第106話 呪縛からの解放
俺は右肩を抑えながら膝を着く。さすがに無理をしすぎたようだ。血も思ったより多く流れて頭がぼーっとする。拳銃で撃たれた右肩と左手からの出血が止まらないからだ。
歯を食いしばって痛みに耐えるが正直キツい。
うっ……それにだ。
拳銃を蹴った足がビリビリと痺れている。
あんなに固いものを蹴ったんだ右足の骨が折れている可能性もあるな。
だけど……これで夜依を……19番さん達妻を豚野郎の呪縛から解放することができるッ!!!
「大丈夫!?優馬。」
夜依は俺のところにすぐに駆け寄って症状を見てくれた。俺は上着を痛みを我慢して脱ぎ、半袖のТシャツ姿になった。
「う…ん。大丈夫…だよ。……まだね。」
まだ意識を失う訳にはいかない。根性で後数分は耐えてみせる。
「今、止血するから。」
夜依は俺を床に座らせると、中々際どいメイド服を躊躇いもなく破って俺の肩と左手に巻いて止血してくれた。
夜依の真っ白な肌が顕になる。俺は少し視線をずらしなるべく見ないように心掛けた。
「ごめんなさい。今は……こんな汚い布しかなくて……」
「大丈夫だよ。ありがとう……」
俺は感謝をした。この応急処置のおかげで大分マシになった。後もう少しだけ意識を保っていられそうだ。
「そうだ…これを着て。汚いかもしれないけど……」
俺はさっき脱いだばかりの上着を夜依に渡した。
夜依も今の自分の格好がものすごく大変なことに気づき、胸を隠して後ろを向き、俺の上着を受け取りすぐにそれを着た。
「優馬……見た?」
「見てない……けど?」
「ならいいけど……」
耳をかなり赤く染め恥ずかしそうに夜依は言った。
俺はついでに着ていた防弾チョッキを外した。
これのおかげで命が助かったけど、もう必要ないからね。
「夜依、悪いんだけど俺のポケットから電話を取り出して…かすみさんと河野さんを呼んでくれないか?ちょっと今両手が上手く使えなくてさ……」
夜依は「わかった。」と言って、俺のポケットから携帯を取りだし電話をかけてくれた。
数分後……
「優馬様っ!!!」
かすみさんと河野さんが部屋に勢いよく入ってくる。
「かすみさん、河野さん。…終わりました。」
かすみさんと、河野さんは部屋の散乱具合、血の跡、そして白目を向き泡を吐いて気絶している豚野郎。そして俺のケガを見て、最後に夜依を見た。
「優馬様……救うことに成功したんですね。」
「はい……」
かすみさんも夜依の表情を見て夜依が無事だと分かり安心したようだ。
「神楽坂さん、すぐに病院に行きましょう!」
河野さんは焦りながら言った。かすみさんも頷いているので河野さんと同じ意見のようだ。
「まだ……ですよ。」
「?」
予想外の俺の返事に2人を含め夜依までが頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「俺は…まだここでやるべき事が残っているからですよ……」
俺は夜依に支えてもらいながらゆっくりと立ち上がった。
「河野さん…取り敢えず今の現状を教えてください。」
「わ、分かりました。神楽坂さんの貰った情報を頼りに地下を捜索しました。それで……地下室を発見し突入したのですが薬物らしきもの、証拠になりうるものはすべて焼き払われていました。」
やはり豚野郎は証拠隠滅をしていたか……まぁ、でも夜依の持つ証拠と、俺への殺人未遂で問題なく逮捕できるからいいだろう。
「富田十蔵の妻達はほぼ発見、保護しました。薬物中毒者の妻はすぐに薬物専門の病院へ、心に傷をもつ妻は精神病院へ、ケガをしている妻は近くの病院へ移送します。数人大ケガの妻もいましたが命に別状はないそうです。」
「ほぼ?…全員見つかって…無いんですか?」
俺はさりげなく言った事に疑問を持った。
「はい、まだ見つかって無い妻が数名います……」
「そうだ………1──」
「──た、大変です!!」
夜依な何かを言おうとしていた時に、警察官の人がかなり焦った様子で部屋に入って来た。
その警察の人の声で夜依の声は掻き消された。
「どうしたの?」
河野さんは冷静に警察の人に問いただした。
「ち、地下で遺体が発見されました!!!」
「遺体!?」
俺は声を出して驚いた。
「あぁ……19番さん……」
「1……9番さん!?」
へ?そ、そんな……19番さんが!?
「取り敢えず行ってみましょう。富田十蔵は他の警察官に任せましょう。」
俺と夜依は無言で頷き、地下に向かう。
足が痛くまともに歩けなかった俺を夜依がしっかりと支えてくれ、それを頼りに歩いた。
☆☆☆
ポタポタと傷口から滴り落ちる血液。
夜依が止血してくれたと言っても完全に止血した訳では無い。
俺が意識を保っていられる時間は残り少ない。
息も上がった状態から戻ろうともしないし、頭がぼーとしてくる。
地下は肌寒く、血の匂いがプンプンと漂っている。それに少しだけ焦げ臭い。この焦げ臭いのは豚野郎が薬物は焼いたせいだろう。
でも、なんだろう。1歩、歩く事に足が重くなるというのか……先に進むのを躊躇ってしまう感覚になる。
多分俺は怖いのだろう。19番さんの遺体を見たくないのだろう。それでも進まなければならない。
俺の事を支えている夜依が小刻みに震え始めた。顔を見ると少し薄暗いこの場所でも分かるくらいあおい表情をしている。
「夜依……大丈夫?」
「大丈夫……」
夜依は小さな声で言った。
夜依も俺と同じなのだろう。
そこから少し歩き、お仕置部屋みたいな所まで来た。
ここは血の臭いと死臭が混ざったなんとも不快な臭いが染み付いていた。
更にここは地下深いということもあってさっきよりも薄暗く視界が悪い。
こんな所にいるだけでも恐ろしいというのに……なんで豚野郎はお仕置なんて酷い事ができたのだろう?俺にはさっぱり分からない。
まず価値観が根本的にこの世界の男と俺は違うのだろう。大地先輩のような例外もいるにはいるけどこの世界のほとんどの男は豚野郎のように女性を圧倒的に下に見ているやつが多い。
「こちらの方です。」
警察官の人に案内され、たどり着いたのは血の臭い特に酷い場所だった。
警察官の人達が何かを取り囲んでいるのがうっすらとだが見えた。
「…ッ!」
脚が見えた。
裸足だ。だけど………一切動こうとはしない。
俺は数歩更に近づきその人を見た。
ボロボロで血だらけな顔で原型なんて留めているはずがない。体も至る所がアザだらけ。裸だけど、白い肌なんて一切ない。出血もかなり多い。
一見誰が誰だか分かるわけが無い。だけど俺は分かってしまった…
「19番…さんッ!」
俺は叫んでいた。
夜依も涙を流す。
「どうして………だよ。」
俺は唇を噛み締める。
どうしてこうなった?なんで19番さんが……
「19番さんは私の事を助けるために自らを犠牲にしてまで守ってくれたの……」
夜依はすっと19番さんの手を握る。俺も少し遅れて逆の手を握った。
19番さんのおかげで豚野郎の情報を知ることができ、夜依も救うことができた。妻達も呪縛から解放することが出来た。
感謝してもしきれないほど、この人にはお世話になった。辛いことも悲しいことも沢山あったと思う。心も何度も粉々に砕かれただろう。だけど19番さんは決して諦めなかった。
その覚悟、決意は尊敬に値するものだった。
「ありがとう……19番さん。あなたのおかげで…終わすことが出来ました。」
豚野郎が行っていた負の連鎖をついに断ち切ることが出来た。
その功績は19番さんの物だ。
「ありがとうございます19番さん。」
夜依も感謝の言葉を19番さんに伝えた。
「さぁ、行きましょう。後は警察に任せてください。神楽坂さんはすぐに病院へ……」
河野さんが言っている最中だった、
────────────ぎゅっ
「!?」
ただの気のせいかもしれない……偶然が重なって19番さんの手が動いただけかもしれない。だけど、微かに……でも確かに……一瞬だけ19番さんの手が動いたのだ!!
「19番さん!?」
夜依もそれを感じたらしい。俺と夜依は顔を見合せ、確信した……
☆☆☆
俺は外に出た。
外はもう夜が明け、朝日が豚野郎の屋敷に降り注いでいた。
外には大勢の妻達が集められていて、警察官の人達に事情の説明を求めていた。
俺の事には誰一人気づいていないようだ。
「よし、俺のここでの最後の仕事だな……」
俺は気合を入れ、大きく息を吸った。
「皆さん聞いてください!!」
ザワザワとしていたその場が俺の大声で一気に静かになった。全員の視線を俺に集めることが出来た。
「俺の名前は神楽坂 優馬。男です……」
「「「「!?!?」」」」
俺がいきなり前に出てきて男だと主張し驚く妻。男だと聞いて豚野郎の事を思い出し震え上がる妻。男という存在を豚野郎しか知らない妻は強く憎む目で見る妻もいた。
俺は気にせずに話を続けた。
「あなた達はもう、ぶ……いや、富田十蔵の妻なんかではありません。これまで散々辱めを受け、苦しめられてきた地獄のような生活はもうしなくていいんです。あなた達はもう自由です!!!」
俺が最後の力を振り絞って言い切った。
俺が言った途端。
今までキツく縛り上げられていた妻達の心の呪縛が解けたのか全員が崩れ落ちて大声で泣きながら歓喜した。
目が死んでいた妻達に生気が宿った。
俺はこれを言うためにずっと耐えてきた。
妻達は豚野郎が逮捕されたと言ってもこれまで縛られていた呪縛で警察官が何度説明したとしても信じる事が出来ないだろう。だけど、ここで俺の出番だ。男の俺が話せば説得力が違う。きっと信じて安心してくれると思った。
俺の予想は見事的中した。
俺は歓喜する妻達を見ながらほっとため息をついた。
俺の仕事はこれで終わりだ。
俺は妻達から少し離れた所に移動した。
「じゃ……じゃあ後は……よろしくお願いします。」
俺は意識を途切れ途切れになりながら近くにいたかすみさんに言った。
「分かりました。」
静かに返事をしたかすみさんは最後に「よく頑張りましたね。」と褒めてくれた。
俺はすぅーと肩の力が抜けた気がした。
うっ………
肩の力が抜けると一気に疲労が体全体を周り、力が抜け倒れそうになる。
「…っと。危ない。」
夜依がすかさず受け止め、地面に寝かせてくれる。
今は膝枕という状態だ。……かなり幸せだ。
「…ごめん夜依。…助かった。」
「無理しすぎよ。でも助けに来てくれた時あんなに嬉しいなんて生まれ初めてだった。この恋という感情も自分には無縁なものだと勝手に決めつけていたけど、やっぱり……私はあなたの事が大好きなのね。ありがとう……」
夜依は最高の笑顔で言った。夜依の初めて見るの笑顔と朝日が重なり夜依の美しさが一層極まった。その状態で夜依は唇を優馬の唇にすっと落とした……
「んっ……!?……………っ。」
夜依が顔を上げると俺の顔は真っ赤っかに火照っているようだ。は、恥ずかしい……な。自分からするのはあんまり恥ずかしいとは思わなかったけど突然、なんの準備も無しにされたキスは俺にとって恥ずかしさの極みだった。
「さ、さすがに突然すぎるよ……心の準備ってものがあるんじゃないかな?」
「いいじゃない。私はこれまで散々我慢してきたのだから。これからは積極的にさせてもらうから覚悟しておいてね。」
「う……うん。」
夜依とのキスで完全に夜依のペースだけどまぁ…いいか。
まだ話たい事は山ほどあるけど……まずは……
「じゃあ……俺はそろそろ休もうかな……」
「お疲れ様。」
「うん………」
夜依は俺の頭を優しく撫で続けてくれた。
まだ……やらなければならない事もあるけど今は……ちょっとだけ…休憩だ。
そう思い俺は安心して瞼を閉じ、意識を暗闇へ落とした。
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