第31話 衝突


女装姿のまま生徒会室を追い出された俺はスカートを両手で抑えながら壁際にべたりと張り付く。


そして窓から外の様子を見てみると、日も落ち始めて来ている。そのせいか足元が酷く寒い。いつも女の子ってこんな感じなの!?……大変だな。


と、女の子の気持ちを1つ分かったところで俺は思考を巡らせる。


もう、明日にならないと俺の制服は戻って来ない。一旦潔く諦めるしかないだろう。だから、今考える事はどうやって家に帰るかだ。


「普通のまま、家には帰れないからなぁ……だから如何にバレずに帰るか……だな。」


時間的に急いで帰ったとしても、お母さんや茉優が帰って来る前には多分帰れない。ここは慎重に家まで帰り、こっそりと家に侵入して着替える作戦にしよう。


そうと決まれば、すぐに行動だ。

クラスの女の子達や雫には絶対に会いたくない。なので校舎からは早く移動しなくてはならない。


でも……既に委員会や部活も終わっている時間なはずなので、今校舎にはそれなりに人が溢れているはずだ。という事は、クラスの女の子や雫に会う可能性はそれなりに高い。


なるべく下を見ながら進むことにしよう……

俺の事に関してはかなり鋭い女の子達だ。目が合っただけで、俺が女装しているとバレるかもしれない。


そんなビクビクしながら進んでいると──


「……あの、すいません。生徒会の人ですよね?」


突然俺に声を掛けてきた。だが、その声は聞き覚えのある声だった。


ま、まさか……

察し、冷や汗が大量に分泌される。


その人の顔を見た瞬間──

俺は危うく声を出しそうになった。普通に声を出したら1発で俺だとバレる。特に彼女の前では。

裏声を使えば何とかなるかもしれないけど、変に思われるかもしれないし、少し練習も必要だ。未完成のまま失敗でもしてバレたら状況は“最悪”の2文字となる。


「……あの?聞いてます?」


やはり……

顔を上げると俺の彼女である雫がいた。


何故ここにいるんだ?今日は一緒に帰る予定じゃなかったはずなのに。


空先輩と椎奈先輩に連れていかれる前に今日は別々に帰ろうと話したはずだった。


まさか、今1番会いたくない人に会ってしまうとは……運が悪い。


「……あのー?」


そ、そうだ。まず反応しなければ………反応しないと雫に変に思われる。俺の事に関しては勘が想像以上に鋭い雫に細心の注意を払いながら俺は頭を左右に降って「いいえ」と伝えた。


設定は生徒会に用があった無口の一般生徒という事にした。そして全身の力を若干抜き、体格を誤魔化す。それに、漂わせる雰囲気も気弱で脆弱な感じにする。


「……そう……なんですか?」


雫は「……おかしいな」と、愚痴を零しながら更に俺に聞いてくる。

ふぅ……どうやら、俺だとバレていないようだ。

一安心。だが、油断は禁物だ。


「……じゃあ、神楽坂 優馬を見てませんか?」


俺は再び頭を左右にふって大きく大胆に否定する。


「……教室にカバンはあったから、帰ってはないんだけど、一体どこに行ったんだろう……」


最後に俺に聞こえるくらいの声で雫はボソッと独り言を呟いた。


そうか……俺の荷物があるから、雫は俺の事を探しているのか。

雫には悪いけど、早めに荷物を回収して立ち去らないとな。


雫は「……ありがとう」と、俺に頭を下げて再び俺の事を探しに行った。


俺は雫を騙してしまった罪悪感にとらわれるが、グッと我慢し、いつか謝ろうと決めた。


俺は早足で自分の教室に戻り、自分のカバンを回収して教室を出た。教室には誰もいなかったのが幸いだった。雫が来るであろうルートを予め予想して、別のルートを選択して進む。


遠回りになるけど、俺が余り通らないルートだしこの広い学校だったら雫と会うことも、これ以上ないだろう。


委員会終わりの人や部活終わりの人とは案外会わなかったので、良かった。


──後はこの角を曲がれは、下駄箱だ。俺は早る気持ちを抑えられなくなり少し小走りで進んでしまった。

スカートが風で靡き足がキンキンに冷えるが、今の俺には余り気にならなかった。


俺は角を勢い良く曲がった……その瞬間──

誰かが丁度よく俺とは逆の角から飛び出してきた。

いきなり視界に入ってきた事の驚きで、俺は上手く交わす事が出来ず、衝突してしまう。


「──うわっ。」

「──きゃあっ!!」


2人はかなりの勢いでぶつかった。

まるで身体計測の日かのような展開。

優馬人生2度目の衝突だった。


☆☆☆


衝突の少し前────


神崎 葵は誰もいない図書室に1人で椅子に座って黙々と作業をしていた。その作業は本の整理で、中々量が多く1人では時間が掛かってしまう。


今日は委員会がある日であり、図書委員会に所属する葵はもちろん委員会に参加していた。休んだりしたら嫌味を言われたり、迷惑をかけるのが嫌なのでこういうのには必ず参加するようにと心掛けている。


本は人並みに好きな方で、学校にいる間は大体本を読んでいる。本を読んでいれば、辛い現実を少しの間だけでも忘れる事が出来るし、1人でいる自分を本でカモフラージュする事が出来るからだ。


そういう事で、立候補で図書委員に葵はなった。


それで……本当は今日、この作業をする当番は葵では無い。今日は同じクラスのもう1人の図書委員の人がやらなければならない作業なのだ。だが、その同じクラスの図書委員の人から適当な理由を言われ作業を押し付けられたのだ。


この人やその仲間達からは前々から舐められていて、よく仕事を押し付けられる。気の弱い葵は何も言い返す事が出来ず、引き受けてしまう。それで、楽ができると知ってしまったのだろう……最近はこういう事が酷い。


──本当に自分に嫌になってしまう。でも不幸体質のせいでその人に迷惑もかける訳にはいかないと心の中の楔となってしまうのでハッキリと断る事が出来ないのだ。


「はぁー。今日も私は1人……どうせ明日も明後日も変わらないんだろうな………」


葵はボソッと吐き捨てるかのように言った。誰も聞いていない事は分かっている。だけど、言いたかったのだ。


最近は自分でも病んでいるのか?と思ってしまうくらい元気が湧かない。


1人でいる事は昔からなので、慣れているはずなのに心がどんどんと廃れていく……もしかしたら、心が限界なのかもしれない。悲鳴を上げているのかもしれない。


それでも数日前、あんなカッコよくて素敵な“彼”を見たら本能で頑張ろうと思えた。あの日──私の前に颯爽と現れた王子様…………あの神楽坂 優馬君だ。


優馬君は隣のクラスなのにほぼ会えない。見に行こうとしても朝休みや昼休み、授業間の休み、放課後などは1年3組の前に大きな人だかりが出来てしまうからだ。そのため、あの日以来顔を見る事すら出来ない。


それでも、また話しかけて貰える事を心の中でずっと期待している自分がいる。恐らくそんな奇跡みたいな事は二度と無いと断言出来る。だけど、そんな夢みたいな事を期待しているから、1人ぼっちでつまらない学校にも毎日ちゃんと来れているのだ。


「さてと、そろそろ帰らないと。お母さん達を待たせちゃ悪いし……」


葵はそう独り言を呟くと、ずっと同じ姿勢で固まった腰を解しながら立ち上がると後片付けをし、戸締りをしっかりと行い、図書室を出た。


自分の荷物は予め持って来ていて、部活も文化部のあまり活動しない所に所属しているので気にせずに帰れる。


家に帰ったら、あの読みかけの本を読もう。……優馬君と出会ってから唐突に無性に読み始めている、王子様とお姫様が出てくるラブストーリーを……


図書室は2階の端の方にあるので移動は少し面倒だけど人通りも少なく、部活動でも使ってないので難なく進める。


気分を無理やり高め、想像力を高める。

人がいない事をきちんと確認してから、鼻歌を歌う。


階段を降りて、下駄箱前に着くと……


「あ……しまった!!」


図書室の鍵を職員室に返すのを忘れていた事に気付いた。


「はぁ……面倒ですね。」


でも、図書室の先生に注意されて仲が悪くなるのは嫌だったのでちゃんと返しに行く。


葵はふと思う……最近はため息ばかりしているな、と。情けないと思うが、これも慣れなので容易に耐えられる。


小走りで職員室に向かう。


──そして、運命は再び2人を引き合せる。

下駄箱のすぐ近くの曲がり角。どうせ誰もいないだろう……

そんな、後先考えず葵は突き進む。


だけど──


「──うわっ。」

「──きゃあっ!!」


突然、視界に出現した黒髪の女の人と勢い良く衝突してしまった。


一瞬、男の人の声がした。もしかして優馬君!?

そう勘違いしてしまった。

衝突の痛み、なんか忘れてしまう程に頭の中は王子様の事でいっぱいになり、期待して見てみる。


「えぇ!?」


だが、そこにいたのは……葵自身でも“可愛い”と思ってしまう程の可愛い女の子だった。


☆☆☆


「いっ、ててて……あ、大丈夫?」

「す、すいませんっ!!」


俺はすぐに声を掛ける。

見た感じ、衝突して尻もちを着いた女の子に怪我は無いみたいだ。

……って!?この子。この前も衝突した、あの女の子じゃないか………


何たる偶然……そう俺は驚いた。


確か……この子の名前は“神崎 葵”という名前だった。俺あの日、保健室の菊池先生に任せて置いて行った後、少し気掛かりだったので後日保健室に行って菊池先生に名前とかクラスとか色々と聞いておいたのだ。


それでまさか、またこんなシチュエーションで会う事になるとは思ってもみなかった。


「大丈夫?立てるかい?」


俺はそう言って手を差し伸べた。


でも、神崎 葵は俺の事を見て唖然とした表情をしている。見蕩れている……かのようだった。


「……………えっ?………す、すいません。だけど、一つだけ質問してもいいですか?」


彼女は俺の答えを聞く前に言う。


「もしかして私の王子さ……じゃなくて神楽坂 優馬君……ですか?声がすごく似ていたもので……」


……………バ、バレたのか。無口の生徒設定でやっていたはずなのに……うっかり設定を忘れて普通に話しかけてしまった。


でもまだ完全にバレている訳ではないようだ。

これは上手く誤魔化して、早く立ち去った方がいいな。


俺はペコリと頭を下げ、素早く下駄箱の方に進もうとした。だが葵に手を掴まれる事で俺は緊急停止せざるを得なかった。


「……………っ?」

「あの。待ってください。これ落としましたよ。」


そう言われて葵は小さな本のような物を持っていた。これは俺の生徒手帳だ。衝突の衝撃でカバンに入っていた生徒手帳が落ちたらしい。


あ!?まずい、生徒手帳は俺の物だ。なのでもちろん俺の顔写真が貼られている。顔写真を見られたら誤魔化しきれないぞ!?


すぐに受け取ろうと、手を伸ばした。葵の目に入る前に回収しなければ……


「……………あれ!?」


……が。遅かった。


葵の目線は完全に俺の生徒手帳の顔写真に固定されている。これで俺が女装をしている事がバレる。それなりの大ショックだった。


それに動揺してか……体制を崩した俺は、頭の上にあったウイッグがパサッと落ちた。しっかりと固定されていなかったようだ。


「……………え?なんで?」


葵は俺の生徒手帳を無意識に落としてしまうくらいに驚く。


「うわぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


でも、葵の声をかき消す程の声で、俺はただ無償に叫んだ。

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