第34話 お相子
「「────えっ?」」
目が合った俺と茉優は素っ頓狂な声を同時に出す。
ここは俺の部屋……のはず。何で茉優がここにいるんだ?それに……一体、何をしていたんだ?
「………………茉優?」
俺は茉優に近付く。俺のベットの中で茉優が何をしていたのかを、無意識に確認しに行ってしまったのだ。
──それで俺は気付いた。俺の女装が茉優にバレてしまった事に……
「うぅっ。わぁぁぁぁぁん!!!」
「茉優………これは違うんだ!」
俺が必死に頭をフル回転させてこの女装の説明をしようと焦っていると、茉優は突然ポロポロと大粒の涙を出して泣き始めた。
そんなに俺の女装が醜かったのか……失望したのか?泣きたいのはコッチの方だよ。
「ま、茉優泣かないでくれよ……」
でも、兄としてのプライド的に、泣く訳にはいかないので耐える。そして、茉優の背中に手を当てて慰めてあげようと思ったら……
「ううっ……」
俺に反応してだろう……茉優は勢いよくベットから立ち上がり、両手で顔を隠しながらサッカー特有の素早いステップで俺をかわし、部屋から出て行ってしまった。
俺の部屋を出てすぐにバタンッと、ドアが閉じる音がしたので茉優は隣の自分の部屋に入ったのだろう。
「────どうしたの?」
「げっ、や、やばいお母さんだ。」
茉優の泣く声が下の階にいるお母さんに聞こえたのか?
階段を駆け上がって来る音が聞こえた。
まずい。お母さんにも女装がバレたら本当に俺も泣いてしまう。それに、かすみさんに協力してもらった意味も無くなってしまう。
くっ……しょうが無いな。
俺は初めて自分の部屋に付いてある鍵を掛けた。
そして急いで女装の服を脱ぎ、いつもの服を急いで着た。
かかった時間は約20秒……すぐさま鍵を開けて部屋を飛び出した。
外に出ると、茉優の部屋の前でお母さんとその後ろにかすみさんがいて……外から茉優に話し掛けている。
「あれ?優くん、帰ってたの?」
強引に茉優の部屋に入りそうになっていたお母さんは俺が部屋から出てきた事に気付き、その手を止めた。
「あ…………うん。さっきね。」
目線をずらす俺。
「それで……茉優は一体どうしちゃったの?いきなり2階で泣き声が聞こえたかと思ったら、部屋に引きこもっちゃってて……お母さんビックリしちゃったよ!」
心配そうに茉優の部屋を見るお母さん。
俺も正直言って心配だ。
「何かあった?喧嘩でもした?」
「うーんっと……まぁ、そうかも。だから、茉優の事は任せてよ。兄として俺が何とかするからさ。」
喧嘩では無い……けど、否定するのには疑問が残る。女装の事も口止めしておかなければならない。
「でも………お母さんも気になるよ?」
お母さんが関わってくると……女装の事がバレる可能性がある。だから、何とかしたいんだけど……お母さんが納得する理由が思い付かない。
……そう俺が迷っていると、かすみさんがお母さんの前にずいっと出て来て、
「お母様、ここは優馬様に任せませんか。歳が近い方が話しやすいかもですし、もしかしたら私達では邪魔になるかもしれません。
我々は、優馬様が茉優様を1階に連れてくる時にお腹を空かせてくると思いますので、夕食の用意をして待っていましょう。」
「う、うん。俺からもお願いするよ。」
俺はすぐにかすみさんの助け舟に乗っかる。
何も事情を知らないはずなのに、察して動いてくれたのだろう。
「優くんがそこまで言うなら……わかった。じゃあ、下で待ってるから茉優ちゃんをよろしくね。」
お母さんはまだまだ心配そうだけど、納得してくれたようで、かすみさんと一緒に階段を降りていった。
それをしっかりと見届け、俺は茉優の部屋の前まで歩を進める。
「──ふぅ。よし…………いくか。」
茉優の部屋の前に立つと……微かだが、すすり声が聞こえてくる。部屋の中で茉優は涙を流しているのだろう。
どうやって話し掛ければいいのか何度も考えて、一番無難な声を掛ける。
「茉優………入ってもいいかな?」
反応は無い。
それでも、めげずに何回か声を掛けてみる。でもやはり反応は無い。むしろ、すすり声が酷くなる一方だ。
ならば仕方が無い。
「──入るよ。」
もう、構ってはいられない。俺は茉優の部屋に入った。鍵などは掛けられていなかったため楽々入れた。
茉優の部屋は電気が消えていて薄暗かったが、目を凝らせば大体の物は見える。
茉優の部屋は女の子らしい動物のぬいぐるみが多くあったり、サッカーの道具やユニフォームなどもあった。その全てはキレイに整頓されていて、茉優のマメな性格が物から滲み出ている。目が暗闇に慣れてくると、家具などのほぼ全ての物がピンク色で統一されている事が分かり、黒色で統一している俺の部屋と似ていた。
茉優を探すと……ベットにいた。
茉優はピンク色のベットに毛布を被ってわんわんと泣いている。
「ま…………茉優?一体、どうしたんだよ?」
「お兄ちゃん…………来ないで。」
気さくに話しかけるも、すぐに拒絶される。
茉優の声はいつもの明るく、活き活きした声とはかけ離れた暗い声だった。
妹からの拒絶は、シスコンの兄には辛いが、耐え抜く。
「いいや、行くよ。そして、一緒に夜ご飯を食べよう!」
俺は毛布から出ている茉優の手を掴み、ベットから引きずり出す。
ベットから出てきた茉優は、顔が涙で溢れた状態だった。
「──っ。ダメだよ。もう、ダメなんだよ。こんな変態の私なんかと……お兄ちゃんは……」
茉優は涙を拭いながら言うが、それでも涙が溢れて止まらない。
「こんな勝手にお兄ちゃんの部屋に入って……しかもお兄ちゃんの使ってる枕の匂いを嗅いでるなんて………お兄ちゃんは私の事、気持ち悪い妹だと思ってるんでしょ!!!わかってるよ!!!!!」
再び毛布を被ろうとする茉優を止めつつ、しっかりと聞いていた俺は驚いていた。でも、あの時は女装がバレたダメージもあった訳だし、ぜんぜん気にならなかった。今考えても、別に気持ち悪いとは思わない。
「俺が茉優の事を嫌いになる訳がないだろ!まぁ少しは驚いたけど、別に俺は気にしてないから大丈夫だよ。だから……泣かないでくれ。茉優のそんな姿は似合ってない、茉優はずっと笑顔で笑っていて欲しいんだ。」
俺は茉優の両肩を両手で優しく掴んで言った。
正面から……しっかりと目を見つめて言う。
「で、でも。それって、私に気を使ってくれたんでしょ?」
茉優は今も泣いている顔を隠そうとそっぽを向く。
「…………それに茉優も俺の女装姿を見た、よね?」
「…………う、うん。一瞬、なんでお兄ちゃんの部屋に、女が入ってくるの?って思っちゃったよ。でもすぐにお兄ちゃんだって気付けたよ。」
「だからさ………茉優がいいなら俺は今日の茉優の事を全て忘れる、だから茉優も今日の俺の女装は忘れるという事でいいんじゃないのかな?」
つまり“お相子”という事だ。
「えっ……本当に………それでいいの?」
一瞬、期待の目を向ける茉優?
「うん。お願いするよ。」
茉優のしていた事は……分からないけど、どちらも知らなかった事にした方が今後一緒に生活する上で気持ちが楽だ。
「お兄ちゃんがそう言うなら……わかったよ。」
「じゃあ、そういう事でな。」
茉優が頭を縦に振ったことで、お相子が成立した。
「さ、茉優。行こうか、お母さんとかすみさんがご飯を用意して待ってる。」
「うん。お兄ちゃん!…………………大好きっ。」
その茉優の声はいつも通りの明るい声に戻っていた。ぼそっと何かを言っていたような気がしたけど、うん。聞こえなかったや……
俺は手を差し出すが、茉優は無邪気な笑顔で抱き着いてくる。
俺と茉優の2人はお互いに笑顔で、下の階に降りて行った。
☆☆☆
お兄ちゃんと一緒にお母さんとかすみさんが待つリビングに降り、茉優達は夜ご飯を食べた。お母さんには色々と事情を聞かれたりしたが、お兄ちゃんは適当に仄めかしていたので、茉優も真似をして適当に仄めかした。
まだ少しだけ、お兄ちゃんにバレた事を引きずっているけど、お兄ちゃんがお相子って言ったのだ。なので、茉優は気にしない事にした。
ご飯を食べ終わった後、洗い物をするのは茉優の仕事だ。お母さんとかすみさんは「やらなくていい」と口を揃えて言ってくれるのだが、自分がしたくてやっているので大丈夫だ。それにお兄ちゃんの“あれ”の回収もしたいから……いいのだ。
茉優は周りに人が居ないことを十分に確認し、“あれ”をこっそりとティッシュで包んだ。
お兄ちゃんは、テレビを見て声を出して笑っている。なので、多分気付いて無いだろう。
洗い物が終わり、すぐにあれを使おうと自分の部屋に向かおうと歩を進めていると────
「茉優……………ちょっといい?」
突然、お兄ちゃんに呼び止められた。
それに……少し動揺するが、平然を装う。
「え、何か用……お兄ちゃん?」
「────えっとね、今日の茉優のする事は、忘れるって言ったよね?」
「う、うん、そう……だけど?」
「じゃあさ、俺は茉優が手に持ってる俺がさっき使ってた“箸”を何に使うかは分からないけど、忘れる事にするよ。」
──ギクッ
ま、まさか。気付かれていたのッ!?
「えっ………と。
…………い、いつから気づいてたの?」
お兄ちゃんの箸をそっと置き、焦りながら聞く。
「ん?つい最近だよ。茉優が洗い物をしてて手伝ってあげようかなって思って、手元を遠くから見てみたらね。俺の使った箸とかスプーン、フォークをテッシュにくるんでるなぁーって思って。今までは黙ってたけど、まぁ今日は色々とちょうど良かったから、言っただけだよ。」
「…………っ。」
何から何まで全てがお見通しだった訳で──
恥ずかしくなった茉優は、
「ごめんなさいっ!!!もうしませんー」
精一杯頭を下げて謝ったのだった。
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