第70話 降参
──俺の怖い所が苦手という短所が生まれたきっかけは、俺が転生する前の幼い頃にまで話は遡る。
誰でも初めてのホラー映画という物は印象強く記憶に残るものだろう。それが俺の初めてのトラウマでたり、短所になるものだった。
それ以来、心と体が成長しても……どうしても暗い所だと足が竦んでしまう。逃げ出してしまう。ビビってしまう。
恥ずかしい話だが……転生してもその短所は直らなかった。
──暗闇、それは俺の一番苦手な場所。
「くっ……」
それでも俺は迷わず、めげずに走り続けた。絶対に葵の事を諦めるつもりなんて無いからだ。そう覚悟しただけで、あんなにも苦手な暗闇なんてへっちゃらになる。
「…………待ってろよ!葵!」
俺は暗闇の森をひたすらに突っ走った。
☆☆☆
葵が落ちて行った後、直ぐに月明かりが差し込み崖側にいたリン達を照らした。そしてようやく気付いた…………自分達が仕出かしてしまった事の重要さと自分達の血だらけの手に。
葵が落ちる瞬間をもちろん見ていた3人。数秒間はそれがどういう事なのか状況判断が上手く出来ず、ただただ漠然と惚けている事しか出来なかった。
それからまた数秒後に、ようやく脳が正常に働き始め、口から言葉が漏れた。
「あーぁ、モブ落ちて行っちゃったね。」
「でもこれで流石に死んだ、よね?」
「そうだね。……普通は死ぬでしょ。」
リン、ミユ、マヤは淡々と流れるように葵の死を悟ったように喋った。3人の今の感情は、はっきり言って不規則でよく分からないものだった。
だって、3人には自覚がないからだ。自分達が既に階段を踏み外している事に気付いていないからだ。
「──あれ?そう言えばさ、なんでうち達って神崎さんの事をターゲットにしたんだっけ?」
「は!?どうしちゃったのミユ。理由なんて、神崎さんっていうモブが優馬君を唆して、うち達の居場所を奪ったからでしょう?」
「で、でもさ、よく考えてみるとうち達って人を殺したってことになるの……?」
「そ、そうかもだよね……考えれば考える程、今のうち達っておかしいよね!?」
そう言った後にミユとマヤの2人は苦しみながら頭を抑え始めた。どうやら酷い頭痛に襲われているようだ。……多分、あれの効果が切れたんだろう。
でも、もうあれのストックはない。そもそも、昨日の夜に使った分で最後だったからだ。
「あれれレレぇェェ?こ、コ、こ、こんな筈じゃ、なかったんだけど……」
「そ、そレな~ァ?」
いつもの口調に片言が混ざりおかしな言語になる、ミユとマヤ。
「──痛っ!」
そう冷静に判断しているのも束の間……
どうやらリンにも酷い頭痛が襲来したようだ。
ガンガンと鳴り響く鈍痛な頭痛。それはこれまで無理やり曇らせていた頭の中をごくごく自然に晴れさせようとしてくる。そのせいで、どんどん頭が気持ち悪い程冷静になって行く。そのついでに頭の中で何かが壊れる。
「う、ウちは何も知らないカらね。全部リンとマヤの2人のせいなんだから!」
「は?マヤ裏切ルつもり!?貴方も充分過ぎるホどの共犯なんだよ!」
「うちは……うちは……………」
マヤは咄嗟にこの場から逃げようとするが、ミユがそれを阻止する。リンはただブツブツと何かを発するだけで、特に何もしようとしていない。いや、する気がそもそも起き無いのだ。
──既に3人の関係は地に落ちた。だから自分が悪くないと……周りが全て悪いと……責任の押し付け合いという最悪な状態になっていた。
リンは力が抜けたかのように両膝をつき、葵が落ちて行った崖をただ見つめる。崖の下の方は月明かりが届かず暗い。リンの持つ小さな懐中電灯如きでは底の方まで見る事は出来ない。
もしかしたらこのすぐ下が川で助かっているのかもしれない。だけどそもそも大怪我を負っている状態で泳ぐという事は不可能に近い。
だから……もう既に、神崎さんは……
リンは罪悪感でいっぱいになり、発狂しそうになる。いや──既に発狂済み……なのだ。だからこんなにも最悪な結果に終わってしまったのだ。
「ごめんなさい、神崎さんッ!」
苦虫を噛み潰したような顔でリンは言った。
もう今更後悔しても結果は変わらないというのに。仕出かしてしまった責任からは決して逃げられないというのに。
☆☆☆
俺は滝が近く崖辺りの場所に到着した。様々な状況から場所の見当を付けて、様々な所を回ってみたが……まだ葵は見つけられない。
暗すぎるというのもあるが……それでも、かなりの時間が掛かっていた。
こうしている間にも葵は危険な状況なのかもしれない……そう思うと痺れ始めた足にもぐっと踏み込む力が入る。
──そんな時、運良く月が出てくれた。その月明かりで俺の視界が広がり、状況判断が格段に上がった。そして遠くからでも人を認識出来るようになった。
「よし……今の所全て良い方向に向かって来ている。だから、絶対に葵も……無事のはずだ!」
そして、それからまた数分走って探し続けると……
「──おいおい、なんだよこれ……」
ようやく何かの手掛かりを見つけた。
まだ全ての全貌は分からない。だけど、俺の目に映ったのは……赤い液体。多分誰かの血?だろう。
それが至る所に凄惨に飛び散っていた。
俺の中で危機感が最大の更に上まで段階を上げた。
「─────葵っ!」
そう叫んでも……葵からの返事は無い。
葵はここには居なかったのだ。
だけど……
「おい!」
俺は崖際で跪いている3人に近寄った。ここには葵ではなく、コイツら“だけ”がいたのだ。
「──やっぱり、お前らが元凶だったのか!リン、ミユ、マヤっ!」
葵がターゲットの時点で俺は犯人が誰なのか分かっていた。だけど、信じたくは無かった。1度の挫折位で負けて欲しくなかった。逆恨みなんて一番悪手な事なんてして欲しくなかった。
けど実際、コイツらは仕出かした。もう知らない。
だって、今のコイツらはただの犯罪者なんだから……
もう救いようの無いクズまで堕ちてしまったのだから。
「ァ……優馬君だァ?」
「ダネェ……」
「ウワァーイ。」
「…………は?」
3人は既に壊れている……のか?言葉の大体は片言。更に体は痙攣を引き起こし、口から泡を吹く者もいた。前に見た時とは大分様子がおかしい?
そのただならぬ雰囲気に俺は血の気が引いたが……それでも強く心配する事は出来なかった。
「──おい!葵はどうしたんだ?」
その3人の中で一番精神が壊れていなさそうなリンの胸ぐらを掴み、無理やり立たせると……俺は強く問いただした。
絶対に葵は生きていると信じているからだ!
絶対に葵を助けるって決めたからだ!
絶対に葵の事は諦められないからだ!
「神崎サンは………落ちタよ。」
「は?」
「──だカら、神崎さんは崖かラ落ちたンだよ!うち達が棒デ叩いてイたら逃げテ、ウチが投げた木の棒にたまたま当たッて、たまたマ落ちちゃっタんだよ。」
既にリンも情緒が安定していない。だけど、やっぱりコイツらが元凶で……葵は……っっ!
強い恨みと憎しみが俺の中で大量に湧いた。多分これは持っちゃいけない方の感情だ。
「ふ、ふざけんな!全部お前らのせいだろっ!」
俺は声を荒らげ、右手で拳を作り振り上げた。
……無意識に体がそう動いたのだ。
リンは目をつぶり、抵抗する様子はない。いや、抵抗すら出来ないのだろう。
「っ……!」
俺は躊躇なくその拳を振り下ろす……
直前、だった──
〘ガガッ………優馬…くん……た、助けて……私……まだ生きてるっ……!!〙
……聞こえて来たのは微かな声。途切れ途切れで雑音が酷く、誰が話しているのかは分からない。だけど俺は決して聞き逃さなかった。
俺は振り下ろす途中だった拳をピタリと止め、リンを突き放す。そして持っていたトランシーバーを夢中で掴む。
「…………っ、葵!?」
そう、絶対に。この声は葵だ。葵がトランシーバーで俺に連絡をしてきたんだ。すぐに反応したが、それ以上葵からの連絡は来なかった。
でも……葵は生きてる。そう思うだけで、さっきまで俺が纏っていた負の感情が浄化されて行く。
分かった。今からすぐに助けに行くよ、待っててね葵……
「…………うぐっ、」
「俺はな、別に優しくなんてないぞ?本当なら今すぐにお前らをぶん殴ってやりたいよ。だけど、そんな事してる場合じゃなくなった。俺はこれから葵を助けに行くんだからな。」
「はッ、神崎さんは生きテるの?」
リンの質問なんて全部無視し、俺が言いたい事だけを言い残す。
「俺はお前らを絶対に許さない。よく覚えていろよ、絶対に葵に謝罪してもらうからな!」
俺は再び走り出した。目的地は崖下の川あたり……ここからは完全に運と時間との戦いだ!覚悟を決め、俺は全力ダッシュした。
「──なーんダ、やっぱり優しいジゃん。その優しサを少しでもうち達にも使って欲しカったな……」
今すぐにでも意識が途切れそうになるリンだったが、それでも……最後に、悔しいが認めなくてはならない。
「優馬君の……神崎さんヲ思う気持ちに、うちが付け入ル隙なんて元かラなかったんだね……あーぁ、敵わないよ……降参ダヨ。優馬君、それに神崎さん。」
リンは自分が仕出かしてしまった後悔と責任に心を押し潰されながらも……涙を流すのだった……
☆☆☆
葵は勢いよく回転しながら崖から落ち、そのまま川に着水した。
川に着水したおかげで地面に体を強く打ち付けられないで済んだが……それでも大怪我を負った状態での泳ぎはしんどいを通り越していて、葵が川を泳ぎ切って岸まで到着するのはほぼほぼ不可能であった。
微かに残る意識の中……まだ自分は死んでいないと分かった。だけどそれも後、数秒程だろう。
葵は徐々に水の中に沈んで行く……
必死にもがこうとしたけど、無理だった。
葵の足の骨にはヒビが入っている。それに全身の打撲。血も圧倒的に足りていない。それでも意識をまだ保っていられる葵はすごい事であった。
葵は沈みながら、ゆっくり目を閉じた……
──葵の人生が凝縮され、頭の中でまるで映画のように再生される。恐らく……これが、走馬灯というやつなのだろう。
良い……人生だったのかな?
葵はその映画を見ながら、ふと過去を振り返る。
これまでは辛い日々、孤独の日々。そして決して主張せず上を望まない日々だった。
本当に最悪でつまらない人生なんだと思っていた。
だけど、優馬くんに出会って、雫さんや夜依さん達に出会った。皆と楽しく笑った日々は永遠の思い出だ。葵は決して忘れないだろう。
────もう満足したの?
唐突に、自分自身から質問が来た。
そんなの……“してない”に決まってる。
この想いを伝えなきゃ、死ねない。
“好きだ”って優馬くんに言いたい、伝えたい!!
あぁ、でも、もうムリ……なんだよね。
そろそろ葵の息が切れる。あと数秒もしない内に葵は溺れ死んでしまうだろう。
……例え強く生きたいと願っても、不可能な事は不可能なのだ。覆りようが無いのだ。
葵はどんどん沈む。意識もほぼほぼ無いに等しい。苦しさもあまり感じない。だって、もうその感覚さえも麻痺してるんだから。
そんな絶望的状況の時だった……
(──はぁ、今回ばかりはしょうが無いね、助けてあげる。これはさっき感謝されたお礼ということで。もちろん内緒だからね。それに××くんには君が必要なんだ。だから生きるんだ、神崎 葵!)
……え?誰かの声が一瞬だけ、頭の中で響いた。そこからの記憶は完全消滅し、葵は完全に意識を消失した。
──────は!?
葵は岸辺で意識を取り戻した。
「あ、あれ……?わ、私って……生きて、る?」
まだ痛みは引いていないし、体に力は入らないけど……何とか葵は生きていた。別に夢とかじゃない、だって死を実感する事によっての生への執着を今ひしひしと感じる事が出来ているからだ。
だけど……葵はどうやってここまで来たのかは覚えていなかった。
まぁ、結果的に助かったし、生きていられる。また友達と話せる。また優馬くんと一緒にいられる!!
それだけで葵は充分満足だった。
「あ……これって、」
気付くのに多少遅れたが、さっき崖で落としたトランシーバーが葵の隣に漂流していた。何故かは分からないが、偶然として片付けるのには明らかに不可思議過ぎる。
でも、そんな事を気にしていられる程の余裕は今の葵には無い。今の頭の中はただ1つ、“優馬くんに連絡をする”という事しか無かった。
まだ意識はギリギリ保っていられる。だから痛みをグッと我慢しトランシーバーを握った。
「良かった……まだ使える。」
どうやら、奇跡的に壊れていなかったようだ。
葵は出来る限りの声を絞り出す。
「優馬…くん……た、助けて……私……まだ生きてるっ……!!」
出来るだけ完結に、分かりやすく、でも気持ちは出来るだけ込めて伝えた。
そこで丁度体力の限界を迎えたのだろう。気絶するかのように眠り着く葵であった。
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