第46話 ベットの中で……


──葵と咄嗟に隠れた数秒後。

多数の足音が保健室のすぐ近くまで聞こえてきた。恐らく、保健室前には大勢の女の子がいるのだろう。


いつなだれ込んでくるか分からない恐怖に俺はゴクリと唾を飲む。冷や汗がタラりと垂れる。


「っ……すみません。ちょっと、強引すぎましたね。」


そんな葵は苦笑いをしながら俺の耳元でそう囁く。


葵が何故そんなことを言うのかというと、俺達が隠れた場所はさっきまで俺が寝ていた保健室のベットの中だったからだ。


保健室のベットは1人用。2人で隠れるのには少し狭い。だからか、ギュウギュウの密着状態になってしまい俺が葵を押し倒す様な体勢になってしまっていた。


くっ……カーテンは締め切り、毛布を上に被ってはいるが、こんなの傍から見たらベットに2人隠れていることなど見え見えであろう。俺が限界まで葵に密着すれば何とか一人分ぐらいの膨らみにはなると思うけれど、そこまで俺には度胸も勇気もない。


「っ……はぁ、はぁ。」

「ぅ……」


俺と葵の顔が思った以上に近い。俺が少しでも顔を下に動かせば、唇が重なってしまう程だ。前に隠れた掃除ロッカーの時よりも遥かに……遥かに近い。


そのため、葵の吐息がすぐ耳元で聞こえる。毛布の中だから暗闇だが、それもなんだかムードにさえ感じる。


……心臓がドクドクッと高鳴り始める。俺はこういうのには経験が無く純粋に弱いのだ。


──ガラッ!


……っ。とうとう女の子達が保健室に突入して来たようだ。足音的には恐らく5人程。だが、狭い保健室で5人は充分過ぎるほどだ。


──必死に息を殺し、気配を隠し、存在そのものを薄めた俺と葵は耳だけを頼りに状況を少しでも読み取る。


今、突撃して来た女の子達は、ドア側からゆっくりと隠れられる場所を中心に調べながら、ゆっくりと確実に近づいて来ている。


こっちに来るな!と強く願っだが、その願いも虚空に消える。


足音が俺と葵がいる前でピタリと止まったのだ。

1つだけ閉まっているカーテンに疑問を持ったのだろう。女の子達はゾロゾロと俺達の前に集まってくる。


っ……もう、万事休すかっ!?

半場諦めかけの俺。だけど葵は俺の為に……決して諦めてくれなかった。


「──大丈夫です。私が絶対に何とかしてみせますから!!だから……優馬くんはもっと私に密着してください!!」

「………ぇ?」


葵は小声でそう俺に言い切ると。両手で強く抱き締めてきた。そしてその抱きしめた俺を……力づくでスライドさせ、俺の顔面を……葵のその立派な胸に押し込めてきた。


「──ぐっ!?」


圧倒的、葵の予想外の行動に俺は動揺を隠せず、少しだけ大きな声を出してしまう。でも、それはしょうがないのである。


葵の立派な胸の感触が両サイドの頬からビンビン感じ、俺の頭の中は幸せでいっぱいになってしまう。


「っ……葵。こ、これはちょっとほんとうに不味いよ。」


色んな意味でさぁ……くっ。


「だ、だ、黙ってて下さい。もう目の前まで迫って来てるんですから!!」


葵も相当恥ずかしいのであろう。心臓の鼓動が高まっているのを感じる。それに声が震えているのがわかる。葵は俺の為に頑張ってくれているのだ……そうだ。俺の為なんだ!だったら俺も“無”になり、葵に任せるしかないッ!


無、無、無、無だ!!!

俺は葵に感謝の心を持ちつつ、心を無にした。

感情を無にし、動揺を打ち消し、気配を絶った。


「ッ!?」


だが、最大の問題が現在進行形で引き起こっていた。

──それは葵の胸の強い圧迫により、呼吸がしにくいということだ!


「ぐはぁっ!?」


く、苦しい……

音を立てないように手で葵に伝えるようと試みるも上手く伝わらない。


っ、我慢するしか方法は無いのだろう。俺はただひたすらに女の子達に早く去ってくれと願うのであった。


☆☆☆


「──大丈夫です。私が絶対に何とかしてみせますから!!……」


どうしてこんなにも自信を持って言えたのかは分からない。だけど、彼には良いところを見せたいと思ったからかもしれない。


それに彼にはケガの治療してくれた恩もある。

まぁ、そう言うのは建前であるけど……


本当は……本心は……出来心だった。

これまで優馬くんとの出会いは何度かあって、会ったら軽く話をする関係にまではなれた。その関係は至高で、これ程まで葵の人生の中で“幸運”なのは生まれて初めてだった。だから、彼の為に役立てるなら何でもする覚悟だった。


ぶにゅんと彼の頬で潰れる自分の胸。葵は羞恥で今にも死にそうだった。だけど、彼に何とかしてみせると宣言したのだ。絶対に何とかするのだ!

いつもは自信が無い葵。でも、今の葵にはやるといったらやる勇気が湧いていた!!


多大なる不安と緊張、責任が葵の心を覆い隠し、心臓の激しい高鳴りと謎の震えに襲われる。


そんな中、優馬くんは葵に手で何かを伝えようとしている。何を伝えたいのかは分からないが、必至さは伝わって来た。多分……「嫌だ」とか「もう無理」とか、「痴女」なんて言おうとしているのだろう。


「…………っ。」


分かってる。こんな事を彼にしてセクハラ所の話ではないことを。彼に痴女認定されたっていい。嫌われたっていい。ただ、彼の心の中に一瞬でも、微かでも自分の事を残してさえくれればっ。


泣きたくなる心を必死に堪えながら、葵は優馬くんを強く強く密着させる。甘く火照った息を少し吐き、息を沈める。


「──あの、誰かいるの?もしかして……優馬君?」


女子のうちの1人が葵達に向けて言った。


「「…………」」


もちろん、言葉は返さない。緊張感が更に高まって来る。そのせいで手や足に力が入る。


「ぐ……はぁっ!?」


本当に小さな声で、優馬くんが悲痛の叫びを上げた気がした。だが、そんな声、今の葵には届いていない。


「うーん、返事はしないね。どうする?カーテン、開ける?」

「もしかしたら病人が休んでいるかもしれないけど、優馬君の可能性だって充分に有り得そうだよね。」

「じゃあ一応、確認はしてみよっか。」


カーテンの内側にいる葵達にも聞こえるような声で相談をする女子達。状況は一気に激変した。カーテンが開かれる事が確定したのだから。


ど、ど、ど、どうしよう。これじゃ優馬くんがいるのがバレちゃう。どうしよう。絶対に何とかするって言ったのにっ!!

必死にどうするかを考える!!



──保健室のカーテンを1人の女子が勢いよく開けた。


シャャャァァッと音がしてカーテンが開かれた。

それと同時に、咄嗟にいい案を思い付いた!!

もう、これしかない!!やるしかない!!


「…………ゴホッゴホッゴホッ!!」


葵は覚悟を決め、わざとらしく咳をしながらバサッと布団から“顔”だけを出した。


「えっ!?えと、えと……私に何か用、ですか?」


生憎、体は火照っている。だから病人っぽくは見せられるはずだ。雑な演技をしながら葵は女子達を見る。


そんな葵を見て、女子達は……


「あ、あれ……優馬君じゃないね?普通に病人じゃん。顔もすごく赤いし辛そう。」

「そう……だね。人違いだったみたい。ごめんなさいね。」

「起こしちゃってごめんね。」

「それじゃ早く次の場所に行こ。先生に止められる前に優馬君を見つけなきゃ。時間はもう無いよ。」

「あいあーい。」


そんな簡単な会話を終わらせると、すぐに女子達はゾロゾロと保健室を去って行った。


「ふぅ……何とか出来たですかね。」


葵はため息を吐きながらゆっくりと全身の力を抜き、リラックスする。こんな自分でもやり切れたのだ。その嬉しさはとてつもないからだ。


「もう、大丈夫ですよ。」


毛布をはらりと捲り、優馬くんを呼ぶ。


「………………ぐっ。」

「優馬くん?」


だけど、優馬くんの反応は無い。葵の胸の中でぐったりとしてる。何度か優馬くんの背中をさすり、彼の名前を呼び掛ける。


「────ぶっはっっっぅぅ!!!」


数秒後、優馬くんは意識を取り戻し、毛布を吹っ飛ばしながら立ち上がった。


「ハァハァはぁっ……くっ……普通に死ぬ所だった。あ、あっぶねぇー」


そんなことを優馬くんは過呼吸で言うのであった。


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