第132話 霧雨の降る日、俺が見つけたのは……


2人の親への挨拶が終わり、正式に婚約者として認められこの家に住む事が許可された雫と葵。


早速2人は許可を貰ったその日からこの家に住み始め、それからもう数日が経った。


俺は徐々にこの生活にも慣れ始めてきている。この家の生活は多少不便だけど、その分協力し会えている。これで全員の絆が深まって行き、近いうちに息のあった連携プレーが出来るようになるんじゃないのかな?前もって予想していた通りの展開で俺は満足していた。


今では一人一人の役割がだいぶ決まってきている。

3人は食事や掃除、買い物など得意な家事の全般を分担してやってくれ、俺は3人のサポートやお風呂掃除、力仕事を任されている。

3人のサポートと言っても3人の行う仕事はほとんど完璧で俺が手出しする程でもなく、実際はお風呂掃除と簡単な力仕事ぐらいしかやっていない。


「こんな楽していいの?」と、前に夜依に聞いたけど、「家事の一部分だけでも、ちゃんとしてくれるのが嬉しいから、優馬は気にしないでいいのよ。」と、言われてしまった。


俺には一日の始めの楽しみもあって、朝が弱めの俺の事を毎日誰かが起こしに来てくれるのだ。もちろん、優しく起こしてくれたり、添い寝してきたりだとか色々なパターンでいつもドキドキする。


皆は俺と同じ幸せを感じているのか、いつも嬉しそうに笑っている。これが俺が欲しかった“青春”…か。やっぱり、素晴らしいものなんだな…と、しみじみ感じた。


☆☆☆


今日も学校がある3人を見送った俺は、いつも通りのトレーニングに励む。


数時間ほど、課題や中トレーニングを無難にこなし、一息つく。


はぁ……

だけど……やっぱり……


「久しぶりに外でランニングがしたいな。」


元々サッカー少年である俺はたまに無性に走りたくなる時がくる。いつもだったら家の周りをただがむしゃらに走っていれば良かったんだけど、この家に引っ越してきてからは家の広さ的にそれは無理だった。それに、今堂々と外に出るのは危険だと分かっているからだ。


でも、それもそろそろ我慢の限界だった。

いくら休学中だと言っても外で運動がしたいのだ。


今は朝の出勤や登校ラッシュも終わった時間で、昼食時でもない。そう微妙な時間帯なのだ。それに外は霧雨が振り、肌寒い。

こんな最悪な天候の時に用事がある人じゃない限り、自ら外に出掛ける人はいないだろう。


そう判断した俺は速乾性のスポーツウェアの上下を着こみ、濡れてもいいように紺色のレインコートを羽織る。そして、ランニングシューズを履く。


…傘はささない。傘を持ちながら走るなんて邪魔でしかないからね。そのためにレインコートを着るのだ。なので、ずぶ濡れで帰ってくる事を予め予想して、冷えきった体を温めるため風呂も沸かしておく。


「…っと、危ない危ない、最後にこれをしておかないとな。」


俺は腕時計のスイッチを押し、護衛である藤森さん達に連絡を残した。


「“ちょっと今から出掛けます。あ、大丈夫です。ランニングをするだけで寄り道はしません。人通りには出ないで静かな住宅街を走りますので心配しないでください。”」


外には多分藤森さん達の誰かがいると思うけど、一応のため報告を残したのだ。雨とかで視界が悪いから気付かれないかもしれないと思ったからだ。


俺は外に出た。

多分後で藤森さんや雫達にこっぴどく怒られると思うけど、まぁいいか。こんな絶好の機会を逃すのは勿体ないからね。


俺は外に出て思いっきり深呼吸をした。


「ふぅ…久しぶりの外って。やっぱりいいなぁ。」


外は霧雨がザァザァーと降りしきるけど、それでも俺には嬉しかった。俺はレインコートに付いているフードを被り、顔を見えずらくさせる。こうしておけば例え人とすれ違ったとしても顔を見られにくく男だと分からないだろう。


まぁ、もしもの事があれば全速力で走って逃げるんだけどね。


よし、十分にストレッチをして室内の筋トレで多少訛った体をほぐし、助走の構えにつく。準備は完了だ。


よーいドンっ!


そう心の中で叫び、パシャパシャと水溜まりを踏みつけながら俺のランニングを開始した。


あれ……今気付いたけど、藤森さん達に止められなかったな…俺が外に出た事に気付かなかったのかな?連絡を残して置いて正解だったな。


☆☆☆


一定のリズムで、そして周りを随時確認しながら俺は地面を強く蹴って進む。脚の筋肉がギシギシと軋み、体は前に前にへと移動する。


久しぶりのランニングはえらく楽しく。更に雨に濡れると発生する謎のハイテンションで俺は近所らへんを走りまくっていた。


傍から見れば完全に異常者っていう言葉が似合うけど、そこは人に見られていないはずなので大丈夫だ……と思う。


ここにはまだ引っ越してきて間も無く。ここがどういう所なのかも俺は知らない。だからランニング兼近所探検と言ったところで、俺は色々な所を走って回り、道を覚えて行った。


若干の方向音痴の俺も道を間違えないように気をつけながら進み、その道を何周もするうちにだいぶ道も覚えてきた。今では近道も少し見つけられ効率よく目的地まで移動できるはずだろう。


「はぁはぁはぁ……」


熱の篭った息を吐き出す。


いい汗をかいたな。

俺はその久しぶりの強い清々しさに感動していた。


でも、さっきまで霧雨だったのに段々と雨が変化し、強く激しくなってきている気がする。さっきまでは無かった風も出始め、そろそろランニングも終盤だと思う。


時間も昼時だしな。


「まぁ、1時間以上は走ってると思うし十分か…」


息も切れてるし、喉もカラカラだ。お腹も空いている。

早く帰って暖かい風呂に浸かって、牛乳をがぶ飲みしよう。


そして、怒られるの心の準備をしよう……


そう決め、家に帰ろうと方向転換するが…

雨が更に激しさを増し風も相当強くなってきた。それはレインコートではとても防げないほどだ。雨粒はぶどうの粒並に大きくなり、1粒1粒が横殴りに落ちてくる。霧雨から台風並みのどしゃ降りにへと変わったのだ。


「うっ…もしかして台風でも来てるのかな…」


俺はボヤく。


テレビをあまり見ないからそういう重要な情報が分からない。これがもし台風だったら本当に最悪だな。


それに俺がいるここはだいぶ家から離れている場所で、道が分かって嬉しくなってしまった俺がつい調子に乗って少しだけ遠出をしてしまったのだ。そのため、全力で走って家まで行くという作戦は有効な策とは思えない。途中で体力が尽きて体の芯までずぶ濡れになるオチは見えている。


「流石にどこかで雨宿りをして、雨が一瞬でも弱まったと思ったらダッシュで帰ろう。うん、それが1番最適だな。」


そう決め、どこか雨宿りが出来てかつ人がいない場所を俺は探した。もちろんコンビニとか確実に人がいる場所は避けなければならない。


☆☆☆


大きく強い雨粒を背中で受け止めつつ、必死に最適な場所を探す。

雨が目に入って染みて痛く視界は最悪。だけど何とか目的の場所を探し出すことに成功した。


「はぁはぁ……ふぅふぅ。」


俺が辿り着いたのは家から少しだけ遠めの公園でそこの屋根付きのベンチだ。


ここにいれば横殴りの雨もそこまで入ってこなく、濡れなくてすむ。一旦雨宿りするとすれば最適な場所だと言えた。


俺はそこでびちゃびちゃに濡れたレインコートを脱ぎ、絞って水分をできる限り無くし、ベンチの背もたれの所に敷いて乾かした。雨が降っているため湿気がすごいけど少しでも乾けばいいなという淡い気持ちでだ。


だけどようやく一息つくことが出来る。

息を整え、ベンチに深く腰掛ける。


レインコートを着てたといってもだいぶ濡れちゃったな。靴とかもうグッチョリだし。早く帰って体を温めないと風邪引いちゃうかもな…

俺は林間学校の途中で川に落ちて風邪を引いたのを思い出す。あれば嫌な記憶だな。


でも、やっぱり外はいいな。特にランニングはいい脚のトレーニングになるし走っているから景色も変わって飽きもほとんど来ない。

今はこういう時にしか外には出れないけど、いい気分転換にはなり満足している。


あー、飲み物でも持ってこれば良かったなぁ…なんて今では思う。


そういえばこんな公園があったんだな。まぁまぁ広いし遊具も沢山ある方じゃないかな。すべり台に、ジャングルジム、うんていに、ターザンロープ。スプリングに、シーソー、ブランコに──


──ふと、時間つぶしに遊具を順番順番に見て昔遊んだなぁ~なんて懐かしんでいる時、目線をブランコに移した時にあるものが目に映りこんだ。


「ん?………………っ!?」


俺は勢いよく立ち上がり、もう一度目を凝らしてそれを見てみる。見間違いかと思ったからだ。

だって……そんな……嘘だろ……マジかよ……


どしゃ降りの雨が強く降り頻る真っ只中、雨の事を全く気にする様子も無く、ただブランコに座る少女がそこにはいた。


ブランコは漕がずに、ただのイスとして使われている。


雨の影響で視界が悪く、見つけるのが遅くなってしまった。


何か絶対におかしいと思った俺は、レインコートを着ることすら忘れて外に飛び出し、ビシャビシャにスポーツウェアを濡らしながらその少女の元まで駆け寄った。


少女の見た目的に多分、幼稚園~小学校低学年くらいの年齢と言ったところか…長袖長ズボンのボロボロな見ずぼらしい服を着ていて、茶髪のショートカットを2つのゴムで纏めているのだが、そのどちらのゴムもなんだか付け方が変で歪。自分でやって失敗したような感じだった。俺は男だからそういうのはよく分からないけど、こういう小さな子の髪をゴムで纏めたりするのってお母さんがしてくれたりするんじゃないのかな?


「どうしてここにいるの……?」


俺はそっとその少女に声をかける。


「………………」


その少女は雨音で俺の声が聞こえてないのか無反応。俺はその少女の顔を見るが瞳は遠くにあり、焦点が合っていない。


「こんな大雨の中ずっとそこにいたら、いくら子供は風の子って言っても風邪引いちゃうよ。」


今度は正面を見て、絶対に分かるように言った。


「…………………………………いいの。」


微かな、雨音ですぐに掻き消されそうな、小さな声を上げた少女。俺の声はしっかりと少女に届いていたようだ。


「いいの、じゃないよ。こんな大雨の中、雨宿りも何もしようとしない子を放っておく訳にはいかないよ。」


そう言って俺は少女の左手を掴む。


「は、はなして……つ、鶴乃つるのはお母さんにここでまってなさいって…いわれてるの。だから…ここにいないと……お母さんに……おこられるの。だから…鶴乃はここにいるの!」


必死に反抗する少女。なにか理由があってここにいることは分かったけど…それでも俺は放っておけなかった。


「だけどそのお母さんのここに来る気配は無いよ。それに雨宿りができる場所まで移動するだけだから。」


今度は少女の体を無理やり抱っこした。お姫様抱っこだ。少女は俺の手の中にすっぽりと収まった。


んん…?やけに軽いような……

雨を吸った服と幼稚園~小学校低学年の子供の体重を考慮しても明らかに軽いような気がした。


まぁ、比較対象は幼い頃の茉優だから個人差はものすごくあると思うけど。


少女は、じたばた俺の腕の中で暴れるも大した力は無く、全然問題ない。


だけど、少女はどこか必死で酷く脅えている。それに、痛いのを我慢しているのか歯を食いしばるような仕草もした。


俺は少し小走りでさっきの屋根付きのベンチまで戻ってきた。


少女は雨で全身が濡れていて唇も青白い。それに、歯をガタガタと鳴らし震えが止まっていない。


俺は少女を下ろし、ベンチに座らせると乾かしてあったレインコートを羽織らせる。レインコートは外は湿っているけど防水仕様なので中は濡れていない。これを羽織っていれば多少は体温を温められるだろう。

でも、早急に暖かい場所に連れて行かないと風邪を引いてしまう。


「どうしてあそこで待っていないとお母さんに怒られるのかな?」


まずは話を聞いて事情を理解しよう。そう判断し少女に俺は話しかける。


「だって…だって……お母さんは、こわくて……鶴乃がゆうこときかないと……たたいてきて………」


少女…いや、鶴乃…か。

彼女はガタガタと歯を鳴らして震えている。だけど、それは寒さゆえの震えではない。恐怖ゆえの震えだと今分かった。


それを聞いてもしかして……と思った俺は……


「ちょっと、ごめんね。」


と、1回断って鶴乃の左手の長袖を優しくまくる。


「っ…!?」


やはり…俺の予想は的中していた……

鶴乃の左腕は至る所に打撲後や切り傷、更に…火傷の跡がある。多分これはタバコを押し付けられて出来る火傷跡だ。


鶴乃は……虐待を受けている。

こんな幼い少女にここまでの恐怖心と辛い忠誠心を植え付け、日頃から暴力を振るう。更にこんな天気の日に公園に置き去りにされている……この事から考えると、鶴乃の受けている虐待は重度なものだとも分かった。


それに、鶴乃が長袖を着ている理由もだ。

鶴乃は寒いから長袖を着せられている訳では無いはずだ。ただ、付けた暴行の後を他人に見られないようにしているだけのはずだと思う。


「事情は大体分かったからもう喋らなくていいよ。言ってて辛いだろう?」

「うん……鶴乃…つらい。すごく……すごく。だけど…それが“鶴乃にとってのふつう”……なんだよね?お母さんがいつもいってるくちぐせ…だもん。」


少しずつだけど鶴乃は喋るようになってきた。

それと同時に涙もぽたぽたと溢れ出し、羽織っているレインコートを内側から濡らす。


俺はそっと鶴乃の事を抱きかかえてこう言った。


「それが鶴乃にとっての普通?そんなの間違ってる。何が普通だ。こんなのはな歪んだ教育って言うんだ。例え、我が子であったとしても暴力や恐怖を与えることは許されないことだ!」


俺の言葉に熱が篭もる。


「ねぇ……なんで…あなたは……そこまで…してくれるの?」


鶴乃はぼそっと俺に聞いてきた。


「ん?俺はね、極度のお節介さんなんだよ。だからどんな子も見逃せないんだ。」


俺は優しく鶴乃の頭を撫で、慰めながら言った。


「そ…っか。」


鶴乃は俺の胸の中でそっと瞼を閉じた。


「あたたかい…いままでで……いちばんっ…っ。」


鶴乃は俺の体温を感じ、眠りに入る。どうやら気が抜けて疲れが出てしまったらしい。


外はどしゃ降りの雨から少し経ち、徐々に弱まってきた。まだ小雨とは言えないけど、ここを移動して家に帰るのだったら今しかないと思えた。


俺はそっと鶴乃の頭を撫でて、お姫様抱っこをすると、起こさないように注意しながらの全速力で家に向かった。

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