第96話 思い通りにいかない現実
夜依の親は家から出て行った優馬の後ろ姿を見届けた。始めは歩いてたのに1度スマホを見たと思ったらいきなり走って行った。
「なんなの?あの男……バカなんじゃないの?あの人に逆らったらいけないってことに気付けていないのね。無知って恐ろしいわね。」
残念な男だ。顔立ちや勉強は出来て頭がいいはずなのにこういう時に頭の良さを発揮できない。なんとも勿体ない男だ。
夜依の親はスマホを取り出し連絡をとった。
「もしもし、富田様ですか?」
夜依の親が連絡をとったのはあの富田 十蔵だった。夜依の結婚の話をする時一応連絡先を交換しておいて良かったと思う。
「あーっと君は誰だったかな?」
富田十蔵はとぼけたように聞いてきた。まぁ、覚える気なんて無かったのだろう。
ゼーゼーガーガー。
電話越しでも呼吸の荒さが伝わってくる。嫌悪感に悩まされながら夜依の親は電話を続ける。
「新しい妻の北桜 夜依の母です。」
「あぁ、夜依ちゃんのか。それで、高貴なボクになんの用かな?ボクは毎日多忙なんだよ?それをわかっているのかな?大した事ない理由だったらその家、ぶっ潰しちゃうからね?」
その言葉に夜依の親はゴクッと唾を飲み込む。額からは冷や汗が出てくる。自分の言葉次第で家が潰されるかが決まるのだ。冷や汗が出るのもしょうがない事だ。
夜依の親は必死に頭を働かせる。
でも、この男は夜依と言う言葉を言ったら嬉しそうだ。
この男は妙に夜依の事を好いてる。幼い頃から夜依の事は目に付いていたらしく、ずっと成長を見守っていたらしい。正直その執念は気持ちが悪くその気持ちを自分に向けられただけでもひどい寒気がする。自分の夫の方が断然良いがこの男も一応…男だ。家が継続されるのだったらそれでいい。昔から自分もそう教えられ育てられた。
この男は、男であることを最大限に利用して女を道具のように使う。数々の悪行を夜依の親は知っていた。そこでわかったのは数々の悪行を男特権で揉み消しているのだ。優馬を調べた時のように調べてわかった。
だけど、それがどうしたというのだ。自分がそういう事をされた訳では無いのでハッキリ言ってどうでもよかった。その男と結婚したバカ女が悪いと思っている。
この男は慎重で冷静だ。捕まるようなミスはしないだろう。
そんな富田十蔵に夜依の親は言葉を慎重に考えながら話す。
「今日、夜依の迎えに来る車の時間を少し早めてくれませんか?」
「それはどうしてだい?」
「夜依が早く富田様に会いたいと仰っていたので……」
もちろん夜依はそんな事一言も喋ってはいない。というか夜依とは結婚が決まったことを伝えてから一言も言葉を交わしていない。
勝手に夜依の親は富田十蔵に嘘を言ったのだ。
理由は明白。優馬のせいだ。
せっかくここまで夜依に希望を持たせないようにしていたのにこの神楽坂 優馬という男は希望を持たせようと努力を続けている。それに夜依を貰うと啖呵を切られた。
そんな男を夫がいる夜依に会わせる訳には行かない。
夜依の結婚に神楽坂 優馬が絡んでくると色々と面倒くさくなるのは確実だった。
それに富田十蔵の前で粗相をしでかした場合、この家もどんな目にあうか分からなかったからだ。子供の神楽坂 優馬とは訳が違う。大人の男にはこういう所にも気を回さないといけない。
神楽坂優馬はどこかのほほんとしていて話しやすかったがこの男と話す時、会った時、この男が関わる所には常に重い緊張感が漂う。慎重に刺激しないように、頭を働かせるのでそれだけで疲れてしまう。
これ以上妨害するのも意外と骨が折れるし、富田十蔵に神楽坂優馬の事を気付かれたくもない。それに夜依も早くこの家から出て行って欲しかったのだ。富田十蔵のところに行きさえすればしっかりと調教してくれるだろうから。
可愛くもない、甘えたりもしない、わがまま、言うことも聞かない、自己中心的、自分の事を親とも思っていない。そんな子なんてもういらなかった。愛想も尽きた。そのため罪悪感など全く無かった。
そんなことよりも早く自分の夫に会いたかった。
夜依の親の夫、つまり夜依の父親は今海外に住んでいる。
黒髪、爽やか高身長の圧倒的美形の白人だ。
人目あった時から一目惚れをして、アピールを続けてやっと結婚した人だった。夜依の親はデレッデレで毎日海外で夢のような時間を過ごしていた。
だけど、ここに戻ってくるとめんどくさい家の事をしなければならない。早く自分の仕事を片付けて夫が待つ家に帰りたかった。
そのためだったら躊躇など考えてはいられなかった。
「おぉー、それは嬉しいね。わかった。迎えの車を早めに出そう。」
富田十蔵はブヒブヒと笑っていた。今のところ好機嫌のようだ。
よし、これで夜依が神楽坂 優馬との接触はギリギリ間に合わないはずだろう。
夜依の親は誰もいない部屋でふぅーとやり切ったため息を出した。
「さようなら夜依。新しい地でも楽しく人生を送ってね。」
夜依の親は心の、こもってない言葉を棒読みで言った。
☆☆☆
俺は走る。ただ全力で。
俺は驚異的なスピードで学校に向かっていた。最近夜依と会っていなかったからか、いざ会えるとなると嬉しくて早く会いたいと思ってしまう。ペース配分なんて考えている暇なんてなかった。
今、夜依に会うと無意識に飛びついて抱きしめてしまうかもしれないや……
まぁ、夜依から100%嫌われるからやめておくけどね。
あと少しで学校だ。夜依の家から学校まではそれなりに距離があって歩いていくと50分くらい、走ると45分くらいで、今の俺は40分ペースで学校に向かっていた。
よし、そろそろだ。あの道を曲がれば学校が校門が見える。
ゼェゼェと息を切らしたがら俺は思う。完全にペース配分を間違えた、と。だけどかなり早く学校には到着したと思う。
夜依はもう待ちくたびれているはずだ。そんなことを想像したがら俺は勢いよく角を曲がった。
「え………?」
目に写ったのは夜依が黒塗りのリムジンみたいな車に乗っている瞬間だった。
俺はその車を知っていた。あれは……あれは……!
「夜依!待って、その車には乗っちゃダメだ!」
俺は大声で叫んだ。
☆☆☆
優馬が夜依の元に走っている時、夜依は一足早く学校の校門で優馬の事を待っていた。
体重を校門の門に預け彼が来るだろう方向を見つめる。
神楽坂 優馬と会うのはあのテスト返却以来だ。そのため少し緊張する。そのためかさっきから胸のドキドキが止まらない。体も熱い。
まず、初めに会ったら謝ろうと思う。なぜなら何の相談もなしに学校を辞める事にしたから。私の考えであなたから遠ざかったから……でもあなたにだけは迷惑をかけたくないと思ったからだと。
心がキュッと引き締まる。そして、最後に伝えたい……私はあなたの事が………だと。これまでありがとう、と。
────プルルルル
夜依のスマホが突然鳴った。もしかして優馬かもしれないと思った夜依はすぐにその電話に出た。
恐る恐る声を出す。
「もしもし…………」
「あぁ、夜依ね。今どこにいるの?」
その電話は母からだった。彼ではなかったので一気にやる気が失われた。
「え?まだ学校ですけど。それが……?」
「そう、なら良かったわ。なら学校で待ってなさい。学校に迎えに来てくれるそうだから。」
「ま、まだ時間では無いですよ!」
予定ではまだ時間はあるはずだった。それに家に迎えに来てくれるはずだった。
「私が迎えを早めてあげたのよ。感謝しなさい、予定とは数時間早く夫に会えるのだからね。」
「は?」
夜依は怒りをあらわにした。
「何でそんなことをしたんですか?」
「そんなのあなたは知らなくていいの。さっさと私の指示に従って夫の元に行きなさい。」
「…………………」
母の理不尽さに夜依は何も言えなかった。どうして……せめて彼と会いたかった。
でもまだ迎えの車が来た訳では無い。車が来る前までに彼が来てくれればいいのだ。
夜依は祈った。早く来てくれと。
だがその願いは簡単に粉砕された。
優馬よりも早く黒塗りのリムジンのような車が夜依のことを迎えに来たのだ。
「………っぅ。」
夜依は悲しい声をあげた。
やっと泣き止んだのにまた涙が出そうになる。
流石にみっともないのでぐっと我慢をした。
「お迎えに上がりました。」
生気のない目をした女の人が降りてきて言った。
その人はビシッと黒いスーツに身を包んでいる。
「私は第14番目の妻です。これからよろしくお願いしますね25番さん。」
「25番?それってなんですか?あだ名……?」
「これから分かると思います。」
夜依はこの14番と名乗る妻の人は表情を一切変えずに言う。それがどこか不気味だった。
「やっほーい夜依ちゃん!」
「っ!?」
その14番さんは大きめのタブレットを持っていてそこにあの男が映っていた。
久しぶりに見たけどやっぱりこの男は醜い。ぶくぶくに太っていて画面のほとんどが肉で埋め尽くされている。
さっきからいやらしい目でこちらを見てきている。
画面越しなのにも関わらず強い寒気が夜依の全体を襲う。
タブレットを持っている14番と名乗った人はタブレットを持ちながらあおい顔で震えている。そこに夜依は不安を覚える。
どうしてこんなに怯えているの!?
「ボクに早く会いたいなんて嬉しいよ。早くボクの家に来たまえ!男であるボクか待っているんだからね。」
「…………………っ、はい…」
夜依は静かに自分の感情を推し殺しながら言った。
今すぐにでも早く会いたかったなんて否定したかった。だけどそんなとをしたら面倒くさくなるのは予想出来たので夜依は仕方がなく肯定した。
夜依の肯定により、その男は更に機嫌を良くしたようだ。興奮気味に話しかけてくる。
「夜依ちゃんはどんな食べ物が好きなんだい?夜依ちゃんが来る前までに用意させておくから好きなものを言いたまえ。お金の事は気にしないでくれ、キミはもうボクの妻なのだからね。」
そう言ってブヒヒと笑う。
「いや……なんでも………いいです。」
「そうかい、じゃあボクの大好物を用意でしおくよ!きっと夜依ちゃんも喜んでくれるはずだよ。……………………ちっ、そろそろ行かなきゃならない事になったからじゃあまたね夜依ちゃんっ。逃げたりでもしたらキミの家族、友達、知り合いに至るまで制裁を加えるからね。もちろん夜依ちゃんは嫌がってないからそんなこと心配する必要はないんだけだね。じゃあまたね。」
忙しそうにしながらその男は言った。
「はい……」
静かに夜依は答えた。
タブレットに映るあの男は消えた。
「では参りましょうか。」
「……………っ。………はい。」
夜依は拳に力が入る。唇をかみ締め涙が零れるのを必死に抑える。
結局、神楽坂優馬は学校に来なかった。もう夜依は絶望するだけだった。あの男の元に行ったら人生はそこで終了。後は死ぬまで苦痛の日々だろう。今すぐにでも逃げ出したい。だけど逃げたりでもしたら友達に……彼に迷惑をかけてしまう。それだけは嫌だった。絶対に。自分がどうなろうとしても…………
そう思ってしまい、夜依は抵抗せずに車に乗った。
14番という人は安心した表情で車の運転を始める。
夜依は車の端っこで小さく体をまとめ車の窓から空を見上げる。昼頃だからか太陽が空高く登り地上を明るく照らし続けている。だけど夜依は気持ちが低くどん底まで落ち、徐々に廃れていく……夜依の目からどんどん生気が失われて行った……
そんな絶望の中、また電話がかかってきた……
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