第32話 友達
「うわぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
完全に俺が女装をしていた事が葵にバレてしまった。
三秒ルールみたいに三秒以内にウイッグを戻せば大丈夫…………なんて事はもちろん無かった。
葵の目にはウイッグを直す俺の姿がくっきりと映ってしまっている。
「…………え?ゆ、優馬君だよね!?どうして………ですか?なんでそんな格好……」
葵は若干引き気味で俺の事を見つめている。
うぅ、そんな目で俺を見ないでくれ。頼むから……さ。
「ご、誤解だからねッ。それでどうか、見なかった事にしてくれ。」
「えっ?それはちょっとムリです……よ?」
女装をしている俺がいくら誤解だと言っても、説得力は0に近いだろう。絶対に変人だと思われたよ……
悲しみのダメージがすごく、俺は地面に座り込んでしまう。スカートなので冷えた地面に直で肌が当たって冷たすぎるが……今の俺には余り関係ないようだった。
「……………でも、わ、私は優馬君はそんな人じゃないと思います。」
落ち込む俺を見てか、何か事情があるのかと察してくれた葵は手を差し出してくれる。
「うん……本当にかくかくしかじかなんだよ。」
葵の手を取り、立ち上がった俺。
そして何故俺が女装姿なのかを細かく説明した。
「──だから、絶対に口外しないことを約束してくれ。頼む。」
焦って口元が覚束無い。だけど、俺の気持ちは伝わっただろう。
「はい。も、勿論です!!誰にも言いませんよ。」
案外軽く葵は約束してくれた。ちゃんとしっかり説明したからだろう。取り敢えず一安心だ。
──でも、そんなホットしている時だった。
誰かが駆け足気味で近付いて来る音が微かだが聞こえた。
「──っ!?」
多分、見回りの先生とかだろう。俺の絶望の叫びで呼んでしまったんだな。さっきから、自分の行動一つ一つが空回りして自分を追い詰めている事に嫌になりながらも、どうするかを瞬時に考える。
「やばいな。くっ、しょうが無い。これしか思いつかないや。」
そう呟くと、葵を見る。
「…………ちょっと葵、こっちに来て。緊急事態だ!」
今、先生に話しかけられると俺の女装がバレる可能性が高い。バレたらすぐに俺は職員室行き確定だろう。そんな事があったら俺の青春を謳歌するための学校生活が終わる………そう思った。
俺の頭の中には“隠れてやり過ごす”という選択肢しか無かった。
「はわわっ!!手、手繋いでますよ!!!」
「そんなのどうでもいいから!静かにしててよ。頼むから。」
俺は葵の手を引き、近くの大きめのロッカーに入った。まだ使われていないロッカーのようだったので、掃除道具などは入っていなかった。なので難なく2人で隠れることが出来た。
いくら大きめのロッカーと言っても、2人の高校生が入ると、かなり体が密着してぎゅうぎゅうだ。所々体が重なり、顔の位置もかなり近い。呼吸の音が耳元で聞こえる。
ロッカーの中は暗闇。隙間から光が差し込むがそれでも暗い。だが、それでも何となく分かるくらいに葵の顔は真っ赤になっている。それを見ると、俺もつられて赤くなっちゃうんだけど……
「はわわっ、顔が……近い!!わ、私、限界です。
す、す、すぐに出ますっ!!」
コソコソと喋って動こうとする葵。
「ダ、ダメだよ。今出たら先生にバレる可能性がある。無理に動いちゃダメだ。」
葵は今にでも出ようと体を動かそうとしたが、俺が咄嗟に葵を強めに抱きしめる事で、葵のロッカーからの脱出を防いだ。
「んんんっ……!!」
葵が大声を出すかもと思ったため、悪いけど口元も抑えさせてもらう。
「ごめんね。後で何でもするから、今だけ耐えて。」
──数分、葵の事を抱きしめて、物音をたてないように必死に耐えた。
ロッカーにある、少しの隙間から目を凝らし、誰もいない事を十分に確認し、ロッカーのドアを開け外に出た。
「ふぅぅぅっ。何とかなったな。」
出て直ぐに、周りを見渡したが廊下には誰もいなかった。やり過ごすことに成功したようだ。
「はわゎゎゎっ!!」
葵は解放されすぐに地面に座り込み、ぐったりとしている。体に力が全く入っておらず、顔を両手で隠している。
「突然変な事に巻き込んでごめんね。大丈夫だった?もしかして、強く抱きしめすぎた!?」
今度は俺が手を差し出す。
「………………大……丈夫です。というか聞きたいんですけど、私が一緒に隠れる必要ってあったんですか?」
葵はヨロヨロと立ち上がり、聞いてくる。
「…………あ。」
確かに葵の言う通りだ。別に隠れるのは俺だけで良かったはずだ。咄嗟だったのでそこまで頭が回らなかった。
「そうだね。考えれば確かにそうだね。ごめん。」
「……………いい……です。というか、夢のような……時間でした。………流石……私の王子様ですっ。」
「ん?何か言った?」
葵の言葉は途中から全く聞き取れなかった。独り言っぽかったので、気にしないでおこう。
「それで……何回も言って悪いけど、絶対に俺の女装の事は黙っておいて欲しい。」
「はい、もちろんですよ。2人だけの秘密です!!」
俺に女装をさせた生徒会の人達は知ってる訳だけど……まぁ、いいか。
「今からもう帰り?」
「はい、そうなんですけど……図書室の鍵を返すのを忘れていて、今から返そうとしていた所で優馬君とぶつかってしまって……」
「あ、そうだったんだ。ずっと引き止めちゃって、ごめんね。」
それはそれは……申し訳ないな。大分時間ロスだな。
「じゃあ、またね。」
俺は立ち去ろうとする。だが、葵は何故か俺の事を呼び止めた。
「──あの、優馬君。さ、さっきロッカーの中で、
“何でもしてくれる”って言ってませんでしたか?」
「あ……うん。確かに言ったね。もちろん覚えてるよ。」
勢いで何故か言ってしまった言葉だ。
「な、なら。私と……友達になってくれませんか?」
「え!?」
葵は赤面しながらも精一杯、言い切ったようだ。
すごい要求を言われると心の中で予め予想していたので、あまりにも単純な事に逆に驚いてしまった。
「ダ、ダメですよね。私なんかとじゃ。釣り合わないですね。優馬君は皆の人気者で、カッコよくて、男の人で、優しい。……不幸体質な私なんかとでは住む世界が違いますもんね。ごめんなさい。今の言葉忘れてください。」
数秒俺が答えなかっただけで、葵はすぐに自分で決めつけた。
葵の声は少し震えていて……涙を必死に我慢している感じがした。それにスカートを両手で強く握りしめている。ズーンッと暗いオーラを葵は纏う。
「えっとね。少し勘違いしてないかな?俺はもう葵の事は友達だと思ってたけど?」
俺の友達基準はまぁまぁ緩い。だから、葵は俺の“友達”として認識していた。
「それにな、もっと自分に自信を持って欲しい。釣り合う、釣り合わないなんて関係ないよ。それに葵は不幸体質なんかじゃないと思うよ?だって、俺は葵とぶつかって1度も不幸だな……なんて思ったことがないのがその証拠だ。」
これは本音だ。心で思った事をそのままそっくり葵へと伝えた。
「…………っ!!」
葵は黙って噛み締めるかのように聞いていた。
いつの間にか暗いオーラが無くなっていた葵は俺に向けて感謝の一言。
「──ありがとう……ございます。」
「うん、どういたしまして。これからよろしくね葵。」
「…………はい。」
俺が手を差し出し握手を求めると、葵は嬉しそうに両手で握り返してくれた。
──その後、俺はダッシュで下駄箱に行き校舎を出た。まだ雫は学校にいるようでヒヤヒヤしたけど、学校の外に出たのでもう心配する必要は無いだろう。
「ふぅ……しんど。」
女装に倦怠感を感じつつ、風でスカートがめくれないように常に気を配りながら俺は家へと帰るのであった。
☆☆☆
葵は優馬と連絡先を交換した後、優馬と別れ、図書室の鍵を職員室に返した。
今は学校の帰り道。いつもはただの面倒な帰り道だと思っているこの帰り道も、今この瞬間だけは愉快な気持ちで歩ける。
優馬君の言ってくれた言葉は葵の心の中で何度も何度も再生され続けている。そして、何度も何度も顔の表情が崩れうっとりとニヤけてしまう。
傍から見たら変人認定されるが、今の葵の羞恥心はバグっていたため気にならなかった。
優馬君は葵にとって本物の王子様だった。
「──あれっ?」
急に視界が温かい水で遮られた。
……いや、これは水では無い。自分の……涙だ。優馬君の言葉は想像以上に葵の心の奥深くまで突き刺さってしまったのだろう。それから、ずっと蓄積していた感情が涙という形で溢れたのだ。
涙が溢れる溢れる。
悲しさの涙なんてこの人生で数え切れないほどある。たが、今回は嬉しさの涙は葵にとって大変珍しいものだった。
ずっと否定し続け、自分のことが嫌いだったのに……今日は何だかそんな事が些細な事と思えるほどに、どうでも良くなった。
「わ、私はもう1人なんかじゃ無い……です!!」
今まで葵にとって“自信”という言葉は皆無だった。だが、少しだけ“自信”を持ってみようと思えた。
──それと積極的にアピールもして行こうと決めた。葵の唯一無二の武器……それは無いと言える。
だけど、チャンスは必ずあると思った。
だって、こう何度も何度も優馬君と運命的に出会っているのだから。これからも、その運命に身を任せよう。葵はそう思うのだった。
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