第122話 テレビ放送


固く握手を交わした後、皇さんは壁際に近付き何かを覗き込む仕草をすると、俺に手招きした。


「優馬、ほら見てみろよ。もう男会が始まる時間だからか、全員席に座ってボクと優馬の事を待っているぞ。」


皇さんは愉快に言う。


この部屋から下にある大ホールの男会の会場が見えるらしく、俺は恐る恐る会場を覗いて見た。


俺の目に映ったのは真っ白な仮面を付けた人間達が裁判所のような怖々しい所に座っている所だった。


「な、なんで仮面?」


どう考えても仮面は不可解だった。

その不可解の謎に皇さんは答えてくれた。


「いつもは仮面なんて付けないんだが、今回は特別にだからね。テレビ放送は全国放送で、少しでも男達の個人情報を晒さないための配慮だ。」

「なるほど……」


確かにそうだ。顔を晒してしまえば、調べる気になれば住んでいる場所や個人情報まで調べ上げる輩までいると思うしね。


あ、あそこに大地先輩がいる。

俺はさっき別れた大地先輩を見つけた。大地先輩も仮面を付けてはいるがいつも見ている佇まいで大地先輩だとすぐに分かった。


大地先輩は端っこの席に座り一人で蹲っていた。

あー、やっぱりな。大地先輩は俺がいるから男会に参加しているのであって、ひとりぼっちになるとは思わなかったのだろう。やっぱり大地先輩には悪い事をしてしまったな。


「そうだ、じゃあ俺の分の仮面もあるんですよね?」


そうじゃないと俺の顔が全国に放送されちゃうからな。


「……………っと。」


皇さんは言葉に詰まった。


「え……」


ま、まさかね。そんなのあるわけないでしょ。だって、プライバシーの問題になってくるぞ。


「いや……ボクも精一杯努力はしたんだよ。だけど、力技でボクの意見は破棄されてしまったんだよ。」


皇さんは申し訳なさそうに言う。


「じゃあ俺は素顔で男会に……全国放送されなきゃならないんですか?」

「すまない。優馬は今後、男会で勝っても負けても苦労するのは確実だと思う。だけど、国とボクがきちんと優馬の事を守り抜くと約束するよ。だから安心して男会に望んで欲しい。」


皇さんの言葉を聞き1回ため息を着き、俺は強く言った。


「うっ……もし、俺含め俺の関係者達に何かあった場合、それ相応の要求をしますからね。覚悟しておいて下さいよ。」

「わかったよ。これはボクの力不足で迷惑を掛けてしまうのだから仕方がない。甘んじて受け入れるよ。」


皇さんはそう約束してくれた。

だけど、流石にイラッとしたらしく皇さんの意見を取り消した富田十蔵側にいる男達の方を強く睨んでいた。


「あいつらには倍返し……いや、10倍返しコース確定だな。」


ぼそっと皇さんは恐ろしい事を言っていたので俺はしれっと無視した。聞かなかったことにした。


「あ、そうだった、忘れちゃいけない。もし、優馬が男会で本当に追い詰められた時に、これを使ってくれ。きっと役に立つと思うから。」


そう言って皇さんは黒塗りの箱を取り出し、俺に差し出した。


「だったら初めから勿体ぶらずに使えばいいんじゃないですか?」

「いいんだ、これは優馬にこそが使う資格があるんだ。それに最後のトドメは君にしてもらわないとね。」

「は、はぁ…」


俺は渋々受け取りスーツの胸ポケットに突っ込んだ。


「じゃあ行くよ、ボクは優馬より先に行って男会を始める。優馬はボクが呼んだら来てくれて。サポートはボクが優馬に合わせるから、心配しないでくれ。」

「はい。分かりました。」


俺が了承したのを確認した皇さんは赤いサングラスを取り、男会の奴らと同じ白い仮面を付け、部屋を出て行った。


俺は合図があるまで言う事の整理をしておこうと思い目を閉じ、ただ頭を回転させ続けるのに集中した。


☆☆☆


優馬が家を出てから数時間が経過した。

後のことを優馬に任された、かすみは優馬が風邪で部屋に篭っているという設定で必死に誤魔化し続けていた。


「優くん……大丈夫かな。」


優馬の母は優馬の部屋の前でずっと滞在し、心配し続けている。優馬が風邪と知ると仕事も今日は休むそうだ。

だが、いくら休むとしてもこの人は一応社長なのだ。少しばかりの仕事が回ってくる。だがそこにずっといるせいか今日の分の仕事が全然終わっておらず、秘書であるかすみがその分仕事をこなしていた。


夜依と茉優は優馬の事を聞いて心配そうにしていたがかすみが上手く誘導し、学校に行かせていた。


「大丈夫です。きっと明日には元気な笑顔を見せてくれますから。…早く仕事をして下さいお母様。」

「う~ヤダ。私は優くんが元気になるまでここにいるの!」


優馬の母は子供のようにじたばたと嫌がる。


だけど、かすみは冷や汗をかく。


さっきから優馬の母が部屋に向かって声を掛け続けているがもちろん優馬の部屋には優馬本人はいない。

何も反応が無いといくら何でも怪しまれる可能性がある。

もし、部屋に突入され優馬がいないことがバレれば大騒ぎになるし、そんな事よりも優馬との約束を破ってしまうことになる。優馬は許してくれると思うが多少のかすみへの信頼度は確実に落ちてしまう。

かすみはそれだけは嫌だった。


「そうだお母様、そろそろ国からの大事な放送というものが始まるそうですよ。流石に優馬様も休ませて上げましょう。看病などは私が責任を持ってやっておきますので。」

「多分それ、私には関係無いものだと思うからいいの。私は優くんの傍に居られればいいの。」


中々往生際が悪いですね……

ならば仕方がない。あれを使いましょう。


そう思いかすみはあるスイッチを押した。


すると、優馬の部屋から声が聞こえてきた。


「“お母さん、ちょっと今風邪で辛いから1人にさせて貰えないかな?”」


この声は確かに優馬のものだった。


これは予めかすみが優馬の母がここに居座ると予想して作って置いた撃退装置である。


優馬の声は、今日家を出る時に録音しておいたのだ。


「う……ぅ。わかった優くん。でも無理しちゃダメだからね。辛くなったいつでもお母さんに言うんだよ。」


優馬の母は立ち上がり、心配そうに何度も何度も何度も何度も振り返りながら歩いて行った。


よし……かすみはバレないようにガッツポーズをとったのだった。


優馬の母とかすみは1階に移動すると、丁度家のテレビが付いていた。


先に行っていた優馬の母は口を大きくあんぐりと開けて何故か放心状態だった。


「お母様?一体どうしたん──────っ!?」


かすみは優馬の母に近付きどうしたのか聞こうとした時、テレビの画面が目に入った。


それを見て、かすみも優馬の母と同様に口をあんぐりと開け放心状態になってしまったのだった。


なぜなら────


☆☆☆


同時刻──月の光高校では雫、葵、夜依の3人が昼休みに、集まり一緒に昼食を食べていた。


「……夜依。」

「なに、雫。」

「……優馬は本当に大丈夫なの?」


雫は心配そうに夜依に聞く。


「大丈夫だとは聞いているけど……優馬とは朝から1度も会っていないからどんな症状だとかまでは分からないわ。」

「……そう。」

「心配ですね…」


もちろん話の話題は優馬の事だ。

でも、いつもは続く会話も途切れ途切れで、声も少しだけ暗い。


今日優馬に会っていない3人を含め、学校のほぼ全ての女子生徒は優馬が休みだという事でいつもの活気は無くなり、空気が重く沈んでいた。

やはり皆、心配なのだ。


さらに、大地先輩も休みだと言う事でいつもより増して暗いのだ。


「あ、そろそろね。」


夜依はスマホ片手に言う。


「何がですか夜依さん。」


それが気になった葵は夜依に聞いてみる。


「最近話題のやつの放送がもうすぐ始まるのよ。」


そう言って夜依はスマホの画面を雫と葵に見せる。


画面の右上の端にはLIVEと表示された放送前の画面が映されていた。でも、何も映されてはいない。


「何ですかこれ?」

「……あぁ、最近話題のやつね。」


葵はその話題を知らないようだったが、雫は知っているようだ。


「雫の言う通りのものよ。それが今日なのよ。

……そろそろ始まるみたい。」


予定した時間になり、3人は夜依のすぐ側に近付き、スマホを覗き込む。


…数秒後、いきなり画面が変わり、彼女達がよく知る人物の顔がアップでスマホに表示されたのだ。


「「「え!?」」」


3人は驚き、肩を更に寄せ合いスマホ画面に見入る。髪型や服装はいつもと違うけど、確かに彼だったのだ。


「「「(……)なんで!!?」」」


3人は声を揃え叫んだ。


周りで雫達3人と同じようにして見ていた女子生徒達も驚きの声を次々と上げている。


なぜそんなことが起こっているか……って?

答えは簡単。そこに、あの優馬が映されていたのだ。


男会の初のテレビ放送が始まったのである。

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