第126話 新居


俺はお母さんに連絡をした。

お母さんはすぐに電話に出た。


「もしもし、お母さんッ!今どこにいるの?家の外、大変な事になってるよ!!!」


俺は焦りながら言った。


「ゆ、優くん!?もしかして家の前にいるの?」

「う、うん。そうだよ。」

「無事なのね?拉致とかされてないのよね?」

「うん。女の人達からは気づかれてないと思うよ。」

「じゃあ、そこで隠れて待ってて。今すぐ迎えに行くから。」

「む、迎え?家から?」


家から迎えって、今は出られなくないか?家の出入口は必ずあの門を通らなければならなし、仮に出られたとしても女の人達に確実に気づかれるはずだ。


「今は家にいないの。あの放送が終わってから、すぐに家が特定されて、人が大勢集まって来たの。だから、すぐに荷物を纏めて、茉優や、夜依さん。雫ちゃんや葵さんにも連絡をしてお母さんの会社に一時的に避難しているのよ。」

「あ…そうなんだ。」


良かったとほっとする俺だけど、原因は俺にあるのだから申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


だけど、久しぶりのお母さんの声は別に怒っているという感じでは無かった。


「だから、今からかすみに迎えに行かせるから、そこで数分耐えてね。」

「分かった。ありがとうお母さん。」


俺はそう言って電話を切った。


☆☆☆


数分後、迎えに来てくれたかすみさんに拾われて、お母さんの会社に向かった。


車はいつもの黒塗りの高級車では無く、薄ピンク色の小さな車だった。

多分だけど、車が特定されているため、代車を使っているのだろう。


かすみさんは、俺が男会に行く事は知っていたけれど、テレビ放送をして男会代表になるという事は知らなかった。もちろん、俺も男会に行って突然知った事だったから説明のしようがなかったんだけどね。かすみさんもその事は分かっているだろう。


「かすみさんにも、今回の事はきちんと説明しますけど、皆が揃ってからでもいいですか?」

「構いません…」


かすみさんは車のバッグミラーで俺の事をチラッと見ながら答えた。


元からかすみさん自身からは積極的に話しかけては来ない、かすみさんは俺やお母さんの話をひたすら聞いてくれて的確なアドバイスをしてくれる完全に受け手の人だ。


だから、今も俺から喋りにくい状況なので車内が静寂に支配される。


うぅ、気まずい……なぁ。


☆☆☆


気まずい時間を過ごし、ようやくお母さんの会社についた。


会社の前にはそれなりの人だかりがあったが、裏口から気付かれないように会社に入る。

この人だかりって確実に俺の影響だろう。


会社に入り、社員に誰とも会わないように気を付けながら社長室まで来た。


ここの会社は下着を作る会社で、お母さんはここの一応社長だ。


そのため、会社の至る所には女性用の下着がマネキンに着せられて飾られていて目のやり場にものすごーく困る。

俺はなるべく下を向いて歩くようにした。


ここには1回、女装してお母さんの会社見学に来た時以来だ。社長室は前と変わっている様子は無かった。


だけど、この部屋にはお母さん、茉優、雫、葵、夜依、そして俺の後ろにかすみさんがいた。


皆は俺が部屋に入室すると一斉に俺の事を見た。


「「「「「「……………………………」」」」」」


無言だ。誰も喋る様子は無い。


ここは俺から喋れという事なんだろう。そう判断した俺は1回深呼吸し、声を出した。


「皆にはすごく迷惑をかけた。心配もかけた。もう心配をかけないって約束したのに…だ。ごめんなさい。だけど、俺自身皆に心配をかけたくなかったんだ。だけど、それが裏目に出てしまったんだ。なんの相談も無く、勝手に行動してあんな事になってしまった。本当に本当にごめんなさい……っ。」


俺はあの富田十蔵がやった謝罪並の気迫で全力で心を込めて謝る。頭を深々と下げ何度も謝る。


「……別にいい。頭を上げて優馬。私は初めから覚悟をして優馬を選んだんだから。なんの心配も要らない。………2人もそうでしょ。」


雫は後ろにいる2人に返答を促す。


「はいっ!!」

「ええ。そうね。」


葵と夜依は一瞬の迷いもなく言った。

それに、かなり感激する俺。


「私も…大丈夫だよ。お兄ちゃん。」

「茉優…」


次は茉優だ。


「私はサッカーでちょっとした有名人だったから、今更だよ。だから、心配しないでお兄ちゃん。」


茉優は笑顔で言った。


そっか……茉優はサッカーで新聞にも取り上げられていたっけ。


「でも、もし何があったら俺に言ってね。お兄ちゃんとして相談に乗るから。」

「うん。ありがとう…お兄ちゃん。」


少しだけ、ほんの少しだけ、元気が無さそうというか、空元気なのかそんな感じが茉優からはした。


次はお母さんだ。


「お母さんはね。会社も名前もほぼほぼバレちゃったけど、それを逆手に取ろうと思うの。“神楽坂優馬の母親が経営する下着会社!”として逆に世間に公表しようと思うの!そうすれば世間の注目がかなり集まって、上手く行けば超大手下着メーカにまでこの会社は急成長出来ると思うのっ!」


お母さんは目を輝かせて言う。お母さんの後ろで、かすみさんも強く頷いている。


相変わらずの無茶な考えだけど……


「下着……かぁ。いや、いいんだけどさ。でも、少し恥ずかしいから、大々的には……やめてね。」


だって、女性用じゃん。男の俺って、あんまり関係無くないか……

あ、そっか、俺はただの広告塔っていう事か。


「あれ……もう、公表しちゃったけど……それに、大々的もクソもないよ。優くんは超超有名人になったんだから。」

「へ……公表しちゃったの?」

「うん。」


お母さんは舌をひょっこりと出し、やっちゃったアピールを俺にするが今の俺は更に有名になっちゃうじゃん、しかも下着で……と思っていたのであまり効果は無く、ただただ落ち込んだ。


公表するんだったら、1回俺に許可をとって、どんな内容なのかチェックさせて欲しかった。お母さんにはかすみさんが着いているから恐らく大丈夫だとは思うけど……


まぁ、でも考えてみると。俺の迷惑がこの程度で許されるのだったら良かったと考えるべきなのか……


「はぁ…」


俺はため息をついた。


「こ、公表したんですかお母様っ!?あれを?手直しもせずに!?」


かすみさんは青ざめた表情で言う。


「う……うん。そうだけど?別に大丈夫そうだったからね。」


え……かすみさんどうしたの……

も、も、もしかしてかすみさんはチェックしてないの……!?


お母さんの独断でやったの!?


「い、1回その公表したやつを見せてくれないかな?」

「いいよ優くん。」


お母さんは快く公表した内容をパソコンで見せてくれた。


「はあっ!?」


書いてある事は、別にお母さんが言っていた通りだ。これぐらいだったら別に構わないよ。

だ、だけど……


「な、なんで俺の………俺の女装写真がのってるんだよぉぉぉ!!!」


それに、完璧な女装とかじゃなくて少しだけメイクを忘れて、明らかに俺だと分かるような写真だ。


「え……ほら“神楽坂優馬も付けた我社の下着!!!”みたいな感覚で売り出そうかなって思って。」

「まず、下着見えてないし、そもそも俺は女性用の下着を付けた事無いし……嘘って事じゃないの?」

「う……で、でも本当に付けてるって書いてないし。多分大丈夫だよ。」

「はぁ……かすみさん。今すぐこれ削除お願いします。」

「分かりました、直ちに。」


待っていたかのようにかすみさんはすぐに公表された内容を消去してくれた。でも、かなりの数の人がその内容を閲覧しているはずだ。それに、コピーとかもあると思う。


後で、このお母さんの失態の事の後始末を皇さんに頼んでおこう……


「ちょっと、後でお母さん……別室で話す事があるから。絶対に逃げないようにね。」

「うぅ…はい。」


しょんぼりしながら、お母さんは言った。

後でキツく注意しておかないとな。


そんなこんなで……俺の謝罪は終わった。

皆俺の事を悪く思ってない事が分かって本当に良かった。


俺が、一安心していると──


「……ほら、そんな所にいないで、早く優馬に言ったら?」


雫が夜依を俺の前まで引っ張ってくる。

夜依はいつもの冷静沈着さなどは無く、かなりモジモジした様子だった。この状態の夜依は久しぶりな気がするな。


「どうしたの夜依?俺に言いたいことがあるのなら、なんでも言ってくれ。」


夜依の言いたい事は俺には分からない。もしかしたら愚痴を言われるかもしれない。だけど、俺はしっかりと聞こうと覚悟し、夜依の事をまっすぐに見つめる。


だけど、夜依は俺と目が合うと顔を赤くして、目をそらされる。


え……なに?なんなの?


そんな感じの攻防が数秒続き、ようやく決心したのか夜依が口を開いた。


「あ……っ。えっと……ね。優馬。その…ありがとうっ。おかえりなさい。」


短い言葉。だけど、夜依の言葉に心が暖かくなる。


「うん…ただいま。」


俺は優しく言葉を返し、夜依の事を抱きしめる。


「ひゃっ。」


それを見たお母さんや茉優、かすみさんは驚いたけどそれは一旦無視する。


「やっと、終わったんだ。これまで色々と苦労を掛けたね夜依。」

「いいのっ。優馬が全部全部終わらせてくれたんだから。」


夜依も笑顔で俺の事を抱き締め返してくる。

その笑顔で今までの俺の努力が報われた気がする。


そのせいか、夜依もいつの間にか泣いているけど……俺も少しだけ涙が溢れて来た。


達成感の涙では無く、安堵の涙だ。


夜依の心からの笑顔で俺が今まで引き締めてきた自尊心が少し緩んだのかもしれない。


改めて俺は思う。俺は周りの人に恵まれたんだなと。逆に富田十蔵や元副代表、富田十蔵側の男達は周りの人に恵まれなかったんだと。


「……さて、夜依の事も終わったし、後はお説教ね。」

「はい……!?」


雫はおかしな事を言った。

えっと……今すごくいい場面だったじゃん。

お説教って……え?


「えっと、さっき俺謝ったんじゃないっけ……?」


もう、謝った訳だし皆怒ってないと思ってたんだけど、どうやらそれは俺の勘違いだったようだ。


「……え?許すとは言ってないのよ。今、言わないと曖昧にされそうだったから今お説教するのよ。」

「はい、ですね!!」


雫と葵はジリジリと俺との距離を詰める。

その表情は笑ってはいるけど、心の底からの笑いではなかった。


「ふふ。そうね。」


泣き止んだ夜依も2人に賛同し、俺の事を逃がさぬとガッチリと掴む。


「あ……はは。」


女の子って……怖いね。


俺はここからは数時間ほど3人にお説教され、1人で外に出歩かない事や、危険な事は決してしない、迷ったら相談など、3人が考えた多数の縛りを受けるハメになってしまった。


マジで怖かったので、俺はきちんと従うと心に決めた。


☆☆☆


「皇さんッ!!!」

「ど、どうした優馬?電話なのにそんな大声出すなよ!」


大声を注意され、1回冷静になる俺。だけど、まだ興奮状態ではある。


「どうした、何があったんだ?」

「どうしたのこうしたのじゃないですよ。あの放送の影響で、家に帰れないんですよ!」

「あ…やっぱりそうなんだ。ネットで優馬の家とか拡散されてるもんな。」


ははは、と笑う皇さん。

だけど、俺にとっては笑い事では無いのだ。


「どうにかして下さいよ。今こそあの約束今果たすときですよ。」


皇さんの態度に少しだけイラッとした。まぁ、この人がこういう性格という事は知っているので怒りはしない。


俺が皇さんに言った約束とは男会の時にしたものだ。忘れたとは言わせない。


「分かってるって、優馬関係の情報は国が全力で削除するらしい。だが、完全には消えないからな。特にお前の顔写真とかはな。」

「LIVE放送でしたしね……分かりました。引き続きお願いします。」

「それで、家の事だが……ボクに提案がある。」

「提案?なんですか、教えて下さい。」


皇さんの事だ、どうせ自分が有利になるように考えられているのだろう……


「優馬は引越しするつもりは無いか?」

「はい…?」


☆☆☆


「ここ……かな?」


俺とお母さん、茉優の3人で皇さんに指定された場所に来た。


「静かでいいね。それに、家から少しだけ遠いけど、家と余り条件は変わらないみたいね。」


ここは家からは少しだけ遠く、学校も歩いて行くのは少し辛い距離になってしまったけど前の家のように家の周りは静かな住宅街で人通りもほとんどない。


だけど………想像以上に家は小さめだった。

大地先輩が住んでいる家程では無いけど、俺が住んでいた超大きい家なんかの8分の1程のスペースしかないみたいだ。

普通の人が住む感じの家より、少しだけ広いぐらいだろう。


皇さんの考えは俺のような有名人を住ませるのなら、高級住宅や、大きな建物などでは無く、あえて普通の人が住みそうな場所にしたという事らしい。男がこんな普通の家に住んでいる訳が無いという、固定観念を利用したと、説明されたけど……かなり不安なんだけど。


でも、国からちゃんとした警備が着くとか追加で言われて、安全を保証するとか何とか言うから渋々俺は了承したのだった。


まだ鍵が無くて家の中には入れないけど、間取りは見れる。


間取りは5LDKほどだ。俺、夜依、お母さん、茉優、かすみさんで住むには十分だけど、そこに雫や葵etc…が住むとなると流石に狭いかもしれない。


でもその分協力して生活しなければならないから、お母さんや茉優と雫達が仲良くなれると俺は信じている。


なんて考えてると──


「ごめんなさい優くん。お母さんはあの家に戻るわ。あの家に誰か住まないと、女達が怪しむもの。それに、家賃とか電気代とか色々と勿体ないものね。」

「お兄ちゃんっ。私もお母さんと家に残るよ。部活の朝練とかがあるから、なるべく学校から近い方がいいもん。」

「そっか……」


でも2人の表情を見るに……どこか寂しそうというか、我慢しているというのか……そんな感じだった。


「この、いざこざが収まったら、週一で帰ってくるからね。」

「うん。お母さん待ってるから。」

「私も私も。それに、私とお母さんとかすみさんがここに来ればいいんだしね。」


しばらく、あの家での家族の団欒は無理だけど、いつかきっとそれができる日が来るまでのお預けだ。


「じゃあ……雫と葵に引越しの事で一緒に住まないか言ってみるよ。」


☆☆☆


「……へぇ、ここが今日から優馬が住む家ね。」

「ほぉー。」

「中々いい場所ね。」


俺、雫、葵、夜依は後日、新居に来ていた。

3人ともこの新居の事は高評価のようでよかった。


俺と夜依は荷物を抱えているけど、雫と葵は荷物を持って来ていない。なぜなら、まだ親御さんの許可が降りていないというか許可を貰いに行っていないからだ。


親御さんに許可を貰いに行くという事は実質、結婚挨拶に行くみたいな感じじゃん。緊張するじゃん。=今日まで行けなかったじゃん。というわけで流石に明日、2人の家に行く予定なんだけどね。


「……優馬、早く家に入ろう。外熱い。」


手をうちわのようにして扇ぎながら雫は言う。


「あ、そうだね。部屋の場所とか色々な事を決めておきたいし、護衛の人も昼頃には来るからおもてなしの準備も必要だしね。」


ここから……俺の……いや、俺達の新たな生活が始まるっ。

今までよりも、不便で大変な事も多いはずだけど彼女達と一緒なら大丈夫だ。絶対に楽しいという事は確定しているしね。


俺は我が新居の扉の鍵穴に皇さんから送られてきたピカピカな金色の鍵を差し込み解錠した。

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