第79話 あはは……すっかり忘れていたよ。


1時間後にようやく病室に入れた俺は仲良くなった雫と葵を見た。どうやら話し合いは成功したらしい。1時間も何を話しているんだろうと少し不安に思っていたし病室前に1時間も耐久するのが辛かった。看護師さんに何回か声をかけられたけどウィッグを付けて必死に女の子のふりをしたからバレずにはすんだ。


まずはよかった。2人の関係が崩れなくて俺は一安心だ。


もう少し話していたかったけど面会時間が終了することになり帰ることになった。


葵は寂しそうにしていたけど今度は皆で行くからと伝えた。葵は笑顔で待っていますと返してくれた。その顔はすっごく可愛いと思った。口には出さず心の中に留めたけど。


俺と雫は病室を出てかすみさんに連絡して迎えの車を呼んだ。


☆☆☆


「……また明日。」

「うん。またね。」


家の門の前で雫と別れた。雫の家まで送ってあげようとしたけど雫に断られた。

どうしてだろう?

まぁいいか。家が近いから大丈夫か……


家に帰ると、お母さんが迎えてくれた。


「ゆ、優君っ!!!大変だよ。」


だけど相当焦っている様子だ。


「どうしたのお母さん!?」

「1回、コレ見て!」


そう言われお母さんから黒い封筒を渡された。

封筒の中にある紙を取りだし、山折りになっている紙を開いた。


「あ………あれか。」


紙は警告書だった。

宛先は精子バンクの小林さんからだ。


男は1ヶ月に1回、年に12回精子バンクという所に精子を提出しなければならいと法律で決まっている。

それが男の唯一の義務である。


だけど俺は先月の分の精子を滞納してしまっている。それに今月の精子の提出期限も迫っている。2ヶ月滞納をしたら強制徴収らしい。そう紙には書かれていた。


あはは……すっかり忘れていたよ。

この前はあんな場所でするのが嫌で提出はしなかったんだっけ。


どうしようか……まず今週の休日、精子バンクに行くしかないってことか…………あそこは車で1時間半くらいかかかるからな。……はぁ面倒だな。だけど行かなきゃ強制徴収だし、罰金も有り得る。行くしかないか……


今週の休日は葵のお見舞いに行く予定だったのに……そのどちらかの日がぱあ、だ。


「お母さん、今週の休日に行かないといけないね。」

「そうなんだよ……ごめんね。お母さんもっと早くこの事に気付いていたら……良かったのに……」

「いいよ、気にしないで。それで土曜日と日曜どっち空いてるかな?お母さんとかすみさんの都合に合わせるよ。」

「ありがとう優君。それなら日曜日の午後にお願いしたいな。」

「OK。わかったよ。」


ということは日曜日は葵のお見舞いに行けないな。後で連絡しておこう。


「土曜日は1日中仕事で、日曜日の午前中までには仕事を終わすから。少し遅れるかもしれないけど待っててね。」

「わかった。……………仕事………か。」


そう言えばお母さんってどんな仕事をしているんだろう……前々から疑問を抱いていた。何度か仕事について聞いた事があったけど毎回あやふやにされていた。


ちょうどいい機会だと思った。どうせ午前中も暇だ。


「ねぇ、お母さん。日曜日さ、お母さんの仕事について行ってもいい?」

「え!?」


お母さんは驚いた。


「絶対に邪魔はしないからさ。お母さんはいつもどんな風に働いているのか知りたいんだ。」

「つまり会社見学ってこと!?で、でも優君。会社に男の優君が行くのはちょっとまずいよ。お母さんは社員に息子がいるって言ったのこともないんだよ。」

「わかってるよ。だから女装して行くよ。それだったらいいでしょ?」

「じょ、女装!?優君が!?」


俺も女装はしたくないけど、お母さんがどんな仕事をしているのか興味を持ってしまったので最終手段女装も使おう。


慣れとは恐ろしいものだ、初めて女装した時は恥ずかしすぎてもう絶対に女装しないと心に決めたはずなのに、何度か女装の経験をすると羞恥心も大分無くなってしまう…


いや、常時女装したいとは全然思わないよ。ただ、女装をしても羞恥心を感じるのが少なくなっただけだ。


それで今回はたまたま、女装の羞恥心とお母さんの仕事への興味を天秤にかけた時、お母さんの仕事への興味の方に天秤が傾いただけだ。ちゃんと真剣に考えた結果だ。


「まぁ……女装だったらバレないか…でも、もし優君に何かあったら……」

「大丈夫だよ。俺1回も女装をして見破られたことないから。それにお母さんの傍を離れないから。」

「そ、そうなの?だったら大丈夫かな。それに優君に見守られながら仕事をやったらやる気が出るかも…」

「じゃあ決まりだね。」


日曜日の午前中にお母さんの仕事見学に行く事が決定した。


☆☆☆


久しぶりに学校に来た俺は由香子、菜月、春香に抱きつかれた。


「優馬君~~」

「優馬君っすよ!!!」

「無事でいてくれたんだね♪優馬君!」


皆涙を流して喜んでいる。


「ごめんね心配かけた。」


俺は3人の背中を擦りながら言った。


周りにいる子も泣いている。それには先生も含まれている。


皆が俺の事を心配してくれていたのか………嬉しいな。俺は1人1人優しく接した。


昨日まで元気がなかったこの学校は今日、活気に満ち溢れた。


色んな人に迷惑をかけちゃったな。これから少しずつ感謝の言葉を伝えていこう。


そうだ………あの3人はどうなったんだろうと思い2組を覗いて見たらあの3人の机など全て無くなっていた。

もう、ここにはいないんだな。

でもこれで葵に危害を加える人はいなくなった訳だからいいんだ。

あの3人は葵にやっては行けないことをした。俺は許せないと思う。だけど少しは心配はしていた。


女の子は俺に会えば俺が戻ってきたことに感動してくれた。だけど、1人だけ俺のところに現れていない子がいる。

それは北桜 夜依だ。教室に俺が入っても1度もこちらを見向きしない。まぁ元々夜依からは嫌われていたから後で自分から行けばいいか。


という事で昼休みまで待ち、夜依を人気のない空き教室に呼び出した。

人の目があると絶対に夜依は来ないと思ったからだ。


夜依はすぐに来てくれた。


「なんですか?」


久しぶりに見る夜依は変わらず綺麗だった。月の形のヘアピンがよく似合っている。


その夜依が腕を組みながら、面倒くさそうに聞いてきた。


「いや、迷惑かけたねって。」

「はい、大迷惑ですよ。事件が起こったせいで林間学校がめちゃくちゃになったんですから。」

「それは……ごめん。俺がもっとしっかりしていればよかったんだけどね…」

「なんであなたが謝るんですか?」

「え?」

「別にあなたは悪くなんてないですよ。事件を起こした人が悪いんです。あなたは事件にいち早く気づき行動した。そのおかげで事件を最小限に抑えた。葵さんは大怪我をおってしまったけど最悪の自体は防いだ。1番功労者はあなたです。」

「あ、ありがとう。」

「でも、ウイルスで皆のことを不安にしたのはダメですね。」

「え?ウイルス!?何それ?」

「知らないんですか?」


なんにも知らない俺に夜依は仕方がなくだったけど教えてくれた。


夜依によると俺は林間学校の時高熱で倒れた時、その症状が森さんの言っていた危険な蚊の症状似ていたらしい。


皆、大混乱で林間学校所では無くなったそうだ。


そうだったのか……怖っ!


だから皆あんなに心配してくれていたのか…本当に迷惑をかけるやつだなと自分で自分を罵った俺だった。


「まぁ、無事でよかったですね。」

「夜依、心配してくれていたの?」

「いえ全く。それに蚊は虫除けスプレーさえしていれば安全なはずです。しょっちゅう虫除けスプレーを自分にかけていたのだったら蚊も寄ってきません。容易に無事だったと判断できます。」

「そっか……」


たしかに俺は虫除けスプレーをかけまくっていた。それぐらい蚊が怖かったからだ。それを見ていたから全く心配していなかったのか。

よく俺の事を見ていたんだな夜依は。


「もう話は終わりですよね?私は帰ります。次の授業の予習があるので。」

「うん。ありがとう夜依。」


夜依は踵を返して教室に戻って行った。


やっぱり夜依は素直じゃないよな。そう思いながら夜依を見送った。


学校の授業が終わったら生徒会、先生、部活の皆さんに無事の報告に行った。


俺は生徒会長の空先輩に生徒会で任された仕事を最後までやることが出来ず、問題を起こしてしまい申し訳ありませんと謝った。俺はプロレス技をきめられると思ったけど気にするなと一言だけ言ってくれた。

空先輩が何故か上機嫌だったのが気になるけど許してくれたようだ。


奈緒先生のところに行ったら。泣いて喜んでくれた。小さい体で泣かれると少し心が傷んだ。


部活では上級生の先輩方も泣いて喜んでいた。

椎名先輩によると俺が倒れて危ないとことを聞いた時から部活どころでは無くなったらしい。

大事な試合が控えているんだから部活をしてほしい。


今回の林間学校では沢山迷惑をかけたんだな。

これから少しずつだけど感謝の気持ちを伝えていこうと思う。

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