第35話 罰ゲーム終了


──朝。


これまでは茉優に起こしてもらう事が圧倒的に多かった俺だが、今日は目覚ましも何もセットせずにいつもより1時間以上早く目が覚めた。


なぜ俺がこんなに朝早く目が覚めたのかと言うと昨日の女装の罰ゲームがまだ続いているからだ。

空先輩は朝一番に時間厳守で生徒会室に来いと言っていた。


もし遅れたら1ヶ月間女装姿らしいので遅刻だけは絶対に出来ない。人間、緊張感を持ちながら寝るといつもより早く起きれるらしいと言うけど、どうやらそれは本当らしい。


俺はベットから飛び起き、女装していた時に着ていた女用の制服と昨日椎奈先輩から貰ったメモを用意し、それを持って部屋を出た。


まだ朝早いのであまり物音を立てずに歩く。


1階のキッチンにへと向かう。

物陰から少しだけキッチンを覗いてみると、茉優とかすみさんが協力して朝ご飯を作っているようだった。


茉優はいつもこんなにも朝早く起きているのか……すごいなぁ。と、感謝の気持ちで心がいっぱいになった。


今すぐにも抱きしめてあげたかったがそれは我慢する。そんな事をしている時間は無いし、俺が今用があるのはかすみさんだからだ。


「おはよう茉優、それにかすみさん。」

「わっ!お、お兄ちゃん!?………おはよう。今日は起きるの早いね。」

「おはようございます優馬様。」


茉優は昨日のこともありちょっと気まずそうで、かすみさんはいつも通りの感じだった。


「………その、かすみさんにお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」


俺はすぐにかすみさんに言う。


「……………あれの事ですか?」


かすみさんは俺の表情を見て察してくれたようだ。


「はい。あれの事でよろしくお願いします。」

「ええ、それでは先に用意をしておきますので、優馬様は先に朝食を食べておいてください。朝食を食べ終わったら優馬様の自室までお越しください。」

「了解です。」


かすみさんは俺が持ってきた女用の制服と椎奈先輩のメモを俺から受け取り、キッチンを出て行った。


俺はその姿を見届けてから、椅子に座る。朝ご飯は既に出来ていてテーブルに並べられていた。俺がかすみさんと話をしている間に茉優が用意してくれたようだ。


「ありがとう、茉優。」

「いいよいいよ!」


茉優は俺の女装のことを知ってはいるが、お相子をしているので特に聞いては来なかった。


朝ご飯はパパっと食べた。もちろんすごく美味しかったです。


「ご馳走様、美味しかったよありがとうな茉優。」

「うん。」


特にこれといった会話も無く、俺が積極的に話しかけ続ける形で終わった茉優とのコミュニケーション。シスコンを自覚している俺的にはかなりしんどかった。


俺はキッチンを出て自分の部屋に向かう。

自分の部屋に入ると……


「うへぇ。」


俺は大きめの声で驚く。何故なら、俺の愛用している勉強机にずらりとメイク道具が並べられていたからだ。


「家にこんなにメイク道具があったんですか?」


若干呆れ気味に笑う俺。


「はい。全てお母様の物ですが、全て仕事での貰い物で、お母様は全部使い切りたいと仰っていたので……使わせてもらいます。」

「大丈夫なんですか。勝手に使って怒られたりしませんか?」


お母さんは別に怒らなそうだけど、一応ね。女性にとってメイク道具とか化粧品とかって仕事道具だし……

例え貰い物だとしてもだ。


「…………お母様にバレる前にパパっと済ませましょう。そうすれば問題無いです。」


かすみさんはメイク道具を両手に持つ。

あはは……気付かれなければ、いいってか。

まぁ、いっか。お母さんなんだし。


「頂いたメモと同じような、簡単なメイクでよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします。」


──そこから数分、俺は圧倒的なスピードでメイクを施された。


俺の目の前に置かれた組み立ての鏡を見ると、昨日と同じ驚く程に変わった自分がそこにはいた。


「メイクは水で洗えばすぐに落とせるような簡単な物にしておきました。」

「何から何まで……本当にありがとうございます。」


やはり、かすみさんの“察し”の能力はすごいんだなと改めて思う。もう最近では、かすみさんが有能すぎて俺は頭が上がらないよ。


「じゃあ、行ってきます。」


スマホで時間を確認すると、そろそろ家を出ないと朝一で学校に行けなくなる可能性が出てくる。今回ばかりは余裕を持って行かなければならないので、早く準備をして行かないと。


「また女装したい時には仰って下さいね。」

「え!?い、いや、女装は今後絶対にしませんよ。」


恐らく……

何となく、これから何度かするかもしれないけど。


「それでは、行ってらっしゃいませ。お気を付けて。」

「はい。行ってきます。」


そう言ってかすみさんはメイク道具を持って部屋を出て行った。


俺は女用の制服に素早く着替え、学校の道具をカバンに詰め込み、家を出た。


今日、雫には先に行っていると連絡をしておいたので大丈夫だ。


空先輩は朝一番に時間厳守で生徒会室へ来いと言っていただけで細かく時間を設定した訳じゃない。少し心配ではあるけど、いつもより1時間以上早く家を出たんだ。十分に間に合うはずだ。でも、少し心配なので駆け足で向かう。


☆☆☆


俺が学校に着くと既に学校は開いていて、ちらほらと生徒が登校していた。


俺はなるべく目を合わせないように歩いたが、何処と無く視線を感じる。もしかして、俺の女装がバレてるんじゃないのか?


かなりの不安に襲われる。


でも、バレるはずがない。自分とかすみさんのしてくれたメイクを信じるんだ。そう心に思い続け、俺は歩を進める。

コソコソと話し声が聞こえる。もしかして俺について話しているのか?既に俺は疑心暗鬼、誰も信じられなくなっていた。


は、早く生徒会室に行かなくちゃな。

俺は走り出す。そして急いで生徒会室に向かったのだった。


──実際、優馬は知らないが周りの生徒達は見たこともない美しく可愛い女の子を見て……見蕩れていたのだ。それで、話しかけようとしていたためコソコソと話をしていたのだ。


俺は学校の中に入ると、教室には危ないので寄らずにそのまま生徒会室に向かう。


「──失礼します、入ります。」


なんの返答も無いが、そもそも生徒会室にこんな朝っぱらから人がいる訳が無いので、俺は待たずに生徒会室に入った。


「あ、あれ?」


どうやら鍵は開いているようだ。もしかして、誰かいるのかな?だとしたら失礼だったかも。


「お!予想より随分早かったね。」


俺が入ってすぐに、よく知る人物から声を掛けられた。


「えっ、どうしてここに?」


そこにいたのは、この世界で俺が会った唯一の男である大地先輩だった。大地先輩は生徒会室のいつもは空先輩が座っている場所に座って、俺の事を待っていたらしい。


大地先輩は椅子から立ち上がると、昨日見た俺の制服が入っている紙袋を持って近づいて来た。


「姉は時間にはきっちりしてるけど、朝だけは弱いから変わりに僕が優馬の制服を届けに来たんだよ。」

「そうだったんですか……ありがとうございます。」

「いやいや。そんなのお易い御用さ。というか……優馬はすごい女装しているね。一瞬本物の女の人かと思って焦ったよ。」

「ははは……」


苦笑いで返す俺。


俺は大地先輩から制服を受け取りすぐに男子トイレへ急行。慌てながら制服に着替え、顔も洗ってメイクを落とした。


「ふうっ。」


いつもの姿に戻り、再び生徒会室へ戻って来た俺。

生徒会室へ入ると……


「あれぇ?いつもの優馬君じゃないですかぁ?」

「あ、あれっ、椎奈先輩。」

「おはよー、優馬君。」

「おはようございます。」


どうしてここに生徒会副会長の椎名先輩が……?

もしかして、様子を見に来たのかな?


この人はまだ少ししか会ってないし、話していなけど、常にニコニコ笑顔でフワフワとした感じで緩い。


「あぁ、もう着替えちゃったんだぁ。優馬君の女装姿が見れると思って、タイミングよく来たつもりなのになぁ………」


椎名先輩は少し残念そうだ。欲望丸出しの先輩に若干呆れる。


「いや、普通に変態ですからね、やめてくださいよ?」

「わかってるよぉ。それじゃあ罰ゲーム終了ぉーね。ちゃんと朝早く来てる事を確認したから私は教室に戻りま~す。それじゃあまたね、2人とも。」


椎奈先輩は俺にふざけた敬礼をして、すぐに生徒会室を出て行ってしまった。


時間的にはそろそろいつも俺が登校している時間。つまり予鈴が鳴る時間だからだろう。


「じゃあそろそろ俺も行きますね。」


俺も雫達が教室で心配しているだろうから早く教室に行きたかった。


大地先輩に一応断って、生徒会室から出ようと思ったら……


「………………」

「んん……?」


なんでだろう。ポカーンと口を開けて、生徒会室のドアをずっと見つめ続けている大地先輩。


「大地先輩?どうしたんですか……ぼーっとしてましたよ。」

「あ、………うん。大丈夫。そうだね僕も行くよ。」


どうしたんだろうか?


「…………もしかして椎奈先輩の事が気になってるんですか?」


冗談のつもりで言ってみた。そんな訳ないと思うけどね。


「はっ!?バカ、そ、そんなわけないだろ。僕は男なんだよ。男が女を好きになるわけないだろ!!普通は逆なんだぞ。」

「あー。なるほど。」


大地先輩のわかり易すぎるその反応とテンパりようでこの人は隠し事が出来ない人なんだなと思った。

確信ではないけど、ほぼ確定で大地先輩は椎奈先輩に気がある事もわかった。


これからは影でこっそりと2人の様子を伺いつつ、積極的にサポートしてあげよっと。先輩の恋路を応援するのが後輩の役目だしね。


俺はそんな事を考えながら大地先輩と途中まで一緒に話しながら教室に戻ったのであった。



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