第47話 騒動が終わり……


俺は全力で息を吸い込み、酸素を肺全体に循環させた。


あ、危なかった……危うく最高にダサい死に方をする所だった。


「ぜぇ、ぜぇ……」


俺はゆっくりと、時間をかけて息を整える。


って……あれ?保健室に来てた女の子達がいつの間にかいなくなってる?

うーんっと。どうやら、葵が上手く俺を守ってくれたようだった。


「ありがとう……葵。本当に助かったよ!!!」


取り敢えず葵を盛大に褒め称える。


「い、い、いえ。滅相もないですよ!!」


そんな葵は頬を赤く染め、照れている。


「…………ぅ。」


まぁ、今の俺には葵は“胸”というイメージしか考えられなくなってるけど。まぁ、いい経験をさせて貰った事にしよう。


「ふぅ、さてと……もう少しだけ待って、女の子達が校舎から減ったと思ったら、俺は部活に顔を出しに行くけど……葵はどうする?怪我してるし、病院に行く?それだったら付き添うけど?」

「い、いえ、大丈夫です。怪我はもうあんまり痛くないですから。」

「本当に?でも、俺がしたのはほんの応急処置だからね。過信はダメだよ?本当に痛くなったらすぐに病院に行くんだからね。」

「はい……分かりました。」


一応念には念に言っておこう。なにせ、俺の応急処置は完璧では無いし、葵が今強がっているかもしれないからね。




──キーンコーンカーンコーン

最終の下校チャイムが鳴った。


「あ!つーぁ、もう下校時間かぁ。結局部活に行けなかったな。先生と先輩に怒られるっー!」


俺は蹲り、大きなため息を吐く。


「今日は本当にしょうがないと思いますよ。先生や先輩も優馬くんの事情は分かっていると思いますし、怒ってないと思いますよ。」

「う……うん、慰めてくれて、ありがとう。」


葵のさり気ない気遣いに助けられながら、俺はゆったりと立ち上がる。


「そろそろかな。女の子達もほとんど居なくなったと思うし、そろそろ俺は帰るよ。それに雫が待ってると思うから早く行かなきゃ。」

「し、雫さんって……優馬くんの婚約者の人……ですよね?」

「そうだけど、それが?」

「いえ、なんでもないです。わ、私ももう帰ります。」

「そっか。」


葵は途中から会話が途切れ途切れになったけど、大丈夫なんだろうか?


俺と葵は一緒に保健室を出た。出る前に一応菊池先生に葵の応急処置に使った医療道具の明細を書いて、置いてきた。これで菊池先生が道具が減っていると不審がることも無いだろう。


「じゃあ、俺はこれで。」

「はい。今日は……色々とありがとうございました。」

「俺もだよ。本当に助かったよ。この恩はいつか返させてもらうよ。」


俺はそう言って葵と別れるのであった。


☆☆☆


俺はすぐに走ってサッカー部の所に向かった。外に出て、サッカー部のグランドまで行くと、部活は既に終了していて、同級生がグランド整備をしていたり、先輩が帰路についていた。


やはり……俺は圧倒的に間に合わなかったようだ。


「──あ、いたあれは雫だ。おーい雫。」


取り敢えず雫を探し、見つけた。

雫は体育着に着替えていて、部活の用具片付けをしているようだった。

雫は俺に呼ばれ、気付くと……作業をやめて早歩きで近づいて来た。その表情からは”心配“の感情が見えた。


「……もう追われてないの?」

「あぁ。多分大丈夫だと思うよ。」

「……そう。良かった。その感じだと、最後まで逃げ切ったのね?あの集団には捕まっていないのよね?」

「うん。そうだね。まぁ、色々と頑張ったよ。全力で。」

「……そう。なら一安心。」


どうやら雫は部活中、ずっと俺の心配をしてくれていた様だった。その、ほっと肩を撫で下ろす仕草がそれを伝えてくれた。


なんだよ……雫を抱きしめたくなる感情に俺が襲われるじゃないか。ここがまだ学校で他人の目があるから理性で我慢したが………後で人気の無い場所でいっぱい抱きしめておこう。


「さぁ、帰ろう。流石に今日は疲れたよ。」

「……そうね。でも、少し待ってて。まだ部活の片付けが終わってないから。」

「そうだったね。もちろん。俺も手伝うよ!」

「……ありがとう。と、言いたい所だけど、優馬。あなた……荷物はどうしたの?」

「あ……………教室に忘れて来てしまったっ!」


俺とした事が何たる凡ミス。そうだよ。なんで俺は自分の荷物を回収せずに直で部活に来てるんだ!?バカじゃないのか?


「……はぁ、もうしっかりしてよ。普通気付くでしょ?」


雫はため息を漏らしつつ、俺に呆れた。


「いやー、本当にうっかりしてたよ。ごめんごめん、すぐに取ってくるから。」


俺は雫の返事も聞かずに踵を返し、ダッシュで校舎まで来た道を戻った。


校舎に入ってもスピードとペースは維持し、教室までの道のりを走る。そのスピードは女の子達に追いかけ回されていた時のスピード並だ。


道中は誰とも出会わなかった。流石に時間も時間だし、皆俺の事は諦め、帰ったようだ。


日が落ち、暗闇なのが若干怖いが……気力を持って進み、教室まで到達する事ができた。電気を付けて教室に入ると…………俺の机には綺麗に並べられた文房具達と教科書達、ノート達があった。


「えーと、ここで何があったんだ?」


よく分からんが、俺の荷物が漁られでもしたのか?

その綺麗な並べられ方は、逆に不気味で近寄り難い感じだったが、これらが俺の所有物だという事には変わりは無い。


「はぁ、人の荷物に勝手に触んないで欲しいよな。ルール違反だろう。一般常識だろう!」


恐らく犯人は、今日俺を追い掛け回した女の子達の中にいるのだろうな。若干イラつきながら、俺は荷物を全て回収した。


準備は数分で完了し、すぐに雫の元に向かわなければと思っていた時だった。


──バチィィッ!!!


「え……?」


何かが叩かれた様な嫌な音が聞こえた。それに続いて3人くらいの高笑いな声も聞こえて来る。


「は……何をしてんだ?」


音的にどう考えてもおかしい。ただ事では無い事は何となく分かった。


「よし……」


俺は少し寄り道し、様子を見てみる事にした。


☆☆☆


優馬くんと別れた後、葵は教室に向かってとぼとぼとケガの痛みを気にしながら歩いていた。


外を見ると、日は落ちかかっている。早く帰りたかったが随分と今日は学校にいるんだなぁ……と嫌になりつつ、葵は自分のクラス。1年2組に向かう。


既にほとんどの生徒は学校には居ない。だが、2組だけ教室に電気が付いていた。


「──あ、神崎さん。随分と遅かったね。何してたの?」

「リンさん……っ。」


やはり……ね。

教室にはリン、ミユ、マヤの3人が葵の机を取り囲むような形で座っていた。

……雰囲気的にどうやらずっと葵の事を待っていたようだった。


リンさんは固まる葵に近付き、すっと肩を組んで来る。そして再び呟く。「今まで何してたの?」と。


その声はいつもより荒く冷たく、3人の表情を見るに明らかに葵に対して怒りの感情を持っているようだった。冷や汗がどっと吹き出す葵。


「え……っと、言われた通りに優馬くんをずっと探していました?ですが……結局見つからなかったんですよ。」


もし、真実を言ってしまったら葵は3人から何をされるか分かったものじゃない。なので、葵は咄嗟に嘘をついた。


「へぇー…………………………嘘、でしょ?」

「え?」

「だって、保健室で優馬くんとイチャラブな事をしてたんだもんね。」

「ッ……!?」


葵は驚きを隠すことが出来なかった。

なぜなら、葵が隠した真実をリンさんが言ったからだ。明らかすぎる程に動揺してしまった。


「その反応からして、大正解でいいのね?」

「いや、違います……」


否定はした。だが、葵の詭弁は今の3人には届いてすらいない……

葵はリンさんから胸ぐらを捕まれ、壁に勢い良く押し付けられる。そして……


「優馬君はね、貴方みたいな、クラスのモブが気軽に話していい存在なんかじゃないのよ。うち達こそ相応しいのっ!!」

「そーそー、神崎さんにはね、はっきり言って相応しくない相手なんだよー、流石に調子に乗りすぎだよー」

「本当に気分サイヤクなんですけど?この気持ちどうすればいいのかなぁ!?」


3人は大変ご立腹。だが、その怒る理由はなんとも自己中心的で、嫉妬的で、わがままなものだった。

……どれだけ自分達に自信があるのだろうか?


葵は心の中で呆れつつ、リンさんをじっと睨む。


「──あなた達みたいなわがままで自分の事しか考えられない人は絶対に優馬くんは選ばないよ!!」

……と、正直言ってやりたい。まぁ、気が弱い葵には到底言えないが。


「──なんで、なんで、なんであなたなのよ!」

「え……!?」

「ロクに努力もしてないし、可愛くもない。大して目立つ存在でも無い。アンタなんてうち達のただの

“駒”のはずだったのにッ!勝手に抜け駆けして……優馬君とイチャラブして……

本当にふざけるのも大概にしてよ!アンタと優馬君では圧倒的につり合わないのよ!」


葵への罵倒の言葉が溢れる溢れる。そしてその後すぐに……バチィィッ!という嫌な音が教室に響いた。


「くぅっッ!?」


そう、リンさんは思いっきり葵の頬をぶったのだ。

右頬にジーンと激痛が走り、倒れる葵。それを上から見下す3人からは既に恐怖しか感じられない。

逃げようと考えたが、壁に追い詰められているので逃げる事は到底不可能だった。


「痛いの?でもね、その痛みなんかよりも、うち達の心の方がもっと痛いのよ。アンタにそれが理解できる?」

「はっ……?」


そんなの……分かるはずがない。いや、分かってたまるか。痛みを我慢しながら葵は思う。


「っ……」


それに葵だって言い返したい気持ちもある。だが3人は葵に言い返す暇を与えず、暴力を振るわれ続けた。


バキ……ゴキ……バゴッ!

不快な音が痛々しく教室に響く。


「痛っ…………や、やめっ……!!」

「きゃはは、いくら叫んでも無駄よ。もうここら辺の生徒が帰宅したことは既にチェック済みなのだから。」

「しかもここは職員室から距離もある。だから先生にバレる心配もない。安心してあなたを叩きのめせる。」

「別に助けを求めてもいいんだよ?どうせ誰も来ないから。アンタ如きにね!」


葵への肉体的、精神的攻撃。それはとてつもないダメージへと変換される。


涙を流し、激痛に耐えつつ……葵は体を極力小さくし、ダメージを抑えようと無意識に試みる。

助けは……呼ばなかった。どうせ……来ないと思ってたから。もし、呼んでも来なかったら葵のメンタルが持たなかったから。


「きゃははははは!」

「ざまぁァァァ!」

「楽しぃぃぃぃ!」


3人は途中から狂ったように不気味に笑い始めた。葵の痛がる姿を見て興奮したのか……?

でもその挙動は明らかにおかしく、完全に狂っている。


もう葵は限界だった。元々怪我をしていた為もあるが、長く続く暴力に耐えられないのだ。

痛みに葵は負け、意識を徐々に失って行く……

だが、3人は暴行を止める気配すらない。むしろ、力を強めている気さえもする。





──そんな絶望的な時。





「──何してんの?」


誰かの救いの声が聞こえた。げ、幻聴か……?

一瞬そう思った。だが、確かに葵の耳は聞いた。

そしてその声は……確かに“彼”のものだった。


「──ゆ、優馬くんっ!!」


葵は気付かぬうちに大声で叫んでいた。

心の底からの…………歓喜の叫びだった。

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