第125話 やっぱりこうなるよね……
テレビ放送が終わり、スマホの画面に見入っていた夜依はいつの間にか涙が流れていた。
「あ、あれ……」
涙を拭っても拭ってもどんどん涙は止まらない。
「もう、泣かないって決めてたのに……やっぱり酷いよ。優馬っ……」
涙を拭いながら夜依は愚痴る。だが、決して悪意のある愚痴などでは無いことは隣にいる雫と葵も理解している。
「……夜依っ、今はいいと思う。あなたには喜ぶ権利があるのだから。」
「そ、そうです!!優馬君が頑張ってくれた成果ですね!!」
夜依の隣にいる雫と葵は2人で夜依の事を抱きしめる。
2人は夜依の事を見て貰い泣きしそうになるがぐっと、堪える。何故なら本当に泣く権利は、夜依と同じ苦しみや恐怖を味わっている者しかないと2人は分かっているからだ。
決して2人は同情できはしない……だが、抱きしめてはあげられた。
「ありがとう…っ。」
夜依も2人を抱きしめ返した。
優馬には勝手に無茶をした文句を言ってやりたいけど…そんなのは後でいい。家に帰ってきた時は抱きしめて「おかえりなさい」と言ってあげよう。
夜依はその事を心に決め、今はこの高まる感情を親友の2人にぶつける事に集中した。
☆☆☆
この放送は富田十蔵の元妻達も見ていた。
元妻達はこの放送を見て、全員が驚愕し初めはフラッシュバックを起こしてしまう元妻もいた。だが、優馬の事を信じて耐え。最後は全員が笑顔で泣いていた。
まだ薬物に苦しめられている元妻や、暴力の恐怖に怯える毎日を送る元妻、仕事に就き精一杯これからの人生を頑張っている元妻、亡くなった元妻の家族、病院で寝たきりの生活を送る元妻。
富田十蔵が壊し、汚し、永遠の傷を付けた元妻達はこのテレビを見た後、全員が涙していた。
やっと、やっと、やっと、やっと、やっと、やっと、解放されたんだ。呪縛が完璧に解けたのだ。
家族に抱きついて喜び泣く元妻、涙で枕をぐしゃぐしゃに濡らしている事に気付かないほど喜び泣く元妻。背中に刻まれた永遠に残る番号を優しくさすり、静かに泣く元妻。仕事そっちのけで喜び泣く元妻もいた。
富田十蔵がいくら謝って謝罪したとしても元妻達は決して許さないし、壊れた心や体は永遠に治らない。だが、その時だけはこれまでの事を全て忘れられた気がした。
──ある病院の一室。
そこは風鈴が風に乗って、いい音色を響かせる部屋で、その人の事を想っての寄せ書きや千羽鶴などが沢山あった。
カタカタカタッ……
その部屋からはノートパソコンを打つ音が毎日のように聞こえる。
今日も、もちろんその音は鳴る。だが、いつもより妙にリズミカルにキーを押すし、エンターキーを押すのが強いのか、タンッ!という音が隣の部屋まで響く。よほど、嬉しい何かがあったのだろうと隣の病人や、そこに来ていた看護師は思った。
カタカタカタッッ……
“やっと、やっと終わったんだね。”
元妻、元19番の寿 美波は潰された喉の代わりのノートパソコンに独り言の様に文字を打ち込む。
その手つきはもうすっかり慣れているようだ。
美波の表情は顔にある包帯で視認できないが、確かに笑顔でいる。
まだケガの具合は悪く、いつ危険な状態になってもおかしくは無い容態の美波は、今も強いフラッシュバックに苦しめられ自暴自棄になる事もある。薬の副作用や治療もとにかく辛い。
だけど、お見舞いに来てくれる元妻達や1週間に必ず1回は来てくれる夜依。そして、優馬。美波の1度折れて粉々になり、再び構築された脆く壊れやすい心。その心の支えは沢山いた。
放送が終わり最初から背後まで見ていた美波は喜びの感情が強かったが、それよりもやっと終わったんだ…という解放されたという感情の方が強く、感激の涙ではなく安堵の涙が気付いたら溢れていた。
“次に神楽坂様……いえ、優馬様が来た時はちゃんとありがとうと感謝をしよう”
美波は窓から空を眺める。
太陽の日差しが明るく、そして優しく美波のことを照らしてくれる。
あの日以来、富田十蔵から襲われてしまうかもしれないと想像し恐れ何もかも手に付かないでいた。だけど……彼のおかげでこれから全ての物に挑戦してみようと思った。
☆☆☆
「あー、もー無理だァー」
俺は疲労困憊の表情で副代表の皇さんに訴える。
さっき鏡を見たけどクマが凄かった。流石に2日も寝ずに仕事をするのは死んでしまう。
「何言ってるんだ。まだまだまだまだ、目を通す書類や覚えなきゃならない物。それに、通常業務もあるんだぞ!」
と、俺のマネージャー?みたいな感じで仕事を教えるのと同時に俺の仕事も割り振る皇さん。
俺は今、男会が終わって2日が経ったのにも関わらず家に帰れていない。ずっと国会議事堂で男会の仕事をしているのだ。
皇さんや、男会の新しい役員達が男会代表である俺を帰してくれないのだ。
「優馬が男会を責任もって変えて、国に貢献できるようにして行くんだろ?」
「それって…皇さんが作った原稿の内容でしょう?」
「はいはい、そんな事言うより手を動かすんだ優馬!」
俺のツッコミを仄めかす皇さんだった。
はぁー、早く家に帰って皆と会いたい。
一応、皆には連絡をした……メールでだけど。
ちょっと電話は恐ろしくて出来なかった。
……既読は着いたけど、返信とかが無いし、電話も来ない。なので内心かなり不安なのだ。
もしかして……怒っているのだろうか?いや、確実に怒っているな、これは。
俺が、風邪をひいたと嘘を言って男会に行ったことか?何の相談も無く自分なら大丈夫だと、テレビの前で素顔と本名を晒してしまったことか?
……………それとも全部か?
う……気になる。早く仕事を終わらせて家に帰らなければ……
俺は家に帰るために全力で取り組んだ。
翌日。
「お、終わったァァァァー」
俺は予定よりも1日早く仕事を終わらせた。
「お疲れ、よく頑張ったな優馬。」
やつれた俺に飲み物を渡してくれる皇さん。
「いえ…皇さん達のサポートのおかげです。」
ヘロヘロに椅子にもたれ掛かりながら言う。
皇さんは俺が仕事をしやすいようにしてくれたり、集中が切れないようにしたりなど、細かい気遣いをしてくれたおかげだ。
「そう謙遜するなって、ボクも優馬が頑張ってくれたおかげでのんびりまったりとできる時間が増えるんだからな。」
あー、そういう事か……
「まぁ、今回は優馬が頑張ったという事で、男会の国への報告はボクがやっておくよ。ついでに優馬の事も説明しておくよ。優馬にも着いてきて欲しいけど流石にこれ以上優馬の事を拘束してしまうのは不味そうだ。」
「ありがとうございます。後は、よろしくお願いします。」
そういう事で俺はやっと男会が終わった。
「そうだ。優馬。次の男会とかの連絡をするから連絡先を交換しようか。」
「は、はい。」
最後に俺と皇さんは連絡先を交換して、俺は家に向かったのだった。
☆☆☆
車で数時間乗り、ようやく見覚えのある場所まで戻って来た。
ここまで寝て来たから大分回復したけどまだ疲れは取れてないし、眠い。
見覚えのある場所で安心した俺は車の窓から辺りを見る。
ふぅ…いつも通りだな。そこにはいつも通りの日常が映り俺のテレビ放送での影響はあまり無いのかなと思った。
気になった俺は運転手さんに頼み、病院や、学校に寄ってもらう。
今日は休日だからか、病院は盛んに人の出入りがあるが、学校の人の出入りはほとんどいない。
うん。変わらないね。
あ、言っておくけど、べ、別に家に帰りにくいから寄り道して時間稼ぎしてた訳じゃないからね……俺は早く家に帰りたいんだから。
───っ。早く家に帰りたいとは心から思う。けど……今皆に会うのが辛い。皆が俺に対して怒っているだろうと想像すると身震いが起こる。
心臓も謎の緊張でドキドキとしている。
「ふぅ……会ったらまず謝ろう。」
俺は何度も頭の中で皆への謝罪のシュミレーションを行う。何度繰り返しても頭の中だから結果は分からないんだけどね。
あれこれ悩んでいるうちにもう家だ。
「ん……?」
……車の窓から、人混みが見えた。
何か会ったんだろうか?事件か?事故か?
でも、ここって俺の家……だよな?
俺は車を近くに止めてもらい、ここからは歩いて行くことにした。
コソコソと隠れながら進む。もしかしたら……と思ったからだ。
遠くからでも、何か声が聞こえる。
ここら一体は比較的静かな場所だからというのもあるのかもしれない。
俺は電信柱に隠れながらその様子を覗いてみる。
「はっ!?」
そこには……俺の名前を大声で叫ぶ数10名の女の人が家の前を取り囲んでいた。
あーはいはい。想像以上に俺は迷惑をかけてしまったらしい。影響が無い?影響が無いわけないだろう。俺はバカなのか?
俺はスマホで“神楽坂”と検索する。
するとすぐにスマホには、俺の顔写真などかなりの情報がネットに出回っていた。そこには当たり前かのように俺の家の写真や住所もあった。
や……やばいんじゃないのかこれ!?
俺は冷や汗がたらりと垂れ、急いでお母さんに連絡した。
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