第74話 2人目の……
絶望、渇望、失望……信じていたのに裏切られ、危機的状況まで追い込まれた……その大いなる“トラウマ”は葵の中で永遠に残り続けるものだろう。
だけど……
葵は意識を取り戻し、目覚めた……そしてすぐに痛みに襲われた。どうやら麻酔が切れて襲って来た痛みで無理やり起こされた様だ。
「あぐっぅ……」
全身が隈無く痛い。とにかく痛い。痛みで涙も出る。でも、それに耐えながら涙でボヤけた視界に今の自分の姿を写すと……両足が包帯でぐるぐる巻きで吊り上げられており、お腹も、腕も、頭も包帯だらけ……場所によっては少し血が滲んでいる場所もあった。
完全に重症患者である。
でも、思考が思ったよりも冷静で、酷いトラウマに苛まれる事も予想よりも少なかった。多分……いや全部、優馬くんのおかげだろう。
生きていた自分に感謝、それと優馬くんにも感謝の気持ちを願い、そろそろ痛みが限界なのでナースコールで先生を呼んだ。
先生はすぐに葵の元へ来て、痛み止めの治療を行ってくれた。そして薬が聞き始め、しっかりとしたコミュニケーションが取れるようになった状態で、先生は葵の怪我の現状を細かに教えてくれた。
どうやら葵は2日間も昏睡状態だったらしい。
両足の骨折や、全身の打撲。内出血も多々あり、切り傷も多数。頭も深く切ったらしい。
幸い脳には異常は無く、体にも恐らく障害は残らないらしい。でも復帰にはかなりの時間を有するらしい……けど。
入院期間は2週間。怪我の具合では長くもなるらしいが、最短でそのぐらいらしい。とにかく絶対安静に気を付けるようにと言われた。そして精神の方も心配されたが……そこは「大丈夫です!!」と、即断っておいた。だって、葵には王子様がついてくれる筈だからである!!だから、何も怖くないのである。
──あの時、優馬くんが助けに来てくれた時は、心の底から感動した。あの絶望的な状況で、優馬くんは自身の苦手な水も乗り越えて、葵を救う為だけに全てを投げ出して来てくれたのだから!
曖昧な記憶の中でも、その時の感動だけは絶対に忘れ無いだろう。だって葵の心の奥深くに明瞭に焼き付けられているからだ。
本当に嬉しかった。諦めないで本当に良かった。昔の、前までの弱気で不運に取り憑かれている頃の葵だったら、きっとすぐに諦めてしまっていただろう。でも、優馬くんが友達の繋がりの大切さを教えてくれた。こんな自分でも、自信を持っていいって教えてくれた。そして愛の大切さも教えてくれた。
──だから葵は絶対に諦めなかった。
それが葵が絶望的な状況であっても助かった理由なのである。
「はぁ……2日も寝てたんだ私。せっかくの林間学校終わっちゃいました。 あ、でも……私の件で多分中止になっちゃったと思いますけど。」
葵は被害者である。だけど、葵が巻き込まれなければ林間学校は中止になる事は無かった……はずだ。後で、学校に戻ったら皆に謝っておこう。なるべく多くの人に。できるだけ誠意を込めて。
「あ──肝試しっ!!」
でも、まだまだ後悔はある。それは優馬くんとの肝試しだ。葵の中で心から楽しみにしていたビッグイベントなのに……結局、行くことは出来ず、約束は曖昧なものとなってしまった。
「でも……また。誘う事は出来るよね?」
だって、生きてるんだから。まだまだ生涯は長いのだから。ネガティブではなく、ポジティブに考えることにした。
「…………そういえば、あの時。」
それは……暗い川の中で想った葵の願い。
──優馬くんに“好き”だと自分の想いを伝えること。
でもそれは未だに果たされていない。単純に、言うタイミングを逃したからである。でも、満身創痍だったのでしょうがないと自分を宥めるが……今更感は若干あるよね。
こんな大怪我で包帯だらけなら、ロマンチックの雰囲気も当然出ないだろうし……優馬くんは優しいから、反応に困っちゃうだろうし……でも、この激しく脈打つ暖かい気持ちは何なのだろう?そして、この気持ちを吐き出したいという強い欲求はなんなのだろう?
「──会いたい。優馬くんに。今すぐ。」
葵はつい無意識に呟いてしまった。でも先生はさっき出て行ったし、親も妹も購買に買い物に行ってしまった。だから葵の独り言はただただ虚空へと消え去るだけだろう……
──そう、思っていた。だが、
「──はぁはぁはぁ、」
病室の入口の方で、激しく呼吸を繰り返す音が聞こえて来た。
「っっ!!??」
も、も、も、も、もしかして……聞こえてた?
一瞬にして、羞恥で顔を赤裸々にする葵。
先生だろうか?看護師さんだろうか?それとも親か妹だろうか?でも恥ずかしい事には変わりはない。
ゆっくりと葵の寝るベットへ、その 来客者は近付いて来る。足取りは酷くゆっくりで、呼吸の大きさは多少収まったがまだ荒い。
病室のカーテンの仕切りから唐突に現れたのは──
葵は緊張と不安と羞恥で心をいっぱいにしながらも、来客者が誰なのか息を潜めてじっと見つめるのであった。
☆☆☆
「はぁはぁはぁ、かなりハードだな。」
2日動いていないだけなのに、ここまでキツイとは……家に帰ったら鍛え直しだな。
そんな事を思いながら、俺は必死に移動していると……かすみさんから連絡が来た。それはお母さんと茉優の食い止めに成功したというものだった。でもそれに追加して、葵の病室番号も送られて来ていた。
多分、察して調べてくれたのか……気が利くし、ありがたいな。少しだけ恥ずかしいけど。
──そうして俺は葵の部屋に真っ直ぐ向かい、数分後にようやく病室の前まで到着した。
「ふぅ……」
まだまだ息は荒いけど……葵に会いたいという気持ちが勝り、変装用のマスクを外し、病室に入った。
するとすぐに葵の声が聞こえて来た。
「──会いたい。優馬くんに。今すぐ。」
突然、名前を呼ばれ……驚く俺だったが、多分これは聞いちゃいけない感じの言葉だろう。
タイミングが最悪な場面で来ちゃったけど、しょうがない。ゆっくりと葵の元へ近付く。
葵も多分、存在を察知して顔を赤くさせているのでは無いだろうか?ちょっとした楽しみを持ちながら、俺は葵の前に現れる。
「──あ……!?」
「おっす、葵。お見舞いに来たよ。」
来客者が俺であると知った葵はかなり驚いた表情を見せてくれた。
「…………っ。」
葵は俺なんかよりも圧倒的に大怪我で、俺の数倍辛いはずだ。だけど、葵は顔を真っ赤に赤面させながら俺の事を迎えてくれた。
「ゆ、ゆ、優馬くんっ!?」
俺は近くにあった椅子に腰掛けると、葵を見つめる。
「本当に良かったよ。無事で。生きててくれて。」
「っ……はい。お陰様で。ありがとうございました。助けに来てくれて。嬉しかったです。すごく、すごく!!」
「でも、結局は男の俺が原因だと思うんだ。本当に、ごめんね。」
葵と再会できてとにかく嬉しいが、でもその前に謝らなければならない。それが男として俺が果たすべき責任なのである。
「違いますって。そんなに自分を責めないで下さい!!私は大丈夫ですから!!」
でも葵は暗い顔をする俺に「顔を上げてください」と、明るく接してくれる。それがどうしようもなく嬉しかった。
「葵は強く逞しくなったね。心も、体も、全部。」
「そうですかー?」
「あぁ、って。そう満更でもない顔をしてるのがちょっと残念だと、言葉を付け足しておくよ。」
「え、えぇ!?それは言わないで下さいよぉ!!」
互いに笑い合い、2日ぶりの再会を喜び合う。
互いに“友達”として──
だが、その“友達”を最初に打ち砕こうと最初に行動をしたのは……まさかの、葵だった。
「そ、そ、その……優馬くん。一つだけ、聞いてもらってもいいですか?」
「お願いって事かな? あぁ、俺が今出来ることならいいよ!」
「は、はわわ……わ、分かりました。じゃあ、すごく唐突でタイミングとかシチュエーションとかぐちゃぐちゃで、言葉も上手く選べてないし、行き当たりばったりですが……どうか私の想いを聞いて下さい!!」
そう言うと、葵は覚悟を決めたかのように微笑んで俺と視線を合わせた。手がモジモジと忙しなく動いている事から、かなりの緊張も感じた。
も、も、もしや──
「私は優馬くんのおかげで人生が変わりました。全部、優馬くんのおかげなんです、ありがとうございました!!
過去の私は不幸体質という理由を付けて、いつも1人で、孤独で……ほんとうに本当に辛かったです。その時の私は永遠に自分は1人ぼっちのままなんだって絶望さえもしていました。高校では心機一転して頑張ろうとも思いましたが……やっぱり無理で、クラスに上手く馴染めなくて、あの3人からのイジメも始まって、もう最悪でした。人生が辛かったです。心がしんどかったです。
でも、こんな私でも、手を差し伸べてくれる優しい人がいました。それはもちろん、優馬くんのことです!!
優馬くんのおかげで私は変われました。友達も増えたし、元気も増えた、もう一人じゃないし、イジメも無い。
──私は優馬くんには感謝してもしきれないんです!!」
ここで、葵は言葉を区切ると……深呼吸をして、気持ちを再リセットすると、ラストスパートに掛かった。
「本当なら、“感謝”だけで私の想いは終わるはずだったんです。だけど、やっぱり。自分の気持ちには嘘はつきたくないんです。正直に生きたいんです。だから言います!!言わせてもらいます!!
優馬くん……私の理想の王子様。最高にカッコイイ王子様。大大大好きな白馬に股がった王子様……
──私をあなたの“彼女”にしてくれませんか!!」
気持ちを全部全部全部。俺に向けて話してくれた。それだけで……俺はもう大満足であった。
「葵……、」
「は、はい!!」
「ズルいよ……」
「え?」
俺の返答に素っ頓狂な反応をする葵。
YESなのかNOなのか判断が付かなかったからであろう。
「俺もずっと機会を伺っていたのに……先に告白するのはズルいよ!」
「え……っ、それってつまり?」
「そういうこと。じゃあこれからよろしくね、俺の“彼女”の葵!」
葵へ贈る為に考えていた言葉はまた今度に取っておくことにしよう。だってもう言葉を選んで送り合う必要は無くなったんだから。
──葵は涙を流し始める。それは悲しみのでは無く。感動の、歓喜の涙だ。
「本当なんですか?嘘じゃないですか?からかってるとかは絶対に無しですよ!?」
「本当だよ。嘘じゃない。俺は葵が好きだし、葵から告白して来てくれてすごく嬉しかったよ。まぁ、シチュエーションがシチュエーションだったから改めて俺から告白したいと考えてるけど。」
「あ、ありがとうございますっ!!私っ、生きてて良かったです。本当に、本当に。」
すると……葵は体を無意識にモジモジさせ始めた。
そして何かを期待する眼差しで俺を見てきた。
「…………そ、その優馬くん?」
「ん?」
また……緊張が篭った言葉?どうした?
「私と優馬くんは晴れて恋人関係になった訳ですよね?」
「う、うん。そうだよ?」
「じゃ、じゃあ、アレをするべきなんじゃないですか?雫さんにもしてあげてるアレですよ!!恋人の特権のアレですよ!!」
「あ、あぁ。アレ……ね。でもいいの?体に響かない?そう思って今回は遠慮しておこうと思ってたんだけど?」
「全くっ、問題ないです。むしろ、体に良く染み渡って怪我の治りが早まるかも知れませんし!!」
「あー、はは。なら、した方がいいのかもね!」
露骨に欲しがる葵に“可愛い”と思いながら、俺は目をつぶって待機する葵にそっと顔を近付ける。
「──心の準備はいい?」
「っ……は、はぃ!!」
俺は細心の注意を払いつつ、優しく、そして丁寧に葵の唇に自分の唇を当てた。カップルの初々しいキスである。
「んっっ。ふぇぇっっ。」
葵はとろけた目で、甘い声を出すと……最後に「よろしく、お願いします!!」と再び挨拶をした。
俺はもちろん笑顔で、そして元気に「よろしく」と答えた。
──まだこれからも色んな事な起こって大変だと思う。だけど……頑張って行こう。男として、未来の大黒柱へなる為に。なにせ、俺には守らなきゃならない大切な人が2人も出来たんだから。
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