第105話 奪還


「優馬、優馬ぁ!」


夜依は俺に抱きついてくる。

今まで冷静沈着な夜依しか俺は見た事が無かったため少しだけ驚く。夜依の冷静沈着さを崩すほどここは恐ろしかったのだろう。


俺は優しく夜依の頭を撫でて落ち着かせる。


「もう安心してね。大丈夫だから。」

「うん……。」


俺は夜依と会えた事が嬉しくて心の中で幸福感に包まれていると、豚野郎が野次を飛ばしてきた。


「おいおい!人を吹っ飛ばしておいて放ったらかしってなんなのかな?立ち上がるのは結構疲れるんだよ。」


家具を上手く使い重い体をゆっくりと起こす豚野郎。

俺の蹴りのダメージは腹の脂肪で防がれてあまり無さそうだ。


「ボクは今大変怒っている。この高貴なボクが蹴られるって、いくら男の神楽坂くんでも許せないぞ。」

「別に許してもらわなくて結構だ。」


俺はすっと言う。


「はぁ、どういう教育を受けたら歳上、しかも男にそんな態度をとるんだい?同じ男として恥だよ。」


あまりにも適当な返事に豚野郎は更に顔を赤くさせ怒る。


「俺は普通の教育を受けた。お前と違ってな。お前の方こそどんな教育を受けたらそんなクソみたいな性格になるんだ?俺にはちっとも分からないよ。」

「前々からキミはこれまでの会ってきた男とは違って個性的だと思っていたけどやっぱりおかしいよ。どういう思考回路をしているんだい?」


俺の煽りで豚野郎は声を荒げる。


「チッ。」


俺は豚野郎に聞こえるくらい大きな舌打ちをした。

この男の話を聞いているとやっぱりイラつく。


「それで今日はこんな真夜中に何の用だい?キミ

一人ってわけじゃ無さそうだしね?」


豚野郎は下の階の方を見て言った。俺の他にも仲間がいるということに豚野郎は気づいたのだろう。

だけどどうしてだ普通は慌てふためくはずだろう!?自分が追い詰められていることにも気づくことが出来ないバカなのか?


「今日、お前の様々な悪行が世間に口外され、お前は終わるんだ。さっさと諦めて逮捕されろ。」

「ブヒヒッ。ボクが逮捕?そんなのあるわけないじゃないか。」


豚野郎は大声で笑った。


「は?何言ってんだ今頃警察の人達が証拠を探しているんだぞ?」


もう既に証拠を探し出しているころかもしれない。

その証拠を使えばいくら男であっても関係ない。即逮捕だ。


「何を言ってるんだい?ボクは何にも悪い事をしてないのにさ。」


豚野郎はとぼけたように言った。


は?絶望して頭がおかしくなったのか?

いや……違う。もしかして……


「お、お前証拠を……」


証拠を隠滅したのか!?だからそんなに余裕をこいているのか?


「ボクは何にも知らないよ。」


ニタニタと不気味で気持ちの悪い表情を豚野郎は浮かべながら言ってきた。


「なんで!?そんなはずは………」


夜依も口を開けて驚いている。


でも、なんでだ。俺達が来るのを初めから見越していないと証拠隠滅なんて出来ないはずだ。


じゃあ豚野郎に誰かが情報を教えたって言うのか?

そんなわけない。だってそんな事をして何になるというのだ。


「いやー、助かったよ25番。キミと19番のおかげで命拾いしたよ。」

「え?」


俺は後ろで震える夜依の事を見る。


「や……夜依?」

「ち、違う。私と19番さんは言ってない。あの男が盗聴器を部屋の至る所に仕掛けていたの。それを盗聴されたの。」


夜依は必死で俺に説明する。


「そう見え見えの嘘はやめようよ。キミからボクに直接言ってきたことだろう。ボクのせいにするのはやめてくれるかな?それにもうボクの物になったんだから主人のために動いたんじゃないの?」


豚野郎は夜依に問いただした。


「ち、違う。わ、私は……」


夜依は泣きそうになっている。


「はぁ……おい豚野郎。もう黙れよ。これ以上夜依を苦しめるな。」


俺はため息をして言った。


俺を惑わせようとしたのだろう。そんなのはっきり言って無駄だ。夜依が俺の事を裏切るわけが無いと確信してるからだ。もちろん19番さんだって同じだ。


無駄に悪知恵を使ってくる豚野郎に俺は更に怒りが増す。

拳を強く握りしめ今にでも飛び掛りそうになる。


「ぶ、ぶ、ぶ、豚野郎だって!?」


豚野郎と聞いて豚野郎の顔はみるみる鬼の形相になっていく。


「もう、怒ったよ。キミ……いや、お前は絶対に許さない神楽坂 優馬!!!!」


豚野郎は、罵声をあげた後、おもむろに歩きだしそこら辺にある家具から何かを取り出した。そしてそれを持ちながら俺に向けて構えた。


何か……ヤバいッ!!


部屋は薄暗くて何を持っいるかはよく分からない。だけど、直感で危険を悟った俺は瞬時に後ろにいる夜依を遠くへ突き飛ばした。


直感でヤバいと分かっていたとしても自分の事なんかより夜依の方を先に心配をしてしまった。自分の心配なんて二の次だった。

気づいた時にはもう体が動いていたのだ。


「え…?」


夜依は何が起こったのか分からなかった。突然、優馬に突き飛ばされたのでその驚きの声をあげた。


その数秒後、

─────ドン!ドンッ!ドンッッ!!!


3つの銃撃音が部屋に響いた。


「かはっ、」


一体、何が……起こった?右胸、右肩、後……左手か?その3つの部分が焼けるように痛い。


「優馬っ!!!」


夜依が俺の事を呼ぶ。

あれ……でも夜依の声が遠い。近くにいるのに。俺の耳がおかしくなったのか?


「ブヒヒッ!!ボクを怒らせるのが悪いんだよ。ボクの神聖な家に土足で不法侵入したんだ。当然の報いさ。」


俺は豚野郎の事を見る。その手には金色の拳銃が握られていてバレルからは白い硝煙が出ていた。


豚野郎は拳銃を俺に向けて3発撃ったのだ。銃弾はすべて俺に被弾した。こんな至近距離で外れることの方がおかしい。


俺はよろめきながら夜依の方を見て無事を確認する。夜依には被弾しておらず、本当に良かったと心の中で思う。


「くっ………」


激痛の所を抑えながら被弾した位置を確認する。

1発は、安全のためにと着ていた防弾チョッキの所に当たり致命傷では無いがそれなりの衝撃が内部に響いた。

だが、残りの2発は防弾チョッキを付けていない右肩と左手に被弾した。

右肩もう動かない。傷口からはかなりの出血をしている。

左手は小指と薬指の間を深く抉るように拳銃が通過していた。そこからも出血は酷い。


防弾チョッキ……着ておいて本当に良かった。もし着ていなかったら1発目でアウトだった。


もう右手は使い物にならない。だけど左手はまだ使える。


優馬はふらつき倒れそうになるのを根性でぐっと堪える。


痛い……………痛すぎる…………だけど……まだ倒れる訳にはいかないんだ。俺が倒れたら夜依はどうなる?そんなの考えたくもない。男には絶対に引けない時があるのだ。


俺は豚野郎を強く睨む。


「どうしてだ?何で倒れない。」


動揺した豚野郎はその時、完全に油断していた。銃弾を3発も撃ちその全てを食らってもなお立っているのはおかしい事だからだ。そんな豚野郎の動揺を俺は見逃さなかった。


「くっ───」


俺はもうほんの少ししか動かない小指と薬指を無理やり曲げて拳を作った。

そして豚野郎との距離を1歩で詰め、左手で顔面を本気で殴った。


────ボガッッ!!!!!


大きな音が部屋に響き、後から左手には嫌な感覚が来た。


「あ……れ?」


……さっきまで激痛だった小指と薬指の感覚がいつの間にか消えて、楽になった。


「ぐへっ……」


豚野郎は声を上げて倒れる。倒れた時に拳銃を落とし俺の足元まで転がって来た。


「ぐっ……神楽坂……お前何してくれるんだ。ボクの……ボクの顔を殴るなんてッ。ひっ、血だ。お前ボクに血を流させたな。高貴なボクの血は貴重なんだよ。お前にその価値が分かるのか!?ボクは絶対に許さない。」


豚野郎は鼻血を流しながらよろよろと立ち上がった。


「お前たちはもう終わりだ!!!ボクには男会という大きな大きなバッグが着いているんだぞ!!!それにボクの悪事の証拠だってない。お前たちの人生は終わったんだよ!!!」

「…終わっ───」

「──終わってない!!私と優馬の人生はこれから始まるんだから!!!!!!」


俺が言うより先に夜依が言った。

夜依の言ってくれた言葉はすごく嬉しかった。さっきまで泣きじゃくっていた夜依の姿はどこにもなくいつもの冷静沈着さを取り戻し、更に覚悟を決めた夜依がそこにはいた。


「25番?何を言ってるんだ?証拠が無いって言っているだろ?」


豚野郎は夜依の事を小馬鹿にする。


「証拠?証拠ならある。19番さんが託してくれた証拠が。」


そう言って夜依はポケットからグシャグシャに丸められた紙を取り出した。

その紙を開いて夜依は見せた。


その紙を見ると最近の薬物の売買の記録などが事細かに書かれていた。それに豚野郎のサインもあった。


夜依が出した紙は完璧な証拠だった。


「な、何でそれを25番が持ってるんだ!?証拠は何一つ持って無いんじゃなかったのか?クソっ19番の野郎。ボクの事を騙しやがったな。」


豚野郎は怒鳴りながら夜依に向かって走る。


「まあ、別にいいさ。今すぐ取り上げてしまえば、その証拠は無かったことに出来るのだからね。神楽坂 優馬は既に満身創痍の状態。ボクの勝ちだよ!ブヒヒッ。」


豚野郎は豚のように笑いながら真っ直ぐに夜依に突進する。その姿はやはり豚野郎と呼ぶに相応しいほど豚だった。


俺は夜依を守ろうとして豚野郎と夜依の対角線上に立とうとしたが、


「ぐゥっ…………ッッ。」


銃弾を受けた部分の痛みが増し、動くことが出来なかった。


豚野郎の言った通り俺は今満身創痍の状態だ。

だけど………それがどうしたって言うんだ。まだ俺は倒れていないぞ。後ろを見せ意識を夜依にしか集中させていない今がチャンスなんじゃないか?


血が抜けた影響なのか冷静に考えられた。


「さぁ、書類を渡せ。早く渡せばお仕置5回ぐらいで許してあげなくも無いんだよ?」


俺に邪魔されることなく夜依の元にたどり着いた豚野郎は夜依に最後のチャンスを与えたようだ。


「嫌!これだけは絶対に渡せない。19番さんに託された物だから。」

「いいから……さっさと寄越せよ。ボクの命令は絶対なんだよォォォォ!!!この男に使える為だけに生まれてきた下等種族の女の分際で、ボクに逆らうなァァァァ!!!!!!!」


豚野郎は夜依に殴りかかろうとする。

ロールケーキみたいな太い腕を上に掲げ、振り下ろそうとする。


「ッ!!!!」


それを見た俺は痛みなんてどうでも良くなった。


俺は悲鳴をあげまくっている体を無理やり動かし、足元にあった拳銃を拾った。


俺は生まれて初めて拳銃を触った。そんな俺が使い方を知るわけが無い。

構え方も標準の合わせ方など全く出来ない。


それに利き腕の右手は今使えない。左手もいま小指と薬指は使えない。そんな状態で拳銃なんて使えるわけが無かった。


勘で撃ってみるというのも頭に浮かんだ。


でもすぐに、夜依に当ててしまったら………と嫌なことを想像させやめた。


……じゃあどうすればいい?

俺は一瞬の刹那に頭を今までで1番回転させどうすればいいかと、この危機的状況を打破するすべを考えた。


そして、あることを思いついた。


だったら、いい方法があるじゃないか。俺が得意とするやつが……


俺は拳銃を置き去りにするように空中に捨てた。


そして流れるような動きで左足で踏ん張り、右足で拳銃を蹴った。

拳銃は固くサッカーボールのように丸くは無い。だけどこれまで培って来たサッカーの経験、感覚を俺は信じた。


「いけぇぇぇぇ!!!」


───バンッ!!


銃撃音のような音と共に俺の足から拳銃は高速回転しながら発射された。


拳銃は高速に弧を描きながら進み、狂いなく豚野郎の後頭部に直撃した。


「ブ、ブヒッィィ!?」


予想外の攻撃に豚野郎は体制を崩し、夜依に手が届く前に倒れた。


「サッカー部……………いや、サッカー部マネージャー………なめんなよ。」


俺は言ってやった。


後は……これで……


俺は豚野郎にゆっくりと近づき懐からスタンガンを取り出した。


そしたスタンガンの出力をMAXに引き上げた。


バチチッ──と火花を散らすスタンガン。

これを使えば確実に豚野郎は気絶する。こいつさえ封じてしまえばこっちの勝ちだろう。


「ぐっ、神楽坂くんどうしてだね?25番は君のものなのか?いや違うね。ボクが先にみつけてずっと様子を見守ってきていた子なんだよ。早い者勝ちというだろう。」


頭を痛そうに抱えながら豚野郎は必死になって言った。


「確かにお前は夜依の事を昔から知ってるかもしれない。だけどお前は夜依の事を全然知らないんだな。」

「キミだって全然知らないだろう!?たった数ヶ月の付き合いじゃないか。」

「まぁ、そうだな。だけどな俺はこれから夜依の事を知っていくんだ。私利私欲の為に妻を大勢作るが妻達の事を何1つ知ろうとしない。しかも妻達の人生をメチャクチャにする豚野郎のお前にはこの感情は何一つわからないだろうけどな。」

「ぐっ、な、な、なら金はどうだい?ボクはこう見えて大金持ちでね。キミのような年頃は沢山金が欲しいはずだろう。キミの望む金額を用意しよう。だからボクの事を見逃すんだ。いい条件じゃないかね?」

「…それってお前が稼いだわけじゃないだろ。」


稼いだのは妻達だ。決してお前のものじゃない。


「じゃあ?女か?キミの婚約者なんかより数倍良質な女を用意するよ。これでどうだろう?」

「…は?」

「な、な、な、なら──」

「──お前はもう喋んな豚野郎が……」

「待っ──」


バチッバチチチッッ!!!


これ以上、何がなんでも俺から逃れようと必死に口を動かす、豚野郎の醜い顔を見たくなかった。俺は躊躇なく首元にスタンガンを強く押し当て電流を流した。


「ブビィィィ…………」


豚野郎は白目を向きアワを吐きながら気絶した。

最後の最後まで俺の気分を害する豚野郎だったな。


「はぁ、はぁ、はぁ………終わった。終わったんだ。やっと、これで救えるよ。夜依も19番さんも他の妻達も…」


よろめきながら俺は言った。

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