第67話 異様な光景


合流した俺は雫と由香子と一緒に行動し、なるべく早めに奈緒先生から指定された場所に向かっていた。


「……それで、優馬の仕事って結局なんなの?」


雫が俺と由香子を手を引いて先導しながら聞いて来た。


「それがね、俺にも詳しくは伝えられてないんだよ。“何かを撤去する”とは言っていたけど。それ以外はさっぱり。」

「……そう。 撤去……?行ってみないと分からないのかしら?」

「う~~もっと、明るい話題をしようよ~~怖いんだから~~」

「はは、そうだね。俺からも頼むよ。」

「……はぁ、分かった。」


そんな感じで、途中で無難な会話を挟む雫の心遣いで俺と由香子は恐怖をそこまで感じずに進む事が出来た。


既に歩き出して数分が経つが……まだ目的地には着かない。そのため若干の不安になる俺。だって、この撤去の仕事が終わったら来た道を戻り、葵と合流しなければならないからだ。


もしその場所が肝試しのルートの最後ら辺にあったら、戻るのがしんどいな……なんて嫌な気持ちになりつつ、俺達は進む。


何度か脅かし役の人が立っているポイントを通過したが……どのポイントを通過しても、脅かし役の人と遭遇する事は無かった。恐らく俺と同じで奈緒先生からの招集を受けているからだろう。


「早く終わらないのかな~~」


なんて、由香子が愚痴を吐いている時。

遠くの方がかなり明るい事に気が付いた。多分、全てが懐中電灯の光だろう。


「……あれ、優馬の目的地はあそこじゃないの?」

「うん。どうやらそのようだね。」


遠くからでも分かるが、その場所にかなりの人数が集まっている。それだけでただ事では無いと判断出来る。


俺達は駆け足でそこへ向かった。撤去する物の正体が何なのかをすぐに知りたかったからだ。


その目的地に近付くに連れ、木々は開け、道は広がる。そして完全に開けた場所に“それ”はあった。


「──な、なんだよこれ……」


俺は度肝を抜かれる程、驚愕した。


なぜなら……大きな大木に無数の藁人形が釘で打ち付けられていたからだ。


明らかに、どう考えても、誰から見ても……それが、『異様の光景』に映るのは明白であった。


俺は恐怖心を抑えつつ、勇気を持って更に詳しく観察をしてみると……その藁人形の一つ一つには、赤い絵の具のような物で書かれた御札も一緒に貼り付けられていた。


俺含め、今到着した雫、由香子は呆然と立ち尽くしてしまう。頭の判断が正常に働いていないからであろう。


「──あぁ、優馬君来ましたね。良かったです。」


大木の前で棒立ちの俺に気付いた奈緒先生は簡単に状況を説明しに来てくれた。


「これらが発見されたのは、最初に肝試しを行った班の人達です。つまり、ついさっきの事です。」

「え、そんなに発見が遅かったんですか!?普通は昼とかに見つかりそうなものですけど……」


ここは朝のハイキングコースの1部だった場所で、割と人気なスポットだった。だから人通りはあるにはある。だからもっと早々に見つかると思っていた。


「えぇ、君の言う通りです。私も林の楽園の職員に問い合せをしてみた所……今日の昼に、この大木を通った職員が言うには別に異変などはなかった、との事です。」

「となると、昼からこの肝試しが始まる前までの間にこんな作業を終わらせたという事なのか……?」


これほどの膨大な数を?


それに理由とかは、これを制作した犯人にしか分からないが、何かしらの深い憎悪も感じる。誰へのメッセージなのかは分からないけど。


「取り敢えず肝試しは中断です。出発地点の葵さんには既に事情を説明しています。」

「え!?ちゅ、中断!?」


いや、それは無いだろう!?だって肝試しは葵とのビックイベントなんだぞ!?楽しみにしていたんだぞ!?


……なんて思うけど、心の奥底では少し安心もしていた。だから本気で抗議はしない。けど、一応はする。


「それはちょっと酷くないですか。まだ肝試しをしていない班が可哀想です。」

「それでも、生徒達の安全の為です。それにターゲットは優馬君、君なのかもしれないんですからね。」

「うっ……」


確かに……奈緒先生の言う通りだ。

強引に納得させられる俺。


でも、奈緒先生の言う通りだ。この中で特別な存在=俺、がターゲットである確率はそれなりに高いのだ。


奈緒先生の脅しに少しだけ恐怖心が湧いてしまったのだろうか……足がすくみ始める俺。顔には出さないように心掛けたが、体が言うことを聞いてくれなかったのだ。


「でも安心して下さい。優馬君は既に私や他の先生方、信用出来る生徒達の近くにいます。だから安心安全のはずです。」

「そう……ですね。ここから襲われたりする確率は低そうです。」


いつもは(身長の関係で)あまり頼りない感じがするけど、今の奈緒先生は心の底から頼りに出来る心強い存在だった。


だけど犯人が俺の事を狙っているのなら、わざわざこんな事をするだろうか?だって普通に警戒されるに決まってるだろうし。

なんて……微妙に冷静な俺でもあった。


☆☆☆


奈緒先生や雫。さらに既に撤去作業を手伝っていた夜依。それなりの人数が集まったこの大木前はとにかく安心感が強くて俺の中にあった恐怖心や嫌悪感など負の感情の数々は徐々に薄れて行ってくれた。


それにしても……この藁人形の量は凄まじいな。


どうやらこの藁は林の楽園の倉庫から盗まれた物が使われているらしく、これを作った犯人は思ったより近くにいる存在なのかもしれないらしい。


でも、この犯人は複数人居るという事は濃厚になった。だってこれだけの量の藁人形を1人で作って、1人で設置するなんて流石に無理があるからだ。


数人の犯人が居たとしても……この量だ、例え犯人が2~4人ぐらい居たとしても、イカダで川下りやキャンプファイヤーなど様々なイベントをやっていた生徒達が実行するのには少し無理がある。


という事は生徒じゃない可能性は十分に高いな。だって生徒全員が全ての日程(肝試し以外)にちゃんと参加しているはずなんだから……


「あ……」


いや、待てよ。ハイキングやイカダで川下り、キャンプファイヤーも色々とサボっている生徒が確か何人かいたはずだ。


……その生徒達だったら、この謎の行為も実行可能ではないのだろうか!?


大切な学校の仲間を疑ってしまうのは心が痛むが、一応の為に犯人の候補には付け加えさせてもらう。

疑いが晴れるのはすぐの事だと思うけどね。


「他の生徒にも手伝って貰っていますが、まずはこの人形を全て取り外して大木を綺麗にしましょう。なので、今はとにかく力仕事が必要です。頼みましたよ、優馬君。」

「はい、了解です。」


奈緒先生の指示に従い、早速撤去作業に入った俺はふと……あることに気付いた。


林間学校で“問題”が起きてしまった……


今年は生徒会が実行委員と協力して何がなんでも問題を起こさないようにという為に協力と努力をしてきたというのに……このままいくと学校の信頼と生徒会長である空先輩のメンツに泥を塗ってしまう結果になる。


ふ、ふざけんなよ。一体犯人は何がしたいんだよ?目的は?動機は?俺には何が何だか意味がさっぱり分からず、ただ苛立ちが募るだけだった。


「それで……これからはどうするんですか?」


撤去作業をしつつ、これからの事を奈緒先生に質問する。


「そうですね、取り敢えず撤去作業を終わらせたら林さんや職員さん、先生方で林間学校を続行するかを協議してみます。その結果次第では即座に林間学校は中止。最悪、警察を呼ぶ可能性も高いです。」

「そう、ですか。」


俺も悔しいけど、奈緒先生とは同意見だ。


──命には代償なんて効かない。代わりなんて存在しないのだから。当たり前である。


☆☆☆


それから俺は皆と協力して撤去作業を続け、数十分が経った頃……


「──あの。これって何かの暗号なんですか!?」


実行委員の1人が何か手掛かりのような物を見つけたようだ。


「なんでしょうかね、あれって?」


実行委員の彼女が指した場所は、大木の上の方の場所で俺は懐中電灯の光を当ててよく見てみる。


そこにあったのは、藁人形などではなく……


「──あれってただの人形か!?」


それはちょっと人間味が強い外国製の人形であった。


その人形は全部で4体あって、1つは屈しているような体勢の人形、その人形だけは赤色のペンキでベタベタに塗りだくられていて、グチャグチャになっている。


その周りには取り囲むようにして3体の人形があり、その3体の人形はそれぞれ棒のような物を持ち、屈している人形をいじめているように見えた。


「…………?」


これって……えっと、なんだろう。何となくだけど見た事があるかもしれない。


……この1人を3人でいじめている光景。それは葵の件での光景と近しいものがあったのだ。


猛烈に葵の事が心配になり始める俺。すぐに所持していたトランシーバーを手に取った。


「………葵、聞こえる?」


葵もトランシーバーを持っている。だからすぐに無事だという声を聞きたかったのである。




あれ……?


数十秒待ったが、葵からの返事は来ない。いつもなら数秒で返信が来るはずなのに……?


──直感的に、本能的に嫌な予感がした。


俺は一瞬で決断し、持ち場を離れて走り出した。

どうか俺の思い違いであってくれ!

だから頼む……っ。無事でいてくれ、葵。

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