第97話 相思相愛の関係


「夜依!待って、その車には乗っちゃダメだ!」


俺は大声で叫んだ。


そう、あの車は豚野郎の奥さん達が運転する車だったのだ。19番さんが俺をパーティに迎えに来たものと同じ車種を運転していたためすぐにわかった。

その車に乗るということは今から豚野郎の所に行くということ。つまり、夜依を救うことが非常に難しくなるという事だった。それに夜依が汚されてしまう確率も格段に跳ね上がる。


だから精一杯、今俺が出せる限界の声で夜依を呼んだ。だけど俺の声は夜依には聞こえず、車は発進してしまった。


このままじゃ……!!!


俺は夜依が19番さんのように目が死んでしまうのを頭の中で想像してしまう。そんな夜依を絶対に見たくない。今、何としても止めなければ。


俺は残った体力を極限まで集中させ地面を蹴る。走って追い付く。


車は初速からかなりのスピードで走りだす。俺が全力で走ったとしてもどんどん車との距離は広がり車がどんどん小さく見えていく。


いくら人間が本気で走ったとしても車には絶対に追いつくことは出来ない。考えたら当たり前だ。そんなの分かりきっている事実だ。だけど俺は追いかけた。


体力の限界まで追いかけた。息も切れていて力が入らないほどにだ。


そこでやっと全力で走ったとしても追いつけないことがわかった。


「はぁはぁ……クソっ!…………なら。」


俺は急いでスマホを取り出し、夜依に電話した。もう、これしか方法は考えられなかった。


数秒後、夜依は電話に出た。


「もしもし、夜依か!」

「はい……」


小さな声で夜依は言うので聞き取りにくい。だけど確かに夜依の声だ。久しぶりに聞いた。


「今すぐその車から降りるんだ。早く!」


俺は急いで言った。


「それは出来ないん…です。ごめんなさい。」

「な……!?どうして……」

「ごめんなさい……………ごめんなさい。」


夜依は小さな声で謝り続けるだけだった。電話越しにでも分かるほどに夜依は弱わり切っていた。


だったら……


「夜依聞いてくれ。伝えたいことがあるんだ……」


一呼吸置いて俺は自分の気持ちを伝えた。


「俺と………俺と結婚してくれないか!」

「っ!?ど…どうしたんですか…?いきなり……元気づけてくれているだけ……ですよね?冗談ですよね?」

「冗談じゃない。本気で言ってる。」

「そうですか……ありがとうございま…………す?

………………はっ!?な、な、何を言ってるんですかあなたは!?」


夜依は大きく取り乱した。

さっきまで暗い悲しい声で喋っていたのとは大違いだった。

でもこのぐらいの夜依が一番いいと俺は思う。


「言葉の通りだよ。本当は電話越しじゃなくて直接言いたかったんだけどね。あ、もちろん夜依の元親にはしっかり言っておいたよ。」


ついでに抱きしめてあげたかった。ちゃんと目を見て言いたかった。だけど今しかないと思ったから告白した。


「そうですか………」

「返事はまだいいよ。夜依が言いたい時に言ってくれればいい。俺は待ってるから。」


今、夜依は動揺しててまともな判断が出来ないと思う。もっと冷静になった時に言ってくれればいい。それに今断られたら俺は立ち直れる気がしない。夜依を助けてからでも遅くはなかった。


「返事……ですか……それ自体が出来ません。だって私、結婚するんですから。」

「うん。それは知ってるよ。」

「そうですか……じゃあその結婚相手も知ってるんですよね?」

「あぁ、もちろんだよ。あの豚野郎の元に行ってはダメだ。取り返しのつかいことになる。」

「やっぱりあの男は相当な危険なんですね。」


どうやら夜依はあの豚野郎のことを余り知らないようだ。夜依の元親が教えていなかったのだろう。


「そうだよ。だから今すぐ車から降りるんだ!」

「……………それは出来ない。ごめんなさい。」

「なんでだよ。俺は夜依と一緒にいたいんだよ!」

「だって、私が行かないと周りの皆さんに迷惑をかけてしまう。それだけは嫌なんです。」

「そんなの俺が防いでみせるから、いいから降りるんだ。そんなの後から考えればいいんだよ。まず自分のことを考えてくれればそれでいいんだよ!」

「私は………前までは自分のことしか頭に無い最低な人間でした。自分だけが頭が良ければいい、自分はクラスで誰よりも上の存在だと。だけどこの学校に入学してクラスの皆さんや、あなたと学校生活を過ごして考え方が変わりました。仲間、友達をちゃんと考えなければならない、と。

それに初めて好きになったあなたに、迷惑を掛けたくないんです。わかってください。私が行けば全て丸く収まるんですよ。」


夜依は悔しそうな声を出した。

夜依が歯を食いしばっている姿が容易に想像できた。


その時、俺はどうすれば夜依を説得できるかを必死に考えていたため、夜依の“好き”発言を余り深く考えなかった。俺夜依と相思相愛の関係だったということに気づいていなかった。


「俺が、丸く収まらないんだよ。だったら俺が強引にでも迎えに行くからな!」

「………………っっ。」

「俺は夜依の本音が知りたいんだ。もう我慢なんてしなくていいんだよ。洗いざらい喋ればいい。」


俺は夜依に喋るように促した。そこで少しでも夜依を説得する情報を得たかったし、本音を話せば少しでも楽になれると思ったからだ。


「分かりましたよ………話します。最後だからもうどうでもいいので……」


ボソッっと夜依言った。どうやら話してくれるみたいだ。


「家も嫌い……何が伝統よ……何が継承しろよ……そんなの私には関係ない。私は私なの……それに学校でまだ知識を身につけたい……結婚なんてどう考えても早すぎる……それにあの結婚相手はなに?……ふざけてるの?……やっと出来た友達とももっと一緒にいたい……友達ともっと思い出を作りたい……自分の実力だけで仕事に就きたい……もっとまともな人と生涯を共にしたい…………」


夜依はこれまで溜まりきっていたものを全て出すかのように本音をボロボロと言った。


そして最後に夜依は言った。


「…………………優馬と…結婚したい。」


夜依は初めて俺の事を下の名前で呼んでくれた。

そして告白の返事を貰った。


「わかった…。なら夜依はもう俺の奥さんだよ。夜依が言った本音、俺が全部叶えてみせる。だから諦めないでくれ。」

「………………はい。」


夜依はちょっと恥ずかしそうな声で言った。


「そろそろ……あの男の家に着くそうです。電話…切りますね。」

「ちょっと待って、最後に言わせて。」

「はい。」

「絶対に迎えに行くから待っててくれ。………だ、大好きだからな。」


少し口ごもったけど言ってやった。ちょっと大胆すぎたかな……?


「…………………………っっ。わ、分かりました。待って…います。優馬が迎えに来てくれる日を信じて。…………私も大好きですよ。大、大、大好きです。」


そう言って電話が切られた。


今気づいたけど俺心臓が高鳴っている。顔もものすごく熱い。


ていうか俺、告白しちゃったよ!!!それでOK貰っちゃったよ!!!


今にも飛び上がりたいけどそれを我慢して俺は決意する。今すぐにでも助けに行くと。待っててくれ夜依。


俺は足元がふらつきながら家へと踵を返した。


☆☆☆


優馬との電話が終わった………


時間的には短い電話だったが夜依にとってはとても濃密な時間だった。


夜依はゆっくりとスマホを耳から離す。


なに、この気持ち……なんで私……こんなになっちゃったの?


そこには心が廃れてしまった夜依や冷静で冷たい雰囲気を纏っている夜依もいなく、純粋な恋心をもつ乙女の夜依だった。


顔を赤く染め、自分の胸を両手で触る。


────ドクッドクッドクッ


さっきから心臓が高く鳴り響いてうるさい。


結婚という優馬からの告白が、こんなに戸惑った夜依を作ってしまった。

実際、夜依の方から告白するはずが、先を越され優馬の方から告白をしてきた。その時はかなり驚いた。優馬にはあんなにきつく当たっていた。冷たくした。無視もしたのに。どうしてそんな私の事を好きになってくれていたのだろう……


やっぱり優馬という人は不思議だ。そう夜依は思った。


ど、どうするの私!?まさかあの優馬に……!?

結婚もOKしちゃったし……どうしよう!!!!!


その時の夜依には富田十蔵や母、家の事など頭になど無く優馬のことで頭がいっぱいだった。


その瞬間だけ、新しく生まれ変わった自分のようだった。自分の夢の何事にも縛られない自由な自分だった。


「………っっ!?」


瞳から涙が流れてきた。


どうして?悲しい事にはもう慣れていたはずなのに……今は悲しい気持ちなんて全然ないのに……


夜依は自分がおかしくなってしまったのかと錯覚した。だけどすぐに真相はわかった。


あぁ、そうか私は……感動泣きしてるんだな…


これまで愛情を注がれることなく育てられてきた夜依にとって感動というものには無縁だった。


だが優馬の告白によって夜依は生まれて初めての感動という感情にされた。初めての事に夜依は感情が抑えきれなかったのだ。


「もう……私って最近泣いてばっかりね…」


夜依はぼそっと言った。だけどボソボソとした声などではなくいつも通りの夜依の声だった。


もし、結婚も全部無くなって、あの男からも解放されて、家の事とかも全部無くなって、優馬と結婚をする事ができたのなら……私はすごい幸せ者なんだろうな。人生の勝ち組なんだろうな。


車は大きな門をくぐる。

もうあの男の家に着いたのだろう。


あと少ししたらあの男に会わなければならない。まだ少しだけ不安はある。だけど前まではだいぶ楽だ。


夜依は両手で自分の頬を叩き、気合を入れる。


わたしなら頑張れる、と。


さっきまでは全てに絶望していたけど、優馬という特別な支えができた。それに、これまで溜まりに溜まった本音も全て言うことことが出来ていまはものすごい心が軽い。こんなに軽いのは久しぶりだと思う。


優馬は必ず迎えに来てくれると言っていた。だったら私はそれを信じて待つだけだ。


今の夜依には希望に、夢に、未来に満ち溢れた目をしていた。

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