第134話 あだ名を付けよう会議


鶴乃がこの家に住むことになった日の深夜。

鶴乃は今日の疲れがどっと出たのか、すぐに寝付いてしまった。寝ている部屋は葵の部屋だそうだ。


後で寝顔を見に行こうかな。


鶴乃には、何度も何度も頼んだけど俺の事を“パパ”と呼ぶのをやめさせることは出来なかった。


鶴乃というかこの世界の女の子のほとんどは父親が存在しない。そのため父親という存在に憧れを持つのは仕方が無いことらしいと雫から聞いた。それで、俺は鶴野にパパと認定されてしまったらしい。


別にいい……いや、ダメだよな……

でもなぁ……パパって呼ばれてる人は身近にいないから呼ばれて俺は分かっちゃうんだよなぁ。


俺は呼ばれて分かればいいって先に言っているから、別に“パパ”と呼ぶのに文句は言えない。まぁ、別に無いけどね。


それに“パパ”という存在として鶴乃に頼られることは嬉しくもあり、誇らしくもあった。


雫達3人も相当動揺していたようだ。


あ、そうだ!これって考えて見れば……いい機会なのかもしれない。俺は前々から思っていた事を早速実行してみようと思った。


☆☆☆


ということで、3人には急遽リビングに集まってもらった。


今は中々の深夜で、いつもの俺ならとっくに寝付いている時間だ。


どうしてリビングに集められたのか見当も付いていない様子の3人。


「よし、今から会議を始めるよ!議題は“あだ名を付けよう会議”だ。」


俺は元気よく説明した。今は完全に深夜テンション中だ。


「……え?」


雫は眠そうに目をかきながら答え、


「ちょっと何言ってるか分からないけど?」


夜依は元気の篭っていない小さな声で返す、


「わ、私もです!!」


2人に比べて、いつも通り元気の葵。


3人共?マークを浮かべてる。

まぁ、突然言われたらそうなるのが普通だよな。


「俺達は関係がものすごく親しくなったよね?だけど、あだ名とかニックネームとかが付いていないんだ。完全に俺の感性だけどね。」


適当な理由をつけて説明するが、ただ俺があだ名を付けてもらいたいのと皆にあだ名を付けたいだけだ。


「……そう?」


だけど、俺の適当な理由では中々積極的にはなってくれないだろう。


そのため、俺は魔法の言葉を独り言のように呟く。


「やっぱりあだ名とかが付いていた方が親しく感じられていいよね。リア充してる感じがするし……」


あくまでも俺が思っていることなので、本当かどうかは分からない。

だけど、3人には効くはずだと俺は信じている。


「……へぇ。」

「ふーん。」

「なるほど……」


そう聞いて俺の予想通り、3人共かなりやる気になったみたいだ。


今まで眠そう、だるそうにしていた雫と夜依はいつものやる気に満ち溢れ、葵はいつも以上に元気になっていた。


「早速やりましょう。」


夜依の一声に残りの2人も賛成した。いつの間にか、かなり真剣になってる。


「じゃあまず、3人が俺を呼ぶ時のあだ名を決めてもらおうかな。」


そう言って俺は3人に任せる。


今の所、俺は3人の事を普通に下の名前で呼んでいて、雫と夜依は“優馬”、葵は“優馬君”と俺の事を呼んでいる。


俺はあだ名と言っても、名前を少し文字ったりするだけの簡単なものにする予定だ。


3人は分からないけど。


数分考えた後、先に口を開いたのは夜依だった。


「別に優馬で私はいいと思うけど……まぁ強いて言うのなら、“ゆぅ”とかどう……かな。」


夜依が恥ずかしそうにしながら言った。

ちょっと見てるだけで俺も恥ずかしくなる。

なんだろう……むず痒いって言うのが妥当な表現なのかな。


“ゆぅ”か、言いやすくて効率を求める性格の夜依には合ってるあだ名かもな。


「……えぇ?私は優馬のあだ名は“ゆーま”とかがいいと思ったけど?」


“ゆーま”か、文字的には変わったけど発音的にはあまり変化は無い。だけど、文字の間に“ー”が入っているから親近感がすごくするいいあだ名だ。


「わ、私は優馬君の事を“ゆぅーくん”って呼びたいです!!」


葵はなんか、葵らしいあだ名だなという感想だった。


───って、3人共俺のあだ名全然違うじゃん。

俺的には被りがあると思ったんだけどなぁ。


「どうするの優馬?最後はあなたが決めて頂戴。」

「わ、分かったよ夜依。」


そう言って俺は頭を抱える。

だって3人が真剣に考えて付けてくれた俺のあだ名は全部良くて、そう3人に呼ばれたいと心から思ったからだ。


必死に必死に考える。そして、考えまくった後、1つの答えが頭をよぎった。


あ……なんだ、答えは考えるまでもなかったじゃん。


「俺は3人が付けてくれたあだ名で呼ばれたい。だから、一人一人付けてくれたあだ名で俺を呼んでくれ!」


そう、迷ったんだったら全部採用してしまえばいい。シンプルかつ素晴らしい考えだ。


「……いいの?」


雫は聞いてくる。


「俺は全然構わないよ。むしろ、どんどんそのあだ名で呼びれたいくらいだよ。」

「……そぅ、優馬、いえ、ゆーまがそう言うのだったら私は別にいいけど。」

「はい私もゆぅーくんっていっぱいいっぱい呼びますね!!」

「ええ、ゆぅ。ゆぅ。ゆぅ……まだちょっと慣れないわ。」


3人とも少し恥ずかしそうにしながらもしっかりと自分達が決めてあだ名を使ってくれていた。


これで3人が俺の呼ぶあだ名が決まった。

雫はゆーま。

葵はゆぅーくん。

夜依はゆぅ。

だね。


「じゃあ、ゆぅ。後はあなたが私達のあだ名を決めて頂戴。ゆぅが決めてくれたものを私達も使うから慎重にね。」

「OK。任せてよ。」


そう夜依に返し、真剣に考える。

──と言ってもこの議題を提案するに当たって当事者である俺は既に皆のあだ名を何個か考えてきているのである。


雫は、しずーんとかしーちゃんとかだね。

雫は元から由香子から呼ばれていた雫~ちゃんというあだ名があった。それと被らないようにと考えた結果こうなった。


夜依は、やよたんとかやーちゃんとかだね。

夜依らしらを少し壊すような感覚で可愛らしさを与えてくれるあだ名を考えた。それがこれだ。


葵は、アオちゃんとか、アオアオとかだね。

呼びやすさと愛くるしさのどちらとも兼ね備えたいいあだ名だと俺は思う。


俺がそのあだ名の案を3人に説明すると……

3人は顔を引き攣らせた。


「……えっと、ゆーまはちゃんと私達の事を思ってこのあだ名を考えて来てくれたの?」

「私もそう思う。すぐ適当に考えたんじゃないの?」

「えっと……私も、そう思いますね。」


3人共、俺が考えたあだ名に不平不満を言っている。


「ええっ!?」


頭を使って精一杯考えたのに、まさか気に入らなかったの?俺的には最高にベリーナイスだと思ってたのにな……


「……ゆーまって、頭はいいけどそういうセンスってないのよね。前から思うけど。」

「ふふっ、そうですね!!」

「同感。」


3人は勝手に話を進める。


「ちょっと、皆酷くない?じゃあ、俺がせっかく考えたあだ名は却下っすか?」


焦って、ついつい言葉遣いがチャラくなる俺。


「そうよ。」


不条理にも俺の考えたあだ名の案は却下された。


「はぁー落ち込むなぁ。」


ため息をつき、落胆する俺。

この案を考えるのに3時間ぐらいかかったんだけどなぁ。


「あ、別に落ち込まないでください!!私達は別にゆぅーくんが考えてくれたあだ名が嫌だった訳じゃないですよ。」

「え?」

「ゆぅーくんの考えてくれたあだ名は、好き嫌い関係なくすごく嬉しいんです。それはもう舞い上がってしまうほど……」

「じゃあなんで、俺の案は却下されたの?」


嬉しいんだったら普通採用してくれるはずだろう?


「それは……」

「それは?」


俺は葵に強く問い詰める。葵は俺の鬼気迫る表情を見てキョドりながら答える。


「……ちょっ、ストップ葵っ!」

「それは言っちゃダメっ!」


葵が言おうとした瞬間に、雫と夜依が止めに入るが俺に鬼気迫る表情で言い寄られキョドった葵には雫と夜依の声は届かなかった。


「その……あだ名で呼ばれると嬉しくて、恥ずかしくて、ゆぅーくんの顔を直視出来ないからです!!」

「……あぁっ、」

「はぁぁ、」


葵が言い切った後に、雫と夜依の2人は大きなため息を吐く。


「それって………」


俺の感情は葵の言葉を聞き、一気に舞い上がった。

心臓の高まりが強くなり、血が勢いよく流れ、体温が上がる。


「本当?2人も葵と同じ事を思ってたの?」


一呼吸置いた後2人は答えてくれた。


「……ええ。」

「そうね。」


という事は、別に俺のあだ名が気に入らなかったんじゃないんだ。そういう事なら素直に言ってくれればよかったのに。


さっき、3人が不平不満を言って俺が落胆している時の一瞬のアイコンタクトで会話をしたのだろう。


「ありがとう。」


俺は3人の事を見据えて言った。

俺と目が合った3人は顔を赤くさせたが……


「……で、でも、ゆーまのあだ名案は採用しないからね?」

「う、うん。うっかり、ゆぅの言葉に流されそうになってOKを出しそうになったけど、そうは行かないからね。」

「そ、そうです!!」


一応のために3人は言った。

あだ名は嬉しいけど、普通に好きでは無いのだろう。仕草で何となく分かった。


「もう、俺のあだ名案なんてどうでも良くなったからいいよ。」


例え俺が考えたあだ名で呼べなかったとしても、3人の事が大好きだって言う事は一遍たりとも変わらない真実な訳だしな。


俺は嬉しくなって3人の事をまとめて抱きしめたのだった。


☆☆☆


結局、俺が頑張って考えたあだ名は採用されず、更に俺が皆の事をあだ名で呼ぶことはダメになった。だけど、もうそんな事はどうでもよくなっていた。それぐらいの嬉しさがあったからだ。


でも、さすがにそれで終われなかったのか3人が話し合ってそれぞれのあだ名を勝手に決めていた。

それで、雫がしずのん。夜依が夜。葵はアオというあだ名が決まっていた。


3人だけの間でだけど、そのあだ名はちょくちょく使われていた。


後でしれーっと、俺があだ名で3人に話しかけてみたら、ちゃんと怒られた。理由はむず痒いからだそうだ。


まぁ、俺はたまーに遊びで呼んであげようと思った。


“あだ名を付けよう会議”

俺の思い通り……とは行かない結果になったけど、それぞれの好感度が上がり、俺は十分に満足している。


またこういう会議を思い付いたらしていこうと思った。

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