第52話 班決め


次の日の朝。

俺は起床し、いつも通り茉優が作った朝ご飯を食べていると……お母さんが大きなあくびをかましながら起きてきた。


「おはよう、お母さん。」

「おはよーう、優くん今日も学校なの?」

「え?うん、平日だから当たり前だよね?」

「そう……なのよね、やっぱり。今日はお母さん仕事が休みだから優くんとずうーっと一緒にいかったのになぁ……」


お母さんはそんな愚痴を言いながらジト目で俺を見てくる。いや、そんなおねだり言われてもね……平日は学校と言うのが“学生”の本分なんだからね。


単純にお母さんは美人なので、言い寄られるとついつい俺もドキッとしてしまう。別に、昔からの付き合いだからそういう気とかは全然無いけど。


「ごめんね、今は学校が楽しくて堪らないんだよ。学校にいる人もいい人ばかりだし、男が学年に一人だけだからって退屈もしてない。勉強や委員会もやりがいがあるものばかりだし。俺は今すごく充実してると思う。だから……悪いけど今日も俺は学校に行くよ。」

「うぅ……そうなの?お母さんとしては寂しいけど、親としては優くんが学校を“楽しい”って言ってくれるのは嬉しいな。励みになるな。」


そう言った後、なんだか感情が感極まったのかポロポロとお母さんは泣き始めた。


「え!?」


いやいや、何故泣くの!?

子供が充実していると言ったら、親としてはそりゃあ嬉しいだろうけど……大の大人が簡単に泣くのはおかしいだろう。


いやでも……感情の表し方が常に0か100の二択しかないお母さんだからこそであろう。


「わわ、大丈夫、お母さん?」

「うわぁーん。嬉しいぃ!」


数分、子供みたいに泣き喚くお母さんを慰めていると……そろそろ雫との待ち合わせの時間になって来ていた。


お母さんが泣き止むまで家に居てあげたい気もするけど……雫を待たせるのも申し訳ない。


「えーとお母さん?俺そろそろ学校行くから……」

「うわぁぁぁぁーん。行かないでぇ!!!」

「いや、遅刻しちゃうって!それに……雫が。」


お母さんは更に赤子のように大泣きし、駄々を捏ねる。ちょっと大人の姿としてはみっともない姿だった。どれだけ俺と離れたくないんだよ……全く。


お母さんは変わり者だと割り切ってはいたけど、まさかここまで変わり者だとは思わなかった。でも泣いているお母さんを置いて学校に行くのもちょっと息子として気が引けるし。それに拗ねちゃいそうだし。せめてお母さんが泣き止むまでは……


そんなお母さんに絡まれ、遅刻しそうになる俺の前に……颯爽と、救世主が現れる。


「──ここは私にお任せ下さい。優馬様は気にせずに学校に向かってください。」

「あ……かすみさん。」


そうお母さんの秘書であり、この家の家政婦でもあるかすみさんが助けに来てくれたのだ。かすみさんは流れるような動きで泣き喚くお母さんを取り押さえる。


「もぉーかすみ!いい加減にしてよ!私はね、優くんともっとずっと一緒に………」


お母さんは怒りながら喚くが、かすみさんが完璧に関節を決めて押え付けているので身動きが一切取れず、悶える事しか許されなかった。


「優馬様は学生なんですよ。立派な男性になる為には教養を他の人よりも多く身に付けなければなりません。ですので、学校に行かせてあげましょう。」

「うぅ……でも。せっかくのお休みなんだよ!」

「──お母様。今のお母様は優馬様にとって邪魔でしかないですよ。そんなに鬱陶しく邪魔したら嫌われてしまいますからね。」


……うっわ、遠回しでも、オブラートに包む事もせずにただ真っ直ぐストレートでお母さんの事を否定した、かすみさん。


珍しいかすみさんの毒舌に……若干驚きつつ、さてと俺も学校に行くとするか。もう大丈夫そうだし。それに俺が行けば……これ以上お母さんが罵られることも無いだろうしな。


「後はかすみさんに任せます。お母さんの事をよろしくお願いしますね。」

「はい。行ってらっしゃいませ、優馬様。」

「い、行ってきます。」


いつでもどこでも冷静沈着、そして冷酷なかすみさんに俺は後を任せ、家を出るのであった。


☆☆☆


「──それでは!待ちに待った林間学校の班決めを始めたいと思いまーす!!!」


マイクで話す実行委員長の声は大きく拡散され、体育館の隅々まで響き渡る。実行委員長はテンションを上げ、かなりノリノリで喋っている。それぐらいワクワクする最高のイベントが“班決め”なのである。


「「「「「「わぁー!!!」」」」」」


1学年の皆は盛大に盛り上がっている。

それもそのはず、1年生最初のビッグ学年行事なのだから。


「それでは詳細を説明するので、それらをしっかりと厳守して班を決めてください。不正はすぐにバレるのでしっかりと正々堂々と決めて下さいね。」


おー、これまた随分と厳しいな。

詳細説明前までは少し舞い上がってる様な感じの実行委員長だったけど、急に引き締まった顔をしていた。

瞬時に切り替えたのだろう。


「それでは早速詳細を説明していきます。

まず、班は3人班~4人班で作って下さい。仲が良い友達でもいいし、まだ余り親しくない人と組んでも全然ありです。今年は“特別”に他クラスとの人と組んでも構わないという事にします。」


ほうほう……それなら、多くの人と班を組めて多種多様に関われる。今年は特別らしいけど、ずっとそうすればいいのにな。


「そしてその組んだ班の中で役割を決めてください。役割はリーダー、点呼係、保健係の3つです。4人班では保健係を2人にして下さい。

──説明は以上です。皆さんより良い班を組んでくださいね。それでは開始して下さい!」


実行委員長がそう宣言した瞬間、体育館の端にいた俺の周りを一瞬で女の子達が囲んだ。

そして狂ったように、次々と……


「優馬君!!私と班、組も!」

「いや、私と!」

「いやいや私達の班に……」

「わ、わ、私と一緒に!」

「お願い優馬君こっちの班に来て!」


……などと言われ、様々な班に勧誘された。

もちろん、知り合いからも誘われたし、初めて話した人からも沢山声を掛けられた。


これこそ、班決めの醍醐味だと言うのに……な。


「えっと……ごめんね。今回の林間学校では実行委員と生徒会のメンバーで班を組む事になったんだ。俺も皆と組んでみたいんだけど、それは出来ないんだ。本当に、ごめんね。」


そう、俺は生徒会で多くの仕事を任されている。そのため林間学校では他の生徒と別行動が多い。そのため、一般生徒と班を組んだとしてもほとんど一緒に行動出来ないという問題に陥ってしまう。そのため苦肉の策で、生徒会と林間学校実行委員の中だけで今回は班を組む事になったのだ。


なんだか、無理やり決められた感はあったけど、そういう事なので俺は皆とは班が組めなかった。


勇気を出して俺の事を誘ってくれた皆に最大限の謝罪と感謝を送り、俺は断るのであった。


☆☆☆


ようやく女の子達から開放された俺。

女の子一人一人への説明が大変だった。この事なら先に実行委員長に説明を頼んでおくべきだったかな。


俺達の班決めは今この時間ではなく、今日の放課後に行う実行委員会で決められるので、実行委員長以外の実行委員と生徒会は割とこの時間は暇になった。なので俺の親しい人達がどんな風に班を組んだのかを確かめに行く事にした。


……お、いたいた。

少し歩きながら探すと、目当ての人物はすぐに見つかった。


「おーい、雫。」


それはもちろん雫である。

俺の婚約者が一体どんな班を作るのかは気になって当然である。


俺に呼ばれ、振り返る雫。その表情は少しだけ残念そうだった。


「……優馬。林間学校の班……一緒に組めないのよね。」

「うん。それは本当にごめんと思ってるよ。」

「……まぁ、しょうが無い。生徒会だものね。」

「ん、うん……」


一見冷静に見えるけど、今の雫はただ強がっているだけだと思う。いつも雫を見てる俺がそう思うのだ。絶対にそうだ。


……林間学校が終わって一段落したら、また雫をデートに連れて行ってあげよう。まぁ、多分俺が連れて行かれるのだろうけど。


「それで、雫はもう班は決まったのかい?」

「もっちろんだよ♪」


俺がそう聞くと、雫の後ろからひょっこりと春香が出て来た。


「そうそう~~」


その後ろには由香子もいた。


「おー、やっぱりそこで組んだんだね。」


雫、春香、由香子は最近一緒に弁当を食べる程仲がいい。だから班を組むだろうと予想していたけど、やはりそうだったようだ。


「それにしても、優馬くんは林間学校で大変そうだね~~」

「あー、そうだよ。常に動き回ってなきゃならないからね。でも、やりがいがある仕事だからね。頑張るよ。」

「すご~~やる気満々だね。」

「さっすが、優馬くん♪」


単純に強気に言っただけで、本当は寂しいけど……まぁ2人から褒められたから、これはこれでありだな。


「──あ、あの……私も一応同じ班の仲間なんすっよ!忘れてもらっちゃ困るっすよ!」

「ん?」


そんな春香と由香子と話していると……雫の後ろから長い銀髪を後ろで1本に纏めた華奢な子が声を発した。


誰だろう。見た目はすごく可愛らしいが……両手両足が酷くか細い。運動を一切やった事が無いかのような病弱そうな子に少し驚き、その藍色の目をじっと見つめてしまう。


「その、何か変っすか?」

「……優馬、見過ぎ。威圧してる。」


どうやら、見過ぎてしまったようだ。雫から注意され気付き、咄嗟に謝る。


「ごめんごめん。それで……君は?」


クラスの子では無い事は分かるけど……それ以外は何も知らない女の子。自然と興味が湧いてくる俺。


「は、はいっす。私、一条 菜月なつきと言うっす。クラスは6組で、部活はコンピュータテクノロジー部っす。今回は雫さん達と一緒に班を組まさせて頂きましたっす。よ、よ、よ、よろしくお願いっす!!」


盛大にキョドりつつ、挨拶をした一条 菜月と名乗った女の子。


「よろしくね。」

「っ……ほぇー」

「ん、どうかしたの?」

「やっぱり噂通りの優しい男の人なんっすね優馬くんは……」

「噂、なにそれ?」


そう言えば最近、俺の噂が学校で飛び交っていると小耳に挟んだ事がある。丁度いい機会だし、その事について聞いてみるか。


「気になるからさ。その噂の内容を教えてくれないかな?」

「あ、噂と言っても、悪い噂とかじゃ全然無いっすよ。良い噂ばっかりっす!」


心配そうな表情をする俺に、気を使った菜月は言葉を付け足した。


「う、うん。教えて。」

「はいっす……

例えば……優馬くんは“とにかく優しい”とか。

優馬くんは“男女平等で、規律を重んじ、先輩や先生方をしっかりと敬い、紳士だ”とか。

“運動神経がえげつない程すごくて、カッコよすぎる”とか。

まだまだ沢山あるっすけど……もうやめときますか?」


単純な褒め言葉ばかりで、顔が真っ赤になって恥ずかしがる俺を察して、菜月は溢れる俺の褒め言葉を止めた。

なんか予想していた事とは違う噂で……なんだか小っ恥ずかしくなってしまった。


確かに嬉しいんだけどさ……そんなに褒められ慣れない俺からしたら恥ずかしさのダメージがデカい。


雫も由香子も春香もニヤニヤと俺を見つめる。


「そ、そうだ……こういう噂を流してるのって、一体誰なの?」

「えーとっすね……」

「私が加入している“優馬くんファンクラブ”が主な噂の出所だよ~~」


そこに由香子が話に参戦してきた。


「そっか……ファンクラブかぁ。」


あの、俺が入学してすぐに出来たというやつか。

由香子がファンクラブに加入していると公言した事で認知はしていたけど、そんな事をしてたのか。


「まぁ、そうっすけど……由香子さん!そのこと言っちゃダメじゃないんっすか?だから黙っていようとしたのに……言っちゃうっんすから。もう。」

「あ、忘れてたよ~~そう言えばそうだったね~~」


全く反省しない由香子に、少し怒る菜月。

でも、その2人の距離感の近さから仲が良さげなのは分かる。


「全くっすよ!!」

「ははは……」


今回は雫、由香子、春香、菜月の4人班で行くのか……羨ましいな。


その仲が良さそうな姿を見て、ついつい羨ましく思う俺。いや、まだチャンスはある。絶対に仲が良い人達と班を組むんだ。



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