見る。

鶴乃は雫と聞いて、ちょっとだけ嫌そうな顔をする。今まで結構元気だったのに、急にテンションが下がっているな。


「じゃあ、私は行きますね!!後のことはよろしくお願いしますね、ゆぅーくん。」


最後に鶴乃に「頑張ってね!!」と言い、出て行った葵。ちょっと、心配だ。鶴乃と雫の事も心配だけど、葵を1人で外出させるのもなんだか不安だ。

でも、葵も立派な高校生なんだし、もしもの事があっても護衛の人達がついているから恐らく大丈夫だろう。俺はそう思う事にした。




鶴乃にとって好きなポジションにいるのが、鶴乃の事をあの日助けた俺と日々一緒に遊んでくれる葵。傷の手当を丁寧にしてくれた夜依が好きよりの普通で、圧倒的に苦手な存在に雫かいる。

鶴乃が雫の事を苦手な理由……それは、最後まで鶴乃を俺ではなく、警察などに保護を任せようとしたからだ。


だけどあの時は雫の言っていることこそが正論であって、鶴乃の言っていることは、ただのわがままだった。

まぁ結局俺が鶴乃に提案をするという形であの場は収まったけどあれ以来、雫と鶴乃の溝はかなり深く開いてしまった。


まず、鶴乃は雫に近付かないし話もしない。目線すら合わせようとしない。

雫も鶴乃には近付かないし、何も言わない。それに、俺が鶴乃と最近はほぼ一緒にいるせいか、雫が自分から近寄れず多少不機嫌になっていた。


そういうのが多く続き、日に日に溝か深まっていくのを見て俺は寂しいと感じた。


「鶴乃大丈夫だよ!雫はそういう性格だけど根はすごくピュアで優しいんだから。」


俺は雫と鶴乃の仲を改善しようとサポ ートする。


「パパ……うん。わかった。」


小さな声で答える鶴乃。


んー大丈夫だろうか。

俺はあんまり人同士の仲を取り持つのは苦手なんだよなぁ。ついつい自分が前に出てしまうからね。


だけど、俺が積極的に仲を取り持たないと永遠に仲は悪くなり続けそうだし、頑張るしかないか。


☆☆☆


「よし、行こっか!」


俺は家の外で小さめの声で言う。もちろん近所迷惑を考えてだ。


今日は台風一過なのか、すごい快晴で少し暑いくらいだ。着てくる服のチョイスを若干間違えたな。


「パパ……」


鶴乃は俺の姿を見て言葉を失っている。笑顔を頑張って見せてくれているけど、少し顔が引き攣っているような気がする。どうして鶴乃がそんな顔をしているのかと言うと、今俺は女装をしているのからだ。


だけど、今の俺の女装はいつもの茉優の姿に近い女装では無い。


俺は何回も同じ女装をしていて、見る人からすると俺が誰だかバレるかもしれないと思った俺。

もし、バレたら多くの人に迷惑をかけるかもしれない。


実際、俺の女装は茉優に似ているため茉優に迷惑をかけてしまった訳だし、特別休学中で時間が有り余っているのでその時間を使って女装のレパートリーを増やしたのだ。

と、言ってもかすみさんに頼んで女性用の服を作って貰ったり、長髪のウイッグを貰って自分で髪を切ったり、髪を纏めたりした。不器用なりに工夫して、自分的には中々いい物が作れた気がする。


それで今回の女装は茶髪のショートカットのウイッグを付け、服も長袖長ズボンの都会にいそうな女子っぽい感じになってる。まぁ、実際都会には1回しか行ったことがないからよく分からないんだけどな。


いつもの俺の感じと大きく違うから鶴乃もこんな顔になっているのだろう。でも、直に慣れるさ。雫だって俺の女装を見ても、もう何も言わない訳だし。それが普通だと思っているだろう。


俺も本当は普段の格好で行きたい。でも、しょうがないのだ。それに、俺は特別休学中だしもしバレたら国の人とかに絶対に怒られるし、大問題とかでニュースになりそうだしな。


だったら根本的に、行かなければいいと思うかもしれないけど、まず雫と鶴乃の仲を取り持たないといけないし、普通に心配なのだ。


鶴乃が行く病院は俺も使っている大きなそして有名な病院で患者さんや通院者が大勢いる。いくら女装をしたとしても必ず俺はボロは出す……と予め予想しておいた方がいいに決まっている。もし、そんな大勢の前で俺だとバレでもしたら……うっ、考えるだけでも恐ろしいや。

もしかしたら、取り返しのつかない事にもなりそうな気がするしな。それぐらい男に慣れていなく免疫のない女の人は恐ろしいのだ。


そのため、俺の事をよく治療してくれて連絡先を持っている先生に診てもらうことにした。予め事情を説明してOKを貰っているので、待合室とかで待つ必要もなくすぐに治療を受けさせて貰えるため大丈夫だ。


「どうしたの雫?元気無いよ。」

「……ええ。」


雫は少し気だるそうな顔をする。

雫は元から顔に出やすい性格で、もう慣れた俺には気にならないけど雫の事が苦手な鶴乃には十分すぎるほど効果を発揮する。


鶴乃は極力近付かないように目を瞑り、ぎゅっと俺の裾にしがみつき離れようとしない。えっと、先が思いやられるんだけど……


「……ごめんなさい、ゆーま。昨日、あまり寝られなくて寝不足なの。」


そう言って目を擦る雫。だから、気だるそうなのか。


「じゃあ出発しよっか。」

「……ええ、行きましょ。」

「しゅ、……しゅーぱつ。」


俺は普段通りの声だけど、雫は棒読み感が半端ないし、鶴乃も全然元気が無い。


なんだろう……重い。

空気が重たいよ。


☆☆☆


家から病院までは車で行った。

流石に歩いて行く距離でもないし、自転車は鶴乃と俺の分も無いし、電車だと結局人通りを歩かなければならない。そういった理由で結果、車となった。


運転手は藤森さんに頼んで、口が堅いと有名なタクシーを呼んでもらい、病院まで運んでもらった。


「ふぅ、ついたね。」


裏口にタクシーを止めてもらい、タクシーから降りた俺達3人。


「……」

「っ…」


俺は空元気で言ったけど、残りの2人は全く喋らずに下車する。


タクシーの中では誰も一切喋らず、とてつもなく気まずい時間だった。そのため、数10分しかタクシーに乗っていないのにも関わらず、数時間車に乗ったかのような強い疲労感があった。


く……これ、帰りもこんな感じなのか?そんなのはっきり言って御免だぞ。何とかして雫と鶴乃の関係をどうにかしようと頭を必死に働かせる俺。

いくら考えても良案は浮かばないのだけど……でも、考えるのはやめたらダメだ。そうしたら2人の関係はどんどん不味いものになっていく。それに、頭を少しでも働かせておいた方が良案が浮かびやすいかなと言う淡い希望を持っていた。


「鶴乃……つかれたぁ。」


やっと喋った、鶴乃は俺に抱きつこうとする。

鶴乃は家でも外でも関係なく甘えて来るな。別に周りの目も雫しか無いし、いいんだけどそういうのは気にして欲しい。まぁ鶴乃はまだ全然子供だから仕方が無いのだけど。


「はいはい、自分で歩こうな。」

「はーい。」


俺は少ししゃがみながら鶴乃の背中を軽く押してあげる。


うん……なんだか父親になった気分だ。鶴乃が俺の事をパパとも呼んでもいるし、傍から見ればただの親子にしか見えないだろうな。


「…………」


雫は終始無言でただ付いてくる。

俺には分かるけど、鶴乃が俺に甘えている時中々の圧を出している。正直俺でも怖いぞ。


病院の裏口からこっそりと病院に入ると、前回俺の治療してくれた医師がそこで待っていてくれた。

その医師に鶴乃の事情を軽く説明し、忙しい中鶴乃を優先に精密検査と治療をしてもらう事を承諾してくれた医師に感謝する。


そして、


「鶴乃の事、どうかよろしくお願いします。」


俺は医師にきちんと頼み頭を下げる。それに遅れて雫も頭を下げた。


「じゃあ、鶴乃。少しの間、お別れだけど頑張って来るんだぞ!」

「うん、パパ!」


医師は鶴乃が俺の事をパパと呼んでいること相当動揺していたけど、俺が「かくかくしかじかで……」と説明しておいた。


鶴乃は医師に連れられて嫌がる事もせずに検査室に入って行った。本当に鶴乃はいい子なんだなと思う。鶴乃ぐらいの歳だと、病院って聞いただけで駄々を捏ねたり、拗ねたり、強く抵抗したりしたんだけどなぁ。←なお、俺の実体験である。


「さて、俺はここで鶴乃の事を待つけど、雫も待ってる?」


そう聞き、ようやく閉ざしていた口を開いた雫。


「……いえ、私は少しだけ用事があるから外に出てくるわ。」

「用事?まぁ、いいけど……」


鶴乃の検査が終わるのまでにまだまだ時間があるし。


「……鶴乃の検査と治療が終わるまでには帰って来るから。」


そう言い残し、雫は颯爽と病院から出て行った。

うーん、どうしてだろう?鶴乃がいない今、雫はしれっと甘えて来ると思ったんだけどな。


☆☆☆


「パパーっ!」


鶴乃が元気よく検査室から駆けて来た。


後で医師に鶴乃の症状を聞いた。鶴乃のケガは相当深刻なもので、まだ痛みは普通にあるそうだ。どうして痛みに耐えられるのかをカウンセリングをして聞き、その情報をもとに考えると、痛みよりも幸せの方が今は打ち勝っているから痛みがほとんど気にならないんだそうだ。


そのため、もし鶴乃の幸せが少しでも揺らいでしまったら……痛みが幸せを凌駕してしまったら、そのツケが回ってくるかもしれないそうで最悪、鶴乃の精神は崩れてしまう可能性があるそうだ。


それを医師から聞いてぐっと、心が引き締まるのが身をもって感じた。そして同時に体がぐっと、熱くなるのを感じる。


任せろッ!俺は心の中で強く叫んだ。

鶴乃は俺が……いや、皆で、神楽坂家で守ってみせるから!


俺は頑張った鶴乃の頭を撫でながら、しゃがむとそっと鶴乃を抱きしめる。


「パパどうしたの?鶴乃に……あまえたいの?」


鶴乃は優しく、笑顔で抱き返してくる。

俺がよく鶴乃にやってあげるように、鶴乃も俺の頭を撫でてくれる。


「大丈夫だからな。鶴乃を絶対に絶対に不幸になんてさせないからな。幸せに人生を歩ませるからな。」


俺の決意を、直接鶴乃に伝える。言わばこれは決意表明と言うやつだ。


「うん……!ありがとう……パパ。」


よく、意味は分かっていなさそうだけど喜んでくれる鶴乃。この笑顔。絶対に守ってやんないとな。


最後に包帯や塗り薬、痛み止めなど多くの薬も受け取った。


俺と鶴乃は手を繋ぎながら歩き、病院から出てきた。外にはさっきのタクシーが止まっていて、いつでも家に帰れる状態だった。


だけど、まだ帰れない。まだ雫が戻って来てないからだ。


雫……遅いな。メールもしてみたんだけど既読がつかないし、少し心配だ。鶴乃の検査が終わる頃には戻るって言ってたんだけどなぁ。


「ったく、一体しずのんはどこまで行ったのかな……」


雫がいないのを見計らって、俺が禁じられたあだ名を使って噂をする俺。


「……ごめん、遅れた。」


お、噂をすれば、雫が戻って来たようだ。まだ、声しか聞いてないけど、息遣いが荒いことから走って来たと思われる。


……あだ名使ったの聞かれてないよな?と、心の中で少し焦る俺。もし聞かれていたら1時間ぐらい怒られそうだ。


「大丈夫だよ雫。それよりどこ行ってた………の?」


俺は振り向き、途中で言葉を失った。


「え……何その荷物?」


そして聞いた。

雫は大量の紙袋を両手いっぱいに持っていたからだ。


「……」


雫は何も言わずに俺の事を素通りし、後ろの方にいた鶴乃の前に立った。


「え……?なに??」


鶴乃は動揺し、無意識に臨戦態勢を取る。

雫は鶴乃の目線に合わせ膝を付いて屈み、紙袋をそっと鶴乃に渡す。


「……私は、別にあなたの事が嫌いじゃないのよ。」

「!?!?」


鶴乃はよく分からず紙袋を受け取る。

俺も全く意味が分からないけど、取り敢えず鶴乃が受け取った紙袋の中身を覗いて見る


「っ、うえ!?」


紙袋の中には大量の、鶴乃が使うであろう雑貨や、好きそうな服、それに生活必需品が所狭しと詰まっていた。


「どうしたの雫?もしかして、雫の用事って……」


紙袋の中を見て察した俺。もしかして……雫。


「……ええ、察しの通り。鶴乃が今後必要になるものを一通り買い揃えて来たのよ。」


なんだよ雫。どういう心境の変化だ?

もしかして雫って、鶴乃の事を認めようとしているのか?


「……鶴乃。私はね。あなたの事を認めていない訳では無いのよ。」


雫が初めて鶴乃と呼び、鶴乃に自分の気持ちを伝える。


「でも、どうして鶴乃に……あんなにつめたかったの?」


鶴乃も自ら雫に聞く。


「……っと。それはね。小さい子……それに、深い事情を持っている鶴乃とどうやって、何を話せばいいのか私には分からなかったの……

だから、初めは全部警察に任せようとした。私には無理だと初めから決めつけて逃げていたの。

それに私には、普通……いえ、まともな親がいて。子供の時から辛い思いなんてほとんどしてこなかった。だから共感出来なかった。同情出来なかった。

でも、鶴乃がしばらく家に住むことになって……1人、自分に問いかけてみたら、自分が最低だと気付いた。」


雫が言っていることは十分に分かる。

辛い人生を送ってきた鶴乃。それに比べ幸せな人生しか歩んできた事しかない雫。そんな雫が鶴乃に同情なんて出来るわけがなかった。する資格も無かったと気付いていたのだ。


だから、初めはあんなに鶴乃のことに関して反対していたのか。


だけど、よく考えてみるとこの紙袋に入っている品物。どれも、鶴乃のことを思って選んでいるし、様々なメーカーのものがある事から、多くの店舗を回って来たのだろうと思う。

もしかして雫が寝不足な理由って、鶴乃に渡すための物を寝る間も惜しんで探していたからじゃないのか?


そう1度思うと、雫の今までの行動は別に鶴乃を嫌っていた訳では無い。と、思えてくる。


「……ごめんなさい。私にはこれだけしか出来ないの。それに、鶴乃。あなたの痛みも悲しみも孤独も私には何一つさっぱり分からない。だけど……私、いえ、私達は絶対にあなたを幸せにしてみせる。言葉だけの戯言なんかじゃない。これは絶対に達成する目標だから。」


鶴乃は黙って雫の言葉に真に聞き入る。

雫も堂々と鶴乃を見つめる。決して逃げたりなんかしない。


「……鶴乃。あなたの心の痛みは永遠に苦しむ形で残るかもしれない。だけど、その痛みを幸せで塗りつぶすことは出来るはずよ。未来、笑って過去を語れる、過去を克服した鶴乃になれるように私達はサポートして行くから。私の事はなんと言ってもいい。一度、あなたの事を見放し逃げたのだから。だけど、もう一度、たった一度だけでいいから私にチャンスをくれない?」


雫は鶴乃に頼んだ。決して上からでは無い。ものすごく下からだ。それに、雫は涙ぐみ、自分のしてしまった事に強く後悔しているようだった。


「そ、そんなだいじょうぶ……なの。」


そっと、慰めるように鶴乃は言う。

今の鶴乃は臨戦態勢もいつの間にか解けていて、雫に自ら近付いて背中をさすってあげていた。


「鶴乃も、まだこどもだから……しず姉……がいっぱいおしえてほしい。……これからも、よろしく…なの!」


鶴乃は雫の想いに応え、チャンスなど与えずに雫を認めた。鶴乃の呼び方の変化でそれが理解出来た。


「……ええ。ありがとう。」


なんだろう……問題解決っすか?

なら、良かったけど。


うん、俺から一つだけ言えることは、別に俺の仲介なんていらなかったくない?だ。


まぁ、2人の関係が最悪にならず、やっと分かり合えたのだ。俺は後ろから見守ってあげようと思った。


☆☆☆


その日以降、鶴乃は雫の事を“しず姉”、葵は“あお姉”、夜依は“やよ姉”と勝手に呼ぶようになった。後で聞いた話だけど3人とも裏で照れながら了承してくれたと嬉しそうに鶴乃は話してくれた。


雫との隔てりも無くなり、神楽坂家で誰にでも好きなだけ甘えるようになった鶴乃。今では神楽坂家の一員として皆と馴染みつつある。もちろん全員快く鶴乃を認め全力で可愛がってあげる。


もう……ほんとに凛々しくて可愛いから参っちゃうよね。



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