第80話 会社見学
土曜日は葵のお見舞いに行きつつ葵に勉強のノートを渡したりした。
葵の怪我は順調に回復していて打撲はほとんど治ったらしい。頭に巻いてあった包帯も取れていて傷も残らずに済んだそうだ。
☆☆☆
「さぁ行こうか。」
俺は女装姿に身を包みお母さんに言った。
「ん、うん。」
お母さんは俺の女装姿は初めて見るので戸惑いがあるようだ。
お母さんは真っ黒のスーツを着てビシッと決めている。なんかカッコイイな。
「優君……なんか女装、様になっているよ?」
お母さんは言った。
その一言で俺はガクッと落ち込んだ。
俺って……様になってるかな?嫌だよ……それは男として終わっている。
「い、行くか……」
「うん。」
俺とお母さんはかすみさんの運転する車に乗り家を出発した。
家からお母さんの仕事場までは数分らしい。その間に今日の俺の設定を確認しておく。
「今日の俺の名前は神楽坂 茉優って事でよろしく。会社の人にはお母さんから説明しておいて。」
「う、うん……茉優の名前を使うの?」
「まぁ、一応ね。」
もし家族の名前を知っている人が現れた場合に偽名を使っていると怪しまれると思ったからだ。
この女装も茉優にそっくりだから大丈夫だろう。
「あと、なるべく喋らないようするから。俺はまだ裏声が得意じゃないから。そこの所よろしく。」
「あ、そっか。わかったよ、優君。」
設定確認はこれで終わりだ。
よし、行くか、お母さんの会社へ!
☆☆☆
お母さんの仕事場は高層ビル群のど真ん中にありそこでも一際大きいビルのようだった。
外には警備員が立っていて、入社する人達が大勢いる。そこが大きな会社だということが一瞬で分かる。
「ここ!?」
「そう。ここだよ。」
一応確認したけどやっぱりここらしい。
かなりの大企業だぞ!?本当にお母さんが働いているのか!?と思ってしまった。
「それではまた後ほど。替えの服などはその時に持ってきますので。」
「はい、ありがとうございます。」
かすみさんとはここで別れた。
「かすみには私の秘書もやってもらっているんだけど今日は家で家事をさせておくよ。」
「そうなんだ。知らなかった。」
だからたまにお母さんと同じ黒スーツに身を包んでいたんだ…
「あれ、でも今日はなんでかすみさんには家事をさせておくの?」
「今日の仕事は確認だけだから、かすみの仕事は少ないんだよ。それにね、お母さんのカッコイイ所を優君に見せたいから。かすみのサポートがあると優君にお母さんが仕事が出来るって信用してくれ無さそうだから。」
「そうなんだ……確かにそうだね。楽しみにしてるよ。」
「うぅ、そう言われるとちょっと不安になるよ~」
お母さんは緊張で胃が痛くなっていたのか優しくさすっていた。
「そろそろ出勤時間だよ。」
お母さんは時計を見て言った。
「行くよ優君……あ、茉優だね。」
あ、ミスったな。大丈夫かな……
俺はコクっと頷きお母さんの後をついて行った。
☆☆☆
ビルのロビーは想像通りかなり大きい造りだった。それに新しい感じ。全身真っ白なタイルが敷き詰められそこに観葉植物やシャレたソファ、大きな受付もあった。
俺は声を出さないように気をつけながら、その大きさに少し驚きを隠せないでいた。それにこんな人数のいる場所にあまり慣れていないためか落ち着かない。
「驚いた?お母さんこんな大きな会社で働いているんだよ!」
俺は高速で頷き、すごいと伝えた。
お母さんは嬉しそうにしていた。まだいつも通りのお母さんだ。
「あぁっと、忘れるところだったよ。はい、これ付けておいてね。」
渡されたのは首にかける名札だ。その名札には会社見学というものが手書きで書かれていた。
これって今作ったものじゃん。
まぁ、しょうがないか。無理言って連れて来てもらったんだこのぐらいは許容範囲だ。
でもこんなこと勝手にしていいのかな?
まぁ、大丈夫か…お母さんだし。
俺は気にせず名札を首にかけた。
「じゃあ移動するよ、しっかり着いてきてね。」
そう言われお母さんの後ろをついて行った。名札のおかげか目立つことはあまり無かったと思う。
エレベーターに乗り、上に移動した。
エレベーターでお母さんが押したボタンはまさかの最上階。最上階ってもしかしてお母さんって………
……と想像したけど、まさかね。
エレベーターから降り廊下を進むと1人の会社員の人とすれ違った。その人はお母さんにとんでもないことを言った。
「おはようございます。社長!」
「っ!?」
その言葉に俺は驚愕し、咄嗟に手で口元を覆った。危機一髪のところで声が漏れそうになった。
「おはよう。」
お母さんは社長と言われているのに何にも気にしている様子はない。ということはやっぱりお母さんはこの会社の社長なんだ!!!
すれ違う社員の人は次々にお母さんの事を社長と言って挨拶をする。
1回1回驚きつつ、何とも現実を理解できない俺だった。
お母さんが社長?有り得ない。あんなワガママなお母さんが社長なんてできるはずがない。何かの間違いなんじゃないか?なんて思っていた。
やっと社長室に着いた俺は周りに人がいないことを確認してやっと声を出した。
「お母さん………」
「なに茉優?」
「今は優馬でいいよ。誰もいないんだから。って……そんなことよりお母さんって社長だったの!?」
「うん、そうだけど。言ってなかったっけ?」
「社長のしの文字も聞いたことがないよ!ったく…驚いたよ。」
「最近なったばかりなんだけどね。前までは副社長だったの。」
「へー、そうだったんだ。」
って、副社長!?それでもおかしくない?あのお母さんだぞ!?
「副社長の時はこの会社は堅苦しくってつまらなかったの。だからお母さんが社長になって会社の何から何まで全てをリニューアルしたんだよ。」
だから会社自体が新しかったのか……
それに社長だから会社見学も手書きの名札でOKだったのか……
「お母さんって仕事出来るの?」
「あったりまえじゃない。社員を引っ張ってこそ社長なんだから。」
お母さんはキメ顔で言っているけど、いつものお母さんしか見ていない俺はお母さんの言っていることが信用ならない。
まぁ、仕事を見ればわかる事だ。
次の質問だ。
「ところで、この会社ってどんな会社なの?」
「それはね………女性の……」
お母さんが言いかけたところで誰かがノックなしで入ってきた。
「社長~おはようございます。確認よろで~す。……ってあれ?………会社見学ですか?」
突然入ってきたからびっくりした。
でも声を出していない時で良かった。
その人は茶髪で髪はくせっ毛、メガネをかけているのだけどメガネをしていても分かるくらいにクマができている。スーツもあまり馴染んでいない気がする。
初めて見た人の職業を当てろって言われたらゲーマーと答えるかな。右手にはパソコンを持ち、左手には書類を持っている。
「そちらの方って知り合いなんですか?」
その人はお母さんに聞いた。
「そうなの。私の息k………娘です。」
っておいおい、一瞬息子って言おうとしたよね?慌てて娘に直したけど。
「それで何を確認すればいいの?」
「あぁ、これですよ~会社の予算のやつです。」
お母さんはその書類を受け取ると、一回見てすぐにその人に書類を返した。
え……見たの?と思ってしまうほど早かった。
もしかして一瞬しか見てないとか?適当!?
「凪、誤字が多いからしっかり自分でも確認してね。書類の内容は良いから。それとノックをして入ってきてね。」
素早くそして的確に、内容を確認。そして誤字まで見つけてるし。
どうなってるんだ?もしかしてお母さんは家だと精神年齢が低いけど仕事になると出来る女に変身するのか!?
凪さんという人はすぐに直してまた持ってきますと言って社長室から出て行った。
「お母さん……カッコよかったよ。」
俺は素直に褒めた。
「うん、カッコつけたからね。」
お母さんは胸を張りながら言った。
あぁ、最後の一言が余計だよ……やっぱり仕事になんないといつものお母さんで、精神年齢が低い……
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