第107話 あれから
あれから数日が経った。
俺は病院のベットで寝ている。
右腕と左手そして右足は包帯でぐるぐる巻きの状態でほとんど動かせないようにがっちりと固定されている。
そのせいで俺は1歩も動くことが出来ない状態だけど……まぁ、それはしょうがない事だ。
なぜなら俺は現在進行形で大ケガを負っているのだから……
俺が意識を失ってからすぐに病院に緊急搬送されて治療が開始されたらしい。
右肩は拳銃が貫通していたことが逆に幸いで良かったのか手術をしなくてよかったらしい。だけどしばらく動かすことが出来ないほどの重症だ。
右足は骨にヒビが入っていたらしい。
拳銃を蹴るという行為はとっさの判断で思いついた事だったけどそれの代償だ。 甘んじて受け入れるけど、たかが拳銃ごときに自分の足が負けたと思い少しだけ悔しさもあった。
多分転生してからろくにボールを蹴っていなかったせいだ。復帰したらもっと鍛えないとな。
でも、そんなことよりももっと酷いケガがあった。それは左手だ。
小指と薬指の間を拳銃の弾がえぐりながら通り抜けて行った左手はその部分が深くえぐれすぎていて、重要な神経がやられたとかなんとかで、もう小指と薬指はほとんど動かせない状態だと医者に言われた。
俺も痛みも無いし感覚もないのでもう実感している。
でも、俺は後悔なんてしていない。あの時無理やり指を曲げて豚野郎を殴った時からそんな気はしていたからだ。だけどなんの迷いも躊躇いも無かった。だから、俺は後悔なんてするはずが無い。
このケガも夜依を救う為に負った勝利の勲章みたいな物と俺は思う事にしている。だから気にする必要なんかない。夜依にもそう言ったけど気にしている雰囲気はあった。
俺の利き手は右手で左手は利き手じゃないし、まだ小指と薬指なので日常生活にはあまり支障をきたすというのは無さそうだ。
まぁ、少しだけ不便かなと思うぐらいだ。
今回も皆に心配をかけてしまった。
俺が目を覚ますとお母さんと茉優、かすみさん、雫、葵、そして夜依がいた。
今回は前回や前々回とは違いかなりの重症だったので特に心配をかけてしまったらしい。
俺が目を覚ました時は皆泣いて喜んでくれた。
こんな大ケガをしてしばらく病院に入院する事になる……学校は夏休み中だからまだ何とかなるけど、夏休みのほとんどをこの病室で暮らさないと行けなくなったというのはかなりのショックだった。
夏休みといえば夏祭りとか流しそうめんだとか皆でプールや海に行ったりだとか色々なイベントがあったはずなのになぁ。
「はぁ……」
と、深いため息をする俺。
「どうしたんですか優馬君?」
声をかけてくれたのは同じ病院に入院している俺の彼女の葵だ。葵はまだ林間学校で負った足の骨折が完治しておらず、まだ入院生活を送っていた。
俺も葵と同じ日に入院して早く退院したはずなのになぁ……早々に戻ってくることになるとは思いもしなかった。
「いや、皆で夏休みを楽しみたかったなぁっと思ってさ。」
「そうですね!!私も優馬君と遊びたかったです。」
葵は嬉しそうに笑顔で言う。
「来年、行こうね。皆で。」
「はい!!」
葵のケガの完治はもう少しだそうで俺より先に退院できるとの事だ。葵はまだ松葉杖を着いてしか歩く事は出来ないそうだけど順調そうで良かった。
まぁ、俺は少しの間、憂鬱を味わう事になるけど最近忙しかったからたまにはのんびりと過ごすのも悪くないな……
そう思いながら俺は葵との世間話を楽しむのだった。
☆☆☆
「夜依!!戻ってきて!!私にはあなたが必要なの!!」
夜依は北桜家で母親に引き止められる。
夜依は優馬とは病院まで付き添そいしばらく入院をして、精密検査を受けた。そして優馬と19番さんのおかげで無傷だった夜依はすぐに退院したのだ。
夜依はずっと優馬の元に居たかったがそれも今は出来なさそうだったのでしょうがなく家に帰って来ていた。
それで戻ってすぐにこれだ。なんなんだこの親は……
夜依は呆れながら言葉を返す。
「なんで?私がこんな家のために?それに私が必要なのは富田十蔵に大金を支払った闇援助を私の証言で少しでも軽減させるためでしょ?」
「くっ……」
図星だったようで母親は苦しい声を出した。
今更母親面されてもこれまで1回も愛情を注がれなかった夜依にとって心に届くわけが無い。
富田十蔵が逮捕された事により私を富田十蔵に渡すために支払った大金が警察にバレた北桜家。そのせいで北桜家とこれまで関係を持っていた人達は次々に関係を絶っていった。
北桜家は娘を男と結婚させるために娘の意思関係なく、どんな最悪な男とも無理やり結婚させるのだというレッテルを世間から貼られてしまったのだ。
北桜家当主の叔父様はその事を母親から知らされてなかったようでその責任を全て母親に押し付けた。
そんな事をしても北桜家の没落は変わらない。それでも叔父様は許さなかったようだ。
私も母親との縁は切るつもりなのでざまぁみろとしか思わなかった。
全ての責任を押し付けられた母親の悪事は海外にいる夫にも伝わったらしく婚約破棄という話にもなっているらしい。
そのためここまで1度も夜依にお願いしたことも無いこの母親がここまでしつこく頼んできているのだ。
「た、たまには親孝行しなさいよ。」
夜依の母親はいつまで経っても夜依に強気だ。本当は切羽詰まっているはずなのにだ。そんな態度で私が絶対に首を縦に振るわけが無いのに何度も何度も頼んでくる。
「は?」
夜依はキレ気味に答えた。さすがに鬱陶しいと感じたからだ。
「……………だったら親孝行するに相応しい親になって欲しい。」
夜依はぼそっと言った。
「でも、戻らないとあなたには戻る家も迎えてくれる人もいないのよ!!あなたは必然的にここに戻ってくることになるのよ?」
高笑いしながら母親は喚いた。夜依が最終的にはここに戻ってくると確信している感じだ。
「その事ならもう大丈夫。私には快く迎えてくれる人がいるから。ここには永遠に戻ってくることは無いから。」
夜依はもうこの家には囚われない。この家から自立したのだ。
「なっ!?まさかあの神楽坂 優馬という男のせいね!!あの男さえいなければ富田十蔵も逮捕されることが無かった。あなたと会わなければ変な希望も持たされることもなかった。全部……全部あいつのせいだ。あいつのせいで私のこれからのバラ色の人生がめちゃくちゃになった。あいつさえいなければ……私の最愛な人から婚約破棄なんてされ無かったのに……」
母親は優馬の事を大声で罵った。これ以上何も聞きたくないと耳を閉ざしていた夜依にもそれははっきりと聞こえた。それを聞いて夜依は腸が煮えくり返った。
母親の胸ぐらを掴み壁に押し当てる。
「別に私の事は何を言ってもらって構わない。親不孝者だしね…。だけど、優馬の事を罵る事は絶対にこの私が許さない。」
私は母親を更に強く壁に押し当てる。母親がじたばたと暴れるが夜依の腕を払い除けるほどの力は無かった。
「ぐっ……離しなさい。これが親に対する態度なの!?」
そんな事を言うが夜依は全く気にしない。更に力を強めドスの効いた声で母親に言う。
「2度と私と優馬とそれに関わる人達の前に現れないと誓える?」
「な、母親である私を脅迫するつもり?」
「その通り。もし、私と優馬の事を邪魔したら私が思いつく事を全て実行してあなたを後悔させるつもりだからね。」
夜依は鋭く母親を睨んで脅迫した。
「ぐうっ………もう勝手にしなさい。」
夜依の本気の目に遂には母親も夜依の事を断念したのか急に大人しくなり夜依に従った。
「じゃあね。」
夜依は最後にそう言って母親を離しそこから立ち去った。もう2度会うことは無い最後の母親の姿があんな大人しくなった母親だと思うと少しだけ満足感もあった。
夜依は多少の荷物を持ち、北桜家からの仕切りを出た。
「──待て。」
夜依を呼び止める声で夜依は足を止めた。
振り向くとそこには叔父様が1人で立っていた。
「お、叔父様!?」
夜依は声を出して驚いた。
どうしてここに!?
「ムスメ………いや、夜依よ。前に悪い事を言ってすまなかったな。………どうかお前を救ったという男と幸せにな。」
叔父様は静かな声で言った。
夜依は一瞬、叔父様が普段なら絶対に言うはずの無い謝罪と応援の言葉に唖然としたがすぐに理解し、
「はい……」
と、返事をした。
夜依は涙ぐみながら北桜家を後にした。
ようやく北桜家という長年縛られていた呪縛から解放されたのだ。
夜依の表情は嬉しそうだがどことなく寂しさも含まれていた。
夜依はふと立ち止まり、北桜家の方を向き一礼した。“15年間ありがとうございました”という気持ちを込めて深く深く一礼した。
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