第63話 イカダで川下り


──朝のハイキングも無事に終わり、朝食も食べ終わった俺達は次の日程の為に移動を開始していた。


次に来た場所は林の楽園のまたまた名物であるという川で、川幅が広く、流れが穏やというのが特徴だ。更に水がかなり綺麗でマニアには有名な所らしい。


早速来てみて、川を見てみると、水の透明感がかなり強く、川底が見え、泳ぐ魚も見えるという素晴らしい川だった。


ここでイカダで川下りをする。絶対に楽しい事なのは確定だ。


イカダは木で出来ている物だったが、すごく頑丈な造りで3~5人で乗っても沈む事はまず無いらしいので安心感も十分にある。


実行委員と生徒会は始めにサポートを行うので、イカダに乗るのは1番最後だ。ハイキングがまともに出来なかった俺や葵はその分すごく楽しみにしていた。


──イカダとは仲間と協力して漕がなければ真っ直ぐ進む事すら出来ない。信頼、友情を1から築くのにすごく適しているイベントだと俺は思う。


全生徒が乗れる程のイカダの数は流石に無いので、班ごとで別々の時間帯で呼ばれ、入れ替わり入れ替わりでイカダに乗る様になっている。


時間も余りない為、朝食を食べ終えた班からすぐにイカダで川下りが始められた。


俺の役割はライフジャケットを渡したり、外したりするのを手伝う仕事だ。葵は俺と同じ仕事で、夜依はもしも誰かが落水した場合にボートで救助する仕事だ。


周りの生徒会や林間学校実行委員もそれぞれ分担された役割を各々でこなす。


女の子達はすごく楽しそうに、協力してイカダに乗り、オールをせっせと漕いでいるのが見えた。


「これこそ……青春、だな。」


その和気あいあいな姿に俺は待ちきれずにいた。

それに青春という名の高揚を感じていた。


「すごく面白そうですね。早く乗りたいです!!」


葵も俺と同じで面白そうにイカダを眺めていた。


「葵は何かイカダで心配な事とかはある?」


イカダで川下りをする為には連携プレーが1番の鍵を握るものだと俺は思っている。なので、今のうちに心配な事を葵だけとでも共有しておこうと思ったのだ。


「そうですね……わ、私は文化部なので、日頃運動をしていないのが影響しなければいいです。という事なので、もしかしたら迷惑をかけてしまうかもしれません。それに息が合わなくて転覆とかもしてしまうかもしれませんし……って悪い想像はダメですよね。」


て、転覆……俺は転覆するイメージを無意識にしてしまう。転覆って事は落水するって事だろ……つまり、水の中に落ちるって事だろ!?


「そ、そうだね。悪いイメージはダメだよね。

──俺も転覆するのが一番怖いね。水は冷たいだろうし、足が着かないくらい深いだろうし。流れは遅いけど流されたら普通に危ないし。変な生き物もいるかもだし……」


嫌な想像が沢山言葉として湧き出る。


「ふふ、そんな事言って……単純に優馬くんは泳げないだけなんじゃないんですか?」


──ギクッ


なっ!?葵はエスパーか何か、なのか?どうしてその事を知っているんだ!?


「…………………えっと。」

「え……あれ?今のはツッコミをする場面じゃ?

えっ、ええ!!もしかして図星なんですか?」

「……………あ、あぁ。はい、そうです。」


俺は明らかな反応をしてしまい……俺の欠点が葵にバレてしまった。


「優馬くんって運動神経は抜群にいいのに泳げないんですか?」

「う、うん。昔からどうしてもカナズチでね。一時期練習して、ようやく水中で目を開けられるようになったんだけど………やっぱり幼稚過ぎるよね?」


練習──家のバカでかい風呂での目を開ける練習とイメージトレーニング。


転生する前は本当に水の中では何も出来なかった。だけどそれじゃダメだと努力した結果だ。俺としては満足していて、もうこれ以上は無理な気がする。


葵が疑うのも無理はない──だけど俺は本当に泳げないのだ。水泳能力の才能のの字も無かったのだ。


男が泳げない……なんて正直カッコ悪いよなぁ。ダサいよな。これは俺の数ある欠点のうちの1つだ。


「そんな事無いですよ!!泳げないというのはしょうが無いです。私も泳ぐのは得意では無い方です。それに今からでも遅くは無いと思いますよ!!」


俺の欠点を知り、何故か熱くなっていた葵はテンションの度合いがバグった。なので、かなりの至近距離まで無自覚で近付いて来る。


「え……それってどういう意味?」


若干キョドり、挙動がおかしくなった俺だけど……何とか葵に質問を投げ掛ける事には成功した。


「頑張って練習さえすれば、運動神経抜群の優馬くんならすぐに上達すると思います。私はそう信じています。上手くなるまで私も付き合いますので!!これから頑張っていきませんか?」


多分、全ての原因は俺の心の問題である。肉体的な問題では無い。単純な恐怖からなのである。


だけど葵は俺の為に真剣に考えてくれた。

俺のしょうもない欠点の為に、ここまで考えてくれるなんて……本当に葵はいい子なんだなと思った。


「って、あれ?……は、はわわっ!!すごく優馬くんに近付いちゃってましたね!!すみません。」


葵は勝手にテンパりも始めた。本当に見てるだけで面白い子だ。


「はははっ……」

「な、なに笑ってるんですか!!」


注意されるも、俺は込み上げてくる笑いを耐える事が出来ずに更に吹き出してしまう。


「ごめんごめん。葵を見てると面白いから……」

「もぉー、酷いです。優馬くんっ!!」


そんなちょっと眩い男女の会話を交わしながら、俺と葵は仕事を淡々と行った。途中で仕事そっちのけで話し過ぎて、仕事に支障をきたす程だったので担当の先生に注意されたけど……


☆☆☆


──甘々な空間、憎たらしくて吐き気を催すくらいのクソでゴミな空間。そんな優馬と葵の仲睦まじい光景を冷めた目で見つめる女達がいる。


「──なんなの……あいつ。何であんな奴が優馬君と楽しそうに会話をしているの?どう考えたっておかしいでしょう!?」


その内の1人がそう呟くと、両隣にいた2人も葵を見ながら歯を食いしばる。


「全部全部あいつのせいなんだ、あいつのせいで……うち達の計画が全て狂い始めたんだ!」

「途中までは上手く……順調に恋仲が進むように調整していたのに……途中で、モブのあいつがしゃしゃり出たからは全部パァだよ。」


憎悪。3人からはその強い感情のみが湧き出ている。そして……その強い感情の全ては葵へと向けられている。


「あいつが全ての元凶なんだ。だから葵という人間さえいなくなれば全てが元に戻る……だからッ。」


圧倒的に間違った考え方。だが……今の狂気を纏う3人には“否定”という言葉は全く持って無駄なのである。


──彼女達の名はリン、ミユ、マヤ。

前に葵の事をイジメている所を優馬に見られ、軽蔑され、学校の全生徒から見捨てられた……自業自得の生徒達である。


そんな3人はあれから地獄の様な日々を過ごした。今まで散々悪さをしてきた3人がいきなりカーストの最底辺へと繰り下がったのだ。


プライドの高い3人は屈辱、怒り、妬み、憎しみ。その全ての感情を強い憎悪へと変えた。そう気持ちを変換するしかこの疼く衝動を抑える事は出来なかった。


林間学校は……3人にとって最大のチャンスだった。この林間学校で証明して……自分達が再びカーストの頂点へと返り咲く為に。もう一度彼に振り向いて貰うために……ッ!────彼女達は動く。


3人はまるで何かに取り憑かれた様にブツブツと呟く。恐らく……強い憎悪のみを全ての動力源として還元しているからなのであろう。


「──グウッ!!!」

「──ダメ!」


憎悪の臨界点がほぼ頂点に達したリンは怒りに身を委ね、飛び出そうとするが……すかさずミユに止められた。


「まだ、でしょ?」

「ア、ありが、とう。我慢する……わかってル。」

「さっさと準備を済ませて、計画を早めよう。」

「そうだね。」


3人はそんな会話をし、立ち去った。




──ハイキングやイカダで川下りというイベントに唯一不参加の班がある。優馬や葵、夜依はその班があるという事は知っていたが、班員がどんな人物なのかは分かっていなかった。


☆☆☆


「──やっと、やっと俺達の番だぁぁぁ!」


俺は子供のようにはしゃぐ。水はもちろん怖いけど、イカダという男のロマンにはものすごく乗りたかった。だから今の所は恐怖に打ち勝っている。


イカダに乗るのは生まれて初めてで不安もあるけど……後は当たって砕けろの精神だ。


もう既に川に残っているのは、仕事をしていた生徒会と実行委員、先生が数人とさっきまでイカダを漕いでいた数人の生徒だけで他の生徒はもう戻っていて今頃自由時間になっているはずだ。


「じゃあ早速乗ろうよ。」

「はい!!」

「…………」


仕事が終わった夜依も途中で合流し、ライフジャケットを着て俺達はイカダに乗った。


水面に浮いている訳だから……足元は不安定なのは当たり前だ。気を抜くと落ちそうなので、気を付けて移動しすぐに座席に着く。


俺が先頭で、夜依と葵が後ろ……という感じで、イカダに乗り込みそれぞれオールを手に持った。


「じゃあ……呼吸を合わせて行くよ。」

「はい、精一杯頑張ります!!」

「了解です。任せて下さい。」


俺達は息を合わせ連携プレーを意識して漕ぎ始めた。初めて漕ぐオールは案外重たく、ずっと漕ぎ続けるのはしんどい。だけど、自分達の力のみで波を切り、風を切ってイカダが進んでいるという高揚感で全く俺は気にしなかった。


すごく……すごく、楽しい。


途中からはそれぞれの呼吸が合ってきて、かなりのスピードで心ゆくまでイカダを堪能し、満喫した。


☆☆☆


俺達はあれから数十分程イカダを楽しんだ。最後の班だった俺達は前の班よりも長めに時間を取らせてもらい、イカダを楽しむ事が出来た。


「──はぁはぁ、つ、疲れましたね。」


葵は額に多くの汗を滲ませ肩で呼吸している。相当疲れたのであろう。夜依もそれなりに疲れている顔をしていたので、2人はやりきったのだろう。

俺もかなり疲れた。だけど十分やり切ったし、楽しかった。


「お疲れ、2人とも。すごく楽しかったね。」

「はい!!私もです。」

「お疲れ様です。」


──後はイカダを降りるだけ。だけど俺は大きな勘違いをしていた。


それはさっきまで様々なスピードで水上を高速移動し、様々な振動を体全身で受け止め続けていたという事だ。そのため今の俺は通常の平衡感覚が麻痺していた。


そうして俺はいつも通りに立ち上がり、イカダを降りようとした。


「…………っ!?」


だが、やはり、必然に……俺はバランスを崩した。

だが体感の鍛えてある俺は耐え凌ぐ──が、イカダの不安定な足場がアシスト──更に珍しく強風が吹き込み、最悪なアシストを受けた俺はイカダから滑り落ちた。


────────バシャアァッッッッ!!!


大きな音を立て、俺は冷たい川に入水する。


「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」


圧倒的な恐怖。更に、悪寒が俺を襲う。

俺は身動きの取れなさに焦りと恐怖を感じ、とにかく全力でもがく。いくらライフジャケットを来ていると言っても……泳げない俺にとっては“安心”という言葉は無い。


「ゆ、優馬くん!!??」


すぐさま葵や夜依、近くにいた先生達が俺を助けに来てくれるが……パニックになって暴れる俺を助けるのに時間が掛かった。


結局俺が助けられたのは俺が水に落ちてから5分後の事であった。


☆☆☆


俺は貰った毛布に包まり、ブルブルと震える。

川の水はかなり冷たく、体の芯まで冷えてしまった。


「大丈夫ですか?怪我とかしてませんか?」


俺の失態。それはかなりの衝撃だったらしく、葵や夜依、近くにいた先生達もかなり驚いていた。そして同時に体の心配もされた。


「う、うん。大丈夫だけど……でも、最悪だよ。俺にはやっぱり水は無理なんだなって実感した。」


その発言で周りにいる人にも俺が泳げない事が知れ渡ったが……今の俺はそんな配慮と心配ができる精神状態では無い。


「優馬くんって本当に泳げなかったんですね。」

「そうだよ……うぅ、寒いぃ。」


ガタガタと震える俺。これは……もしかしたらヤバイかも。そんな俺を見てか、夜依は俺にある物をくれた。


「風邪を引かないようにしてください。あなたが抜けられると仕事に差し使えするので………コレを使って下さい。」

「あ、え?」


それはポカポカに温まったホッカイロであった。


「え、あ、ありがとう。流石夜依。用意周到だね。」

「どうも。」


俺の感謝の言葉に夜依は案外素っ気なく答えた。


このホッカイロはかなり効果的で、ホッカイロ自体の温もりも、夜依のその温かい善意も……俺の心と体をすごく温めてくれた。


そんな俺は数人の先生と共に部屋に直行した。

すぐにお風呂に入って、体を温める為だ。


──そんな感じで色々ハプニングがあったが、イカダで川下りは終了した。

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