第62話 ハイキング
──朝。どうやら俺は意外にも熟睡してしまったようだ。その為、時間ギリギリに起きてしまい、慌てて準備を済ませて本館から出た。
俺が雫達と合流する頃には大体の生徒達は集まっていたのでちょっと危ない所だった。
皆との朝の挨拶を数分で済ませた後、ようやく一段落し、班の皆と今日の日程について話し合っていると……1つ気付いた事があった。
「えっと……?雫、葵、それに夜依も。もしかして昨日はあんまり寝てないのかな?」
そう思った理由は、その3人が周りの……春香と由香子、菜月と比べると、元気が無くて、目の下のくまが酷いように見えたからだ。
……それに3人の仲が昨日と比べて格段に良くなった様にも思えたからでもある。
「……そう、ね。」
「楽しかったですね!!」
「2人と同意見です。」
雫、葵はまだしも、夜依までもが……楽しそうに表情を緩めた。俺と話す時は絶対にしない表情を意図も簡単に2人に見せているという事が、なんだか羨ましかった。
というか、こんなにも仲良くなれる……というのが羨ましすぎる。やっぱりこういう行事はちゃんと、1人の生徒として参加したい気持ちが更に強くなる。
「へぇー、いいなぁ。すごく楽しそうで。俺なんか本館に1人で寂しかったよ。」
そんなため息をつく俺に対し、雫は1つ提案をして来る。
「……じゃあ今日の夜。私達のテントに残ればいいじゃない?」
え……?そ、それは“誘い”と受け取っていいのだろうか?雫のその一言で少し下心が出てしまい口が緩む。
「──うっ、」
夜依から軽蔑の視線を受け取り、すぐに心を律する。
「……大丈夫。そういう事はしないって約束するから。純粋に、話をしよっていう感じ。」
「あ……うん。そ、そうだよね。」
「いいですね!!大賛成ですよ!!」
「…………どっちでもいいです。」
雫の意見に葵はすぐに了承してくれ、夜依は曖昧な返事で拒否はしなかったので、了承と受け取っていいはずだろう。
「じゃあ、残るよ。よろしくね。」
そうして俺は今日の夜は皆のテントにこっそり残る事にした。女の子ばかりだから少し気まづい雰囲気とかいやらしい雰囲気になりそうな感じもするけど、夜依というストッパー的な存在がいるから恐らく大丈夫であろう。
朝っぱらからだけど、今日の夜が楽しみ過ぎて、すごくやる気が湧き出て来た。よーし今日も!頑張ろう!
俺は2日目の林間学校を大成功させる為に自分に喝を入れていると……話の途中で少しだけ離脱していた夜依が俺に近付いて来た。
「──神楽坂 優馬。」
「ん、どうした、夜依?」
珍しく夜依が俺の名前を呼んだ。フルネームなので全く親近感は湧かないけど……
「奈緒先生からで……林間学校実行委員と生徒会が集合だそうです。」
「あー、だよね。そろそろだと思ってた。ありがとう、伝えに来てくれて。」
夜依は無言で会釈し、俺の感謝に応じる。
そして目線をズラす。
「──葵さん。」
「は、はひっ!!」
どうやら“林間学校実行委員”という言葉で反応しなかった葵に注意を言いに行ったのであろう。
「あなたも林間学校実行委員なんですよ!くだらない妄想なんてしないで、もっとしっかりして下さい!」
「そ、そうでしたね!!すいません。」
なんだろう、朝からピリピリしながら葵に注意する夜依。気の弱い葵は大丈夫かなと一瞬思ったが、大丈夫そうだ。
多分、俺が夜のテントに残ると3人の中で宣言したので、その事での妄想で葵は周りが見えなくなっていたのだろう。
確かに夜依がイラつく理由も分かる。だけど事の原因は俺なのでそんなに葵を咎めないで欲しい。
「は、早く行こう。奈緒先生達を待たせちゃ悪いしね。」
そんなこんなで、今日の夜に楽しみが出来た俺は葵と夜依と一緒に奈緒先生達のいる所へ急いで向かったのであった。
☆☆☆
俺と葵、夜依。それに生徒会、林間学校実行委員のメンバー全員が集合した事を確認した後に、奈緒先生は話を始めた。
「──今からハイキングコースの確認とチェックポイントで待機する各々の場所を説明します。時間もないので、ババっと済ませるので決して要点を聞き逃さないように。」
そう忠告した奈緒先生は、すぐに説明を開始した。
「まず、道に迷わないようにこれから各班長に地図を支給しますが、それでも迷う班が毎年必ずいるので、今年から生徒が迷いそうな場所には生徒会や林間学校実行委員が立ってもらう事になりました。それと危ない場所もそこそこあるので、そこにも立ってもらいます。」
その説明の後に、奈緒先生はハイキングコースの詳細が書かれた地図を一人一人に配ってくれた。
それを見るに……今回のハイキングコースは全長3kmくらいで、朝からまぁまぁ歩く距離だとは思う。これが林の楽園の中で一番距離が短いハイキングコースらしいのだが、よく見てみると迷いやすそうだしちょっと危険な場所もある。
本当に大丈夫なのだろうか。少しだけ心配であるが……まぁ、小林さんや本館の職員さん達がきちんと下調べし、安全と言うのであれば問題無いのであろうな。
「──では、各々で立っていてもらう場所を言いますね。」
どうやら今回ばかりは時間が無いので、予め奈緒先生が決めていた場所に俺達を配置するようだった。
俺は最終チェックポイントの確認要員で、疲労した生徒達を励ます係らしい。どうやら俺には安心安全で、とても楽な仕事が回って来たようだった。やっぱり男として考慮されているのだろう。
夜依は中盤の山道の十字路での道順補正の係で、奈緒先生が言うにその場所は一番生徒が迷いやすい場所らしいという事なので、ほぼ全ての生徒が慕って、従う夜依に任せるとの事だ。
……そんな中、葵はハズレくじを引いたようだった。何故なら、葵はさっき奈緒先生が言っていた少し危険な崖エリアでの安全補導だったからだ。
どうやら葵は昨日侵した“覗きの罪”で、貧乏くじになったらしく本当に運が悪い。まぁ、いくら危険と言ってもちゃんと柵はあるらしいし、安全にも考慮されてるらしいし、他の先生も一緒に立ってくれるらしいので大丈夫だとは思うけど。
……まぁ、取り敢えず俺は自分の仕事をきちんとこなすとしよう。
俺達生徒会、葵達林間学校実行委員会はそれぞれ任された仕事をこなしに向かった。
☆☆☆
──そんな生徒会と林間学校実行委員会のメンバー達の影の努力もあり、順調にハイキングは開始された。
雫達は班でまとまりようやくハイキングを開始した。
朝のため少し肌寒い気もするが、少し歩けばすぐに体も温まるだろう。
ハイキングは2分の間を開けて、各班でスタートする。
雫達は3組と6組の組み合わせの班なので出発する順番は遅めで、1番最初の班はもう既にハイキングが終わっているだろうという頃に出発した。
圧倒的な大自然。澄んだ空気。清々しさが半端では無い。自然なんかに興味を持った事すらない雫にとってもこの景色は好印象に思えた。
心から自然を楽しみ、友達との絆を深める。
そのために3kmという丁度いいハイキングコース、丁度いい苦戦しそうな地形。
協力せざるを得ない……という、その状況を半強制的に作らせている。生徒の仲を深める為に、よく考え込まれてたハイキングコースなのだとすぐに理解した。
なので上手く、その狙いをそのまま利用する。
由香子、春香、菜月とは既に十分仲がいい方だが……昨日よりもずっと皆とは仲が良くなるだろう。
「──それで優馬君はどこにいるんだろうね~~」
由香子のその発言を聞くと……そういえば確かに、と思う。生徒会や林間学校実行委員会の人達がちょくちょく立っていて道に迷わないようにしてくれている。
だからそのうち会う事を楽しみにする事にした。
「そうっすね、気になるっす。それに葵さんと夜依さんもどこにいるんっすかね?」
「まー、行けば分かるよ♪」
「……そうね。」
そんな軽い会話を交わしながら雫達は進み、数個のチェックポイントを通過した。
夜依にはさっき出会った。少しの会話しかしなかったけど、中々の重要な仕事を任されているらしく大変そうだった。優馬や葵の居場所も聞き出したが、葵はそろそろ出会うらしく優馬は最終チェックポイントに……鎮座しているらしい。
まぁ……優馬に疲れている時に声を掛けて貰えるだけで、疲れがぶっ飛ぶのでいい戦法だと雫は感心する。
──ハイキングは既に終盤。
その頃になると、道幅が少し狭くなり、崖沿いを歩くコースになっていた。
柵は一応あるのだが……木製なので若干古いので、やはり恐怖感はある。周りを見ると、大丈夫そうなのは春香ぐらいで由香子も菜月も雫と同じように1歩1歩慎重に歩いていた。
唯一の至高は、眺めが絶景という事だけで、常に強風が吹き荒れて体が揺らされるし、何か大きな音も微かに聞こえてくるし……
どちらかと言えば嫌である。二度と来たく無いというくらいに。でも進むしかないので進む。
「──あ、皆さんようやく来てくれましたね!!ここから少しだけ厳しくなるので気を付けてくださいね。」
突然声を掛けられ、皆はかなりビックリするが……
「あ、葵~~!」
「葵さーんっす!」
どうやら葵が声を掛けてくれたらしく、今まで恐怖と戦っていた由香子と菜月が嬉しそうに葵に抱き着いた。
「……もしかして、ずっとここにいるの?」
安全……と言えば安全であるが、それでも不安になるほど危ない。一応頑丈な柵もあるし、命綱の様な物も付けているようなので大丈夫そうだったが……
「はい、そうですよ。確かに危ないですよね。けど、もう慣れました!!」
「……それなら良いけど、気を付けてね。」
雫はしばらく前から葵の事を見てきて、分かった事がある。それは……葵は案外、強くて芯のある、粘り強い子だという事だ。
普段はオドオドして頼りない感じだが……もし、危機が襲って来ても自ら立ち上がり抗う。そんな強さも感じた。
「はい、ありがとうございます!!」
もう少しだけ葵と話をしていたかったが、
「あ、もうそろそろで次の班も来てしまいますよ。それに早くこんな危ない場所なんか移動して、あそこに行った方がいいです。私も正直あれを見て驚きましたので、皆さんも必ず驚くと思いますよ!!」
何かは分からないが、大絶賛の葵。
「なんなんっすか“あそこ”って?」
「それは行ってみてからのお楽しみ、というやつですよ!!」
「うぅ……教えてくれっすよ。逆に不安になっちゃうじゃないっすか!」
菜月が必死に説得しても葵は“あそこ”について何も教えてくれなかった。
しょうがなく葵と別れ、雫達は更に進む。
道を進むにつれ、どんどん謎の音は大きくなって行く。なので不安もその分大きくなる。
一応の為に心の準備を済ませ、皆で一緒に崖を曲がり開けた場所に出る。
「……あぁ、なるほど。」
雫はそれを見て、すぐにこの音が何だったのか理解し、葵が大絶賛していた理由が分かった。
ドドドドドドッ────!!!という爆音の正体は滝であった。滝というものは自然の産物であり、神秘的な美しさを醸し出し、今までの苦労を全て払拭させてくれる。
「「「「わぁぁっっー!!!」」」」
全員が大興奮。そして全員が感動した。
なんせ、ここまで立派な滝を見るのは初めてで、苦労して来たという達成感も合わさり、それがブーストされたからでもある。
──強風の影響により滝の水が上空に巻き上げられ、その水が太陽光を乱反射させる事で神秘的な滝を更に幻想的にも表してくれる。
「……綺麗ね。」
心の底からの褒め言葉が無意識に溢れた。
後で知った事だか、この滝は林の楽園の名物の滝らしい。
しばらく滝を眺め、雫達のハイキングは終わるのであった。
──そんな中、優馬は暇を持て余し、奈緒先生と数多くの愚痴を言い合いながら皆を出迎えるのであった。
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