第119話 茉優には悪い事をしたと思ってる…


な、な、なんで俺の目の前に男がいるんだ!?

俺は全く気づかなかった。

後ろから声は聞こえてはいたけど女と言っていたから俺の事だと認識していなかった。


「オイ、お前なんなんだよ。いい加減にしろよ。」


今にも胸ぐらを掴まれそうなぐらい近づかれ強く睨まれる。


あー、怖いな……

冷や汗をかきながら俺は必死に考える。この場をどう切り抜けるべきかと……


「あ、……すいません。全然気付きませんでした。」

「あ?お前舐めてんのか?オレは男だぞ!土下座しろや!!」


は?

なんで土下座に行き着くんだ?


「えっと……嫌です。」


俺はぼそっとだけどその男には確実に聞こえるように言った。


確かに俺はこの男の事を無視し続けた。悪いと思っている……だけど、土下座するまでも無い。1回謝ったんだから別にいいだろう。


「お前!オレの言うことが聞けないって言うのか?」

「はい。」

「オレはあの男なんだぞ?」


この金髪男は更に鋭く睨み付けてきた。


「はい。それで?」


女の子だったら土下座してしまうんだろうな……だけど生憎、俺は男だ。男というだけの理由で簡単に従う訳には行かない。


それに、こういう偉くもないのに男の力を最大限に使って来るやつは俺は嫌いだ。


「お、お前ッ、オレの───」

「──あの、話が長くなると思うので1回買い物をしてきていいですか?」


話は付き合ってやる。仕方がない。別に俺が男だと正体を明かしてやってもいい。だけどそうした場合、話が大きくなるのは明白だった。


そうなると結局人混みは更に大きくなり、どうせ買い物所ではなくなってしまうのだ。

そう予想した俺は早めに物を買っておこうと判断した。


「あ?ふざけん───」

「これください。」


どうせ否定されると思った俺は男が言い終える前に会計に商品を持って行った。


その時、大地先輩と空先輩のコップの2個を持って行ったと思ったはずが余分にもう一個持ってきていた。


今更返す訳にも行かないのでついでに買ってしまった。お金はギリギリ足りたけど……俺の今月のお小遣いが全て無くなってしまった。


まぁ、俺は買い食いとかしないし、お金にもあまり困らないからいい。それにこの余分に買ったコップも俺の好みのデザインなので自分で使えるし良しにしよう。


そんな事を俺が思っているのを傍らに、葵を含むこの場にいる全員は呆然としてその様子を眺めていたのであった。


☆☆☆


「お待たせしました。さぁ、さっきの話を進めて下さい。」


商品を買い終えた俺はもう今日の予定は無い。存分にこの男と話をする覚悟だ。


俺は敬語で話しかけた。


「お前なんなんだよ!ペース狂うなッ。」


金髪男は俺に頭を抱えていた。


まぁ、この男をかなり振り回したのは確かだ。


「そう言えばどうして、お……いや、私に声をかけたんですか?」


初めから気になっていた事だ。なんで、大勢の女の子がいる中で俺に声をかけてきたのか?それだけは俺にも分からなかった。


「あ?じゃあお前、顔見せろ。」

「え……っと、なんでですか?」


俺は頭に?を浮かべた。


「それがオレが話しかけた理由だ。」

「私の顔が見たかったんですか?」

「そうだよ。だから、さっさとマスクを取りやがれ。」


う、しょうがない……俺は渋々マスクを外し、その男に素顔をさらした。と言っても多少の簡単なメイクをしてるしウイッグの前髪で少しだけ顔を隠しているので俺が女装している男だとは分からない……はずだ。


少しドキドキしながら顔を見せた。


「中々いい女じゃねぇの?顔は良いが性格に難アリ……ってか。そういう意外性がある女、オレは嫌いじゃないぜ。」


顔の評価は…なんか好印象だったみたい。

だけど……この流れって………もしかして……


この男が次に口から出す言葉に身の危険を感じた俺は急いで隣にいた葵の手を掴み、走り出した。


「ごめんなさい……急な用事が出来ちゃいました、さようならー」

「お、オイ!オレの話はまだ途中だぞッ!」


男は大声で追いかけて来たけど、人混みの壁を上手く使って逃げた俺と葵に追いつく事など出来ず、俺と葵は逃げきれたのだった。


「はぁ、はぁはぁはぁ…」


息を切らしながら後ろを見る。

あの男はいないようだ。

でも……顔を見られた。今の俺は顔も声もほとんどが妹の茉優に似せている。もしかして俺……茉優に物凄く悪いことをしてしまった気がする…


……………後でこの余分に買ったコップを何も言わずにプレゼントしておこうっと。


☆☆☆


「おもしれぇ女。」


金城 煌輝こうきは、ぼそっと呟いた。


金城 煌輝は女という生物にうんざりしていた。なぜなら、自分が男だという事だけで、ちやほやし甘やかすからだ。自分の事を何も見ず聞かず、女達は勝手に評価をする……。そのため、煌輝は心底つまらない毎日を送っていた。


しかし、ついに限界が来たのか、まだ中学生の煌輝はグレた。まだ外に出ては行けない歳なのにも関わらず、国に無断で外に出て自分があの男であっても態度を一切変えず、本心で自分の全てを受け入れてくれる女を探していたのだ。それを見つけ自分の婚約者にすると決めていたのだ。


煌輝は1番人が来そうな、新しく出来たデパートに場所を絞り買い物がてら女を物色していたのだ。


そして、見つけた。初めはただ顔が良さげそうだったから声をかけただけだった、だが初めて男である自分の命令を何度も無視し、自分の前で自己中心的に振舞い、最後は突然逃げた。ここまで自分の事を振り回し翻弄した女は生まれて初めてだった。


煌輝はあの茉優(女装した優馬)と一緒にいたら自分の全てを本心で受け入れてくれると心の中で確信した。


煌輝は護衛の女にこう命令した。


「オレはあの女に興味を持った。早急にあの女の事を調べあげろ!」……と。


☆☆☆


「茉優……これ、今日デパートに行って買ってきたんだ。」

「これ!私にくれるの?」


俺は葵と別れ、女装からいつも通りの姿に着替え直すと、帰宅した。


そしてすぐに茉優の部屋に行きプレゼントを渡した。


茉優は俺の突然のプレゼントに若干驚いたようだったけど、すぐに受け取り、すごく嬉しかったのかプレゼントに何度も頬ずりをしたり、「えへへー」とだらしない声を出していた。


茉優……喜んでくれてよかった。

そして、ごめんな茉優。


何も知らない茉優には本当に悪い事をしたと思っている。妹を守るのが兄としての役目のはずなのに……逆に危険に晒してしまうかもしれない。こんなの兄失格だ。だから……茉優が危険に巻き込まれそうになったら俺が全力で守る。それだけは絶対にやると心に誓っている。


だから取り敢えず……

「ごめんな……茉優。」と言って茉優の頭を優しく撫でた。


「なんで謝るのお兄ちゃん?」

「……………ごめん。」

「なんで何も言わないのお兄ちゃん!?」

「……………ごめん。」

「謝っている理由を言ってくれないとわかんないよ。」

「……………ごめん。」


俺はただひたすらに茉優にしばらくの間、謝り続けた。

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