第66話 肝試し
──ついに肝試しの時間になった。
体力は半分ぐらいは回復した……かな?という具体で体調面の不安は多々あるが、肝試しというビッグイベントへの期待と興奮でその不安は徐々に薄れていた。
キャンプファイヤーの炎はまだ若干残ってはいるが、先程までとはかなり炎の勢いが弱くそろそろ消えるはずだろう。
積み木の組み上げに携わった関係者なので、少し惜しい気持ちもあるが……いつかは消える運命は変わらない。だから、
「──ありがとう。お疲れ様。」
俺は感謝をしながら消えゆく炎を見送ったのであった。
肝試しのルールは2人1組で指定された森を進み、至る所にある御札に名前を書き込みながら進むという少し難しいものだ。
補足として、別に御札に名前を書けなくても問題は無いのだが……全ての御札に名前を書く事が出来れば特別な報酬が先生方から頂けるらしい。
それ目当ての生徒が一定数いるので、肝試しの盛り上がりはそれなりにある。
やる気と度胸、そして協調する力を上手い具合に噛み合わされた今年の肝試しは、俺達生徒会と林間学校実行委員の皆で数時間もの間話し合って決めたルールだ。
一般生徒の基本装備は懐中電灯、熊よけの鈴、御札の場所が書かれた地図の3つで、例外である生徒会と実行委員は+αでトランシーバーの所持が認められている。俺達は脅かす側の役割もあるし、緊急事態の際に速やかに対処する為に速やかな連絡の供給、共有が必要だからである。
毎度の事ながら、俺達も一般生徒の後から肝試しはするが……脅かすネタは全て知ってる。つまり、ネタバレされているのだ。
なので、怖いもの知らずの人がこれじゃあ“つまらない”と断言する声もあったけど、俺的にはこれで充分だ。肝試しの醍醐味の雰囲気を楽しめればいいんだから。
まぁ、そんなこんなで開催した肝試し。
早速、一般生徒のペア決めが実施された。
「って、まぁだよね。」
当然かのように皆は俺と組みたいようだったけど、またしても俺は仕事の関係上で組む事は出来ない。また苦情が言われるのかな……と覚悟はしていたけど、さっきのキャンプファイヤーで少しの間俺と関われた事で、強く催促して来る子はほとんどいなかった。
良い感じにノーリスクで落ち着いてくれたのは良かったけど……リターンの分が割に合わない気がする。結果オーライなのはいいんだけどさ。
疲れの籠ったため息を吐いた後──俺はペアの確認作業を皆と分担して行いながら、知り合いが誰と誰で組んでるのかをさりげなく観察する。
「って、」
雫は由香子と春香は菜月というペアを組んでいた。
ぶっちゃけ予想通りの結果だった。
☆☆☆
俺達側のペア決めも今の内にやっておくとの事で、一旦集合した俺達。
今回のペア決めも、満場一致でくじ引きで決める事になった。前回の班決めの雪辱を晴らしたいという皆の意見を尊重したのだ。
もちろん、結果に文句は言わないという前回のルールも採用している。
まぁ、この皆とは長く過ごした。協力も沢山した。誰がどんな人なのかも多少は理解しているつもりだ。だからくじ引きがどんな結果になろうとも、俺にとっては全員が“大当たり”だと強く思える。
俺のくじを引く番は当然のように最後。そして最初にくじを引いた葵は1番、次の夜依は5番だった。それに続いて順々に皆はくじを引いて行く。
「あ、私5番。夜依さんと同じだね、よろしく。」
「本当ですか!よろしくお願いします。」
着々とペアが決まり始め、どんどん膝から崩れ落ちる生徒が増えて行く。そんな中で、夜依もペアが出来たようだった。
夜依め……俺とペアじゃなくて、すごく嬉しそうだな。少しムカつくが、夜依らしい素直な反応なので余り気にしない。
──そしてとうとう、俺がくじを引く番となった。
えっと……俺は最後にくじを引くから、別にくじを引かなくても既にペアが誰なのか分かるくね?そうツッコミしそうになりながらも、俺は……くじを引いた。
「──あっ!」
☆☆☆
──きて、きて、きて、きて、きてっ!!
葵は両手を固く握りしめ、優馬が1番のくじを引く事を祈っていた。
お、お願いします、神様っ!!
班も一緒で、もうこれまでで自分の運を使い切ったのかもしれない。だが、たまには……わがままを聞いくれてもいいんじゃないか……!?
……お願いします!!
強く強く気持ちを素直にして願った。
──そうして優馬はくじを引いた。
葵という少女の久しぶりのわがまま……不運な体質であると気付いた時から、ずっとずっと心を塞ぎ込んでいた葵の自我。
だけど、少なからず優馬と共に居た事で、葵の感情は豊かになった。そしてエゴを感じるようになった。
葵のわがままの気持ちは、純粋に奇跡として返却された。
「──あっ!」
優馬が引いたくじは………葵の握りしめる番号と同じ1番だったのだ。
「あ、葵がペアなの!?」
「や、やったぁぁぁぁ1番、1番ですっ!!」
葵は森羅万象全ての事象に感謝をしながら、優馬と同じペアになれた事を喜んだ。
☆☆☆
葵が俺の肝試しのペアになった。
結果的に見れば、大当たり中の大当たりを引く事が出来てすごく嬉しい。
葵とはこれまで関わって来て……誠実で素直で、ちょっと臆病で抜けてる所もあるけど、可愛くて努力家というのが分かった。
そんな性格からかトラブルも色々とあったし、自己主張が出来ない場面もあった。そんな困難に何回か襲われても、自ら変わろうと自分の意思で最近は努力をしている。そんなめげない葵は俺の好みである。
出来れば……って、まぁ。まだ早いけど、雫にも相談しなきゃだし。それに色々と覚悟とかも必要だし、シチュエーションとかも考えなきゃだし……
「優馬くん?早く行きましょう!!」
「う、うん。そうだね。仕事をしなきゃね。」
一瞬、頭の中で思考しすぐに頭をリセットした。
今は林間学校に集中しなきゃならないからだ。
……今はくじ引きが終わり、各々任された仕事をこなす為に別れた所だ。
俺と葵の任された仕事はスタート地点で生徒の数を確認する係だ。サボる人も怖気付いて行けない人も例年通りだと多いらしいので中々に重要な係だ。
俺と葵は着々と仕事をこなしつつ、俺達の肝試しの番が来るまでソワソワしながら待っていた。
時折、森の方から女の子達の悲鳴が聞こえるって事は仲間が仕事を頑張っている証拠だ。
そんな仲間の一員としては大変微笑ましい。
でも、ね。
「うぅ、い、嫌だな……絶対怖いやつじゃん。」
心の中の本音がついつい漏れる。
「大丈夫ですよ!!それに私もついてますから。優馬くんにはいつも頼らせてもらってますし、たまには私を頼って下さいね!!」
「う、うん。有難く頼らせてもらうよ。俺には(ペアの)葵だけが頼りなんだから。」
「あ、はい!!」
嬉しそうに笑う、葵。
「──あ~他の女の子を口説いて浮気してるぅ!」
「え!?」
俺はその聞き覚えのある声に慌てて振り返り、顔を真っ青に染める。だ、だって、目の前にいたのは雫と由香子だったからだ。
どうやら、次が雫と由香子のスタート番だったようだ。葵と話してたから……全然気付かなかった。
「あ、こ、これはね、雫。」
「……後で話をしましょう。」
「ちょ、話を──」
「……後で!」
「っっ。は、はい。」
事情?を説明したかったが、雫から強引に話を切られ、少し気まずい雰囲気の中、雫と由香子は出発した。
「う……やばいなぁ。」
「す、すいません。調子に乗りましたね。」
「葵が謝る事じゃないって。」
後でしっかり雫と話をして、葵の事もちゃんと話そう、
〘──ガガッ………優馬君、聞こえていますか?〙
「うおっ!?びっくりした。トランシーバーか!?
えっと、その声は奈緒先生ですよね?」
雫とのギクシャクで少し戸惑っている時に立て続けで俺のトランシーバーに連絡が入った。
相手は奈緒先生。だけど、なんだろう。声の感じ的に緊急性が高い様に思えた。
〘………はい、そうです。まだ仕事はしていますか?〙
「はい、そうですけど何かあったんですか?」
トランシーバーを使うという事は、つまりそういう事だ。
〘ガガッ………はい。問題が発生しました。それで力仕事が必要なんです。少しだけこちらに来て手伝ってください。〙
力仕事?怪我とか遭難とかじゃなくて?
俺の予想した緊急性とかは少し違かったようで少し安心した。
「わかりました。どこに行けばいいですか?」
〘………肝試しのルートの途中の所です。来ればすぐに分かります。急いで来て下さいね。すぐに撤去しなければならないので。〙
「えっと……撤去?わ、分かりました。すぐ、行きます。」
そう言って奈緒先生からの連絡は切れた。
俺は深いため息を吐きながら、ゆっくりと前を見据える。
「き、肝試しの場所かよ……」
正直に行きたくない。
それが本音であった。だけど、急いで来いというので行かない訳にもいかない。
「葵。トランシーバーの内容は聞いていたよね。」
「あ、はい……ですけど優馬くん、」
葵が言いたいのは、俺がこんな暗闇の中を行ける訳が無いという事だろう。
確かに怖い。でも葵も一緒に行く訳にはいかない。だって、ここの仕事を放ったらかしにする事は出来ないからだ。
「大丈夫。頑張るから。それに何となくだけど方法もある。じゃあ、すぐに出発するからまた後で……葵との肝試しまでには必ず戻るから。」
俺はそう伝えると“走って”暗闇の中を駆けた。
☆☆☆
「──はぁ、はぁはぁはぁっ。」
俺は片手に懐中電灯を握りしめ、暗闇から逃げるようにスタートした。
全力のダッシュ。そう、俺が考えたのは単純な作戦で怖いという感情から逃げればいいのである。
俺の作戦は大成功?とは行かないけど、少なからず怖さの軽減は出来ていたと思う。
「──よし!」
走り出して数分、俺の先に2つの光が見えた。
その光は俺と同じ懐中電灯の光で、さっき出発した雫と由香子のはずだ。
一旦その光を休憩スポットに指定し、俺はそこに向かってギアを上げて全力ダッシュした。
☆☆☆
「し、雫~~ちゃん。怖いよぉ~~」
「……大丈夫よ由香子。幽霊とかそういうオカルト的なものは存在しないんだから。」
雫と由香子は怯えながら暗闇の森を進んでいた。
「うぅ~~それでもだよ~~」
まだ歩き始めてから数分だが……既に由香子はビビりまくっており、進むスピードはかなり遅かった。由香子がなるべく雫に密着して進んでいたからだ。
まぁ、それも仕方が無い。だって、さっきから前の方で悲鳴が聞こえて来るからだ。
進んだら確実に何かがある。それが分かってしまうからこそ怖いのだ。
雫だって、不安な気持ちにもなる。
冷静にいようとは思うが、ビックリ系は正直苦手である。
そんな前だけに自然と意識が集中している2人。
だからか、後ろから迫って来る存在にはギリギリまで気付けなかった──
「──はぁはぁはぁ、やっと追いついたよ!」
「……っっっ!」
「ヒヒッャーっっ!?」
突然、後ろから声を掛けられた。
雫は咄嗟に後ろを振り返り冷静さを取り戻すが、恐怖心が限界の由香子は声を出して発狂してしまう。
「──お、お、お、お化けっ~~」
そんなデタラメ言いながら由香子は信頼している雫に飛び付き。何とか恐怖心を無くそうとするが……しばらくは無理そうである。
「お化け!?いやいや、違うよ。俺だよ!」
……そう。後ろから迫って来ていたのは雫にとって大切な人である、優馬であった。
「……それでどうしたの、優馬?」
最初は雫もビックリした。まさか後ろから来るとは思わなかったからだ。だけど最近は優馬の為に暗闇に耐性を付けていたので、何とか冷静に対処出来た。
気持ちを穏やかにし、すぐに振り返ると……優馬で、雫は案外すぐに冷静さを取り戻せた。
「あ、えっとね、」
「……さっきの話をしに来た、という訳じゃなさそうだけど?」
「そうなんだよ。話が早くて助かる。」
「……別に、考えれば分かる。だって、私は優馬の大切な人なんだから。」
「っ……だな。ありがとう。」
優馬は事情を説明してくれた。そしてどうやら前の方に何かがあるということで、その撤去で呼ばれたそうだ。
「……仕事、大変なのね。」
「うん。」
「……で、これからどうするの?前に行くんでしょ。ついて行く?」
「あ、うん。お願いします。」
「……というか、それをお願いする為に私達と合流したんでしょう?」
「バレバレか……うん、その通りだよ。」
さっきは優馬と葵のイチャつきが少しだけ嫌だった。それは乙女としての本能的にだ。だからイラッとしてしまった。
だけど、優馬が自分を頼ってくれて……嬉しかった。だから、もう少しイジけていようと思ったけど、特別に許す事にした。
──という感じで、合流した優馬と雫、由香子は一緒に目的地まで向かう事にした。
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