第33話 “超”が付くほど、
何とか家に辿り着いた俺は、ほっと安心のため息を吐く。
既に辺りは暗くなっており、怖かった。
今頃、お母さんや茉優は俺の帰りが遅いと心配している頃なんじゃないのかな?
物音を立てずに家に入り、急いで自分の部屋に向かい着替えるのが最前。バレたら即終了だ。
1番気を付けなければならないのは、どれだけ静かに家の中に侵入し物音を立てずに自分の部屋に行くことだ。
その事を頭の中で考えながら、抜き足、さし足で門を潜った。今の所は順調。だがそこからは鬼門だ。ゆっくりと進み、家のドアノブに手を掛けた瞬間……
「──侵入者発見ッ!」
突然、後ろから足を上手に掛けられ体勢を無理やり崩される。その動きは柔道に近い技だ。そして素早く腕を後ろに回され、組み伏せられた。
「っ、うげっ!」
声が漏れながら、地面に顔が着く。
庭の土の匂いが鼻を通り抜ける。
俺は何も出来ぬまま、そのまま紐で両腕を縛られ近くにあった家の柱に括り付けられた。その手際は本当に1人で縛っているのかと思ってしまう程だった。
「これから尋問をして、そのまま警察に突き出します。男性がいるこの敷地に勝手に侵入したこと……万死に値します。」
鋭く、ドスの効いた重い声で俺は言われる。
「…………ん?」
初めは誰だか分からなかった。だけど、声を聞いてようやく俺を捕らえた人物が分かった。
……か、かすみさんっ?
でも、いつものかすみさんとは明らかに雰囲気が変わっており、まるでいつもはスイッチがオフの状態で今はそのスイッチがオンになっているかのような変わり様だった。
しかもよく見ると、かすみさんはまるで忍者のような黒い服装に身を包んでいて腰には拳銃?のような物がぶら下がっていた。いつもの家政婦としての服装とは大きくかけ離れていた。
「理由はだいたい分かりますけどね、ここに侵入した経緯とあなたの名前、住所、歳的に高校生くらいだと思うので学校名も言いなさい。10秒以内ですぐに答えなさい……………10……………9……………8……………7……………」
尋問かよ!と思うほどスピーディな対応に俺は驚く。冷酷な暗殺者かのような怖い顔をしているかすみさんは正直あの“毒牙 毒味”並に怖い感じだった。
羞恥なんかより、正体をすぐに言った方が絶対にいいな。すぐに正体を明かさないと、かすみさんに何されるか分からない…そんな覇気と覚悟をビリビリと肌で感じた。
「す、すいません。かすみさん。俺ですッ、優馬です。」
裏声も何も使わずに、いつも通りの声でかすみさんに話しかけた。
「へ?あれっ?おかしいですね?優馬様の声が聞こえます。まさかコイツが女装している優馬様の訳がありませんし…………どこにいらっしゃるのでしょうか?」
あの冷静なかすみさんの表情が大きく崩れ、変な声を出してしまう程にかすみさんは驚く。
「目の前にいますよ。コイツです。コイツが優馬です。女装しているんですよ。」
「は!?ほ、本当に………ですか?確かに声が優馬様そっくりですがどう考えても、女にしか見えないのですけど………」
「はい、すぐに説明したいので……まずこれを解いてくださいよ。事情を話しますんで。」
必至に言い、頼んだ。
「そ、それは、大変失礼致しました。今すぐ解くのでそこから動かないで下さい。」
そう言って鋭利なナイフを取り出したかすみさんは俺を縛っていた紐を丁寧に切ってくれた。
「あ、ありがとうございます……?」
感謝するか迷ったけど、しておいた。
乱れた服装を正しながら、ゆっくりと立ち上がる。
「それで……事情をお話頂けないでしょうか?」
腕を組み、いつものオフ状態になっていた、かすみさんは俺に事情を求める。
「はい。今話しますよ。」
俺は葵と同じように丁寧に説明した。
「──なるほど……事情はわかりました。
優馬様は学校では、色々と大変なんですね……」
強く同情された俺。
「はい……それで、なんですけど。協力してくれませんか?」
「お母様と茉優様に見つからないように家に入り、着替える?……ということで、よろしいでしょうか?」
察しのいい、かすみさん。流石だ。
「はい。それで、お願いします。」
俺は感謝を込めて精一杯お辞儀をする。かすみさんのサポートがあればかなり楽に自分の部屋に行けるはずだ。
「今の所、お母様はリビングで優馬様のお帰りを待っています。茉優様は自室で勉強中です。」
「そう、ですか……」
じゃあ、乗り越えるべき問題は、どうやってお母さんにバレずに家に入るか……だな。茉優は勉強に集中しているだろうから、ちょっとやそっとでは出て来ないから気にしないで大丈夫だろう。
「かすみさんには、お母さんの足止めをお願いします。」
「了解しました。では……抜き足差し足忍び足でお願いしますよ?」
「はは……分かりましたよ。」
かすみさんのその忍者の格好でそう言われると、中々シュールで面白く笑ってしまう。
──さてと、ここからが勝負だ。俺は気持ちを切り替える。深呼吸を何度もし、気持ちを落ち着かせて体の硬直を防ぐ。
ウイッグも強く固定し、簡単には外れないようにもする。なるべく意識をこちらに割きたくないのだ。
──ギィィッッッ
なるべく音を出さないように家のドアを開ける。
そして、俺とかすみさんは抜き足差し足忍び足で家に入った。息を殺して入る家は、いつもとは違って妙に静かで静寂だった。
意識を変えるだけで、こうも変わるのか……と、若干驚きつつ、歩を進める。
かすみさんは一瞬、姿が見えないな?と疑問に思っていたら、いつの間にか普段の家政婦の服装に着替えていた。すごい早業で、拍手を送りたかったけど今は無理だ。
「それでは時間を稼ぐので急いでください。」
小声でかすみさんは言う。
俺は無言で頷き、かすみさんと別れる。
かすみさんはお母さんのいる部屋にワザと大きな声を出しながら入って行った。
感謝します、かすみさん。
感謝の念を送りつつ、階段を静かにそして素早く登る。
あと少し……あと少しだ。焦るなよ、焦ったら絶対に何かミスをする…………冷静に、だ。
俺の部屋に行く途中には茉優の部屋がある。そこを通らなければ俺の部屋には行けない。心の中では大丈夫だとは思ってはいるが、それでもドキドキはする。
冷や汗が溢れて来るが────
問題無く、通り抜ける事が出来た。
「ふぅぅぅ……」
口から空気を吐き出し、安心して自分の部屋のドアを開け中に入る。
──そして俺は発狂する程、驚く事となる。
☆☆☆
──優馬が帰って来る少し前。
茉優は中学の部活を終え泥まみれ、汗まみれ、ヘトヘトの状態で家に帰って来た。
「ただいまー」
「おかえりー!」
まるで、待ち構えていたかのように家に入ってすぐに現れたお母さんは茉優に抱き着く。
「うぐっ。」
よくある事だし、お母さんは何年経ってもやめないからもう文句は面倒くさくて言わないけど……
毎回毎回、抱き着かれると、疲れきった体には酷なのだ。
「はいはい、ただいま。」
淡々と、茉優はお母さんの抱き着きから脱出する。
「もう……もっと抱きついてていいんだよ?甘えてもいいんだよ?お母さん嬉しいから!」
「お母さん、お兄ちゃんは帰って来てる?」
お母さんの言葉はフル無視し、話の内容を大きく変える。
「優くんはね、まだ帰って来てないよ。最近、学校が忙しいみたい。」
寂しそうにお母さんは言う。
「そっか。」
お兄ちゃん……まだ帰ってきてないんだ。
お母さんの気持ちに激しく同意だが、その感情よりも……
──今なら“あれ”ができるかな?という感情の方が強かった。
茉優は1回自分の部屋に行き、荷物を置き、着替えを持ち浴室に行った。
先にシャワーを浴び、体を隅々まで綺麗に洗う。
“あれ”をするのには、まず体を清めないとお兄ちゃんに対して失礼に値するからだ。
体を隅々まで浄め、着替え、髪を乾かし、浴室から出ると真っ直ぐに階段を登る。
無意識にだが、今からやる事が楽しみで鼻歌を歌ってしまいそうな足取りだ。
階段を上ってすぐに茉優の部屋だが……茉優は普通にスルー。自分の部屋を通り過ぎ、隣の……優馬の部屋の前で足を止める。
「──入るよ。お兄ちゃんっ。」
そして……茉優は優馬の部屋に入った。
普通、男の部屋という物には必ず鍵を付けるのが当たり前だ。例え家族であったとしても勝手に部屋に入ったりする可能性があるからだ。
そういうニュースが一時期世間で流行り、男の部屋には鍵を付けるというのが一般常識となっていた。
それは、お兄ちゃんの部屋も例外では無い。だが、お兄ちゃんは「面倒」と言って何故か鍵を一切掛けないスタイルなのだ。
そんなの、自分から入ってくれって言ってるようなものなんだよお兄ちゃん!
優馬の部屋に初めて入ったのは、ここ最近のことで壮大な期待を胸に入ったのだが……優馬は物欲があまり無いのだろう。茉優の目に入ったのは質素で普通の部屋。何の個性も無いし、特徴も無い。非常につまらなかったのを今でも思い出せる。
…………でも、そんなつまらない部屋だとしても、茉優が優馬のいない時を見計らい、ついつい部屋に行ってしまうのには大きな理由がある。
茉優は部屋に入ると……真っ直ぐに、一直線に、引き寄せられるかのように、優馬のベットに入り込み、優馬の愛用している真っ白な枕に自分の顔を埋める。
そして───
「すぅぅぅぅー」
大きく、大きく……深呼吸。
お兄ちゃんの残り香をひとつ残らず、自分の体に吸収する。
「はぁ……幸せっ。」
火照る体。無意識に下半身へ動き出す右手を左手で抑えながら、心の底から漏れ出す声を最小限に抑え込む。
お兄ちゃんの匂いは“最高”の一言で……何時間でも嗅いでいられる。勿論、お兄ちゃんが帰ってきてしまうから長居は出来ないけど……
後……もう少し、だけ。
体をモゾモゾと動かし、自分の匂いを優馬のベットに移す。猫とかがよくやる気に入った場所に、自分の匂い、フェロモンを擦り付けて自分の場所だと宣言する行為だ。
こんなことをしていたら優馬にバレる可能性もある。そんなのは茉優にも分かっていた。だがそれでもやる。
だって……お兄ちゃんは“超”が付くほど、鈍感なのだから。これぐらいが丁度いいのだ。
茉優は時間を忘れて、優馬の匂いを楽しんだ。楽しんでしまった。
──もう……すぐそこまで、優馬が来ていることに気づきもしないまま…………
────ガチャリ
開くはずが無いと確信していたドアが突然開き……
「「────えっ?」」
そして……見知らぬ女が部屋へとコソコソと入って来た。ん……いや、違う。この人は女装をしたお兄ちゃんだ。
“超”が付くほどお兄ちゃんか大好きな茉優には一目で分かった。
そして……お兄ちゃんだと、分かった途端。
全身から嫌な冷や汗が溢れ出す。
“絶望”という最悪な2文字が茉優の心の中を支配するのであった。
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