第108話 2ヶ月後
「んんっ………?」
富田十蔵は目を覚ました。
────ガシャッ
「………?」
手を動かしたはずなのにどうして金属音がするんだ?富田十蔵は疑問に思い自分の手を見てみる。
そこには富田十蔵のぶくぶくに太ったロールケーキのような腕を大きく覆うほどの特注であろう手錠が掛けられていたのだ。足には同じように足枷がついていた。
「ど、どういう事だ!?ボクにこんなことをしていい訳がないだろうッ!!!!」
富田十蔵はすぐに激怒した。
だが、その声は反響するだけだった。
混乱しながら富田十蔵は辺りを見渡すとそれはコンクリート四方の小さな部屋だった。扉はあるが窓などは一切ない。
トイレ以外何も無い殺風景な部屋だ。
状況を整理し、どうして自分がこんな変な場所にいるかを考える。そして富田十蔵はあの夜の事をを思い出した。
「神楽坂優馬ァァァァ!!あの野郎ッ高貴なボクの顔を殴りやがってェェッ!!!絶対に許さない許さないぞォォォォ!!!!」
大声で叫んだ。だがその声も反響するだけで何も特に起こらない。
「オイ!いい加減誰か来い!!反応しろよッ!!」
富田十蔵は喚き続けた。
そしてようやく放送のようなものが聞こえてきた。
「ガガガ………うるさい黙れ。53番。」
その声は女の声という事しか分からない。機械音のような気もする。だけど聞いていて気持ちいいとは感じない不快になる声だった。しかもノイズなようなものが所々あり聞こえずらかった。
「53番?何を言っているんだ?」
富田十蔵はキレながら言った。
「ガガガ……今日からお前の名前は53番なんだよ。しょうがないから説明をしてやるよ。」
放送の女は何故ボクがここに来る事になったのかを、ため息を一回して説明を開始した。
「ガガガ……お前は散々妻達を弄び、壊し、汚した。それにお前が無理やり生産させた麻薬は現代にかなりの打撃を与えた。これは犯罪だ。
だからお前はあの夜、警察に現行犯逮捕されそのままここに来たんだよ。ここは犯罪を冒したクズな男が来る刑務所……細かい名前は規則で言えないが…特別な刑務所だ。」
「な、ボクにそんな事をしていいのか!?ボクは男会の特別な地位に座ってるんだぞ!!そんなボクにこんな仕打ちをして男会が黙っていないはずだぞ。お前!今に見てろよ。絶対に後悔させてやるからな。」
額に汗を流しながら富田十蔵は言った。
「ガガガ……勝手に言ってろ。まず、最初に結論を言うが男会はもう53番、お前のことを見捨てているぞ。それを伝える文章が国に届いたそうだ。」
「は!?そんな、口からでまかせを言うな。」
これまで散々男会のためにと思い尽くして来たんだぞ!?そんな男会の中心人物であるボクが見捨てられる?何を言ってるんだ?この高貴なボクに暴言を吐き、罵ったんだそれ相応の報いをこのクソみたいな女に受けてもらうと心に決めた。
ただ、まずは男会を信じて待つしかない。いくら喚いても叫んでも無駄なのだ。
「ガガガ……今のお前にはその真偽を調べる術は無い。信じる信じないはお前に任せるがあまり強気になるのは後々後悔する事になるんだけだぞ?」
「うるさい黙れ!!お前はボクにどんなお仕置をされるのか怯えながら待っていればいいんだッ!!!!」
「ガガガ……そうだ……最後に言い忘れていた。男という貴重な存在はいくら大罪を犯したとしても決して死刑にはならない。」
放送の女は一切声色を変えず言った。富田十蔵の言った脅迫は何一つ効いていないようだ。
「ブヒヒッ!!いいこと聞いちゃったな。」
富田十蔵は心の奥底で自分が死刑になるのでは?と不安に思っていたのだ。このクソ女のおかげで大きな不安が1つ取り除かれた。
久しぶりの休日だと思ってのんびり1人で過ごすとするか……
今の富田十蔵にはポジティブに考えていたため気楽に寝転がり眠りについた。
数日が経った───
「苦痛だ……」
富田十蔵はやつれ、疲れきっていた。
ここはストレスがとてつもない場所だった。
食事は少なく不味い、パソコンなどの通信機器も一切使う事が出来ない。誰とも話すこと無く一日が終わる。あのクソ女の放送もあれっきりだ。いくら喚いても叫んでもうんともすんとも言わなくなった。
暇で暇で富田十蔵は相当メンタルに来ていた。
でも、そんな事よりもかなり厳しいものがあった。
「女ァ、女が欲しいッ………」
もう女を何日も抱いていない。誰でもいい。誰でもいいから女を……ボクに寄越して欲しいッ。
今の富田十蔵には男会や優馬の事は頭になどなく、ただただ女を求める獣と化していた……
「女ァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
☆☆☆
2ヶ月後……
夜依は病院に訪れていた。
顔見知りな看護師さんや自分の精密検査を担当してくれた医者に会釈をしながら病棟を進み、ある病室に入る。
その部屋は個室でそれなりに豪華な方の病室だ。優馬の男専用の超豪華な病室ほどではないけど…夜依的には充分豪華に見えた。
そんな病室のベットに全身が包帯に包まれた女性が寝ていた。
全身包帯の女性は包帯の僅かな隙間から見える目で夜依に気が付くとゆっくりと起き上がった。
カタカタカタ……
そしてすぐに枕元にあったノートパソコンを操作する。
打ち終わったのかその画面を見せてきた。そこには、
“夜依さん、おはよう!”
と、ノートパソコンには打ち込まれていた。
「おはようございます……………19番さん。」
夜依は気にせず返した。
この全身包帯の女性はあの日仮死状態から奇跡的に復活を遂げたあの19番さんだった。
19番さんは全身打撲やら骨折やらの超重症で病院に運ばれた時は最優先に治療が施された。
手術時間も数時間も行われ、何とか一命を取りとめた。
医者もここまでの傷で一命を取り留めることは奇跡としか言いようが無いと言うほどだった。
だが、19番さんは喉が潰されていてもう掠れた小さな声しか出す事が出来なくなってしまったそうだ。だからノートパソコンで文字を打ち込んで会話をしている。
19番さんが目を覚ましたのはつい最近らしく、本当に命の境を行き来していたと本人が言っていた。
夜依が19番さんのお見舞いに来たのはこれで2回目だ。1回目は優馬と一緒に行き2人で大泣きして喜んだ。
それから数週間が経ち、最近多忙だった夜依にようやく暇が出来たので2回目のお見舞いに来たという訳だ。
今日は1人で来た。その理由は優馬はまだ退院したばかりでゆっくりしていて欲しいし、19番さんだけに聞いて欲しい新たな報告もあるからだ。
“前から言いたがったんだけど私はもう19番じゃないよ”
「あぁ、すいません。……
寿さんの指摘に夜依は謝りながら名前を言った。
“苗字じゃなくて下の名前の方がいいな”
「わかりました……」
もう、寿さんは富田十蔵の妻なんかではない。もう、名前を番号にしなくてもいいんだ。
「
夜依はぎこちなく言った。まだ慣れないからだ。
“はい!!何かな?”
美波さんは嬉しそうだ。
“それで夜依さんは今どうしてるの?家の方は大丈夫なの?”
「はい、大丈夫です。私には優馬がいますから。」
“そっか……よかったよ”
「全部美波さんのおかげです。」
夜依は頭を下げて改めてお礼をした。
「それで、今日は聞いて欲しいことがあって来ました。」
“何かな?”
「私は──────────になりたいんです。」
夜依はこれから自分が目指していくものを美波さんに伝えた。
”そっか……いいと思うよ。うん…素晴らしい考えだよ“
美波さんは賞賛してくれた。
”所で話は変わるけど、今は神楽坂様の家に居候の身なんだよね?”
「は、はい。」
あの日優馬は言ってくれた。
「俺の家に来ないか?」と。
夜依は勿論了承した。帰る家も、もう捨てていたので必然的に優馬の家に居候の身として住むことになったのだ。
まだ、御母様と妹さんには嫌われ気味だけど、かすみさんという家政婦の人からは大変良くしてもらっている。
優馬も今は退院して家にいるのでずっと優馬と一緒にいられて嬉しい。
北桜家にいた時よりはすごく充実した時間を過ごしている。
“幸せそうで良かったよ”
夜依の充実した顔を見て美波さんは包帯で表情は伺えないけど……確かにお姉さんのように慈愛の笑みを浮かべているような気がした。
☆☆☆
豚野郎の妻達は家に帰った人やまだ入院している人がいる。入院している妻はまだいいけどそれ以外の妻は俺のせいで路頭に迷ってしまうということになる。
だから俺が知っている仕事を紹介させてもらった。
それは精子バンクで働く事だ。
精子バンクは男に適性がある人が主に働くのを許される。特別な仕事だ。豚野郎の妻だったという経歴があれば適性はあると判断され働くことが許可されるはずだ。
それにダメ押しで精子バンクで働く俺の元担当官だった小林さん。今や世紀の大発見をしてテレビにも引っ張りだこの有名人で下っ端から精子バンクの現課長にまでのし上がった人に俺が直接頼んでみた。
返答はOKだった。精子バンクは常に人の雇用が絶えない職業だからという理由でだ。ここでの仕事は大変だけど高収入でやりがいのある仕事だ。豚野郎の所で働くより数千倍はいいはずだろう。
まぁ、あくまで俺は仕事を紹介させて貰っただけだ、男が完全にトラウマなはずである妻達には厳しい仕事なのかもしれない………無理強いは決してしないし、返事も早くなくていい。ただゆっくりと考えて決めて欲しいと思っている。
即答して働くと言う妻や男とはもう関わりたくないと言って拒否する妻もいた。だけど、妻達の目はもう死んでおらず、希望に満ち溢れた良い目をしていた。
それだけで俺が今回したことに意味があったんだと思い嬉しくなった。
☆☆☆
「私……新しい夢を見つけたの…」
夜依は唐突に言った。
今俺と夜依は家の外のベンチに座り話していた所だ。俺はもう退院している。まだ、松葉杖が必須だけど後少しで足は完治の予定だ。
「ん、夢?」
俺は少し驚きながら聞く。
「私の前の夢は北桜家から自立することただそれだけだった。
だけど、それも優馬のおかげで叶った。優馬のおかげで真っ暗に曇っていた私の人生は明るく晴れ渡り、未来まで楽しみなものになった。だから、私は19番さん……いや、美波さんの様な極悪な男から傷付いた女性たちを支え、癒す医者になる。」
夜依の目には豪華な灯火がメラメラと燃えていた。
「いい夢じゃん。勿論俺は応援するよ。……未来の夫としてね。」
考えるまでも無い素晴らしい夢だ。
「ありがとう優馬。やっぱり……大好き……よ。」
少しだけ恥ずかしそうに言う夜依。それの夜依を見て可愛いなと思いながら俺も言葉を返す。
「俺もだよ!」
肩を寄せ合い、完全に二人の世界に入る俺と夜依。
あぁ、幸せだ。これからもこんな永遠に続けばいいなと望むくらい2度目の人生を謳歌して行きたいな。
☆☆☆
富田十蔵が男協力で、逮捕されたという大事件は男会の男達と国のお偉い人に知れ渡った。
これからは大組織“男会”が動き始める。その男会が優馬とどのようにして接触していくかはまだ分からないがどう考えてもいい方向には向かないだろう……
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