第98話 先輩妻


夜依は車から降りた。


「すご……」


夜依は思わず声を出した。


それほどまでにあの男の家はかなりの豪邸だった。流石、男と言ったところだ。


綺麗で豪華で広大な庭、何に使われているか分からないけど工場みたいなところ、そしてそこに建つ豪邸。そのどれもが夜依には見た事のないほどの大きさで驚いた。


ここに……あの男がいるんだな。そう思うと少し身震いする。だけど私には優馬がいるんだ。そう思うと少しだけ身震いが緩和される。


優馬の告白は夜依にとってとても、とても大きな支えとなっていた。


「行きますよ25番さん。」

「あ……はい。」


14番という人に呼ばれ夜依はついて行った。あいからわずこの人の目は霞んで死んでいる。


自分の事を番号で呼ばれるのは嫌だった。どうしてそんなふうに呼ぶのだろう……


疑問に思いながら夜依は14番という人の後に続く。

数分歩いた。

それなのにまだ目的の場所につかないらしい。


豪邸に入り、階段を登り、廊下を歩く。


この家はかなり入り組んだ様に作られていて、とても迷いやすい。それに鍵付きの部屋や鉄のドアが付い部屋が至る所にあった。


ときどきすれ違う女の人の全ては、目が14番という人と同じで霞んで死んでいた。それに目のクマがすごい人やかなり痩せこけた人、やつれている人、頭が逝ってしまっているのか奇声を上げたりしている人などがいた。

それにこの人達と夜依がすれ違う時、哀れみの目を向けられた。


やっぱりここは何か恐ろしいところだと肌でひしひしと感じた。


不安に思いながら進み、この家の最上階と思われる場所に着いた。


「ここは十蔵様がいます。粗相のないようにお願いしますね。」

「はい……わかりました。」


そう言って14番という人はそそくさと去っていった。


ここにあの男がいるのか……ここにずっと居てもしょうがない。行くしかない。


そう決意して夜依はドアを開け、部屋の中に入った。


「やぁ夜依ちゃん。イヤ……ここでは25番だね。25番ようこそボクの豪邸へ。どうだい素晴らしいだろう。」


その部屋はほとんどが金色に光り輝く部屋だった。そして金色のソファに腰をかける金色の装飾などが施されたブカブカの服を着た富田十蔵がいた。ギョロりと夜依を見つめ回しながら話しかけてくる。その視線に全身に寒気が走るが夜依は必死に耐える。


富田十蔵は昔に見た時よりかなり老けていて、太っている。それに体臭が酷くなっていて呼吸音も明らかに大きい。


「はい。」


夜依は愛想笑いで返す。鼻を抑えたくなるのを必死に堪えながら話を聞く。


「今日からここに住むわけだけどね。少しこの家のルールを説明するよ。」


富田十蔵は勝手に話し始めた。


「まず、ボクの事は様付で呼ぶこと。ボクの命令には絶対に従うこと。ボクの命令に口出ししないこと。ボクの事を常に考えて行動すること。それと、名前を番号にすること。妻同士で呼び合う時もだよ。まぁもっと色々とあるけどまずはこんなものかな。」


なんという理不尽で私利私欲を優先したルールなのだろう。夜依は呆れた。


「その……なぜ名前を番号にするんですか?」

「はぁ、ボクに口出ししないって今さっき言ったばかりじゃないか。まぁいいや。キミはボクが昔から欲しがってたお気に入りの子だからね。多少の粗相は見逃すことにするよ。それで、キミの質問に答えるけどね。はっきり言ってこんなに妻がいて名前なんていちいち覚えてる暇なんてボクにはないんだよね。」


富田十蔵はブヒブヒと笑いながら答えた。


「………………」


だから……番号で呼ぶ……と?

何だこの男ははっきり言って最低だ。自分の妻達をなんだと思っているのだろう。


酷すぎて夜依は何も言えなかった。いや、唖然としていた…という方が相応しいだろう。


夜依は拳をぐっと握り、口出しするのを抑えた。いまあの男を怒らせたりでもしたら自分がどうなるか分からなかったからだ。今は取り敢えず我慢だ。


我慢は得意だったので行けるはずだ。頑張れ私。

そう夜依は自分を鼓舞し続ける。


「まぁ、まずこの家での仕事を教えてもらうといい。慣れないこともあるけど先輩妻に教えてもらうといいよ。結婚式まで少しだけ日にちはあるけど、まぁ取り敢えずようこそ25番。ボクは歓迎するよ!」

「…………………ありがとうございます。」


どこも嬉しくない。歓迎もして欲しくない。


無表情で言って夜依は富田十蔵の部屋から出ようとした。


「あ、待つんだ25番。」


富田十蔵に呼び止められた。

何か自分が粗相を仕出かしたのかと思い不安に思う。


「言い忘れていたけどもしボクのルールを破ったり、変な事を考えてボクを陥れようなんてしたらボクが直々にお仕置をするからね。そういうのをよく考えて行動するんだよ。」

「……………………はい、わかりました。」


これは釘を指したのだろう。そのお仕置というものは分からないけど恐ろしいものだというのは分かる。気を付けなければならないと思った。


夜依は富田十蔵の部屋から出た。


「ふぅ……」


なんとか怒りを抑えて部屋を出ることが出来たので夜依はホットため息をだした。


「どうも。私は19番です。」

「!?」


いつの間にか目の前にいたその人は言った。


夜依はホットして油断していたところに急にその人が現れたので驚いた。


この人が先輩妻?なのだろうか。この人は確かに目が死んでいるけど他の人よりはまだマシというか少し明るい表情をしていた。


この人だけ特別なのかな?


その人は白いカチューシャをつけ、コスプレとかでよく見るメイド姿だった。そういえばすれ違った女の人達もこの人と同じようなメイド姿だった。


「私は……や………25……番です。」


自分の名前を言おうとしたが富田十蔵の言ったルールを思い出し番号で言った。


もし、この人から密告をされる可能性もあると考えたからだ。


「まず、服装を着替えましょう。まずこれに着替えてください。」

「はい。」


夜依は19番という人からメイド服を渡される。


「もしかしてこれを着るの……?」


その服を見てつい愚痴を言ってしまった。


「この家ではこれが正装なんです。十蔵様の趣味の1つなので。」


19番という人はため息混じりで言う。


やっぱりそうか…………最悪だ。


「更衣室まで案内します。」


そう言って更衣室まで案内してくれるという。

夜依と19番さんが移動をしているその途中、


「ところであなた、北桜 夜依さんですよね?」


コソッと19番という人は言ってきた。


「な、なんで私の名を?」


誰にも本名は名乗ってないはずだ。それにこの人はルールを破っている。別に密告するつもりはさらさら無いけど。


さっきから番号でしか呼ばれていなかったので急に名前で呼ばれ夜依は少し驚いた。


「神楽坂様とは1度だけ会って話をしたことがあるんです。」

「そうなんですか……」


ここで優馬の名前が出てくるとは思わなかった。


「私は夜依さんの味方です。神楽坂様が救いに来てくれるまで協力して頑張りましょう。」

「はい。」


優馬が関わっているのなら大丈夫だと思うのでこの人は信用できる人だと思った。

ここでは完全な孤独だと覚悟していた夜依だったが心強い人ができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る