夏休み&夜依 編
第75話 婚約報告
葵と恋人になってから数日後…
俺は葵より一足先に退院した。
葵のところには毎日は無理だと思うけどできるだけ行ける日があったら行こうと思う。
足も治って痛みもほとんどない。
これなら学校に余裕で行けるので良かった。
今は夕方、帰宅ラッシュ前に病院を出て車で家に向かっている途中だ。運転はかすみさん、そして俺が後部座席の真ん中、俺を挟むようにして右にお母さん、左には茉優がいた。
ギュッと両腕に抱きつかれているため何も出来ない。まぁ、両手に花だから全く問題ないんだけどね。というかさ、胸当たってるんだよね……お母さんの方はおっきくて俺の右腕は幸せだ。それに比べて左は……うん、なんでもない成長途中なんだな。
「優君、帰ったらご馳走用意してるからね。楽しみにしていてね。」
お母さんは俺の肩に頬ずりしながら言った。
「ありがとうお母さん。」
「お兄ちゃんお兄ちゃん!私がメインに作ったんだよ!私も褒めて。」
そう茉優は言って頭をずいっと差し出してくるけど、今俺は両腕が封じられているから撫でられないんだよね……
「茉優もありがとうな。お兄ちゃん嬉しいよ。」
だから笑顔で言った。
「くぅぅ、久しぶりにお兄ちゃんパワー貰ったよっ!!!」
お兄ちゃんパワーってなんだよ……と思ったけど特殊なものなんだろうと思い、突っ込まないようにしておいた。
「そろそろご自宅につきますので降りる用意をお願いします。」
かすみさんが運転しながら言った。
「分かりました。お母さん、茉優手伝って。」
「わかってるよ優君!」
「私に任せてお兄ちゃんは動かなくていいよ!」
うん、元気満々でいいな。
特に茉優がお兄ちゃんパワーの影響なのかすごい元気だ。
あれこれしているうちに家に着いた。
「ありがとうございます。かすみさん。」
俺はそう言って車を出た。
さぁ、久しぶりの家だ、早く家に入ってご馳走をいただくとするかな。
どんなご馳走があるのか想像しながら俺は門をくぐろうとした。
だけどある人物に呼び止められた。
「……優馬!」
「ん……あれ?雫。」
それは俺の婚約者である雫だった。その証のハート型に加工された輝く青色の宝石がついた指輪をしている。この指輪は俺が婚約してくれと頼んだ時に渡したものだ。
雫は学校の制服を着ていて学校帰りのようだ。
雫は走って俺の元まで来て俺に抱きついてきた。
「ど、どうしたの?雫。」
「……どうしたのって、こんなに心配させて連絡も無しなんて酷いわよ。私は優馬のお見舞いにも行けなかったから優馬がどうなったかわからなくて本当に心配した……でも優馬が無事でいてくれて良かった。」
いつも冷静な雫だけど今の雫はすごく気が弱っていた。目には涙も浮かべている。
「ごめんね雫。俺なら大丈夫。すごく元気だよ。連絡出来なくてごめんね。」
スマホは持っていたんだけど俺の事を心配したメールや電話がひっきりなしに鳴っていたためずっと電源を切っていたんだっけ。そのため雫に連絡ができていなかった。
俺は優しく雫を抱きしめて頭を撫でる。
雫のサラサラな髪からいい匂いがした。
「……うぅっ。」
雫は俺の胸で泣きじゃくっている。それほど心配してくれたんだな……俺は嬉しかった。
「え……お兄ちゃんその人……誰なの?」
「う、嘘でしょ、何してるの優君!?」
そんな事をしていたら必然的と出会ってしまうよね。
茉優とお母さんは俺の荷物を地面に落とし驚愕している。
まさに修羅場だ。
お母さんと茉優には雫と付き合ったことも言ってないし、そこから雫が婚約者グレードアップした時も結局言えてなかった。
雫もお母さんと茉優に気づき急いで俺から離れたけど、今更遅いだろう。
抱きついているところを見られてしまっては弁解する余地がない。だけど俺はいい機会だと思った。
「えっとね、説明したいことがあるんだけどいいかな?」
「「……………」」
「お母さん、茉優!?」
やばい完全に固まっている。しばらく状況を把握するために時間が必要だなこれ…
「1回移動しよっか。家で話した方がいいよね。雫も来て。」
こんな所で話し合ったら近所迷惑になる。それにこの話は大切だからこんな所でするのはダメだと思った。
「……いいの?私が優馬の家にお邪魔して?」
「うん。だけどお母さんと茉優に俺たちの事情を説明するからね。」
「……うん。わかった。」
雫は了承してくれた。
「かすみさん、お母さん運んでください。俺は茉優を運ぶので。」
「は、はい、わかりました。」
かすみさんも若干驚いていたようで動揺が見られた。それでもすぐにいつものかすみさんに戻って俺の言葉を聞いてくれた。
固まったお母さんをかすみさんが、茉優を俺が持ち運んだ。雫には俺の荷物を持ってもらった。
数分後…お母さんと茉優はやっと状況を把握したようだ。
☆☆☆
お、重い。なんだよこの空気。
ご馳走が並べられる予定のテーブルに俺、雫、茉優、お母さんが座っている。でも会話は全くなく重い空気が漂っている。
俺の隣が雫でその向かいに茉優とお母さんは座っている。
もう、2人共固まってはいないけど茉優は不機嫌でお母さんは何故か泣いている。かすみさんは俺達から離れた場所にいる。
話始めづらい……だけど俺の事なんだ俺から話し始めないと。
「お母さん、茉優、それとかすみさん。報告しなくちゃならないことがあります。
この子の名前は雨宮 雫。俺の婚約者です。俺の大事な大事な人です。大人になったらこの人と結婚します。すぐにこういう大事なことは報告するべきだったけど報告が遅れてごめん。」
俺は言い切った。
雫は結婚という単語を使ったからか顔が真っ赤だ。
「っう、まだ早いと思うよお兄ちゃん!まだお兄ちゃんは学校に行ってからまだ全然経ってないんだよ?そんな短期間じゃ、相手の人の気持ちとかよくわかってないんじゃないの?」
「茉優、長く過ごせばいいって言う訳じゃないんだよ。確かに茉優の言う通り長く時間を過ごした方がその分相手の事がわかるかもしれない、確かに雫と一緒に過ごした時間は短いかもしれない、だけどその分濃密な時間を過ごしたんだ。だから俺は雫のことは大体理解しているつもりだよ。」
「くぅっっ、」
茉優は悔しそうな声を出した。それに比べて雫の顔はさらに赤くなっている。
「だから認めてくれないかな?頼むよ!」
俺はそう言ってお母さんの方に目をやった。
お母さんはさっきから泣き続けてるけど俺の視線に気づきやっと口を開いた。
「親としては嬉しい。すごく嬉しいよ優君。だけどね……お母さん的には羨ましいのよ!!!私も優君と結婚したいのに!!!」
あーやっぱりいつものお母さんだ。
お母さんは大人だけど精神年齢は低いんだよね……
「……はえっ?」
お母さんは席から立ち、雫の手を取った。
「雫さん、あなたは優君……いえ私の息子の優馬の支えになってくれるって約束してくれる?優馬はね男としては珍しく優しく育ってくれた。だから誰にでも優しく接してくれる。それが優馬のいい点よ。だけどその性格が時には足枷になる時が来るかもしれない。だからそんな時にあなたが優馬の事を隣で支えてあげて。私はお母さんだから。いくら好きでも後ろからしか支えてあげることは出来ないからね……」
いつものお母さんじゃない真剣な顔でお母さんは言った。
「……はい!生涯かけて約束します!」
雫はお母さんの手を握り返して言った。
「ちょ、お母さん!」
茉優はお母さんが絶対に反対すると予想していたらしく、怒りの声を上げた。
「いい加減茉優はお兄ちゃん離れをしなさい。私達は優君の家族なのよ、いくら頑張っても家族より上には何があってもなれないのよ。」
駄々をこねる茉優にお母さんは少し強めに言った。
「うぅ、わかってるよ!!!わかってるんだけどやっぱりダメなのぉー私はお兄ちゃんだけなのっ。」
「あ、茉優!」
茉優は泣きながら部屋を出ていってしまった。
「茉優は後から俺がしっかり説明しておくよ。」
「お願いね優君。」
「うん。」
今、茉優は突然の話で動揺しているのだろう俺がしっかり説明してあげれば納得してくれるはずだ。それに茉優は思う人もいるはずだからそいつに俺から頼めばなんとかなるだろう。
「それじゃあ今日は優君の結婚相手1人目のお祝いね!」
「かすみ、じゃんじゃんご馳走持ってきて!雫さんも夕食食べていったら?」
「……あ、えっと、」
雫は俺の事をちらっと見た。確認だろう。
俺はグーサインを出した。
「……ありがとうございます。お、お言葉に甘えさせてもらいます。」
雫はガチガチに緊張しているな。まぁ、無理もないかもね。俺も雫の家に挨拶に行く時はそうなると思うしね。
かすみさんは大盛りの料理を沢山持ってきた。
すごく美味しそうなものばかりだ。
ご馳走はすごく美味しく病院食にウンザリしていたのでいくらでも食べれそうだ。
「優君も、もう1人目が出来ちゃったか……あ、そうだ雫さんとの馴れ初め話を聞かせてもらおうかな。」
「……あ、はい。」
祝い事で久しぶりにお母さんはお酒を嗜んだ。
少しほろ酔いの状態で雫に言った。
ご馳走を一緒に食べながら俺と葵の馴れ初め話をした。お母さんは恋バナを聞くみたいに受けの姿勢で静かに聞いてくれていた。
料理を多少食べたところで俺と雫の馴れ初め話は終わった。そしてアルコールが入ったお母さんは冗談を俺に言った。
「でも優君は想像以上に婚約者をつくるのがはやかったね。こんなに早いんだったらもしかしてもう2人目の彼女がいたりしてね。」
だけどあの時の俺は雫の報告が上手くいったので気が緩んでいた。そのため真実を言ってしまった。
「あ、うん。いるよ、もう1人。恋人だけど。」
「え?」
「……私そんなの聞いてないけど!?」
俺は急いで口を抑えたが既に遅く言ってしまった。
「あ……」
やっちまった。葵の事は今話すべきじゃ無かったよな……もう少し考えればよかったと思う。今更後悔しても遅かったけど……
ははは、俺はお母さんと雫から疑惑の目で見られるのだった。
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