第130話 親御さんに挨拶~雫編~


俺は男会で着ていたスーツに着替え、身なりを出来る限り整える。


ついさっき、“今から親を連れて帰る”と雫から連絡があった。雫達は車で来ると思うから後数十分ぐらいと言ったところか…


葵は今日はここに来ず、夜依は2階の自分の部屋にいてもらっている。今日は俺と雫と雫のお母さんの3人で話した方がいいと思ったからだ。


俺は深呼吸を繰り返したり、頬を軽く叩いて自分を鼓舞したり、手のひらに人の字を沢山書いて飲んだりだとか色々と緊張を紛らわすものを考えつく限り試すけどあまり効果は実感できない。


こういう時って時間が経つのが早く感じる。

腕時計で何度確認しても、体感1分で5分以上は経過している。


こんな緊張しているのもこの場に俺1人だけだから心細いのと、会う場所がここだからだ。


普通だったら俺が雫の家に行くのが当たり前なんだけど、俺が昼間に外出するのは危険だと藤森さん達に言われてしまったので急遽この家に来てもらう事になったのだ。


そこで俺は挨拶をする。

内容は、雫をお嫁さんとしてもらう事と雫がここに住む事の2つだ。


そして、今日の挨拶が上手く行けば俺のお母さんと茉優に後日会ってもらうことにする。俺が平気に外に出れるまで世間が落ち着いてからの話だけど。


明日は葵の親とも会う。そう考えると今からものすごーく胃がキリキリして痛む。胃腸薬を後で飲んでおこう……


そう思っていると、家の扉が開く音が玄関から聞こえた。


どうやら雫達が到着したみたいだ。


俺は最後に手のひらいっぱいの人の字を書いて飲み込み、とびきり大きな深呼吸をし大きく吐いた。


☆☆☆


「…お邪魔しますね。」


そう言い俺の待つリビングに入ってきた雫のお母さん。その後ろには俺と同じようにガチ緊張している雫もいた。


雫のお母さんは雫と同じ水色の髪、水色のキラキラとした目で面影が雫とそっくりで美人さんだ。まぁ、当たり前なんだけどな。


雫と雫のお母さんは俺の座る座布団の対称の場所に静かに座る。


「えっと、今日はお越し頂きありがとうございます。」


そう言って頭を下げた俺。


これから雫のお母さんに言う言葉の最終確認を行なう。


これでもし俺がミスって機嫌を損ねたりでもしたら雫との関係もここで途絶えてしまう事も十分に有り得る。そのため真剣にそして集中しながら頭の整理を続ける。


だけど、俺の態度を見て雫のお母さんは驚きの表情を見せる。


「…分かったわ。やっぱり雫の言っていた通りの人なのね。」


そう静かに呟くと……


「…雫の事、よろしくお願いします。この子、今は思春期で少しひねくれてるけど、根は真面目でいい子ですから……どうか大切にしてあげて下さいね。」


雫のお母さんは雫の頭を掴んで2人で一緒に頭を下げた。


「……………!?」


え…えぇ!?も、もう?俺、何にも言ってないんだけど!?


「あ……あぁ。ありがとう…ございます。」


いきなりだったから反応がかなりたどたどしがった俺。こういうのはちゃんとしたかったのにな………俺って急に来られると弱いんたよな。


「…どうしたの?もしかして何か言いたいことでもあったのかな?」


俺の動揺に気付いた雫のお母さんはグイグイと聞いてくる。


「ま、まぁそうですね。」


今のでそのほとんどがどっかに飛んでイッちゃったけどね……


「…別に何も言う必要なんてないのよ。2人が真剣に生涯を共に出来るほどの好き同士だったのなら、親が止める必要なんて無いもの。それにね、子の幸せを願うのが親って言うものだから。」


雫のお母さんは俺の事を真剣に見つめて言い切る。


その言葉に俺はかなり感激する。俺も……歳をとって、子供がいて、その子供が結婚する時にこういう感じで結婚相手に言ってやりたいと思った。


「…いっつもいっつも昔から話す事はあなたの事ばかり。だから一体どんな人間なんだろうって思って今日来てみたけど、雫の言っていた通りの素晴らしい子なのね。」


昔の事を思い出して懐かしむように言う雫のお母さん。


俺はそうだったんだ……と雫の事を知れて嬉しいんだけど、雫は顔を真っ赤にして下を向いてしまっている。


「いや、でも俺なんて全然……」

「…謙遜なんてしなくていいのよ。見たら分かるもの。あなたになら娘を任せられるってね。親の目に狂いなんて無いんだから。」


自信満々に、そして一切躊躇わず言い切った雫のお母さん。


「ありがとうございます。絶対に絶対に雫を幸せにします!誓いますッ!」


俺はすぐに答えた。

俺の覚悟の言葉を聞いて雫のお母さんは満足気のようだった。


「……じゃあこれから改めてよろしくね優馬。」


雫がそっと近付き耳元で言ってくる。その表情は珍しく緩んでいて、若干涙目だった。それを親に見られたくないのかずっと俺の方にしか顔を向けていない。


可愛いなぁ…

純粋に思った。


「あぁ。よろしく雫。」


いい雰囲気だ。それに、この状態だったら自然な流れで……


「…なに~それって見せつけなのかな?」


俺と雫の体が触れそうになるギリギリのところで雫のお母さんは口を出した。


「……ちょ、母さん!」


雫のお母さんがニマニマと笑うのを見て雫は顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにする。涙目の顔を見られ更に恥ずかしそうだ。


あぁ…雫のお母さんって、俺のお母さんみたいな感じなのかな?

俺のお母さんもこんな感じだし……


「…これなら孫の顔を見るのも早いかもね。さ、おじゃま虫は空気を読んで出て行くから続きをしていいわよ。」

「……母さんっ!!」


恥ずかしさの頂点に達し、怒り奮闘の雫に若干ビビりながら、「…ごめん、ごめんって。」と雫のお母さんは言っていた。


雫って普段からこの人に振り回されてるんだなぁと感じ共感できた。俺もお母さんにはいつもいつもいつも振り回されてばっかりだし。


そんな感じで雫のお母さんに挨拶は終わった。


もちろん後でこの家に今日から雫が住むことは可能かと聞いたところ、“孫の顔が早くみたいから”と即OKだった。

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