第72話 満身創痍


葵に会えた……それだけで、すごく嬉しい。頑張って来て良かった。これまでの疲れが再びぶっ飛ぶ、という訳では無いが……圧倒的な活力が湧いた事は確かだ。


「っ……」


葵の怪我の状態は、かなり深刻なものであるという事は明白であった。頭からの出血も酷く、全身の打撲もかなり酷い。更に小刻みに震え始めている事から、川の水による冷えで低体温症が発症しそうになっていた。


でも、その中で特に酷かったのは両足で……多分、どちらの足も骨折の恐れがある。足が変な方向にひん曲がっているからだ。


どう考えても葵は重症だった。痛みも尋常では無いはず……でも葵は意識を保ち続けて、俺の事を待っていてくれた。

忍耐力が凄まじい……と、尊敬したくなる程だ。


取り敢えず、軽い応急処置を施し、移動しやすくもする。葵をおんぶする訳だから……要らない装備もなるべく置いて行く。


俺の上着を葵に着させた後に葵の事をおんぶした。

時間はなるべく短縮し、葵にはなるべく負担を掛けないようにする。


……くっ、でも流石に俺も満身創痍なので多少はおぼつくのもしょうがない。


「重く、ないですか……?」

「うん、問題ないよ。」


自分の事よりも、俺の心配をしてくれる葵だが、本当に今の俺は大丈夫なのだ。


「今ね、体がすごく熱いんだ。逆に汗をかきそうなくらいにね。だから大丈夫、安心して。」


なんだか分からないけど、さっきから、体から発せられる熱がすごいのだ。その影響で今の俺の体は、ブーストされているかのように動けた。


「そうなんですか……?あ、確かに……優馬くん、すごく温かいです。だからか……とても安心します。」


そう言うと、葵は俺に体を預けてくれた。


「…………これから林の楽園の本館に向かうよ。多少は走るから、振動とかで傷が痛んだらごめんね。でも、最速で運ぶ様にするから。」

「あ……はい、大丈夫です!!」


葵の苦し紛れの了承を得てから、俺は走り出した。

なるべく葵に振動が行かないように、自分の体をコントロールしながら。


懐中電灯などは無い。そもそも川に入った時点で壊れたし、葵をおんぶする為に邪魔だったので置いてきたのだ。取り敢えず、この月明かりのおかげで問題無く前は見える。だから問題ない。


木の幹や小石など、俺は様々な物に細心の注意を払いながら進んだ。道は何と無く分かる。だから真っ直ぐに目的地へと向かう。


「…………でも、懐かしいよね。この感じ、そう葵も思わない?」

「何が、っ、ですか?」

「このおんぶが、だよ。これで実質おんぶをしたのは2回目なんだよ。覚えてる?」

「あ……はい、当たり……前ですよ。初めて出会った……時にですよね。」


徐々に弱くなる声。多分、精神的に限界が近いのだろう。


だけど……言っておく、葵の為に。


「…………あれから少し経ったけど、俺はね、あの時に葵に会って良かったって思うんだ。葵が居てくれたから林間学校も楽しいものになったし、思い出も沢山出来た。……今日は辛いことも、悲しいことも沢山あったと思う。だけど葵は何度でも何度でも立ち上がった。

その姿に俺だって応援したくもなったし、支えたくもなったんだよ。だから、負けないでくれ。力尽きないでくれ。辛かったら俺が全力で支えるから。」

「っ……はい……」


俺の言葉に、葵は少しだけ恥じらいながら返答をくれた。


「あ!……葵、もう少しだ。もう少しで本館に着きそうだよ。」


俺達は舗装された道路に出た。だから俺は元気に断言出来たのだ。この道を道なりに登って行けば本館に辿り着けるはずだろう。


「くっ……」

「頑張れよ、葵。もう少しだからな。」

「…………っ。」


葵は等々意識を失ったようだ。何度話し掛けても答えてはくれない。


「ふぅ……」


後はラストスパート。全力を出し切るのみ。

俺は残った体力を体中から掻き集め、前へと進む原動力へと変化させた。








──俺は走り続け、もう目の前が林の楽園の本館だ。俺の怪我をした足は既に限界を超えている。

痛みで何も感じないけど、よく持ってくれたな俺の足。


足を引きずりながらも、俺は本館の入口に入った。

既に深夜なのにも関わらず、明かりが付いていて自動ドアが動いてくれていたのは助かった。


最初に目が合ったのは入口の前にいた奈緒先生だった。奈緒先生は俺と葵に気が付くと……泣きながら走って向かって来てくれる。更に後ろにいるのは森さん、それに雫か?


あぁ、でも流石に俺も限界なのかな?視界が上から徐々に暗く閉じて行ってるや……まぁ、でもこれで一安心だし、休むとしますかね……


「優馬君、葵さん!大丈夫ですか!?」

「あ、後は任せます。俺は後でで構いません。だから最優先に葵を頼みます。」


俺は葵を任せ、そう言い残すと倒れ込んだ。


──やり切った、よな?

──頑張った、よな?

──悔いは無い、よな?

……だから今はゆっくり休もう。お疲れ、俺。


それから俺は眠りについた。


☆☆☆


──葵も優馬もどちらとも状態は悲惨なものだった。


葵はどこからどう見ても大怪我。元から待機していた救急車による緊急搬送、そしてすぐに緊急手術のようだった。


優馬も中々に酷い怪我と酷い疲労。更に酷い熱という所から、前に森さんが言っていた蚊による感染症が疑われていた。


「……優馬っ。」


雫は優馬を膝枕し、安静にさせると……手を握った。林の楽園に現着していた救急車は1台。最重要に搬送かれるのは絶対に男の優馬のはずだ。だが、優馬の助言で葵を先に搬送し、優馬は次の救急車を待つ事になった。


緊張の時間。優馬の辛い表情を見ると、何も出来ない雫はやるせない気持ちでいっぱいになる。


どうして、あの時。優馬の後を着いて行かなかったのか……見ているだけだったのか……強い後悔が雫を襲う。


それに、感染症の事も……すごく心配だ。


「……大丈夫だよね。きっと、明日にはすぐに元気になってくれるよね?」


だからお願い……優馬…………絶対に居なくならないでね。雫はそう願いながら、優馬と共に救急車を待った。






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